2022年11月29日 神話のエピソード解説ページを構築中

10月からパキスタンに出張していて、音信不通になっていた。帰国してからは新年の雑誌づくりに余念がなかった。それもようやく落ち着いてきて、こうして日々の雑記を更新している。ウェブサイトを1か月以上、放置していてスミマセンm(_ _ )m

現在、緩やかに、シュメル神話の記事を準備中なので、乞うご期待。事典だけを粛々と作成しても「引き」がないので、『エンリル神ニンリル女神』とか『エンキ神ニンフルサグ女神』みたいなシュメル神話のエピソードを解説するページを構築しようかと思っている。そして、そこに登場する神々(あるいは怪物)を事典に追加していくイメージだ。実際の神話のエピソードを当たると、神々の関係性とかがうまく描けて、より深掘りした世界観を提示できるのではないか。そんなことを企画している。

2022年9月19日 玉石混交だけどいい時代。

ガシャドクロの出典のひとつに山内重昭氏の『世界怪奇スリラー全集 2 世界のモンスター』(秋田書店,1968年)とあったので、実際に読んでみようと思って図書館で借りてみた。昭和43年の本なので、 ボクが生まれるよりも10年以上も前の本だ。期待どおり、ガシャドクロの絵が描いてあった。腹部にたくさんの髑髏がくっついている。これが野垂れ死にした人間たちの髑髏なのだとしたら、おそらく身長は4メートルほど。目玉が飛び出ている。この本自体は山内重昭氏が著者だが、このコーナーは斎藤守弘氏が執筆したらしい(というか、別の雑誌で連載していたものを転載したものらしい)。このイラストと説明を見る限り、少なくとも斎藤氏は歌川国芳の浮世絵を念頭にこのガシャドクロを着想したわけではないのだろう。この文章を読んだ水木しげるが、歌川国芳の浮世絵と紐づけたとするのが正しそうだ。

それにしても、昭和の妖怪本はいい加減で、面白い。山内氏も、斎藤氏も、どちらもかなりいい加減に書いている。いろんな国の妖怪が紹介されているようでいて、出典がよく分からないものがたくさんある。オリジナルのものも紛れ込ませている。情報の程度は玉石混交だし、2ちゃんねる以上に、読み手側に能力が求められる。

本来は、大昔の原典(江戸時代とか)を当たって、「ああ、当時はこういう妖怪だったんだ!」と理解すればよいのに、昭和の妖怪本がいろいろと創作も交えながら、捻じ曲げていくので、昭和の本を読み解きながら、いろいろと妖怪の成立を整理していかなければいけないのは、とてもナンセンスだ。でも、それがきっと妖怪の本質なのだ、と最近は思えるようになってきた。ゆる形而上学ラジオ的に言うなれば、存在はするけれど、実在はしないので、人々の頭の中でどのように顕在したか。顕在の形こそが妖怪の本質なのだから、昭和の妖怪本が不正解なわけではない。昭和の妖怪本の中に顕在したのだから、それもそれで妖怪としては正解なのである。……と最近は思っている。

意外といい加減なこの本で、遮光器土偶を宇宙人だと唱えたデニケンの主張を踏まえて、山内氏は勝手にその遮光器土偶のモデルになったであろう宇宙人のことを「テラコッタル」と命名している。昔、pixivで「テラコッタル」という名称で遮光器土偶を描いている人がいて「何それ」と単なる駄洒落かと一笑に付していたら、実は山内氏がそのように命名していたらしい。今になって了解した。そして「テラコッタル」と一緒になって「ジャバレン」という名称で、タッシリ・ナジェールの岩絵の巨人も紹介されていて、何でもありありでとても面白かった。真面目な本よりも、こういう何でもありでゴチャマゼになっている本の方が、子供的には遥かに想像力を刺激されて、妖怪好きになるよなあ、と思った。そういう意味じゃ、いい時代だったし、そうやって育った子供は想像力豊かになるなあ、と思った。

2022年9月10日 ドキドキもせず、落ち着く気持ちになる範囲で「ぼくが作った」と断言する凄さ!!

9月2日に、水木しげるの生誕100周年の「百鬼夜行展」に行ってきた。生憎、天気はよくなかったし、東京は少しだけ眩しかった。その上、六本木ヒルズの中で迷い込んで、なかなか東京シティビューに辿り着けなかった。でも、いろいろと示唆に富む展示で、楽しかった。今まで、水木しげるの妖怪についてまとめた図鑑の類いは読んでいたが、直接の漫画や伝記の類いは読んだことがなく、どの程度、水木しげるが自覚的に妖怪を創造し、模写していたのかがよく分からなかったが、結構、考えに考えて、かなりの部分、意識的に妖怪を写し、妖怪を創作していたことが分かったのが一番の収穫だった。

「妖怪の姿形については、昔から形の定まっていると思われるものはそれに従い、文章だけで形のないものはぼくが作った」

これは水木しげるの言葉らしい。ここで水木しげるは『ぼくが作った』と明言している。「描いた」のではない。「作った」のだ。しかも、水木しげるは鳥山石燕や竹原春泉斎などの古い時代の妖怪の画集もかなり収集している。そして、既存の絵が残されている妖怪については、それに従ったわけだ。創作をしないで、そのまま写し取った。かなり意識的にやっている。そういう妖怪との向き合い方だったことが分かって、ボクは単純に感動した。

実は、父が『週刊朝日百科 動物たちの地球』を毎週、購入していた。この雑誌の最後のページに水木しげるの妖怪コラムがあって、ボクはそこで初めて『ゲゲゲの鬼太郎』や『悪魔くん』などで知られる漫画家ではない、妖怪研究家としての水木しげるに出会った。そして、父親にねだって、1992年に岩波新書が発売した水木しげるの『妖怪画談』から連なる4作品を購入した。中学生の頃だと思う。その後、講談社+α文庫の『図説 日本妖怪大全』とその続編を自分のお金で買った。妖怪研究家としての水木しげるとの接点はそれだけだ。絵はとてもいい。でも、意外と文章がいい加減だな、というのが、当時の正直な感想だった。非常に感覚的で、個人の感想みたいな解説だな、と思っていた。

でも、今回の展示を見て、ちゃんと下調べしていたのだな、というのが分かった。下調べした上で、いい加減に書いていたのだ。それがいいじゃないか、と思った。しかも、「ぼくが作った」と断言した後に、

「しかしそれはあくまでも祖霊たちが『うん、それでよろしい』と言うような形にしておいた。祖霊たちがイエスかノーかは、形を作るときイエスの場合は心静かであり、ノーの場合はなんとなくドキドキして落ち着かない」

と書いている。ボクも最近、妖怪の絵を描いていて思う。オリジナリティを詰め込み過ぎて、明らかにやり過ぎたな、と思うときとか、違ったな、と思ったときには、アップロードしたときにものすごくドキドキする。これでよかったのだろうか、と煩悶する。そういうものなのだと思う。だから、とても、水木しげるに共感した。共感して、ドキドキしない範囲で「ぼくが作った」と言い切れることに、ボクは感銘を受けた。

2022年8月30日 ガシャドクロ推し!?

のん(能年玲奈)のYouTube『のんやろが!ちゃんねる』にて、「のん、妖怪に会いに行きました。」が公開されている。水木しげるの生誕100年を記念して、六本木の東京シティービューで「水木しげるの妖怪 百鬼夜行展 ~お化けたちはこうして生まれた~」を開催しているらしい。のんが、とても楽しそうに妖怪を紹介しているので、動画を見ているこっちまで楽しくなる。

彼女は今回、何故か「ガシャドクロ」をもの妙に推しているので、ちょっとガシャドクロについて紹介しておきたい。

実はガシャドクロは比較的、新しい妖怪で、昭和になって妖怪本が出版される中で生まれたものだ。元ネタは歌川国芳の浮世絵『相馬の古内裏』で、十数メートル程もある巨大な骸骨が大宅太郎光国に襲い掛かっている。この浮世絵はすごくて、当時は蘭学の影響もあって、解剖学が日本に入ってきているので、かなりリアルな骸骨を描いていて、迫力がある。で、実は、この浮世絵のモチーフになっているのは、江戸時代の山東京伝『善知安方忠義伝』で、滝夜叉姫がたくさんの骸骨を呼び出して、大宅太郎光国を襲っているシーンなのである。歌川国芳は、このたくさんの骸骨を描かずに、巨大な1体の骸骨にして描いた。この迫力のある浮世絵に着想を得て、昭和の妖怪本の中で、たくさんの骸骨が合体した妖怪として、「ガシャドクロ」が説明されるようになった。

だから、元々の浮世絵『相馬の古内裏』に登場する妖怪は「ガシャドクロ」とは呼ばれていないし、当時の作品に、骸骨が合体する妖怪という物語が伝わっているわけではない。あくまでも、歌川国芳が浮世絵を描くときに、たくさんの骸骨を描くのではなく、巨大な1体の骸骨にデザインしたのである。骸骨をたくさん描くのが面倒くさかったのかもしれないし、「たくさんの骸骨」というのを「巨大な骸骨」にすることで迫力を出したかったのかもしれないし、その方が構図として面白いと思ったのかもしれない。いずれにしても、昭和になって、この浮世絵から「ガシャドクロ」という妖怪が着想されたのである。

2022年8月8日 さらに描くものたち!

ここのところ、すっかりiPhoneとタッチペンで絵を描くことにハマっている。

iPhoneのイヤホンジャックにタッチペンを挿すだけ。これだけで準備完了だ。これはいい。今までなら、A4の紙や複数のGペン、2Bの鉛筆、消しゴム、ライト版などを準備していた。卓上のスペースも必要だった。でも、今はスマホ片手にタッチペンがあれば、どこでも絵が描けるし、いつ中断しても、片付けもいらない。本当に隙間時間に進められるところまで描いて、途中でやめられる。

しかも、若干、邪道で罪悪感に苛まれるんだけど、何度でもやり直せる。気に入らない線になっても、「戻る」ボタンひとつでやり直せてしまう。だから、何度でも気にいるまで線を引き直せる。これは大きな違い。紙にGペンで描いているときには、えいや、と覚悟を決めて線を引く。そして、これは元には戻せない。「あ、しまった!」と思っても、やり直せないのだ。そりゃあ、緊張感があった。デジタルには、そういう緊張感がない。気持ち的にはかなり楽になる。

そんなわけで、アラビア伝承の精霊ジン・シリーズのマーリドイフリートを描いてみた。

2022年8月1日 新しい一反木綿のご提案。

引き続き、iPhoneとタッチペンによるお描きで一反木綿を描いてみた。

新しいタイプの一反木綿のご提案である。どうしても一反木綿というと、水木しげるのステレオタイプの絵を連想する。吊り目で、細長い三角形で、手が生えている。でも、実際には、水木しげる以前には、絵にして可視化されたことはない(と思う)。だから、本当の姿は分からない。だから、試しに横向きにしてみた。こういうウツボやリュウグウノツノツカイみたいな魚っぽいデザインはどうだろう。ウネウネして、少し気持ち悪いのではないか。

  

2022年7月31日 スマホで実際に妖怪を描いてみた!!

ファンタジィ事典にもう少しだけエンタメ要素を足そうと思っても、事典という形式上、なかなか面白くならないので、せめてイラストを足してみるという戦略に切り替えた。そこで、パキスタン出張に画材道具一式を持って行ったら、結構、大荷物になって大変だったので、スマホだけで完結できる方法をここ最近、ずぅっと模索していた。

しょこたんがiPadにClip Studioをインストールしてさらさらと絵を描いていたので、ちょっとそれに倣って、でもタブレットは持っていないので、Clip Studioをスマホにインストールして、タッチペンで絵を描いてみた。描いてみたのはアラビア伝承の精霊ジャーンジンニーだ。

ペンの抜きの感覚が慣れなくて、あらぬ方向に線が撥ねてしまうのだけれど、でも、何とかスマホで絵を描くことには成功した(と思う)。道具というのは慣れなので、経験を積めば、感覚も掴めて、いろんなことができるようになるだろう。

こうやって、イラストをファンタジィ事典に盛り込んでいけば、少し事典としての面白さと価値が増すのではないか。そんな期待をしている。しかも、彩色せず、白黒にすることで、まさに事典っぽさが増すので、ちょうどよい気もしているが、さてはて。

ジャーン ジンニー

2022年5月26日 北海道で語られれば、もうこの事典に掲載!!

この本、実に面白い。表紙とは裏腹に中には一切絵がなくって、ゴリッゴリの事典である。書き手の感情などもなく、淡々と集めた情報が記載されている。よくもまあ、こんなに北海道だけで怪異と妖怪を集めたなあ、感心する。しかも古いアイヌの伝承から現代妖怪に至るまで、非常に幅広く怪異と妖怪を収集している。

面白いのは、広く各地に知られているような怪異や妖怪であっても、ひとたび、北海道を舞台に語られてしまえば、この本に掲載するという選定基準は新しく、多分、今までにそういう形でも事典はなかった。

どんどん、地域ごとにシリーズ化して出版されているらしいので、東北、関東……と追いかけていきたい。監修は朝里さんという方で、北海道出身の方らしいが、シリーズは各地のライターさんが書いているらしいので、その辺の構成なんかも、どうなっているのかな、と非常に興味がある。

『日本怪異妖怪辞典 北海道』(著:朝里樹,笠間書院,2021年)

  

2022年5月15日 SNSを駆使したい!?

右も左も分からないまんま、取り敢えず海に向かって舟を漕ぎ出している状態だ。FacebookとTwitter、そしてpixivを回しながら、何とか形に出来ないかと暗中模索で、YouTubeとInstagramはアカウントは取得したものの、アイディアがないため一時保留だ。

pixivはずぅっと前からやっていて、絵を描いては投稿していた。どちらかと言えば、絵を描いた感想の立ち位置で投稿しているイメージだ。ここからウェブサイト「ファンタジィ事典」に誘導できる。これは引き続き、続けていく方向性だ。Twitterも、絵を描いたタイミングでツイートしていた。単に「今、描いたよー!」という現在位置的な位置付けでツイートしていたんだけれど、今後はもう少しその妖怪に関する簡易な情報を載せてもいいかな、と思っている。Facebookについては現時点では使い方は模索中だけれど、神話・伝承関連の書籍を読んだときの感想と、絵を描いたタイミングに簡単な妖怪の概要を載せていって、蓄積していこうかな、と思っている。そして、Facebookページも作ったんだけど、こちらはもう少し厳密に、積み上げた情報をまとめるタイミングで更新していこうかな、と思っている。

そして、今後の予定として、当面、ジャンルを決めて、5つくらいの絵を描いていこうかな、と思っている。目下のところ、フィリピンの妖怪を5つくらい描いてみて、それをそれぞれのSNSにアップしながら、5つまとまった時点で、まとめ記事を書いてみたいな、と思っている。これをルーチンでやっていけるようになったら、ちょっと面白い展開になるのではないかな、と想定している。

そんなこんなで模索中ではあるものの、SNSを活用しながらの方向性なので、煩わしいところではあるんだけど、しばらくは雑記にこうやってアイコンをペタリコ、と貼り付けておこうかな、と思っている。

  

2022年5月6日 南米の妖怪をまとめてみた。

9月頃から、『南米妖怪図鑑』(文:ホセ・サナルディ,画:セーサル・サナルディ,ロクリン社,2019年)に載っている妖怪を軸にウェブサイト「ファンタジィ事典」を順次、更新して来た。中南米の妖怪について言及するウェブサイトは少なく、一方で紹介されている妖怪の特徴がそれなりに面白そうだったので、せっかくならこの本に載っている妖怪を一気に紹介してしまおうという試みだ。

こうやって、1冊の本を潰していく作業は、中途半端にあちこちつまみ食いしながら自由気ままに更新作業をしてきた今までのボクにしては珍しい方向性だ。でも、あるジャンルを突き詰めることは、事典としての価値を高めるので、いずれは必要な行為だと思っていた。その意味では、本書は項目数も記述量もちょうどよかった。そういう新しい試みのつもりで始めてみた。

しかしながら、南米の妖怪となると、参照できる資料はなく、ほぼこの本だけが頼りになる。そうなると、畢竟、この本の写しになってしまうので、それはそれで問題だ。そこで、まずはスペイン語とポルトガル語のWikipediaを参照して、スペルや字義、特徴を確認することとした。それから、Wikipediaで英語表記を確認して、Googleで英語検索して、上位5件くらいの内容を確認した。その上で、Google画像検索で外見の描かれ方を確認した。英語であんまり引っ掛からないものは、スペイン語やポルトガル語で検索して、上位5件を確認した。基本的には、そうやって確認が取れた内容を掲載することにした。

このプロセスでやってみた結果、著者のホセ・サナルディ氏が、日本で南米の妖怪があんまり知られていないのをいいことにいい加減に書いた素人というわけではなく、信憑性の高い著述家であることが確認できた。また、本書を書くに当たって、おそらく彼がスペイン語やポルトガル語のWikipediaを参照していないだろうことも確認できた。ほぼ全ての項目で、Wikipediaに書いてある内容と本書の内容は合致するんだけど、Wikipediaにかなり詳述されている内容が、本書ではほとんど触れられていない。だから、Wikipediaとは別の情報に基づいて本書を記述しただろうことが分かった。アルゼンチンの人だけあって、スペイン語圏の妖怪の記述はほぼインターネット上の情報と合致する一方で、グアラニー神話やインカ神話などはあんまりフォローされていなくて、あくまでもそういう神話から派生した民間伝承的な要素だけが拾われている印象を受けた。大昔の神話・伝承は彼の対象の外にあって、あくまでも、現代の人々の間で語られる妖怪像にフォーカスしているようだ。

いくつか、本書でしか見つけることができなかった記述もある。カアーポラの記述の中で、マテ茶と結び付けるような記述はインターネット上で見つけることができなかった。また、イルペの二人の女も、インターネット上で見つけることができなかった。そういうものは、その旨を記述して、項目を記載した。

南米の妖怪へのアプローチは初めてなので、どの程度、自分の解説が妥当なのかは自分自身では評価できないが、発想として面白いな、と思ったのは、チェルーフェという妖怪だ。岩石とマグマでできた巨人ということで、最近のファンタジー映画のラスボスとしてCGで登場しそうな新しさを感じる。パテターロは糞尿で満たされた桶に片足を突っ込んだ格好の妖怪だが、どうしてこういう妖怪を着想したのかな、と思うと妙におかしい。セグアなんて、とても今風で、都市伝説っぽい。いずれにしても、一応、丁寧な確認作業は実施した上で、ウェブサイト「ファンタジィ事典」南米の妖怪をまとめてみたので、是非、参考にしてもらえればいいな、と思う。

2022年2月14日 令和の時代に「妖怪バラエティ」!?

2月13日にフジテレビで『妖怪ランキング大百科 鬼強い!鬼とヤバいもののけたちが大集合!』という特番が放送された。何故か、劇団ひとりとアンタッチャブルがMCを務め、ゲストとして、平成ノブシコブシの吉村、小芝風花、丸山桂里奈、そして荒俣宏大先生が出演していた。独自の視点で妖怪たちをランキングして、それらを紹介していくというスタイルで、『まんが日本昔ばなし』や『妖ばなし』など、他局の映像もふんだんに使っていて、ちょっと面白かった。自らを「妖怪バラエティ」と銘打っている点も、とても斬新だ。果たして、そんなバラエティが成立するのか。どのくらい視聴率を獲得したのだろうか。

妖怪に対する解説としては、及第点というところか。変に特徴的なところをピックアップしている点がクエスチョンだ。たとえば妖怪「クネクネ」が紹介されたときに、小芝風花が「あ、クネクネ、知っています。これ、メチャクチャ怖いですよ?」と前振りしたのに、その後の解説で、イマイチ、その怖さが伝わる映像になっていなかったのがその最たる部分で、多分、それぞれが思い描いている妖怪像と、解説者が狙っている妖怪像に少しずつ、ズレがあった。番組構成上、面白い部分だけを引っこ抜いたせいで、ちょっとずつズレている。そんな印象を持った。

でも、今は80年代じゃない。令和の時代にこんな「妖怪バラエティ」を3時間でやってみようという心意気は買える。いい方向性。

2022年1月30日 1,000項目達成を記念して

ボクがウェブサイト運営を始めたのは2003年で、大学生の頃だった。その中で「ファンタジィ事典」を立ち上げたのは2004年。その後、紆余曲折あって、方向性もあっちに行き、こっちに行き、いろんなスタイルを模索して、今(2022年1月)に至っている。

このたび、実は事典に掲載されている「世界の妖怪」の数が1,000項目を越えた。厳密に言えば、すでにとっくのとうに1,000項目は越えている。でも、単に辞書的に事実を載せるだけではなく、一定の要件を越えている項目を、ボクは別途、裏でカウントしていて、そんな納得している項目が、このたび、1,000項目を越えた。

そんな状況なので、今後は、新規の記事を増やすだけではなく、読み物としてもっと面白くなるように、過去の記事を再構築するような活動も、同時並行的に進めていければよいな、と思っている。

それから、単一の記事を書くのではなく、もっと俯瞰的な記事を増やすことも考えている。つまり、この国の妖怪ってこういう傾向にあるよね、とか、時代を経て、妖怪の在り方ってこういう風に変わっているよね、みたいな感じで、複数の項目を横断していくようなコラム的な特集記事を増やしていくと、「ファンタジィ事典」が単なる記事の総体ではなく、間口が広がって、読み物になっていく。

最近、いろいろな図鑑を読む。たとえば、動物図鑑だと、ネコ科とかイヌ科みたいな分類から始まって、個別の種の説明を載せるわけだけど、たとえば、食物連鎖についてまとめていたり、地域ごとに特集を組まれていたり、足の速い動物はどれかとか、肉食獣の獲物の捕まえ方の違いとか、いろいろな切り口で特集記事を書く。そうすると、単にその種の記事だけを読むのと違って、他の動物との比較ができたり、生態系の中でのその種の位置付けが分かったリ、進化の歴史が分かったリ、いろいろと理解が深まる。そういうアプローチを「ファンタジィ事典」の中でも取り入れられたら面白いだろうと思っている。こうして、1,000項目をまとめてきて、そんな分析ができるようなところまで来たのではないか。自分へのそんな期待もある。

何事も10年とは言うけれど、1,000項目を越えるのに、10年はとうに過ぎてしまった。ここから、さらに高いところを目指していきたいな、と思っている。そのときに、面白い世界が見えているといいなあ。

2022年1月5日 テスカトリポカを描いてみた。

今年の雑誌の表紙はテスカトリポカを描いてみた。アステカ神話の創造神だ。ジャガーに変身するので、寅年のネタとして採用してみた。顔の色は、本当はもう少し黄色いのかもしれない。塗ってみて、乾いたら、何だかオレンジっぽくなってしまったが、まあ、仕方ない。


2021年12月19日 こんな大らかな時代に生まれたかった

『ダンジョン飯』の10巻に「迷宮の兎」というのが登場して、一部のウィザードリィ・ファンの間で話題になっていた。ウサギが首を刈るというのは、ヴォーパル・バニーである。最近、『ダンジョン飯』の11巻を読んでいた妻のちぃ子が「そう言えば、ダンジョン飯に出てきた『迷宮の兎』には元ネタがあるのか?」と訊いてきた。どうも、かわいいウサギが首を刈るという設定にインパクトを受けたらしい。そんなこともあって、ウィザードリィのヴォーパル・バニーの話をして、現代の創作ではあるものの、面白いからウェブサイト「ファンタジィ事典」に載せてやろうと思って調べていたら、『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』という映画が初出だと分かったので、ブルー・レイを調達して、観てみた。アーサー王と円卓の騎士が聖杯を求める物語のパロディ作品だ。でも、正直、とても面白かった。こんなにバカバカしい映画が作れるんだなあ、と思って感動した。いい時代だったんだなあ。大らかな時代だ。映画の終わり方も含めて、ふざけ散らかしている。ボクたちが生きている「今」は、もはや、こういう「遊び」が許容されにくい時代なのかもしれない。

2021年12月18日 絵巻物を漫画にしてしまう斬新さ!!

本屋に行ったら『まんが訳 稲生物怪録』(ちくま新書)が並んでいた。久々の本屋散策だったが、どうも2021年10月に出版されたらしい。ノーチェックだった。

監修が大塚英志氏だったので、彼好みの独特のタッチの画家による漫画なのかな、と思って本を開いたら、全然、そういうものではなくって、妖怪絵巻『稲生家妖怪傳巻物』そのものを写真で取り込んで、それを素材にしてうまくコマ割りして、吹き出しをつけている。まさに再構築といった様相で、全く新しい手法だった。このアイディアは面白い。

寡聞にして知らなかったが、実はこのアプローチは2作目で、『まんが訳 酒呑童子絵巻』というのが2020年5月にすでに出版されていたらしい。ともすれば、さらっと眺めて終わってしまう絵巻物だけれど、コマ割りがとても上手で、細部にフォーカスされるので、じっくりと絵巻物そのものを堪能できる仕掛けになっている。斬新だけど、これは発想として大成功しているな、と感じた。

近日中に『酒呑童子絵巻』も入手してみよう、と決意した。

本のページ

2021年9月30日 ミャンマーの伝承をガガッと大量更新中!!

ここのところ、ボクは「ファンタジィ事典」の更新に余念がない。各方面、各分野で更新しているが、本日はミャンマーの伝承に注力してみた。ミャンマーを旅して、現地で『The Thirty-Seven Nats』という本もゲットして、ずぅっと更新したいと思っていた分野だ。「ドゥッタバウン群」に分類される7柱のナッ神を更新してみた。マハギリナマードゥシュエナベシンニョシンピュトウン・バーンラシンネミだ。ちょっと、頑張って更新してみたので、是非、眺めてみて欲しい。ドゥッタバウン群の詳細はミャンマーの伝承を要チェック!!

そのうち、アノーヤタ群をまたガガッとまとめて大量に更新する日がやって来る……はず!?

2021年9月23日 ファンタジィの源流

ボクはウェブサイト「ファンタジィ事典」を運営している。その対象の範囲は「世界各地の神話や伝承の事典。古代の神話から都市伝説やUMA(未確認動物)まで」であり、「架空の存在でありながら、その存在が実在と信じられたもの」を『世界の妖怪』と定義して、「ファンタジィ」に関する言葉を事典形式で整理している。その一方で、実のところ、あんまり深く「ファンタジィ」という言葉を定義してこなかった。漠然と「ファンタジィ」という言葉を使っているけれど、さてはて、「ファンタジィ」って何だろう。

たとえば、ファンタジー小説の「ハリーポッター・シリーズ」は、分類として間違いなくファンタジィだ。映画『風の谷のナウシカ』もファンタジィ。RPGの「ドラゴンクエスト・シリーズ」や「ファイナル・ファンタジー・シリーズ」もファンタジィだろう。カードゲームの『マジック・ザ・ギャザリング』なんかもファンタジィなのだろう。中国を舞台にした『西遊記』や『封神演義』だって、ファンタジィだ。ファンタジィって幅広いな、と思う。最近は息子のツクル氏と一緒に、毎晩、「オズ・シリーズ」を読んでいて、もう少しで14作品を読破できる。こういうのもファンタジィだろう。

そんなわけで、ファンタジィの源流を探るべく、最近になって、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』(1865年)を読み始めた。もっと遡れば、ジョン・ラスキンの『黄金の川の王様』(1851年)とか、チャールズ・キングズリーの『水の子』(1863年)などがあるらしいので、その辺も読んでみたいな、と思っている。ファンタジィはイギリスで誕生した。ちょうど、18世紀中頃に、書籍商のジョン・ニューベリー(1713~1767年)という人物が、子供向けに本を出版して売り出し始め、挿絵を付した本が売れるようになった時代らしい。その影響を受けて、18世紀後半には行商人たちによって「チャップブック」と呼ばれる通俗な本が販売され、その中で、フェアリーテール(おとぎ話)が人気を博すようになる。けれども、こういう通俗的な内容は、宗教的・道徳的・教育的に怪しからんということで、排斥する動きが出てくる。そんな中、1768年頃、ニューベリーがフランスで高い評価を得ていたシャルル・ペローの作品の英語版を出版する。そして、1823年にグリム兄弟の作品集の英訳、1840年代にはハンス・クリスチャン・アンデルセンの童話の英訳が始まって、自由な発想による空想文学が出来上がる素地ができた。そうして、前述のラスキン、キングズリー、キャロルが作品を発表していく。

この辺の流れをちゃんと押さえれば、改めて「ファンタジィ」とは何か、を定義できるのではないか。そんなことを密かに目論んでいる。また、ヨーロッパの人々が新大陸アメリカに移住したときには、アメリカの地には「彼ら」にとっての神話・伝承がなかった。そのため、アメリカ人にとっての新たな神話として執筆された「オズ・シリーズ」も、ボクの中では、ひとつの探求のターゲットになっている。

こうやって、少しずつ「ファンタジィ」の外堀を埋めながら「ファンタジィ事典」を編纂していければよい。40歳になって、そんなことを感じている。

2021年5月5日 妖怪図書館 – 冥途のミヤゲ

最近、YouTubeで注目しているアカウントがある。「妖怪図書館 – 冥土のミヤゲ」(YouTube)だ。すでに1年ほど運営されていて、ボク自身は半年前くらいから見ていた。日本の妖怪について、熱く語っている。登録者数が1,000人にいかないので、収益化はできていないんだろうけれど、それでも、諦めずに定期的に投稿を続けている。すごいのは、情報のクオリティが高いこと。ちゃんと一次資料を参照していることが分かる。それでいて、分かりやすくて噛み砕かれていて、ちゃんとエンタメになっている。

正直、このクオリティでこの更新頻度なら、もっと登録者数が増えてもいいのにな、と思う。でも、YouTubeはコラボで登録者数を増やしていく側面があるので、このアプローチだとなかなか認知度が上がっていかないよなあ、とも思う。だから、こうやって陰ながら応援していこうと思って、小さいウェブサイトながら、紹介してみた。

2021年4月17日 天狗の絵を描こう!!

天狗の絵を描こうかと思って、いろいろと素材を集める。実は、ボクはひとつの絵を描くのに、いろいろと情報収集する。たとえば、今回の天狗であれば、過去の天狗の絵をたくさん集める。江戸時代の天狗の浮世絵もそうだし、天狗の神社の縁起に描かれている天狗の絵もそうだ。天狗のお面やお土産屋に売られている天狗の土鈴などの写真も収集する。それから、ゲームのデフォルメされた天狗の絵も参考になる。パズドラとか。そして、山伏の衣装の写真もたくさん情報収集する。今回は本山派を採用しようと思うけれど、山伏にもいろいろな派があることが分かった。他にも、ヤツデの写真、法螺貝の写真、八角棒の写真、鳥の翼の写真など、関連するものをできるだけたくさん集める。その上で、絵を描く。本日は、そういう下調べの日である。今月中には形にしたい。

2021年3月7日 バラバラ散漫雑記

今日は、ちょっとバラバラと散漫な雑記を書いてみよう。

息子のツクル氏の幼稚園時代の友人が家に訪問した。レゴマリオとWiiで遊んでいる。緊急事態宣言下ではあるので、どうなのか、という声もあるかもしれない。でも、子供がこうやって触れ合って遊ぶという体験は、新型コロナウイルス感染症なんかのために奪われていいものではない。そういう意味じゃ、我が家に遊びにやることに同意してくれた友人の両親にも感謝だ。

新コロに絡めてもうひとつ。地元の親たちの会合があって、本日、妻のちぃ子が参加した。何とZoom会議だ。これもいいよね。40分以上、やっていたので、誰かが有料のアカウントをゲットしたのか、会社のアカウントを勝手に使っているのかは分からない。でも、親たちの会合も、こうやってオンライン化が進んでいく。

そして、ボクはフランス伝承を調査。タラスクガルグイユグラウィリ。結構、フランスの竜退治って、地域によって類似の話があるのだなあ。そして、お祭りになっている。それもまた、面白いな、と思った。