2020年3月12日 ミャンマーの妖怪 第2回:ミャンマーの王朝と37人のナッ神

第1回では自然物に宿る精霊、家族や村で崇拝される精霊について概観を説明したが、このような精霊信仰の中で、特に際立っているのが「37人のナッ神」とされる公式の神々である。ミャンマーでは「トウンゼー・クンニッ・ミーン」と呼ばれている。

この「37人のナッ神」を率いているのは「ザジャー・ナッ」である。「ザジャー」というのは仏教の天部である「帝釈天」のことだ。11世紀にパガン王朝を興したアノーヤタ王は、上座部仏教の国づくりを目指したが、土着の精霊信仰を抑えきれなかった。そこで、いくつかの有数の精霊ナッをリストアップし、その上に「帝釈天」を据えた。帝釈天をリーダーに据えることで、精霊信仰を仏教の中に取り込もうとしたわけだ。現在のミャンマーの仏教でも、大っぴらには精霊信仰は認められていない。しかし、「信仰しているのではなく、慈愛を送る」という方便で、これらの精霊が信仰され続けている。

さて、「帝釈天」であるザジャー・ナッを除いた他の36人のナッ神は、強力な精霊たちだ。イメージとしては怨霊に近いかもしれない。処刑されたり、病気に罹ったリ、失意のうちに死んだり……いずれにせよ非業の死を遂げた人間が、死後、怨念を抱きながら、精霊になり、人々を襲った。その畏れを鎮めるために、ナッ神として寺院に安置し、崇拝したイメージだ。日本だと、平安時代の菅原道真や平将門、崇徳上皇が祟りを起こして、怒りを鎮めるために祀られ、神格化された。このイメージに近い。

たとえば、37人のナッ神で有名なマハギリ・ナッは、マウン・ティン・デは怪力を備えた人間だったが、時のタガウン王は自分の地位を簒奪するのではないかと恐れ、火あぶりにして殺した。このため、死後、強力な精霊ナッになってジャスミンの樹にとり憑いて暴れ回った。樹はエーヤワディー河に流され、パガン国に漂着し、パガン王によってポッパ山に祀られ、パガン国の守護神となった。タウンピョン兄弟も、超人と鬼女の間に産まれた子供で、神通力を有し、アノーヤタ王に仕えて大活躍したが、周囲の人間に妬まれ、王の命令に背いたと報告され、処刑され、死後、強力な精霊ナッとなった。その後、タウンピョン村に祀られ、タウンピョン村の守護神となった。

このように、精霊ナッは日本の怨霊信仰に非常に似ている側面がある一方で、ミャンマーの歴史上に現れるさまざまな王朝と密接に関わりを持ち、その歴史の中で非業の死を遂げた人間たちである。この点が、我々には非常に難解で、精霊ナッが日本に浸透しない理由かもしれない。たとえば、日本人だったら、菅原道真が……と言われれば、藤原時平が醍醐天皇を唆して、菅原道真を大宰府に左遷し、死後、怨霊になった……という物語をすぐに頭の中に思い浮かべられる。でも、我々はミャンマーの歴史の詳細をあまりよく知らないので、登場する人物や地名が頭に入ってこない。そこに登場する非業の死を遂げる人物も、だから、決して分かりやすくはない。

その辺を、分かりやすく解きほぐしていこうと考えている。そのために、ミャンマーの歴史や文化、宗教観みたいなものを勉強して、噛み砕いて説明してみようと思っている。そうすれば、少しは日本人に精霊ナッを理解してもらえるのではないかな、と思っている。そんな試みを、緩やかに始めてみたい。

ミャンマーの妖怪 第3回:ピュー族の城郭都市

2020年3月10日 流行に乗って、アマビエを描いてみた!!

コロナへの対応としてネットで流行しているアマビエ祭に乗っかってみる企画。ボクも描いてみよう!!

というわけで「アマビエ」を描いてみた。

意外と気持ちの悪い絵になってしまったのは何故だろう。鱗がいけなかったか。それとも鮭みたいな口がいけなかったか。でも、まあ、妖怪だし、いいよね?

2020年3月9日 ミャンマーの妖怪 第1回:ミャンマーの精霊信仰

ここ最近、あんまりウェブサイトを更新していないのだけれど、水面下ではいろいろと妖怪のまとめをしている。ボクは最近、海外を飛び回る仕事をしているので、立ち寄った国の妖怪について調査をするようにしている。アジア方面だと、ミャンマー、フィリピン、インドネシア、パキスタン、アフリカ方面だとナイジェリア、スーダン、マラウイを訪れた。そういうのをきっかけに、対象地域を定めて、掘り下げて妖怪を調べていくのが最近のスタイルだ。

ここ最近、特に注力しているのはミャンマーの妖怪だ。ミャンマーの妖怪については書籍も少なく、日本ではあまり知られていない。だからこそ、それを日本に普及させてみようなどと密かに画策している。

ミャンマーは仏教国である。お寺が強い権力を握っている印象だ。たくさんの寺院(パヤー)が建設されている。それでも、現地に根付いた精霊信仰も強く、寺院の中にはたくさんの精霊たちが混ざって安置されていて、仏教の守護者として崇拝されている。

土着の精霊信仰で信じられている精霊のことをミャンマーでは「ナッ」と呼ぶ。自然物に宿る精霊もたくさんいる。たとえば、土の精(ボンマゾー・ナッ)、樹の精(ヨウカゾー・ナッ)、空の精(アーカタゾー・ナッ)などがよく知られる。その他にも雨乞いを祈る雨の精(テイン・ナッ)、豊作を祈る田の精(レー・ナッ)、また、死をもたらす死の精(マン・ナッ)などもいて、儀礼などで死を追い払おうとする。

ミャンマーの精霊信仰は奥深く、家を守護する家の精(エインサウン・ナッ)への崇拝は篤い。これは家族全体で祀る精霊である。村全体の守護霊であるユワーサウン・ナッも崇拝している。また、これらの家の精霊、村の精霊とは別に、個人の守護霊(コーサウン・ナッ)も存在し、代々、両親から引き継いでいく。信仰の強さに地域差はあるものの、こういう複数の精霊はミザイン・パザイン・ナッ(母方と父方の精)として、定期的に祈りを捧げられる。村落部になればなるほど、この信仰は非常に複雑で、たとえば、父方の家族が崇拝していた精霊と母方の家族が崇拝していた精霊が異なれば、両方が祀られることもある。母方の祖母から引き継いだ精霊だとか、父方の祖父から引き継いだ精霊だとか、いろいろなケースがある。また、引っ越しをして家に嫁いできた家族がいれば、前の村の守護霊を連れてきて崇拝する場合もある。その結果、ひとつの家だけで、いろいろな精霊をミザイン・パザイン・ナッとして崇拝することになる家族もいる。いずれにせよ、正しく祈りを捧げないと、これらの守護霊が怒ってよくないことが起こると信じられている。

こういう精霊崇拝が、上座部仏教と混ざり合いながら、信じられているのがミャンマーである。

ミャンマーの妖怪 第2回:ミャンマーの王朝と37人のナッ神

2020年3月8日 アマビエ祭、万歳!?

ともすれば、本ウェブサイトが創作と妖怪を楽しむページであることを忘れてしまいそうになる(笑)。

今、巷で妖怪「アマビエ」が流行しているらしい。疫病を払ってくれるから、新型コロナにも効果あり、ということなのだろうか。いろんな人が「アマビエ」を描いて、アップしているらしい。あの「いらすとや」もすかさず反応して「アマビエ」のイラストを掲載しているらしいので、情報をキャッチする能力に長けているなーと思う。水木しげるの絵は元々の絵に近くておどろおどろしく描いてあるけれど、「いらすとや」の絵ははなかっぱみたいでかわいらしい。

J-CASTニュース:妖怪「アマビエ」のイラストがSNSで人気 伝承に脚光「疫病が流行れば私の絵を見せよ」


江戸時代の新聞:独特の画風でちょっとコミカル!?


水木しげる画:手が生えている!?


いらすとや:はなかっぱみたいになっている!?

いずれにせよ、新型コロナで世相がネガティヴになっていても、こうやってアマビエ祭みたいなことを展開していく日本人の精神性は素晴らしいと思う。それにしても、よくこんなマニアックな妖怪を引っ張り出してきたな、という感じ。まあ、独特の絵だし、ボクも水木しげるの画集で「アマビエ」を見たときに、ぎょっとして、ものすごく印象には残っていたので、水木しげる様々かもしれないなー、と思う。

2020年2月9日 ノリ突っ込まないスタイル!?

M-1でぺこぱが3位になったが、ノリ突っ込まない優しい漫才としての新境地を切り開いた。まだまだ漫才に新しい可能性があるのだ、と見せつけられた感じだ。

さて、2019年11月に発売された「がっかりなファンタジーせいぶつ事典」。かなり面白い。今泉忠明さんが監修する「おもしろい! 進化のふしぎ ざんねんないきもの事典」のパロディと言えばパロディだが、「ああ、そういう切り口があったか!」と思ってしまった。がっかりなファンタジーせいぶつと言えば、アントライオンかバロメッツが断トツだよね、と思うけれど、カトブレパスとかアクリスなんかを並べられてしまうと、「確かにがっかりだ!!」と膝を打ってしまった。

この本、「がっかりなファンタジーせいぶつ事典」は、何よりも表紙がカワイイ。素敵。中の絵もカワイイ。素敵。そして、この絵がコミカルさを演出している。それでいて、知らない情報もちゃんと載っているあたり、池上さんが監修しているだけのことはあって、オススメの本である。

2020年1月7日 木端微塵にしてやるよ!!

年賀状用に火鼠だけでなく、コダマネズミの絵も描いてみた。彩色はしていないが、絵としては面白い感じ。ぷくーっと膨れていく感じがよい。かわいい顔をして、猟師がやってくると木端微塵に弾け飛び、肉片を撒き散らすという性質の悪い妖怪だ。

2020年1月5日 インドネシアの妖怪に対する雑感。

最近のボクは仕事でインドネシアを頻繁に訪れている。インドネシアと言えば、オラン・ペンデグとかオラン・ガダンとかオラン・バッチみたいな未確認生物が有名で、ボクとしては、あれだけジャカルタが発展していて、先進国の仲間入りをしていて、JKT48とかが活躍しているのに、その一方では依然として未開のジャングルが残っていて、非接触部族も残っていて、不思議な島国だなあ、と思っていた。訪問した今でもその感想は変わらない。何しろ、メダンなんてインドネシアで第4の都市なのに、すぐ近くにはオランウータンが棲む熱帯雨林が広がっているわけだ。

未確認生物はともかくとして、インドネシアの妖怪について調べると、同じ熱帯の島国だからか、フィリピンの妖怪に似ている印象を受ける。フィリピンと言えば、アスワンとかマナナンガルみたいな恐ろしい女性の妖怪が大活躍する。同様に、インドネシアもお産で亡くなる妖怪が跋扈している。ポンティアナックとかクンティラナックなんかはおどろおどろしい感じだし、スンデルボロンも怖い。ポチョンはお産で亡くなったわけではないが、ホラー映画に登場したら怖いだろうな、と思う。そういうホラー映画向きの恐ろしい幽霊たちがたくさんいる。それがフィリピン的だし、日本的だな、と感じている。そのうち、詳細をまとめてレポートしたいな、と思っている。

2020年1月3日 2020年もよろしくお願いいたします。

あけましておめでとうございます。無事に新年の雑誌もお届けできました。恥ずかしい話、昨年は仕事に忙殺されており、入稿できないのではないかと危ぶんでおりましたが、綱渡りのように生きております。

子年なので、火鼠を描いてみました。中国伝承に登場する幻獣です。要するに、石綿です。

そんなわけで、2020年もよろしくお願いいたします。

2019年8月3日 南米の妖怪の本が出た!!

久々に時間に余裕ができたので本屋に行く。たまたま児童書コーナに足を向けたら、『南米妖怪図鑑』が平積みになっている。引き寄せられるように手に取る。7月20日出版だったらしい。まさに出版されたばかり。そのままの勢いで購入した。

中南米の妖怪なんて、あんまり紹介してくれる本がない。著者はアルゼンチンの人らしいから、それなりに情報は信用できるのだろうか。アルゼンチンの作家と言えば、『幻獣辞典』のホルヘ・ルイス・ボルヘスを思い出す。小学校のときに図書館で見つけて、それから新書を本屋で購入した。ちょっと前に文庫本になっていて驚いたけれど、この本には彼が創作した妖怪が混ざっていて、見事、騙された。

いずれにせよ、中南米の妖怪について、こうやって紹介してくれる本は少ない。それを日本人が企画して、日本に在留のアルゼンチン人が書いたというのが面白い。知らない妖怪も多かったので、これから勉強していこうと思う。

2019年7月9日 リニューアル

今、ファンタジィ事典のリニューアル作業を敢行中だ。今年中には公開に踏み切れる段取りで進めている。SNS全盛期の今、何でリニューアルをするのか、という気持ちもある。でも、どうしても、htmlでやり続けたいという信念みたいなものがボクにはある。ここで乗り越えて、新しい世界を切り開きたいな、と思っている。

htmlのウェブサイトはかなり淘汰された。昔は結構、神話サイトも多かったし、活発に交流していたけれど、今、そういう感じで動きのあるウェブサイトってほとんどない。閑古鳥が鳴いていて、開店休業中みたいな感じ。斯く言うファンタジィ事典も、手を入れていないので、似たようなものだ。リニューアルをしている意味は、まさにここにある。少し、ライトに更新できる形にしたいな、というところ。

ボクの興味が散漫だから、ついつい、いろんなジャンルのいろんな項目を更新して、ときにはアイヌ伝承、ときにはメソポタミア神話、ときには記紀神話、ときにはアステカ神話……とちぐはぐで、濃淡ンがまちまちのウェブサイトになる傾向にある。そうではなくって、ある程度、コントロールして、ひとつのジャンルとしては一応、完結していくような形のウェブサイトの在り方を模索している。たとえば、ギリシア神話について調べようと思うユーザがいたら、まずは「ゼウス」の項目はマストなのであって、「オリュムポスの12神」もマストで、それなりに有名な怪物も載っていて、ギリシア神話としては一定の水準で完結している。そんな事典構成にしたい。そのためには、古代ギリシアの地図や歴史、言語、資料などがぱぱっと参照できて、それから事典に入っていくような形を目指したい。そんな想いがある。

とは言え、これまで膨大に更新してきたので、項目としてはかなり数があって、それを移していくだけでもかなりの時間になるので、その辺、結構、リニューアル作業を進めながら苦しんでいる。

2019年7月7日 バビロン遺跡が世界遺産に認定!?

7月5日にバビロン遺跡がユネスコの世界遺産委員会で世界遺産として認定された模様。イラク戦争で損傷して、危機に瀕しているとは言え、地元当局と共に遺跡保護に向けた行動計画を策定するというから、いいことだ。いつか、普通に行ってみたいなあ、メソポタミア神話の世界にも。

2019年1月5日 新年のご挨拶と抱負!

あけましておめでとうございます。2019年もよろしくお願いします。

さて、今年も無事に「近況報告の本」を発行できた。2010年の結婚式に参列者に配って以来、定期的に発行してきて、今回で8冊目。アイヌ特集を組んだが、個人的には、デザインが今までで一番、うまくまとめられた、と思っている。表紙の絵は「セーフリームニル」を描いたが、選んだ素材が悪かったのか、コンセプトが失敗したのか、あんまりうまく描けなかった(笑)。漫画家さんは小さなコマ割りの中で、小さな人をさらりと描くが、それってとても難しいのだ、ということを学んだ。ヴァルキュリャとエインヘリャルだが、小さい中で表情とか動きを表現するのが難しい。

セーフリームニル

もうひとつ、各人へのコメント記入用のカードに「オーク」を描いた。こちらは、猫背なので、自分に似ていて、まあ、それなりにいつもどおりに描けた。

オーク

「セーフリームニル」にしても「オーク」にしても、そのうち、ちゃんとファンタジィ事典で解説を書こうと思う。実は「ファンタジィ事典」が2016年9月以降、更新されていないので、ずぅっと気に病んでいる。思うところがあって、リニューアルを検討していて、すでにデザインは終わっていて、HTMLもCSSも出来上がっている。でも、PHP的な発想のプログラムのところが完成していなくって、今まで更新されていない。プログラムが出来たら、順次、更新していく予定だったので、各項目にも手をつけない状態になっている。今年は海外生活も減って、横浜にいられる見通しなので、何とか形にして、本来、やりたかったことをやろう、と思っている。お待ちいただければ、と。

リニューアルイメージ

2018年7月1日 メソポタミア神話のキャラクタを描いてみた!

と書いても、去年の11月頃に描いたものだ。そのうち、ペン入れして、色でもつけようかと思っていたけど、なかなか進まないので、取り敢えず、あげてみようと思う。


アン/アヌ

エンキ/エア

エンリル

イナンナ/イシュタル

メソポタミアでは、メインは木製の像だったので、ほとんど現在に残るような図像はないので、これを形にするのが難しい。だから、こうやって絵に落とし込むアプローチも意味があるのではないか、と少しだけ思っている。

2018年1月7日 クロとブチ

今年は戌年なので(笑)。第2弾。

【シュヤーマとシャバラ】

श्याम(シュヤーマ)《黒色》【サンスクリット】
शबल(シャバラ)《斑模様》【サンスクリット】

シュヤーマとシャバラはインド神話に登場する2匹の犬。冥界の支配者であるヤマ(仏教神話でいうところの「閻魔」)に従う番犬。この2匹の犬は4つ目で斑模様を持つ。冥界へ至る道を守護・監視し、ときには現世を徘徊し、死すべき人間を見つけて冥界へ連行する。

シュヤーマは《黒色》、シャバラは《斑模様》という意味で、現代風に言うなれば「クロ」と「ブチ」。

2018年1月5日 ほっといてくれ。

今年は戌年なので(笑)。

【人面犬】
人間の顔を持ち、人語を喋る犬。1990年頃に大流行した。ゴミ箱を漁って汚い言葉で捨て台詞を吐いたり、高速道路で追い抜いた車両を事故に遭わせた。噛まれた人間は人面犬になるとも噂された。大抵はおじさん顔。

2017年6月13日 ひとつながりの「妖怪」として受け止める

ティラノサウルスって、大昔はゴジラみたいな姿だった。直立二足歩行で、尻尾を引き摺って歩いていた。肌の色も、爬虫類を参考に茶色にされていた。でも、研究が進んで、今では尻尾と頭でバランスをとった前傾姿勢で、背中には羽毛が生えている。肌の色も黒っぽい色だと判明してきた。

つまり、実在の生き物(ティラノサウルスは絶滅はしているが!)でも、姿・形は時代によって変化していく。それでも、実在の生き物である以上、その姿や色には「正解」があるはずで、生きた痕跡が残るので、研究が進めば、真実に辿り着けるかもしれない。

一方の想像上の生き物の場合、彼らは人々の頭の中にしか存在していない。だから、当然、語る人によって姿・形は変わる。語り手がいなくなったら、何も残らない。従って、文献や絵画、彫刻になって残されたものから類推してやるしかない。でも、それだって、時代や社会によっていろいろと変化、あるいは変質していくので、「正解」はなくって、どれだけ研究しても、本当のところ、真実には辿り着けないかもしれない。

古代の人々が思い描いた「妖怪」と、それを受けて中世の人々が思い描いた「妖怪」と、近世の人々が思い描いた「妖怪」は、たとえ同じものであっても、全ッ然、違うかもしれない。それは現代でも同じで、ゲームや漫画、ラノベのモティーフにされて、その「妖怪」は新たに解釈される。そして、それもまた、その「妖怪」の一部になっていく。そういうのも含めて、全部、ひとつながりの「妖怪」として受け止めることが、とても大切だ、と最近のボクは思っている。

2017年5月18日 緑鬼は角3本って本当!?

ウェブサイトで調べていたら、「赤鬼は金棒、青鬼は刺股、黄鬼は両刃のこぎり、緑鬼は薙刀、黒鬼は斧」と肌の色によって所持している武器が異なるとの説明を発見した。ボクはいろんな妖怪本を読んでいるけれど、この記述は初めて見た。どこからの引用だろうか。いろいろとインターネットで調べてみるが、みんな、文面が同じなので、きっと、誰かが書いた文章をコピペしているのだろうと思われる。インターネットに出回ると、それがさも真実のように浸透していく。そして、一次文献が不明確になる。ホント、出典はどこだろうか? 誰かご存知か? とは言え、面白いので、ボクもこれから絵を描くときには、青鬼には刺股を、緑鬼には薙刀を持たせてみようと思っている。

ちなみに、うちの息子は「赤鬼は角が1本なんだよ! 青鬼は2本なんだってさー!」などと言っている。保育園の先生が節分のときにそう教えたのだろう。いじわるなボクが「じゃ、緑鬼は?」と訊いてみたら、しばらくはうーん、と考え込んでから「3本だ!」と答える。こうやって、「真実」は形成されていくのかもしれないな、と思う。特に妖怪の場合は実態がないので、証明のしようもないので、言ったもん勝ちだ、という側面は否定できない。

2017年1月22日 ご当地メジェド様!?

エジプト神話関連のインターネット業界(?)では、かなり前から「メジェド」で大盛り上がりしていた。まとめサイトによれば、2012年頃から注目され始めたらしい。オバQみたいなかわいらしいシルエットと、その姿とは裏腹に目からビームが出たり、口から炎を吐いたり……とマニア受けのいい性格が人気の秘密だ。ゲームや漫画でも取り上げられて、まさに大フィーバーであった。まさか古代エジプト人も、こんな恰好で辺境の地・日本で「メジェド」が取り上げられるとは思ってもいなかっただろう。

先日、丹沢を訪れたら、こんなストラップが売っていて衝撃を受けた。

「ご当地メジェド様」

「メジェド」が浴衣を着ている!! 「ご当地○○」と言えば、ご存知、サンリオのハローキティ。そして、リラックマ、加藤茶、チョッパー。メジェドはこの流れに乗っていこうというのだから、ビックリ。そんなに知名度があるのだろうか。そして、ニーズがあるのだろうか。さてはて。

いずれにしても、メジェドが大フィーバーしていたのは少し前のことなので、「ご当地メジェド様」も、少し前に販売されたのだろうけれど、今頃になって、ボクは彼と遭遇して、ビックリしている。

* * *

ちなみにエジプト神話と言えば岡沢さんだけど、彼女は「メジェド」を別の神さまの別名(エピセットの類い)として捉えている模様。でも、絵としては非常にコミカルなので、ボクも岡沢さんと同じで、「メジェド」は「メジェド」でいいと考えようと思っている。

2016年8月27日 玉石混交。

下の記事に関連して、最近、ファンタジィ事典の記事を書きながら感じていることでも書いてみよう。

ファンタジィ事典の記事も、実は匿名性という意味では同じことが言える。たとえば「○○という説がある」とか「○○と解釈されている」とか「○○と考えられている」という記述は、書き手として非常に楽チンだ。でも「説」と書く以上、その「説」を提唱している専門家がいるはずだ。「解釈」している専門家、「考え」を持っている専門家がいるはずなのである。ところが、よくよく調べていくと、その「説」を唱えている人は学者でも専門家でもない、素人の場合もある。あるいは胡散臭い専門家だったり、偏った過激な学者の場合もあって、その「説」の信憑性が疑わしいこともある。明らかに牽強付会だろう、という説だってあるわけだ。そういうのを無視して、ただただ漫然と「○○という説がある」と書くのは、実のところ、とっても楽チンなんだけど、とっても無責任だし、とても怖いことである。

失われてしまった神話というのは、かなりの部分、学説によって支えられている。掘り起こされた文字資料や絵、創作物、その他の遺物から、かなりの部分、仮説を積み上げて、解釈を加えて、再構築されている。あんなに文学作品が残されているギリシア神話ですら、想像で補完すべき部分がたくさんある。そういう意味では、書籍に「○○という説がある」と書いてあって、それを鵜呑みにするのも怖いことで、その根拠となる学説のロジックや信憑性、提唱者の立ち位置を探っていかないと、本当のところは分からないし、そもそも「本当」ってものがあるのかどうかも分からない。

どうもアステカ神話は胡散臭いな、と感じている。いろんな間違った学説や怪しい学説が入り混じっていて、市販の本も玉石混交の印象。そういう解釈も含めて楽しむのがファンタジィだ、というのも「あり」なんだけど(たとえば、シュメルの神さまが宇宙から来たというシッチン説も丸ごと取り込んで楽しんでしまうとか!!)、でも、大昔に本気でその神さまを信仰していた人々に失礼な気がして、もう少し、ちゃんと調べないと、と思ってしまうのがボクの正直な気持ちである。メソアメリカに暮らしてテスカトリポカやケツァルコアトル、ウィツィロポチトリを信じていた人々が、スペイン人が侵入して、文字を手に入れた後に、少しでも文字資料として神話を残そうとした気持ちを、大事にしたいなあ、と思う。

で、本当は、そういう一次文献に当たりたいんだけど、日本語になっているものはほとんどないのが現状だ。英語になっているものもあんまりなくって、スペイン語が一次文献になってしまうものが多そうだ。そういう状況だからこそ、胡散臭い学説がまかり通って、訂正されずに残り続けているのかもしれない。

とは言え、結局、ボクはスペイン語が出来ないので、ただただ悩ましいなあ、と愚痴るだけで、ならばどうする、というソリューションは、今のところ、持ち合わせていない。問題提起だけして、今後、考えていこうかな、という感じ。そんなことを考えている今日この頃である、という告白。

2016年8月25日 まんがだからってバカにできないシリーズ

『死者の書 まんがで読破』が比較的、面白かった。主人公のトトがいきなり蛇に咬まれて死んでしまい、死者の書を片手に冥界に行き、苦難をくぐり抜け、オシリスの審判を受けて、イアルの野に行くという物語。オシリス神殿で暗闇を抜けたら、ずらり、と神さまが勢ぞろいして並んでいるシーンは非常に壮観で、感動した。マンガならではの演出だ。

実は同じシリーズの『日本書紀 まんがで読破』も、中身としてはかなり簡略化していて物足りない部分はあるが、絵が印象的で面白かった。ああ、神さまが動いている、という感じがした。『コーラン まんがで読破』もイスラームの思想や文化、歴史などを説明しながら、コーランに何が書いてあるかを簡単に学べて、なかなか興味深い。

このシリーズ、意外と調べて書いている印象があって、入門書としてはかなりオススメだと思う。神話だけじゃなくって、ドストエフスキーの『罪と罰』やゲーテの『ファウスト』みたいな文学作品やマクベスの『資本論』とかカントの『純粋理性批判』みたいな哲学書(?)もあったりするので、楽しいなあ、と思っている。