2020年10月5日 インド神話に力を入れつつも……

ここのところ、ファンタジィ事典では「インド」に注力している。草野巧の『Truth In Fantasy 事典シリーズ 2 幻想動物事典』の索引でインドの項目に載っているものを全てやっつけながら、そこから派生していくものを潰していくという機械的な作業を進めている。そして、はたと困っている。

分類として「インド神話」という項目を立てている。ここにはヴェーダ神話とヒンドゥー神話が含まれる。それとは別に「仏教」という項目も立てている。けれども、この分類だと、厳密にはチュレルとかピシャーチャマサーンのような宗教学、神話学ではなくって、民俗学っぽいジャンルに含まれる現代に比較的近いところで信じられている(あるいは信じられていた)インドの妖怪の置きどころがない。歴史は必ずしも大昔のものではなくって、断絶せずに現在まで連綿と続いた地続きの存在だ。その途上にいる存在をうまく分類できない。仕方がないので、取り敢えずは「インド伝承」とでもしながら「インド神話」の中に仮置きしている。

昔、トルコに行ったときに、あの山にはゴルゴーンが棲んでいたなどと大真面目に現地ガイドに説明された。現地に根差した伝説みたいになっていて、すでに神話とは切り離されていた。ギリシアにも、ギリシア神話だけでなく、現在も巣食う妖怪や精霊たちがいる。そういうのはギリシア伝承とでもいいのだろうか。そういう意味じゃ、神話で分類していては、この辺が収まらない。そのうち、整理しなければいけないなあ、とは思っている。

2020年8月16日 天は赤い河のほとりの世界を!!

ここのところ、ヒッタイト神話についてまとめている。結構、資料が少ないので、断片的な情報からの整理になる。しかも、意外と『筑摩世界文學大系 1 古代オリエント集』(訳:杉勇ほか,筑摩書房,1978年)の情報からアップデートされていないので、結局、この本に戻ってきてしまう。や、もちろん、英語のウェブサイトとか、細々とではあるけれど、日本人の学術論文も参考になる部分はあるし、ヒッタイト語文献の断片の繋ぎ合わせも進んできている印象はある。そういうのを、取捨選択しながらまとめてみて、結局、1978年の筑摩世界文學大系がよくまとまっていて、すごいなあ、と思った。逆に英語のWikipediaなんか、かなりの部分、断片の繋ぎ合わせを独自の解釈ではないかな、と疑うような記述もあって、難しさを覚えた。その辺は、あまり深掘りしないでまとめている。

そんなわけで、ここのところ、シュメル・アッカド神話旧約・新約聖書のおっかけをやってきて、ちょこっと息切れしてきたので、未確認生物(UMA)みたいなイージィなところでお手軽に更新をしてみてバランスをとっている今日この頃である。

2020年7月26日 カクテル健忘症!?

大昔、カクテルにハマっていたけれど、ツクル氏が生まれたときに酒瓶が危ないという理由で、いったんは中断していた。そんなツクル氏も小学校に入学したので、緩やかにカクテル・ライフを復活させようと画策している。ドライ・ジン、ホワイト・ラム、ホワイト・キュラソー、ブルー・キュラソー、カカオ・リキュール、ミント・リキュールを購入。日々、シェーカーを振っている。

それにしても、長く触っていなかったので、ジガーの使い方が分からない。「あれ? これ、何mlだったかな? こっちが30ml?」などと大混乱。そんなことをしているうちに、氷がどんどん溶けていく。そして、カクテルの名前と配合が全ッ然、出てこない。たとえば、ラムとホワイト・キュラソーを前にすれば、昔だったら「ここにレモン・ジュースがあればホワイト・レディがつくれるぞ! レモン・ジュースはあったかな?」といろんなカクテルのアイディアが飛び出したのに、今は酒瓶を前に、うーん、うーん、と唸ってしまう。「今、手持ちのアルコールで何がつくれるんだ?」状態だ。

そんなわけで、今更ながら、カクテルのレシピ集を広げながら、勉強をしている今日この頃のボクである。

* * *

最近、メソポタミア神話を更新している。まずはシュメル神話の代表的な神を追加して、シュメル神話の体系を完成させて、メソポタミア全土に広げていこうという作戦。

2020年7月15日 YouTuberラファエルに圧倒される!?

ユダヤ・キリスト教の四大天使を一気に更新した。ミカエルガブリエルラファエル、そしてウリエルだ。実はイスラームの四大天使(ジブリールミーカーイールイスラーフィール、そしてアズラーイール)は結構、前にやっつけていたんだけど、肝心かなめのユダヤ・キリスト教の方が放置されていたので、今更ながら、手を入れてみた。

今回、聖書をひとつひとつ引っ張り出してきて読みながら、結構、丁寧に調査はしたんだけれど、聖書って難しいな、と感じた。『創世記』は読み物として非常に読みやすいけれど、『ダニエル書』とか『エノク書』とかは抽象的だったり説明不足で、非常に難解だ。うーん、と唸ってしまって、正直、まだ消化不良なところはある。面白さはないけれど、事実は記載した、という状態だ。

それにしても、今回、Google検索で「ラファエル」で検索したら、天使のラファエルが調べたかったのに、YouTuberのラファエルしか出てこない。彼の名前が、本来、天使のラファエルに由来しているはずなのに、検索結果はひっくり返ってしまって、「ラファエル 天使」とかで検索しないと、本家本元の天使のラファエルが引っ掛からない。実は、神話を元ネタにしたキャラクタが、アニメとか漫画に登場したときにも、本来の神話ではなく、アニメや漫画の方が上位に来てしまう現象は頻繁に起こる。こういうのが、実はGoogleの弱いところだな、と思う。由緒ある方が大事だ、とボクは思う。

結局、Googleは正しいことが検索されるツールなのではなく、多くの人が知りたいことにアクセスさせるツールなのである。その点、留意しないといけない。

2020年7月11日 人類史上最大のトリック……? それは、人々に神がいると信じさせたことだ。

iPhoneのYouYube公式アプリが、いつの間にかバックグラウンド再生ができるようになっていた。ずぅっと望んでいたことだったんだけど、でも、うっかりホームボタンで閉じて、気付いたらイヤホンで鳴りっ放しという状況で、これはこれで困ったものである。まあ、嬉しい悲鳴。

さて、今、『人類5000年史』という本を読んでいる。作者が出口治明氏で、非常に博識で、文章も軽妙な人なので、期待していた。コロナ明けに地元の本屋さんに行ったら、2巻、3巻は平積みなのに、肝心かなめの1巻が置いていなかったので、取り寄せてもらって、ようやく手に入れた。非常に面白い。何よりも楽しかったのが、『人類5000年史』とタイトルに掲げながら、最初の章が生命の誕生から始まっていたこと。ルカ(最終共通祖先)の話や、エディアカラ紀のアバロン爆発、カンブリア紀のカンブリア爆発、そして大量絶滅のビッグファイブの話があった後、人類がどうやって脳を発達させたのかという生物学的な話を経て、ようやく人類の歴史に至るというアプローチに、ボクは大爆笑して、そして大満足した。これでこそ「知の巨人」の作品だ。

日々の雑記で取り上げようと思ったのは「神」についての彼の整理が面白かったからだ。ファンタジィ事典では、しばしば神話を取り上げ、「神」も題材にするが、『人類5000年史』の中で、神の発明のついての記述が非常に面白くて、ボクはそれを紹介したいな、と思った。

 ドメスティケーション以前の人間は、いわば、「自然に順応して」生を営んでいました。それが、「自然を支配したい」という欲求に変化したのです。植物を支配するのが農耕(約一万一〇〇〇年前)、動物を支配するのが牧畜(約一万五〇〇年前)、鉱物を支配するのが冶金(火を介在させた金属器の使用、約九五〇〇-九〇〇〇年前)、そして、それらに留まらず自然界の摂理をも支配したいと考えるようになりました。
 自然界と現在の世界をつなぐものとして儀礼や土偶が誕生し、やがて神の誕生に至ったと考えられています。最も古い土偶は、約九〇〇〇年前まで遡ります。

この文章に、正直、ボクは痺れた。ここで言う「植物」「動物」「鉱物」という言葉は、古い博物学の分類方法から引っ張られてきている。博物学では古来より、自然に存在するものを植物界、動物界、鉱物界の三界に分類してきていて、分類学の父と称されるカール・フォン・リンネも、この三界で分類しているくらいだ。それを、人類は順番に支配してきた、という書き方に、ボクは震えた。そして、順番に人類がそれらを支配する。そして、最後には自然界の摂理を支配しようとする。そのときになって「神」が発明される、というわけだ。天候も豊饒も、そして死後さえも、ボクたちは支配しようとして、そのために神が必要になる。

そんなわけで、タイトルは森博嗣の『笑わない数学者』からの引用。人々に「神」がいると信じさせたのは誰なのか。さてはて。

2020年7月1日 仏教も立派にファンタジィしているじゃん!!

昨日の記事で仏教が意外と面白いという話をしたんだけど、何が面白いって、時代とともに価値観が変わって、それに合わせて、仏教もゆるやかに変容している、という点が実に面白い。日本人にとっては最も馴染みがある宗教だから、本はたくさん出版されているし、本そのものは大量に購入したまま「積読」状態になっていたボク。ボク自身、仏教はファンタジィというよりは哲学的っぽいよなあ、と思って、ずぅっと敬遠していた。でも、ちゃんと勉強したら、とても楽しかった。

たとえば、毘盧遮那如来なんかが面白い。『華厳経』によれば、毘盧遮那如来の毛穴のひとつひとつから煙とともに無数の釈迦如来が出現するわけだけど、それを完全再現しようと、聖武天皇が奈良の東大寺に毘盧遮那如来の大仏を建立し、それから各地に国分寺を建設して、釈迦如来を安置していったというのは、すごい話だなあ、と感動する。

それから、弥勒菩薩が釈迦が入滅してから56億7,000万年後にこの世界に降り立って、次の仏陀になるというのも、気の遠くなる話だし、弥勒菩薩が修行している間、この世界に「如来」が不在になっている間、この世界を救うために地蔵菩薩がせっせと働いているというのも、何だか愛おしくなる。

本来、如来というのは解脱しているので、煩悩から離れているはずである。だから、出家者のような質素な格好をしているのが通常モードである。それなのに、大日如来はゴテゴテと装身具に身を包んでいて、全然、煩悩から抜け出せていない。大日如来というのは、仏教世界の中では比較的、新しいホトケ様なので、おそらく、信仰の対象として、着飾っていた方が偉さを演出できる時代の産物なのだろう。解脱しているはずの如来が俗っぽいというギャップに、人間味を感じて、くすりと笑ってしまう。

女性は成仏できないという古来の仏教に対して、女性も成仏できるよ、と説明する『法華経』はジェンダー問題に絡む時代の流れを感じてしまうし、女人成仏を説く『法華経』で活躍する普賢菩薩が当時の女性たちの間で大人気になるというのも、非常に面白くて、時代とともに価値観が変わって、それに仏教が追随して、いろんな如来や菩薩が現れるというのが、とても興味深く、仏教の奥深さを感じた。

こういうのは、歴史とか地理なんかと一緒になって多元的に捉えていかなきゃ分からない面白さで、またひとつ、楽しい趣味ができたな、と思いながら、仏教を勉強中のボクである。

2020年6月30日 最近はインド神話と仏教の周辺を調査中!?

便利な時代になった。古本屋を回らなくても、オンラインで絶版になった欲しい本が手に入る。『筑摩世界文学大系9 インド・アラビア・ペルシア集』を中古でゲットした。非常にいい。『リグ・ヴェーダ』や『ウパニシャッド』、『マハーバーラタ』、『ラーマーヤナ』などの古代インドの文学がまとめて載っているのもいいし、『シャーナーメ』や『ルバイヤード』などのペルシアの文学が載っているのがいい。あっという間に、いろいろな神話・伝承の裏付けがとれる。

それにしても、こうやって、昔の人は、せっせといろいろな文献を翻訳して、本にしてくれた。最近、あんまりそういう方向でエネルギーを使う人が少ない。未だに日本語に訳されていない古い文献がたくさんあるのになあ、と思いつつ、研究者たちは英語で読めてしまうし、中身を議論することに一所懸命なのだろうなあ、とも思う。日本語にして本にまでして販売するというのは、ものすごい熱量で、いわゆるサービス精神の表れである。

そんなわけで、ウェブサイト「ファンタジィ事典」は緩やかに更新を進めていて、何となくここ最近はインド神話仏教の辺りを更新している。意外と、仏教も面白くて、如来(タターガタ)の更新が楽しかった。

2020年5月11日 予言獣、今昔!?

「アマビエ」の絵とか「ヨゲンノトリ」の絵を楽しく描きながら、一方で、ウェブサイト「ファンタジィ事典」にはその類いの記事を載せていない……片手落ちのボク(笑)。まあ、「ヨゲンノトリ」なんて、山梨県立博物館に掲載されていることが全てなので、取り立てて項目立てすることではないんだけど、「アマビエ」については、いろいろと複雑な歴史があったりするので、載せてもいいのかもしれない。

元々、予言獣というのはいろいろある。もっとも古いのは「神社姫」とか「姫魚」みたいな人魚タイプで、龍宮からやってきて、疫病を予言して「自分の写し絵を崇めれば助かる」的な妖怪として大流行した。最も古い記録は19世紀初めの加藤曳尾庵の『我衣』という随筆で、1819年に肥前国(長崎・佐賀)で目撃されたらしい。1850年頃に、越後(新潟)でも似たような人魚が出現して疫病を予言したという。日本の人魚は、ヨーロッパの上半身が美女という素敵な姿とは違って、全身が魚で人間の頭だけが前についている。そして角がはえている場合が多い。いずれにしても、こういう人魚タイプの予言獣が、コロリ(コレラ)の流行とともに、江戸に広まった。

「クダン」という予言獣もいる。「クダン」あるいは「クダベ」は全身がウシで、人間の頭がついている。この予言獣は、ウシから生まれて、突然、人間の言葉を喋り、災難を予言する。最古の記録は1827年だ。「クダン」の場合は疫病だけでなく、戦争や飢饉、災害なども予言する。そして写し絵が魔除けとして有効だ、というわけである。すでに江戸時代の人によって「こんなのは神社姫のパクりだ!」と看過されている。一方で、水木しげるが中国の妖怪「白澤」との関連を指摘している。「白澤」もウシのような偶蹄目の四足獣の身体に人間の頭がついていて、人語を話す(中国では必ずしも人の頭ということではないけれど、日本では人の頭がほとんど!)。予言獣というわけではないが、あらゆることに精通している。黄帝は海辺で白澤と遭遇し、あらゆる「妖怪」の類いについてに、その対策を伝授してもらった。黄帝がそれを部下に記録させたとする書物が「白澤図」で、まさに妖怪対策マニュアルの様相を呈している。そこから、厄除けとして「白澤」の絵を用いることが流行した。ある意味では、「クダン」は人魚パターンの予言獣と「白澤」を組み合わせたような妖怪と言える。

「アマビコ」(アマビ『エ』ではなくてアマビ『コ』!!)という妖怪も知られる。これは3本足のサルの妖怪で、豊作と疫病を予言して、写し絵を広めることで長寿が得られるという。最古の記録は1843年で、以降、日本各地に広まる。江戸時代末期、そして明治など、コレラが流行するたびに、3本足のサルの絵が疫除けとして流行した。

そして、ここで「アマビエ(アマビヱ)」に至る。「アマビエ」の登場は1846年。肥後国(熊本)に出現したという。実は、「アマビエ」の出現はこの1回っきりだ。でも、その絶妙にヘタウマな写し絵と、水木しげるが独特の色合いで描いたこと、ゲゲゲの鬼太郎シリーズに登場したことなども相俟って、非常に有名になった。そして、すでに察しのいい方は分かったと思うが、「アマビコ」と「アマビエ」は名前が非常に似ている。「コ」と「ヱ」を間違えたのかもしれないし、あるいは作者が意図的に読み替えたのかもしれない。その辺はよく分からないが、名前と3本足という側面は「アマビコ」の要素を残し、一方で、人魚パターンも採用している形になる。

なお、「ヨゲンノトリ」は1858年に記録されている。文章の表現などを見れば、明らかに人魚パターンと3本足のサルパターンなどの予言獣の流れを汲んでいるはずだが、何故、首が2つで白黒のカラスの絵に至ったのかはよく分からない。

いずれにせよ、疫病や災害などで不安な世相に合わせてこういう「写し絵」を販売する商法なのかな、と思う。今回も、Tシャツやストラップに描かれて販路に乗っていく流れが出来上がっているわけで、そういう形で広まっていく意思を持った妖怪と言える。

2020年5月10日 疫病退散ッ!!!

「世界の妖怪」研究家として、やっぱりブームには乗っかっておいた方がいいよね。……ということで、前に描いていた「アマビエ」に彩色して、ツイッターに載せてみた。ちなみに、みんな、アマビエに手を描いているんだけど、元の絵には手はないんだよね。人魚だもんね。その辺、リアルにやってみたんだけど、どうだろう。色は……どうしても水木しげるの色に影響されるよね。ただの青にしようかとも思ったし、それもやってみたんだけど、でも、最近のアマビエ祭りで、このパステルっぽいカラフルな色で塗っている人が案外、多いので、もはや、そちらが「正」なのかなあ、と思って、敢えて、その色合いに寄せてみた。さてはて。

併せて、最近、巷で流行り(?)の「ヨゲンノトリ」も描いて、これもツイートしてみた。資料には明確に「カラス」と書いてあるのにインコやワシみたいなのが多いので、ボクは原点に忠実に「カラス」で描いてみた。思いの外、立体感がある絵になったなあ(笑)。

2020年5月7日 ヨゲンノトリ!?

アマビエに続いて、ヨゲンノトリなるものが登場。面白いな、日本人。ヨゲンノトリは、知らなかった。でも、こうやってブームになって消えていくというのが日本人の日本人たる所以なので、いいんじゃないかな、と思う。ツマラナイ記事よりも、こういうバカみたいなことの方が楽しい。

どちらかというと、二番煎じな感じがするし、ブームとして仕掛けようとする空気は感じるし、「我らの姿を朝夕に仰げば難を逃れられる」よりも「その姿を絵に描いて流布すると疫病がやむ」の方がオンライン社会との親和性が高そうだし、キャラデザの特異性から言ったってアマビエの方が明らかに「出来」がいい。

でも、それでも、こういうお遊びに興じれるところが、とても楽しいので、よいと思う。みんな、どんどんやれ!!

山梨県立博物館:http://www.museum.pref.yamanashi.jp/

2020年5月3日 宇宙人だって、ボク的には『世界の妖怪』である!!

先日、アメリカ国防総省がUFOの映像を公開した旨の記事を書いた。これにはちょっとした意図がある。ウェブサイト「ファンタジィ事典」は『世界の妖怪』を扱う事典として編纂されているが、「架空の存在でありながら、その存在が実在と信じられたもの」をその対象としていて、『世界の妖怪』を「神話・伝承に登場する神さまや怪物、未確認生物、都市伝説の妖怪、宇宙人など」と定義している。だから、「宇宙人」というのは、ボクの興味の対象だし、ウェブサイト「ファンタジィ事典」の範疇でもある。

ところが、今までのところ、実はグレイしか項目としては宇宙人を掲載していなかった。ずぅっと、これは看板に偽りありだな、と感じていた。だから、敢えてアメリカ国防総省の記事を書きつつ、昨日までに宇宙人に関する項目をばばばーっと更新してみた。タコ型の宇宙人である火星人、金髪美男子の金星人、虫の目玉を持つベム(BEM)、アンテナを持ったリトル・グリーン・マンだ。そして、改めて、今回、グレイも見直してみた。

そんなわけで、落書き(笑)。何を描いているのだ、と言われそうだけれど。そのうち、ちゃんと彩色してファンタジィ事典に反映させようと思うよ。

ちなみに、エイリアンって、英語ではAlienだけど、ローマ字読みすると……ありえん!! この世には存在しないってことかしら?

2020年5月2日 スピノサウルスは何処へ行く!?

4月29日のネイチャー誌電子版に、スピノサウルスに関する新しい発見が報告された。これまで、スピノサウルスは完全な骨が発見されていなかったが、今回、モロッコで尾の骨まで発掘され、尾の形が復元された。オールのような形をしていて、この骨格の構造から、スピノサウルスは尾をくねらせて泳いでいたことが判明した。

ボクはしばしば、恐竜と妖怪を比較する。恐竜は実在で、妖怪は非実在だ。実在するものには真実の姿がある。ただ、データが不足しているから、よく分からない。考古学的な資料が残っていれば、必ず真実に辿り着く。でも、非実在の妖怪みたいなものは、人の想像力が生み出した産物なので、人によって、時代によって、姿も形も異なる。真実の姿なんてものはない。ツク之助さんが描いているように、スピノサウルスの姿は時代によってかなり変遷している。最初は、ゴジラみたいな二足歩行の恐竜だった。それが、骨盤が鳥に似て前傾姿勢であることが判明して姿が変化し、魚を食べていたことから半水棲であることが疑われて姿が変化し、今回、尾が復元されて、完全に水中を泳ぐ姿に変化した。勿論、これで終わりではなく、新たな発見によって、さらに姿が変わることもある。でも、こういう変化は、真の姿があって、それに近づいていく。妖怪の場合はそうではない。人によって、時代によって、場所によって、さまざまに変化していっても、それは全てが真実なのである。妖怪は、そういう特徴を持っている。そういうのを追いかけながら、人間の想像力を追体験するのが、妖怪の魅力なのである。だから、真の姿なんてものを妖怪に求めてはいけない。

2020年5月1日 宇宙人の図鑑ってないのかなあ。。。

つまらない話ばかりしても仕方がないので、別の話題を。

4月27日にアメリカ国防総省がUFOの映像を3本公開した。すでに巷に流出していたものだが、正式に公開した格好だ。こういう情報が出てきたことで、UFO愛好家は大喜びしているかもしれない。でも、グレイが運転しているとか、タコみたいな火星人や金髪美女の金星人が乗っているとか、三つ目のウンモ星人を目撃したとか、そういうことではない。あくまでも「未確認飛行物体」であって、アメリカ国防総省は「結局、何だかよく分からなかった」と言っているにすぎない。

でも、この時代になっても、何だかよく分からないということがあるのだなあ、と思って感慨深い。人工衛星が飛び回っていて、航空管制で上空の状況が把握できる時代になって、それでもなお、アメリカ国防総省が「結局、何だかよく分からなかった」と言うのだ。

逆に言えば、アメリカ国防総省の目をすり抜けて飛んだ「物体」があるというのは、宇宙人の有無はともかくとして、怖いことだなあ。

2020年4月25日 念願のエジプト神話に着手!!

この新型コロナウイルス下なので、1週間くらい引きこもってファンタジィ事典をいじっていた。念願のエジプト神話の項目が形になった。有名な神さまというのは、たくさんのエピソードがあったり、解釈があって、時代や地域によってもいろいろと変遷していく部分もあるので、それらを咀嚼して、情報を整理してまとめるのは一苦労。でも、概ね、形になった。今回の更新は、イウヌゥ(ヘリオポリス)の神話を軸にしたものなので、本当は、プタハ神とかアモン神、それからアテン神なんかもあるし、もっとエジプト神話の懐は広いのだけれど、全部、やってから更新だと大変なので、取り敢えずはヘリオポリス神話の部分だけ。太陽神ラー、創造神テム(アトゥム)、冥界神ウシル(オシリス)、天空神ヘル(ホルス)なんかが解説できたので、まあ、これはこれで、一段落だろう。

2020年4月17日 インドネシアの妖怪、フィリピンの妖怪!?

インドネシアのニュースを昨日、紹介した。インドネシアの妖怪「ポチョン」に扮した若者が新型コロナウイルス感染対策として、町に出ているというニュース。それに引きずられる格好で、ファンタジィ事典もインドネシアの妖怪をいくつか更新した。スンデル・ボロントゥユルポチョンポンティアナックだ。そして、ついでにフィリピンの妖怪も載せておこうと思って、エクエクチャーナックマナナンガルワクワクも更新した。インドネシアもフィリピンも、仕事で行ったことがある。だから、何となく馴染みがあって、妖怪も調べたりする。どちらも、おどろおどろしい点で、何となく似ている。もっともっと有名になってもいいのにな、と感じる。

2020年4月1日 ウェブサイトをリニューアル!!

4月1日だ。表題のとおり、ウェブサイト「ファンタジィ事典」のリニューアルを完了。海外を飛び回る生活の中で、結局、4年もかかってしまった。

具体的な変更点は、まずは「ヘッダー」だ。図書館の写真を配して、ちょっと格式のある雰囲気にしてみた。かちっと引き締まったデザインだ。そして、今まで2カラムだったものを、3カラムにした。五十音検索や分類別検索がしやすくなって、多少、ユーザビリティが向上するはずだ。

さらには、各項目の説明を順次、付して行っている。サンプルは「北欧神話」のページ。今までは「事典」として項目だけを更新していたが、それらの項目を繋ぐブリッジのようなページを作成することで、それぞれの項目を有機的に結び付けられる。

その他にも、細々したことをかけば、上に戻るボタンをつけたり、最終更新日が表示されるようになったりもしているし、将来的にコラムも追加できる仕様にしてある。

とは言え、テンプレートもそんなには変えていないし、表向きは劇的な変更にはなっていないかもしれない。でも、管理人として、裏側では大きな変更があって、全てのページをExcel上で管理し、メモ帳で作成するtxtファイルと紐づけながら、Excelマクロで全項目のhtmlファイルを自動生成するようにした。だから、テンプレートを一気に変えることもできる。

だから、将来的には属性検索みたいなものを追加できるように考えている。たとえば、火に関連する妖怪を全て洗い出して、各地域を横串にして提示するようなイメージだ。あるいは文献Aに登場する妖怪を全て引っ張り出してくるような使い方もできるかもしれない。

夢は膨らむなあ。取り急ぎ、これでプラットフォームは出来上がったので、ここから先は、いかにエンタメ感を導入して、読んで面白いものにしていくか。ここだけは、システムでは解決できないので、時間をかけてやっていくしかない。そのスタート地点に立ったところだ。

(ちなみに、Joomla!やWordPressみたいな既存のオープンソース型のCMSソフトウェアを使わずにExcelマクロで作成するのかと言うと、プラグインなどの仕様変更が激しかったり、自動更新でデザインが壊れたりするから。結局、誰かのプラットフォームに乗っかると、運営の都合に振り回されるから嫌なのである!!)

2020年3月15日 ミャンマーの妖怪 第3回:ピュー族の城郭都市

第2回でミャンマーの精霊信仰と「37人のナッ神」の簡単な概要を述べたが、第3回はピュー族と「ドゥッタバウン群」について説明したい。

1906年に精霊ナッについて本を出版したイギリス人のリチャード・テンプル氏は「37人のナッ神」を5つの精霊グループと独立した2人の精霊に区分した。これは主に神話・伝承の舞台となる時代背景による分類になっている。その中で、第1のグループである「ドゥッタバウン群」は「マハギリ」、「ナマードゥ」、「シュエナベ」、「シンニョ」、「シンピュ」、「トウン・バーンラ」、「マネーレー」の7人の精霊ナッから構成されるグループで、ピュー族のドゥッタバウン王の統治下で活躍することから「ドゥッタバウン群」と呼称されている。

ミャンマーには大きく分けて8つの部族、全体で135の民族が存在するが、7割近くはビルマ族である。ビルマ族最初の王朝はパガン王朝で、アノーヤタ王が興した。しかし、それ以前にこの土地を治めていたのはピュー族である。

「37人のナッ神」の第1のグループ前に冠されている「ドゥッタバウン王」はこのピュー族の王で、伝承では紀元前5世紀にタイェーキッタヤーを創設したとされる。しかし、それを明確に示す歴史的な資料は存在せず、実際には、8世紀頃の王だと考えられている。

ピュー族は、紀元前2世紀頃にミャンマーの地にやってきて、エーヤワディー河流域に複数の城郭都市をつくった。残っている遺跡としてはベイッタノーが最も古く、7世紀頃にはタイェーキッタヤーがピュー族最大の都市になった。9世紀頃に南詔によってピュー族の都市は破壊され、たくさんのピュー族が拓東に連行された。その後、ピュー族の動向は記録が残されていないが、この空白の2世紀の間に、ビルマ族のパガン国が勢力を拡大して、11世紀にアノーヤタ王がパガン王朝を樹立してミャンマー全域を支配する。

ピュー族の城郭都市は直径2~3キロメートルのレンガ造りの城壁を持つ。最大規模のタイェーキッタヤーは直径4~5キロメートルの城壁を持っていた。ピュー族はピュー語(大部分は未解読)を公用語に、インドの影響を受けて独自のピュー文字を発達させた。その頃には、モン族やアラカン族などもインドの影響を受けて、周辺で各々の文化を構築していた。

4世紀以降、ピュー族はたくさんの仏塔を建設しているが、必ずしも現在のような仏教の形ではなく、土着の精霊信仰や竜神信仰に、インドから伝来したヒンドゥー教や大乗仏教、上座部仏教などが混じり合っていた。ピュー族は高度な天文学の知識を持っていて、計算して独自の暦を用いていた。7世紀にタイェーキッタヤーで作られた「ビルマ暦」は、現在も民間に脈々と残っていて、祭儀のスケジュールなどにはその暦が用いられている。また、ピュー族は銀貨を鋳造しており、タイ南部やベトナムなどでもこれらの銀貨は出土し、広域にピュー族が交易していたことが分かっている。ちなみに、ハリンチー、ベイッタノー、タイェーキッタヤーの3か所の遺跡が2014年に「ピュー古代都市群」として世界遺産(文化遺産)に登録されている。

以上がピュー族の歴史的な概観である。次回はピュー族最大の都市タイェーキッタヤーを建設したドゥッタバウン王とそれに関わる「ドゥッタバウン群」に分類される精霊たちの物語を紹介していきたい。

ミャンマーの妖怪 第1回:ミャンマーの精霊信仰

2020年3月12日 ミャンマーの妖怪 第2回:ミャンマーの王朝と37人のナッ神

第1回では自然物に宿る精霊、家族や村で崇拝される精霊について概観を説明したが、このような精霊信仰の中で、特に際立っているのが「37人のナッ神」とされる公式の神々である。ミャンマーでは「トウンゼー・クンニッ・ミーン」と呼ばれている。

この「37人のナッ神」を率いているのは「ザジャー・ナッ」である。「ザジャー」というのは仏教の天部である「帝釈天」のことだ。11世紀にパガン王朝を興したアノーヤタ王は、上座部仏教の国づくりを目指したが、土着の精霊信仰を抑えきれなかった。そこで、いくつかの有数の精霊ナッをリストアップし、その上に「帝釈天」を据えた。帝釈天をリーダーに据えることで、精霊信仰を仏教の中に取り込もうとしたわけだ。現在のミャンマーの仏教でも、大っぴらには精霊信仰は認められていない。しかし、「信仰しているのではなく、慈愛を送る」という方便で、これらの精霊が信仰され続けている。

さて、「帝釈天」であるザジャー・ナッを除いた他の36人のナッ神は、強力な精霊たちだ。イメージとしては怨霊に近いかもしれない。処刑されたり、病気に罹ったリ、失意のうちに死んだり……いずれにせよ非業の死を遂げた人間が、死後、怨念を抱きながら、精霊になり、人々を襲った。その畏れを鎮めるために、ナッ神として寺院に安置し、崇拝したイメージだ。日本だと、平安時代の菅原道真や平将門、崇徳上皇が祟りを起こして、怒りを鎮めるために祀られ、神格化された。このイメージに近い。

たとえば、37人のナッ神で有名なマハギリ・ナッは、マウン・ティン・デは怪力を備えた人間だったが、時のタガウン王は自分の地位を簒奪するのではないかと恐れ、火あぶりにして殺した。このため、死後、強力な精霊ナッになってジャスミンの樹にとり憑いて暴れ回った。樹はエーヤワディー河に流され、パガン国に漂着し、パガン王によってポッパ山に祀られ、パガン国の守護神となった。タウンピョン兄弟も、超人と鬼女の間に産まれた子供で、神通力を有し、アノーヤタ王に仕えて大活躍したが、周囲の人間に妬まれ、王の命令に背いたと報告され、処刑され、死後、強力な精霊ナッとなった。その後、タウンピョン村に祀られ、タウンピョン村の守護神となった。

このように、精霊ナッは日本の怨霊信仰に非常に似ている側面がある一方で、ミャンマーの歴史上に現れるさまざまな王朝と密接に関わりを持ち、その歴史の中で非業の死を遂げた人間たちである。この点が、我々には非常に難解で、精霊ナッが日本に浸透しない理由かもしれない。たとえば、日本人だったら、菅原道真が……と言われれば、藤原時平が醍醐天皇を唆して、菅原道真を大宰府に左遷し、死後、怨霊になった……という物語をすぐに頭の中に思い浮かべられる。でも、我々はミャンマーの歴史の詳細をあまりよく知らないので、登場する人物や地名が頭に入ってこない。そこに登場する非業の死を遂げる人物も、だから、決して分かりやすくはない。

その辺を、分かりやすく解きほぐしていこうと考えている。そのために、ミャンマーの歴史や文化、宗教観みたいなものを勉強して、噛み砕いて説明してみようと思っている。そうすれば、少しは日本人に精霊ナッを理解してもらえるのではないかな、と思っている。そんな試みを、緩やかに始めてみたい。

ミャンマーの妖怪 第3回:ピュー族の城郭都市

2020年3月10日 流行に乗って、アマビエを描いてみた!!

コロナへの対応としてネットで流行しているアマビエ祭に乗っかってみる企画。ボクも描いてみよう!!

というわけで「アマビエ」を描いてみた。

意外と気持ちの悪い絵になってしまったのは何故だろう。鱗がいけなかったか。それとも鮭みたいな口がいけなかったか。でも、まあ、妖怪だし、いいよね?

2020年3月9日 ミャンマーの妖怪 第1回:ミャンマーの精霊信仰

ここ最近、あんまりウェブサイトを更新していないのだけれど、水面下ではいろいろと妖怪のまとめをしている。ボクは最近、海外を飛び回る仕事をしているので、立ち寄った国の妖怪について調査をするようにしている。アジア方面だと、ミャンマー、フィリピン、インドネシア、パキスタン、アフリカ方面だとナイジェリア、スーダン、マラウイを訪れた。そういうのをきっかけに、対象地域を定めて、掘り下げて妖怪を調べていくのが最近のスタイルだ。

ここ最近、特に注力しているのはミャンマーの妖怪だ。ミャンマーの妖怪については書籍も少なく、日本ではあまり知られていない。だからこそ、それを日本に普及させてみようなどと密かに画策している。

ミャンマーは仏教国である。お寺が強い権力を握っている印象だ。たくさんの寺院(パヤー)が建設されている。それでも、現地に根付いた精霊信仰も強く、寺院の中にはたくさんの精霊たちが混ざって安置されていて、仏教の守護者として崇拝されている。

土着の精霊信仰で信じられている精霊のことをミャンマーでは「ナッ」と呼ぶ。自然物に宿る精霊もたくさんいる。たとえば、土の精(ボンマゾー・ナッ)、樹の精(ヨウカゾー・ナッ)、空の精(アーカタゾー・ナッ)などがよく知られる。その他にも雨乞いを祈る雨の精(テイン・ナッ)、豊作を祈る田の精(レー・ナッ)、また、死をもたらす死の精(マン・ナッ)などもいて、儀礼などで死を追い払おうとする。

ミャンマーの精霊信仰は奥深く、家を守護する家の精(エインサウン・ナッ)への崇拝は篤い。これは家族全体で祀る精霊である。村全体の守護霊であるユワーサウン・ナッも崇拝している。また、これらの家の精霊、村の精霊とは別に、個人の守護霊(コーサウン・ナッ)も存在し、代々、両親から引き継いでいく。信仰の強さに地域差はあるものの、こういう複数の精霊はミザイン・パザイン・ナッ(母方と父方の精)として、定期的に祈りを捧げられる。村落部になればなるほど、この信仰は非常に複雑で、たとえば、父方の家族が崇拝していた精霊と母方の家族が崇拝していた精霊が異なれば、両方が祀られることもある。母方の祖母から引き継いだ精霊だとか、父方の祖父から引き継いだ精霊だとか、いろいろなケースがある。また、引っ越しをして家に嫁いできた家族がいれば、前の村の守護霊を連れてきて崇拝する場合もある。その結果、ひとつの家だけで、いろいろな精霊をミザイン・パザイン・ナッとして崇拝することになる家族もいる。いずれにせよ、正しく祈りを捧げないと、これらの守護霊が怒ってよくないことが起こると信じられている。

こういう精霊崇拝が、上座部仏教と混ざり合いながら、信じられているのがミャンマーである。

ミャンマーの妖怪 第2回:ミャンマーの王朝と37人のナッ神