2022年11月29日 神話のエピソード解説ページを構築中

10月からパキスタンに出張していて、音信不通になっていた。帰国してからは新年の雑誌づくりに余念がなかった。それもようやく落ち着いてきて、こうして日々の雑記を更新している。ウェブサイトを1か月以上、放置していてスミマセンm(_ _ )m

現在、緩やかに、シュメル神話の記事を準備中なので、乞うご期待。事典だけを粛々と作成しても「引き」がないので、『エンリル神とニンリル女神』とか『エンキ神とニンフルサグ女神』みたいなシュメル神話のエピソードを解説するページを構築しようかと思っている。そして、そこに登場する神々(あるいは怪物)を事典に追加していくイメージだ。実際の神話のエピソードを当たると、神々の関係性とかがうまく描けて、より深掘りした世界観を提示できるのではないか。そんなことを企画している。

2022年9月19日 玉石混交だけどいい時代。

ガシャドクロの出典のひとつに山内重昭氏の『世界怪奇スリラー全集 2 世界のモンスター』(秋田書店,1968年)とあったので、実際に読んでみようと思って図書館で借りてみた。昭和43年の本なので、 ボクが生まれるよりも10年以上も前の本だ。期待どおり、ガシャドクロの絵が描いてあった。腹部にたくさんの髑髏がくっついている。これが野垂れ死にした人間たちの髑髏なのだとしたら、おそらく身長は4メートルほど。目玉が飛び出ている。この本自体は山内重昭氏が著者だが、このコーナーは斎藤守弘氏が執筆したらしい(というか、別の雑誌で連載していたものを転載したものらしい)。このイラストと説明を見る限り、少なくとも斎藤氏は歌川国芳の浮世絵を念頭にこのガシャドクロを着想したわけではないのだろう。この文章を読んだ水木しげるが、歌川国芳の浮世絵と紐づけたとするのが正しそうだ。

それにしても、昭和の妖怪本はいい加減で、面白い。山内氏も、斎藤氏も、どちらもかなりいい加減に書いている。いろんな国の妖怪が紹介されているようでいて、出典がよく分からないものがたくさんある。オリジナルのものも紛れ込ませている。情報の程度は玉石混交だし、2ちゃんねる以上に、読み手側に能力が求められる。

本来は、大昔の原典(江戸時代とか)を当たって、「ああ、当時はこういう妖怪だったんだ!」と理解すればよいのに、昭和の妖怪本がいろいろと創作も交えながら、捻じ曲げていくので、昭和の本を読み解きながら、いろいろと妖怪の成立を整理していかなければいけないのは、とてもナンセンスだ。でも、それがきっと妖怪の本質なのだ、と最近は思えるようになってきた。ゆる形而上学ラジオ的に言うなれば、存在はするけれど、実在はしないので、人々の頭の中でどのように顕在したか。顕在の形こそが妖怪の本質なのだから、昭和の妖怪本が不正解なわけではない。昭和の妖怪本の中に顕在したのだから、それもそれで妖怪としては正解なのである。……と最近は思っている。

意外といい加減なこの本で、遮光器土偶を宇宙人だと唱えたデニケンの主張を踏まえて、山内氏は勝手にその遮光器土偶のモデルになったであろう宇宙人のことを「テラコッタル」と命名している。昔、pixivで「テラコッタル」という名称で遮光器土偶を描いている人がいて「何それ」と単なる駄洒落かと一笑に付していたら、実は山内氏がそのように命名していたらしい。今になって了解した。そして「テラコッタル」と一緒になって「ジャバレン」という名称で、タッシリ・ナジェールの岩絵の巨人も紹介されていて、何でもありありでとても面白かった。真面目な本よりも、こういう何でもありでゴチャマゼになっている本の方が、子供的には遥かに想像力を刺激されて、妖怪好きになるよなあ、と思った。そういう意味じゃ、いい時代だったし、そうやって育った子供は想像力豊かになるなあ、と思った。

2022年9月10日 ドキドキもせず、落ち着く気持ちになる範囲で「ぼくが作った」と断言する凄さ!!

9月2日に、水木しげるの生誕100周年の「百鬼夜行展」に行ってきた。生憎、天気はよくなかったし、東京は少しだけ眩しかった。その上、六本木ヒルズの中で迷い込んで、なかなか東京シティビューに辿り着けなかった。でも、いろいろと示唆に富む展示で、楽しかった。今まで、水木しげるの妖怪についてまとめた図鑑の類いは読んでいたが、直接の漫画や伝記の類いは読んだことがなく、どの程度、水木しげるが自覚的に妖怪を創造し、模写していたのかがよく分からなかったが、結構、考えに考えて、かなりの部分、意識的に妖怪を写し、妖怪を創作していたことが分かったのが一番の収穫だった。

「妖怪の姿形については、昔から形の定まっていると思われるものはそれに従い、文章だけで形のないものはぼくが作った」

これは水木しげるの言葉らしい。ここで水木しげるは『ぼくが作った』と明言している。「描いた」のではない。「作った」のだ。しかも、水木しげるは鳥山石燕や竹原春泉斎などの古い時代の妖怪の画集もかなり収集している。そして、既存の絵が残されている妖怪については、それに従ったわけだ。創作をしないで、そのまま写し取った。かなり意識的にやっている。そういう妖怪との向き合い方だったことが分かって、ボクは単純に感動した。

実は、父が『週刊朝日百科 動物たちの地球』を毎週、購入していた。この雑誌の最後のページに水木しげるの妖怪コラムがあって、ボクはそこで初めて『ゲゲゲの鬼太郎』や『悪魔くん』などで知られる漫画家ではない、妖怪研究家としての水木しげるに出会った。そして、父親にねだって、1992年に岩波新書が発売した水木しげるの『妖怪画談』から連なる4作品を購入した。中学生の頃だと思う。その後、講談社+α文庫の『図説 日本妖怪大全』とその続編を自分のお金で買った。妖怪研究家としての水木しげるとの接点はそれだけだ。絵はとてもいい。でも、意外と文章がいい加減だな、というのが、当時の正直な感想だった。非常に感覚的で、個人の感想みたいな解説だな、と思っていた。

でも、今回の展示を見て、ちゃんと下調べしていたのだな、というのが分かった。下調べした上で、いい加減に書いていたのだ。それがいいじゃないか、と思った。しかも、「ぼくが作った」と断言した後に、

「しかしそれはあくまでも祖霊たちが『うん、それでよろしい』と言うような形にしておいた。祖霊たちがイエスかノーかは、形を作るときイエスの場合は心静かであり、ノーの場合はなんとなくドキドキして落ち着かない」

と書いている。ボクも最近、妖怪の絵を描いていて思う。オリジナリティを詰め込み過ぎて、明らかにやり過ぎたな、と思うときとか、違ったな、と思ったときには、アップロードしたときにものすごくドキドキする。これでよかったのだろうか、と煩悶する。そういうものなのだと思う。だから、とても、水木しげるに共感した。共感して、ドキドキしない範囲で「ぼくが作った」と言い切れることに、ボクは感銘を受けた。

2022年8月30日 ガシャドクロ推し!?

のん(能年玲奈)のYouTube『のんやろが!ちゃんねる』にて、「のん、妖怪に会いに行きました。」が公開されている。水木しげるの生誕100年を記念して、六本木の東京シティービューで「水木しげるの妖怪 百鬼夜行展 ~お化けたちはこうして生まれた~」を開催しているらしい。のんが、とても楽しそうに妖怪を紹介しているので、動画を見ているこっちまで楽しくなる。

彼女は今回、何故か「ガシャドクロ」をもの妙に推しているので、ちょっとガシャドクロについて紹介しておきたい。

実はガシャドクロは比較的、新しい妖怪で、昭和になって妖怪本が出版される中で生まれたものだ。元ネタは歌川国芳の浮世絵『相馬の古内裏』で、十数メートル程もある巨大な骸骨が大宅太郎光国に襲い掛かっている。この浮世絵はすごくて、当時は蘭学の影響もあって、解剖学が日本に入ってきているので、かなりリアルな骸骨を描いていて、迫力がある。で、実は、この浮世絵のモチーフになっているのは、江戸時代の山東京伝『善知安方忠義伝』で、滝夜叉姫がたくさんの骸骨を呼び出して、大宅太郎光国を襲っているシーンなのである。歌川国芳は、このたくさんの骸骨を描かずに、巨大な1体の骸骨にして描いた。この迫力のある浮世絵に着想を得て、昭和の妖怪本の中で、たくさんの骸骨が合体した妖怪として、「ガシャドクロ」が説明されるようになった。

だから、元々の浮世絵『相馬の古内裏』に登場する妖怪は「ガシャドクロ」とは呼ばれていないし、当時の作品に、骸骨が合体する妖怪という物語が伝わっているわけではない。あくまでも、歌川国芳が浮世絵を描くときに、たくさんの骸骨を描くのではなく、巨大な1体の骸骨にデザインしたのである。骸骨をたくさん描くのが面倒くさかったのかもしれないし、「たくさんの骸骨」というのを「巨大な骸骨」にすることで迫力を出したかったのかもしれないし、その方が構図として面白いと思ったのかもしれない。いずれにしても、昭和になって、この浮世絵から「ガシャドクロ」という妖怪が着想されたのである。

2022年8月21日 情報リテラシ

しばしば、有名人が裏アカウントを作って、SNS上で誹謗中傷コメントをして、それが発覚して炎上するケースがある。最近もYouTuber界隈で少しだけそんな話題があって、炎上している……もとい、大抵の場合、言うほど炎上はしていなくて、「炎上」という記事が人を呼び込んで炎上に仕立て上げられている格好になっている。

何だろうな。今回、炎上している人が、結構、すらっと背が高く、サバサバしたキャラクタを演じる人物だったので、意外だった。今後の彼女のキャリアに、結構、ダメージがあるのかもしれない。自己愛が強い人というレッテルは貼られるのかもしれない。ボク個人としては「人として有るまじき行為」とまでは思わないけれど、運営も突き放した冷たいコメントを発信していて、どうなるのかなーと遠巻きに眺めている。

裏アカ流出というのは、よくニュースになるけれど、そのたびにボクは、どうして裏アカを作るのかなあ、と疑問に感じる。彼女、彼らにしてみれば、公式アカウントでは窮屈なのだろうか。常に業務としてブランディングして発信するのはしんどいのだろうか。あるいは、事務所に管理されて自由に発信ができないのか。プライベートな記事を仲間内で共有したいのか。いずれにしたって、流出して問題になるような書き込みをするのは、あまりにレベルが低い。一般人の書く狭い範囲のSNSだって、やっぱりそれなりに、第三者的な目を意識しながら情報発信する必要があると思っていて、特にボクは就職してからは、社会人として、自覚ある書き込みをしなきゃいけないな、と常々、気を引き締めている。それが影響力のある有名人なら尚更だ。情報リテラシが低いのだなあ、と思う。そして何より、一番の疑問は、どうしてバレるのか。やっぱり、身内に敵がいるということか。

こういうニュースは、勝手ながら、いろんなことを考えてしまうんだけれど、今や1億総情報発信時代。結局、彼女の失敗を他山の石として、特に若い世代の人には情報リテラシを学ぶ機会にして欲しいし、自分も改めて戒めていかなきゃいけないな、と思う。

2022年8月9日 息子に引かれる

最近、息子は学童でコロコロコミックスを読んでいるようだ。何の漫画か分からないが、そこにテケテケが出てくるらしい。「知ってる?」と尋ねてくるので、誰に向かって物を言っているのかと、予定にはなかったけど、絵にしてみた。息子に「どう?」と見せたら、ドン引きされた。リアルすぎたらしい。

そんなわけで、大分、iPhoneとタッチペンでのお絵描きに慣れてきた。段々、紙に描いているのとそんなに変わらない絵になってきた気がする。

2022年8月8日 さらに描くものたち!

ここのところ、すっかりiPhoneとタッチペンで絵を描くことにハマっている。

iPhoneのイヤホンジャックにタッチペンを挿すだけ。これだけで準備完了だ。これはいい。今までなら、A4の紙や複数のGペン、2Bの鉛筆、消しゴム、ライト版などを準備していた。卓上のスペースも必要だった。でも、今はスマホ片手にタッチペンがあれば、どこでも絵が描けるし、いつ中断しても、片付けもいらない。本当に隙間時間に進められるところまで描いて、途中でやめられる。

しかも、若干、邪道で罪悪感に苛まれるんだけど、何度でもやり直せる。気に入らない線になっても、「戻る」ボタンひとつでやり直せてしまう。だから、何度でも気にいるまで線を引き直せる。これは大きな違い。紙にGペンで描いているときには、えいや、と覚悟を決めて線を引く。そして、これは元には戻せない。「あ、しまった!」と思っても、やり直せないのだ。そりゃあ、緊張感があった。デジタルには、そういう緊張感がない。気持ち的にはかなり楽になる。

そんなわけで、アラビア伝承の精霊ジン・シリーズのマーリドイフリートを描いてみた。

2022年8月5日 SNSのチカラ!?

よよよちゃんが荒牧陽子さんとコラボしたYouTUbeの動画を貼っておく。別に、彼女の動画それ自体に何か意味があって紹介しているわけではない。概要欄を見て欲しい。ここに彼女の素直な、そしてストレートなコメントが書いてある。

「お仕事に関係なく、私たちは勝手にどういう人間なのかイメージされてしまうことがあります」
「本当にやりたいことだったはずなのに、そうだったか自信を持てなくなる時があったり、弱音を吐いてもどうにもならないとわかっていても、本当はこんな人間だって知ってほしくなる時がある」
「いつもとても謙虚な陽子さんに『私は最強』って歌って欲しかったし、”荒牧陽子”という追いかける背中があっての私だから、『あなたと最強』って歌いたかった」

たまたまYouTubeによよよちゃんのこの動画をオススメされて、気になっているAdoの楽曲だったこともあって開いてみて、何故か概要欄を見た。そして「ああ、こういう気持ちでコラボに臨み、歌ったのか!」と、何だか心を動かされてしまった。

SNS時代は「共感」が決め手だと言われる。自分の偽らざる気持ちを発信できる場だし、それって確実に共感を呼べる。その連鎖が広がっていく。この動画がバズるバズらないではなくて、こうやって、よよよちゃんがストレートなコメントを書いていることに、ボクは共感したし、こういう使い方が本当のSNSのチカラだよなあ、と痛感した。

ボクは結構、淡々と事実を書くことが多いけど、でも、こうやって感情を込めて書いた方が伝わるので、ボクにとってはとても学びが多かったし、改めてSNSで情報を発信する意味とか、SNSの強みみたいなものを再認識した。ここから先、ボクはもう少しだけ素直に、感じたことを発信してもよいのだと思った。

2022年8月1日 新しい一反木綿のご提案。

引き続き、iPhoneとタッチペンによるお描きで一反木綿を描いてみた。

新しいタイプの一反木綿のご提案である。どうしても一反木綿というと、水木しげるのステレオタイプの絵を連想する。吊り目で、細長い三角形で、手が生えている。でも、実際には、水木しげる以前には、絵にして可視化されたことはない(と思う)。だから、本当の姿は分からない。だから、試しに横向きにしてみた。こういうウツボやリュウグウノツノツカイみたいな魚っぽいデザインはどうだろう。ウネウネして、少し気持ち悪いのではないか。

  

2022年7月31日 スマホで実際に妖怪を描いてみた!!

ファンタジィ事典にもう少しだけエンタメ要素を足そうと思っても、事典という形式上、なかなか面白くならないので、せめてイラストを足してみるという戦略に切り替えた。そこで、パキスタン出張に画材道具一式を持って行ったら、結構、大荷物になって大変だったので、スマホだけで完結できる方法をここ最近、ずぅっと模索していた。

しょこたんがiPadにClip Studioをインストールしてさらさらと絵を描いていたので、ちょっとそれに倣って、でもタブレットは持っていないので、Clip Studioをスマホにインストールして、タッチペンで絵を描いてみた。描いてみたのはアラビア伝承の精霊ジャーンジンニーだ。

ペンの抜きの感覚が慣れなくて、あらぬ方向に線が撥ねてしまうのだけれど、でも、何とかスマホで絵を描くことには成功した(と思う)。道具というのは慣れなので、経験を積めば、感覚も掴めて、いろんなことができるようになるだろう。

こうやって、イラストをファンタジィ事典に盛り込んでいけば、少し事典としての面白さと価値が増すのではないか。そんな期待をしている。しかも、彩色せず、白黒にすることで、まさに事典っぽさが増すので、ちょうどよい気もしているが、さてはて。

ジャーン ジンニー

2022年7月20日 転生しても、結局、うまく行かないのだ!?

最近、よくボカロ曲を聴く。あっちゃんが今の流行りはボカロ曲だと主張していたからだ(当の本人はトーンダウンしているのだけれど……)。ボカロ曲を聴くときには、YouTubeよりもニコニコ動画を視聴していることに自分でも少し驚く。でも、やっぱりボカロ文化のベースはニコニコ動画にある。そんなことを最近、痛感している。「殿堂入り」とか「伝説入り」とか「神話入り」みたいなタグは、今でもニコニコ動画の再生数で決まる。だから、YouTubeの操作性の方が圧倒的によいのだけれど、ボカロPを応援する意味では、ニコニコ動画を利用してしまう。

ここ最近のお気に入りは『転生林檎』だ。ピノキオPが2022年6月3日に投稿した楽曲で、まるでひとつの物語を観ているような気分になる。次々といろんな人物に転生してはやり直す。どの人生でも、ちゃんとある程度の目的は達成しているのに、でも、何かが満足できない。そんな屈折した気分が伝わってくる。「リンカーネーション」と歌うところの動画が、最高にいい。

2022年7月13日 イラストもスマホで描ける!?

しょこたんがYouTubeでよくタブレットで絵を描いている。まるでペンで描いているのと変わらないクオリティなのですごいな、といつも感心している。それにしても、今回、パキスタンに行った際、ホテルで絵でも描こうと思って、Gペンやコピック、ライト版を持っていったりもしたが、なかなか荷物だった。だから、こういうITを駆使するのも一興か、と思い始めた。

しょこたんが使っているソフトはCLIP STUDIO PAINTらしいので、試しにiPhoneにインストールしてみて、指で絵を描いてみた。正直、指って太いので、思ったところに線が引けずに苦労した。でも、Apple Pencilみたいなのがあれば、もっとうまく描けるかもしれないし、スマホの小さい画面の中で描いた割りには、まあ、悪くはないかもしれない、と思っている。

2022年7月6日 パキスタンより帰国してホテルにて軟禁生活中

パキスタンの風景

タイトルのとおりで、パキスタンより帰国して、現在、ホテルにて自主隔離中。日本政府は「赤」「黄」「青」の3つで世界の国と地域を区分して、感染症の水際対策をしている。最近は大分、緩和されていて、「青」に指定された国だとほとんどノーチェックで日本に入国できる。でも、何故だかパキスタンは数少ない「赤」の地域なので、3回ワクチンを接種していても、7日間の隔離が必要になる。で、今、ホテルに軟禁されている。

ホテルで自主隔離してみて、こんなに辛いことがあるのか、と思っている。部屋に閉じ込められているので完全に運動不足になっていて、身体の節々が痛い。それに退屈。でも、そんなこと以上に食生活が滅茶苦茶だ。日本のビジネスホテルでは自炊ができないので、畢竟、コンビニのお弁当やレストランのテイクアウトになる。出来合いのものは味が濃いし、連日続くと辛い。加工肉じゃなくって、ちゃんと齧れる肉が食べたくなる。そして出費が嵩む。何故、仕事で海外に行って、帰ってきてホテルに閉じ込められて、満足もできない食事で出費しなければならないのか。そんなワケで実はちょっと鬱々としている。

2022年5月30日 中田あっちゃんのマンガ『曼陀羅東京』が面白い。

YouTubeで毎月、ボカロ楽曲をリリースし、それに合わせてスマホコミックが1話公開される。

ボカロ曲「成仏させちゃうぞ」はボカロ曲の要素をこれでもか、と詰め込んでいて、「これがボカロでしょ!?」感が満載。いろんな歌い手さんが歌って、盛り上がるとよいな、と思う。

Twitterにも書いたんだけど、ボカロ曲は非常に緩やかに拡散されていっている印象。でも、その拡散力は現時点では非常に緩やかだ。どこかで爆発するんだろうか。有名な歌い手さんがどこかで食い付けば、どーん、と広がる可能性もあるのかもしれない。

普段、「歌ってみた」を聞く習慣はないんだけど、今回、歌い手によって楽曲の雰囲気ががらり、と変わるのは面白いな、と思った。「成仏させちゃうぞ」をファルセットで歌う人もいれば、シャウトして歌う人もいる。それぞれが個性があって面白い。にゃるほど、若者はこういう文化の楽しみ方をしているのか、と新しい楽しみ方を発見した感じ。

マンガについては、絵に対するネガティブな意見が多いことに驚いた。ボクはこの絵柄もよいと思う。絵に動きがあるし、コマからはみ出したりして、とてもポップ。今風で、味があって、かわいい。キャラクタが魅力的に描けている。事前に設定を読まないと人間関係が分かりづらいところはあるが、そういうのも、ケータイ小説っぽいというか、今風な感じがする。『ハンター×ハンター』のアニメでも感じたが、キャラクタ同士の関係性をほとんど描かずに、どん、と提示すると、余白ができるので、読み手がいろいろと関係性を想像する。そこに遊びができるので、二次創作しやすい。そういう仕掛けも、同人受けしそうで、よいな、と感じる。

「物語と絵が合っていない」という意見が結構、散見される。でも、一体、どういうことなんだろう。つまり、それって「物語に合う絵」というのが前提として存在していることを意味する。読み手の中に、ある程度、そういうステレオタイプな前提があって、そこから外れると「物語と絵が合っていない」という感想になる。それって、ちょっと頭が凝り固まっていやしないか? そんな風な感性の人が、結構、多いことが分かって、それもまた、あっちゃんが炙り出した新しい事実だな、と思う。

スマホの普及が遅れた日本。だからこそ今、全てをスマホの中で完結させるコンテンツを出して人々の意識改革を促す。そのあっちゃんの哲学に強く共感した。

曼陀羅東京 – 公式サイト

2022年5月28日 リスタート

6月1日からパキスタンに行く。新型コロナウイルス感染症の蔓延から約2年。ようやく海外生活がリスタート。スーツケースを引っ張り出しつつ、準備の仕方をすっかり忘れてしまった。いつも何を持って行っていたんだっけ? 取り敢えず、コーヒーセットは準場完了。どこの国に行っても、朝のコーヒーだけは欠かせない。

  

2022年5月26日 北海道で語られれば、もうこの事典に掲載!!

この本、実に面白い。表紙とは裏腹に中には一切絵がなくって、ゴリッゴリの事典である。書き手の感情などもなく、淡々と集めた情報が記載されている。よくもまあ、こんなに北海道だけで怪異と妖怪を集めたなあ、感心する。しかも古いアイヌの伝承から現代妖怪に至るまで、非常に幅広く怪異と妖怪を収集している。

面白いのは、広く各地に知られているような怪異や妖怪であっても、ひとたび、北海道を舞台に語られてしまえば、この本に掲載するという選定基準は新しく、多分、今までにそういう形でも事典はなかった。

どんどん、地域ごとにシリーズ化して出版されているらしいので、東北、関東……と追いかけていきたい。監修は朝里さんという方で、北海道出身の方らしいが、シリーズは各地のライターさんが書いているらしいので、その辺の構成なんかも、どうなっているのかな、と非常に興味がある。

『日本怪異妖怪辞典 北海道』(著:朝里樹,笠間書院,2021年)

  

2022年5月15日 SNSを駆使したい!?

右も左も分からないまんま、取り敢えず海に向かって舟を漕ぎ出している状態だ。FacebookとTwitter、そしてpixivを回しながら、何とか形に出来ないかと暗中模索で、YouTubeとInstagramはアカウントは取得したものの、アイディアがないため一時保留だ。

pixivはずぅっと前からやっていて、絵を描いては投稿していた。どちらかと言えば、絵を描いた感想の立ち位置で投稿しているイメージだ。ここからウェブサイト「ファンタジィ事典」に誘導できる。これは引き続き、続けていく方向性だ。Twitterも、絵を描いたタイミングでツイートしていた。単に「今、描いたよー!」という現在位置的な位置付けでツイートしていたんだけれど、今後はもう少しその妖怪に関する簡易な情報を載せてもいいかな、と思っている。Facebookについては現時点では使い方は模索中だけれど、神話・伝承関連の書籍を読んだときの感想と、絵を描いたタイミングに簡単な妖怪の概要を載せていって、蓄積していこうかな、と思っている。そして、Facebookページも作ったんだけど、こちらはもう少し厳密に、積み上げた情報をまとめるタイミングで更新していこうかな、と思っている。

そして、今後の予定として、当面、ジャンルを決めて、5つくらいの絵を描いていこうかな、と思っている。目下のところ、フィリピンの妖怪を5つくらい描いてみて、それをそれぞれのSNSにアップしながら、5つまとまった時点で、まとめ記事を書いてみたいな、と思っている。これをルーチンでやっていけるようになったら、ちょっと面白い展開になるのではないかな、と想定している。

そんなこんなで模索中ではあるものの、SNSを活用しながらの方向性なので、煩わしいところではあるんだけど、しばらくは雑記にこうやってアイコンをペタリコ、と貼り付けておこうかな、と思っている。

  

2022年5月11日 陸の孤島への連絡船!?

個人でウェブサイトを運営する人はどんどん少なくなって、年々、それぞれのSNSのプラットフォームで活躍する人が多くなっている。幸いなことに、ウェブサイト「ファンタジィ事典」に関して言えば、世界の妖怪を検索するような物好きな訪問者が、毎日100人以上はコンスタントにアクセスしてくれているし、薄利多売ではあるけれどAmazonアフィリエイトの収益もぽつぽつとあがっている。それでも、SNSの世界からは切り離されていて、日々、取り残されているような寂しい気持ちになる。

日本は共感の文化と言われていて、「いいね」を押すようなスタイルの活動がウケる。そういう意味では、共感型のウェブサイトであるSNSの方が向いている。一方、情報蓄積型のウェブサイトは一見さんがアクセスする。この双方をうまくリンクさせられないかな、と最近のボクは思っていて、その打開策のひとつとして、Facebookページをつくってみようかな、と思っている。日々の情報発信はFacebookでやって、共感型の部分を担ってもらい、情報蓄積型のウェブサイトに誘導していくようなアプローチだ。こうすることで、陸の孤島になっているウェブサイトに、連絡船を出すことができる。大陸と横断できるようになるかもしれない。

そんなことで、もう一度、緩やかにウェブサイト運営に力を入れようかな、と思っている次第である。さてはて。

  

2022年5月6日 南米の妖怪をまとめてみた。

9月頃から、『南米妖怪図鑑』(文:ホセ・サナルディ,画:セーサル・サナルディ,ロクリン社,2019年)に載っている妖怪を軸にウェブサイト「ファンタジィ事典」を順次、更新して来た。中南米の妖怪について言及するウェブサイトは少なく、一方で紹介されている妖怪の特徴がそれなりに面白そうだったので、せっかくならこの本に載っている妖怪を一気に紹介してしまおうという試みだ。

こうやって、1冊の本を潰していく作業は、中途半端にあちこちつまみ食いしながら自由気ままに更新作業をしてきた今までのボクにしては珍しい方向性だ。でも、あるジャンルを突き詰めることは、事典としての価値を高めるので、いずれは必要な行為だと思っていた。その意味では、本書は項目数も記述量もちょうどよかった。そういう新しい試みのつもりで始めてみた。

しかしながら、南米の妖怪となると、参照できる資料はなく、ほぼこの本だけが頼りになる。そうなると、畢竟、この本の写しになってしまうので、それはそれで問題だ。そこで、まずはスペイン語とポルトガル語のWikipediaを参照して、スペルや字義、特徴を確認することとした。それから、Wikipediaで英語表記を確認して、Googleで英語検索して、上位5件くらいの内容を確認した。その上で、Google画像検索で外見の描かれ方を確認した。英語であんまり引っ掛からないものは、スペイン語やポルトガル語で検索して、上位5件を確認した。基本的には、そうやって確認が取れた内容を掲載することにした。

このプロセスでやってみた結果、著者のホセ・サナルディ氏が、日本で南米の妖怪があんまり知られていないのをいいことにいい加減に書いた素人というわけではなく、信憑性の高い著述家であることが確認できた。また、本書を書くに当たって、おそらく彼がスペイン語やポルトガル語のWikipediaを参照していないだろうことも確認できた。ほぼ全ての項目で、Wikipediaに書いてある内容と本書の内容は合致するんだけど、Wikipediaにかなり詳述されている内容が、本書ではほとんど触れられていない。だから、Wikipediaとは別の情報に基づいて本書を記述しただろうことが分かった。アルゼンチンの人だけあって、スペイン語圏の妖怪の記述はほぼインターネット上の情報と合致する一方で、グアラニー神話やインカ神話などはあんまりフォローされていなくて、あくまでもそういう神話から派生した民間伝承的な要素だけが拾われている印象を受けた。大昔の神話・伝承は彼の対象の外にあって、あくまでも、現代の人々の間で語られる妖怪像にフォーカスしているようだ。

いくつか、本書でしか見つけることができなかった記述もある。カアーポラの記述の中で、マテ茶と結び付けるような記述はインターネット上で見つけることができなかった。また、イルペの二人の女も、インターネット上で見つけることができなかった。そういうものは、その旨を記述して、項目を記載した。

南米の妖怪へのアプローチは初めてなので、どの程度、自分の解説が妥当なのかは自分自身では評価できないが、発想として面白いな、と思ったのは、チェルーフェという妖怪だ。岩石とマグマでできた巨人ということで、最近のファンタジー映画のラスボスとしてCGで登場しそうな新しさを感じる。パテターロは糞尿で満たされた桶に片足を突っ込んだ格好の妖怪だが、どうしてこういう妖怪を着想したのかな、と思うと妙におかしい。セグアなんて、とても今風で、都市伝説っぽい。いずれにしても、一応、丁寧な確認作業は実施した上で、ウェブサイト「ファンタジィ事典」南米の妖怪をまとめてみたので、是非、参考にしてもらえればいいな、と思う。

2022年4月22日 贅沢な時間。

ワクチン3回目を打った。モデルナアームにはならなかったし、発熱もそんなに酷くはなかった。でも、腹痛になって死んでいた。

そんな状況なので、たくさん本を読んで勉強しようという感じで、いろいろと本を読んでいる。こうやってまとまった時間をつくって本を読む機会って、なかなかない。子供が生まれる前とかはあったし、海外渡航のときなんかはそういう時間が持てた。そういう意味では、苦しんではいるんだけど、有意義で贅沢な時間だ。