イフリート

分 類アラビア伝承・イスラーム神話
名 称 عِفْريت(イフリート)【アラビア語】
 女性形:عِفْريتة(イフリータ)
 複数形:عَفاريت(アファーリート)
容 姿実体はなく変幻自在。一般的にはたくましい巨大な男性。
特 徴アラビアの精霊。巨人。
出 典『アル=クルアーン(コーラン)』(650年頃)、『アルフ・ライラ・ワ・ライラ(千一夜)』(10~12世紀頃)ほか

イフリートのイラスト

アラビア世界の精霊ジンの大物!?

アラビアにはジンニー(複数形の「ジン」という表記の方がよく知られているかもしれない)という精霊がいる。イフリートはそんなジンニーたちの仲間で、『アルフ・ライラ・ワ・ライラ(千一夜)』(10~12世紀頃)などに登場し、ジンニーたちの中でも特に魔力を持った恐ろしい存在として描かれる。

ジンニーはイスラーム以前からアラビアで崇拝されてきた超自然的存在で、イスラームでも唯一神アッラーフが、天使(マラク)と人間の中間的な存在として創造したものとして『アル=クルアーン(コーラン)』(650年頃)に登場する。

『アル=クルアーン』によれば、アッラーフは天使(マラク)たちを光から創り、ジンニーたちを煙の立たない炎から創った。その後、アッラーフの地上の代理人として、最初の人間アーダムを土と水から創った。アッラーフは天使やジンニーたちに対して人間に跪(ひざまず)くように命じたが、ジンニーたちの長であったイブリースだけはそれを拒み、天界から追放されたという。

イフリートも『アル=クルアーン』に一度だけその名前が登場する。第27章「蟻章(アン・ナムル)」で、スレイマーン(ソロモン王)が家来たちに対して「誰がシバの女王の玉座をここに持ってこられるか」と尋ねるシーンで、イフリートが名乗りを挙げ、「あなたが立ち上がる前に女王の玉座を持って参りましょう」と答えている。

قَالَ يَا أَيُّهَا الْمَلَأُ أَيُّكُمْ يَأْتِينِي بِعَرْشِهَا قَبْلَ أَنْ يَأْتُونِي مُسْلِمِينَ
قَالَ عِفْرِيتٌ مِنَ الْجِنِّ أَنَا آتِيكَ بِهِ قَبْلَ أَنْ تَقُومَ مِنْ مَقَامِكَ وَإِنِّي عَلَيْهِ لَقَوِيٌّ أَمِينٌ

(スライマーンは)尋ねた。「長老たちよ、彼ら(シバ国の人々)が私のところに来て服従を誓う前に、誰があの女(シバの女王)の玉座を私のところに持って来られるか?」
ジンのうちのイフリートが答えた。「あなたがその席を立たれる前に、私がそれをお持ちしましょう。私にはそれを行うだけの強い力があり、また信頼に値する者です」

(『クルアーン』第27章「蟻章(アン・ナムル)」第28~29節)

ちなみに、『アル=クルアーン』の日本ムスリム協会訳では、イフリートは「ジンの大物」と訳されている。

イフリートって、意外とおマヌケさん!?

イフリートは古来よりアラビアではよく知られた存在で、『アルフ・ライラ・ワ・ライラ』にもたびたび登場する。彼らに実体はなく、変幻自在であり、種々の魔法を使いこなす。

実際、『アルフ・ライラ・ワ・ライラ』の中ではジンニーとイフリートという単語の使用は厳密には区別されていない。同じ存在のことを、あるときにはジンニーと呼び、あるときにはイフリートと呼んだりもしている。《巨人》を意味するマーリドもイフリートやジンニーを指す言葉として用いられている。強いてこれらの語を区別するとすれば、ジンニーに対して、特に恐ろしさを強調するときには「イフリート」と表現するとも解釈できる。

けれども、『アルフ・ライラ・ワ・ライラ』に登場するイフリートたちは案外、抜けている。

たとえば「漁師とイフリートの物語」がよく知られている。ある日、漁師が網を引いていると、真鍮の壺が引っ掛かった。その壺の蓋を開けてみると、煙と共にイフリートが飛び出してきた。恐ろしげなイフリートは、自分を解放してくれた漁師を食い殺そうとする。何しろ、スライマーン(ソロモン王)によって約400年間も壺に閉じ込められていたイフリート。最初は救い出してくれた人間に富を与えようなどと考えていたが、段々と怒りが募り、最初に壺の蓋を開けたものを食い殺そうと決めていたと説明する。しかし、漁師は「巨大なイフリートが小さな壺に入っていたなんて信じられない。本当に壺に入っていたのなら証拠を見せろ」と言う。「それならば!」とイフリートが壺の中に入って見せると、漁師はすぐに壺に蓋をした。こうして再び壺の中へ閉じ込められてしまうのである。

「商人とイフリートの物語」では、商人がナツメヤシを食べて、その種を投げ捨てたところ、不運にもイフリートの息子に当たって死んでしまった。激怒したイフリートが出現して商人を殺そうとする。商人は家族に遺言を残すために1年の猶予をもらい、約束どおり、1年後に戻って来る。商人の誠実さに感銘を受けた3人の老人が「面白い話をしたら商人の罪を3分の1ずつ許してくれ」とイフリートに交渉し、奇妙な物語を語って聞かせることで商人の命を救われる。それにしても、イフリートの子供はナツメヤシの種が当たっただけでも死んでしまうのである。

「第一の托鉢僧の物語」では、絶世の美女が地下に1人で住んでいる。彼女は結婚式の夜にイフリートに連れ去られてイフリートの妻になる。イフリートは誰の目にも触れないように地下の大理石の箱の中に彼女を隠している。しかし、イフリートが眠っている間に、彼女は次々と男性を誘い込んで浮気をしているのである。

「カマル・アル・ザマン王子とブドゥール姫の物語」では、男女のイフリートが登場して、「自分が見つけた人間の方が美しい」などと口論を始め、それぞれが眠った美男美女を魔法で運び込んで、どちらが美しいかを競い合う。そうやって偶然、イフリートによって引き合わされたブドゥール姫とカマル王子が恋に落ちるという展開である。

「お喋りな床屋の物語」では、イフリートは大泥棒で詐欺師の女の用心棒として仕えている。イフリートは彼女の命令に従って、屋敷に誘い込まれた男性を殺害して、財産を奪う手助けをしている。

「真鍮の都の物語」では、スライマーンによって巨大な柱に鎖で繋がれ、砂漠に腰まで埋まったイフリートが登場する。

「ジュダルと兄弟の物語」では、主人公のジュダルが魔法の品々を手に入れるために、洞窟の封印を解くと、次々にイフリートが現れる。しかし、ここではイフリートは恐怖に屈しない心を持つ者に従うように設定されていて、主人公を試す役割を持った存在として描かれている。

いずれにしても、イフリートはジンよりも上位の存在、あるいはより荒ぶる性質を持った存在として描かれる。「足は地面につき、頭は雲に届く」などと描写され、煙が固まって巨大な姿になるのがお決まりの描写である。また、多くのイフリートがスライマーン(ソロモン王)を恐れて、彼の印章が刻まれた壺や封印には逆らえないのも共通している。

ジンニーには階級がある!?

一説によれば、ジンニーは5つの階級に分類されるようだ。上から順にマーリド、イフリート、シャイターン、ジンニー、そしてジャーンの順である。この分類に従えば、イフリートは上から2番目の階級に属することになる。

この5つの階級を体系的に記述したのは、11世紀の学者アル・サアーリビーであると言われている。サアーリビーは『言葉の神髄(フィクフ・アル=ルガ・ワ・スッリ・アル=アラビーヤ)』(11世紀頃)の中で、ジンニーの呼称を強さや性質に応じて分類したという。

ジャーンはジンニーという種族のもっとも古い形態であり、かつて地上を支配していた古い精霊の生き残りである。ジンは標準的な精霊で、善いものも悪いものも存在する。シャイターンは邪悪で人間に害をなす存在、イフリートはシャイターンよりもさらに狡猾で強大な存在、そして、マーリドはイフリートよりもさらに強大で最上位に位置するものと位置づけられた。アラジンの魔法のランプなどに登場する強力なジンニーは、マーリドの階級に属している。

なお、サアーリビーの定義では、人間の住居に同居して守護霊として働いているジンニーはアーミルと呼ばれるようだ。

イフリートは炎の魔神という誤解!?

近年のファンタジー小説やゲームなどではイフリートは炎の魔神などと説明されることが多い。テーブルトークRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』を始めとして「ファイナル・ファンタジー」シリーズなどでは炎の属性を持った魔神として登場する。1980年代のロールプレイングゲームの解説書の類いには「アラビア伝承に登場する炎の魔神」などとまことしやかに説明されている。確かにイフリートはジンニーの一種なので、アッラーフによって煙の立たない炎から創られてはいるが、アラビア伝承の中のイフリートは、特別に炎と強く関連づけられた存在ではない。

このような誤解は『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の設定に負うところが大きい。『ダンジョンズ&ドラゴンズ』では魔神を水、火、風、土の四大精霊と結びつけて、それぞれ水の魔神をマーリド(Marid)、火の魔神をイフリート(Efreeti)、風の魔神をジン(Djinn)、土の魔神をダオ(Dao)とした(ダオは『ダンジョンズ&ドラゴンズ』のオリジナル)。その後、さまざまなゲームなどでこの設定が踏襲されたため、イフリートといえば炎の魔神であるかのような印象を与えている。

《参考文献》

Last update: 2026/05/06

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