2026年4月11日 吸血鬼小説の源流をたどる:ポリドリからストーカーまで
吸血鬼小説の全体像を把握しようと思って、このところ、ポリドリの『吸血鬼』(1819年)、レ・ファニュの『カーミラ』(1872年)、ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』(1897年)を立て続けに読んでいた。それぞれがギリシャ、モラヴィア(チェコ)、トランシルヴァニア(ルーマニア)の吸血鬼伝承を下地にしながら、現代的な吸血鬼を創作している点で非常に面白いな、と思っている。
たとえば、ポリドリの『吸血鬼』では、ギリシャの宿屋の娘のイアンテがギリシャ土着の吸血鬼ヴリコラカスについて語り、吸血鬼の恐怖を煽る。そこへ、イギリスからやってきた貴族のルスヴン卿(実はその正体は吸血鬼)が現れ、ギリシャの地でイアンテを襲う。
レ・ファニュの『カーミラ』では、吸血鬼カーミラが暗躍するのはオーストリアのシュタイアーマルク地方だが、すぐ北の隣国チェコのモラヴィアの貴族がかつて吸血鬼退治でシュタイアーマルクに招聘された話が出てきて、モラヴィアの吸血鬼伝承(ナヴラチレツ)を想起させる構造になっているのが面白い。
ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』では、ドラキュラ伯爵はトランシルヴァニア(ルーマニア)の古城を根城にしているが、現地ルーマニアの吸血鬼(ストリゴイ・モルツィ)の伝承を下敷きに創作している。オオカミへの変身、ニンニク嫌い、棺桶で眠る、杭で心臓を突き刺すなどの要素はストリゴイ伝承に由来する。
後続のドラキュラやカーミラは何度も映画化もされているし、吸血鬼としては非常に有名だ。ルスヴン卿は貴族的な吸血鬼の元祖にも関わらず、吸血鬼としてあんまり認知されていない気がする。もっともっと知名度を高めていった方がよいのではないか。
そんなことを考えながら、ウェブサイト「ファンタジィ事典」にルスヴン卿、ヴリコラカス、カーミラ、ナヴラチレツ、ドラキュラ、ストリゴイなんかを追加してみた。意外と、ストリゴイなんかは調べていて面白かった。2004年でも墓を暴いて心臓を取り出し、焼いて食べるという儀式が行われたというのは、結構、衝撃だ。
2026年3月31日 現在と未来:AI時代の到来──「情報」から「解釈」へ
ウェブサイト「ファンタジィ事典」が1,500項目を達成したことを受けて、ちょっとだけ自分のウェブサイト運営を振り返ってみている。
第1回は黎明と黄金期:ハイパーリンクの熱気と個人サイトの黄金時代、第2回は転換と挫折:集合知の台頭と一度目の幕引き、第3回は再起と適応:スマホ上陸と独自ドメイン、抗い続ける編纂者と自分のウェブサイト「ヘタっぴなアルコール蒸留」の歴史を書いてきた。
今回は第4回。ここからは、少しだけ「未来」の話をしたい。モバイルやスマホ、タブレットへの対応、プラットフォームによる囲い込み、Wikipediaの集合知などとボクは必死になって戦ってきた。全部うまく行ったとはとても言えない。それでも、何とかしのいできた感覚はある。そこに新たなる壁が立ちはだかる。それが「AI」だ。2022年にChatGPTが公開され、まさにAIの時代に突入した。もはや検索すらしてもらえない時代になってしまった。
たとえば、誰かが、どこかの地域のとある妖怪について知りたいと思ったとする。ひとたびAIに尋ねれば、その地域の言語で書かれたサイトであれ、英語のサイトであれ、AIはそれらを軽々と横断し、要約して回答してくれるだろう。さらには、そういう情報を積み上げて、新しいウェブサイトを作ることだって簡単にできる。おそらく、今後、実際にそういうAI由来の情報に基づいたウェブサイトは増えていくだろう。そんな中で、ボクたちはどんな価値を提供していけばいいのだろう。
現時点でボク自身、明確な答えが出ているわけではない。それでも、歴史的背景や地理的背景の分析、地域や時代横断の比較、個人の分析や感想には意味があるのではないか。今、そんなことを考えている。AIが吐き出す情報はきっと均一化しているので、ボクたちはそこからの「差別化」を図らなければいけない。
たとえば、実際に妖怪が跋扈していた時代がどんな時代で、暴れ回っていた場所がどういう場所なのか。ボクの強い興味関心はそこにある。そこにフォーカスして整理する情報には一定の価値が生まれる。また、その妖怪についてボクが調査してみて、どのように感じたのか。その感想にも、きっと価値はある。1,500項目を積み上げてきたボクの視点で、単なる「情報」から「解釈」に転換していけば、それはAIには真似ができない。
もうひとつ、今、漠然と考えているのは、編纂者の顔が見えるSNS発信だ。今、ボクは正直、SNSをうまく使えていない。けれども、こつこつと事典を編纂しているボクとそのプロセスを、SNSで発信していけば、もしかしたら、そこには新たな価値が生まれるのではないか。
現時点でのボクの結論は、そんなところ。だからボクは、これからもそれを着実に実行していこうと思う。
2026年3月29日 再起と適応:スマホ上陸と独自ドメイン、抗い続ける編纂者
ウェブサイト「ファンタジィ事典」が1,500項目を達成したことを受けて、ちょっとだけ自分のウェブサイト運営を振り返ってみている。
第1回は黎明と黄金期:ハイパーリンクの熱気と個人サイトの黄金時代、第2回は転換と挫折:集合知の台頭と一度目の幕引き。そして今回は第3回。
それでも、ボクはどこかで負けたくなかったのだと思う。個人サイトが消滅していくことが悔しかったのだと思う。白鷹るいさんの「幻想図書館」が2004年11月に閉鎖したときの感情がずぅっと心の中に残っていた。だから、2008年11月、再び、ウェブサイト「ヘタっぴなアルコール蒸留」の再開を決意した。日本へのiPhoneの上陸が2008年7月。TwitterとFacebook、YouTubeが主戦場となり、まさにスマホとSNSの時代の幕が開けた。個人サイトにとっては冬の時代である。それでも、負けるもんかと思った。
もちろん、明確な戦略があったわけではない。2009年4月に「ヘタっぴなアルコール蒸留」からウェブサイト「ファンタジィ事典」だけを分離・独立させる。ウェブサイト運営の目的を明確化して「ファンタジィ事典」に専念しようと思ったわけだ。けれども、これはうまくいかなかった。事典編纂者の顔が見えなくなって、ただの事典サイトになってしまった。
2011年7月には「hetappi.info」という独自ドメインを取得する。そして、再度、「ファンタジィ事典」を「ヘタっぴなアルコール蒸留」の中に再統合する。個人サイト文化が衰退する中、敢えて自分の場所を確保する決意表明でもあったし、少しでも個人サイトとして有利な戦いを仕掛けようと奮闘していた。「日々の雑記」で中の人の生活を見せながら、コツコツと事典を編纂していくスタイルに切り替えたわけである。
WordPressを2014年6月に「ヘタっぴなアルコール蒸留」に部分的に導入した。WordPress自体はすでに2003年に誕生していたが、ボクとしてはずぅっと拒み続けてきた。アップデートのためにメンテナンスしなければならないからだ。でも、導入を決めた。これはボク自身が仕事で海外を飛び回ることが多くなったからだ。SEO的に高く評価してもらうためには、常時、更新して、動いているウェブサイトだと認識させる必要があった。海外に行っている間、ウェブサイトの更新が滞るのはよろしくない。そのため、「日々の雑記」の部分だけをWordPress化して、いつでもどこでもスマホから更新できる体制を構築した。それ以外のコンテンツは静的HTMLのまま据え置いた。
2014年10月にHTML5が標準化され、Webアプリ時代が本格化した。2017年にはそれに合わせて、大幅なリニューアルを実施する。こうして、現在の「ヘタっぴなアルコール蒸留」に至っている。
2026年3月27日 転換と挫折:集合知の台頭と一度目の幕引き
ウェブサイト「ファンタジィ事典」が1,500項目を達成したことを受けて、ちょっとだけ自分のウェブサイト運営を振り返ってみている。
第1回は黎明と黄金期:ハイパーリンクの熱気と個人サイトの黄金時代。そして今回はその続き。
そんなわけで、個人ホームページの黄金期であった2003年1月19日、ウェブサイト「ヘタっぴなアルコール蒸留」は誕生した。時代は3G。1999年にi-modeが出来て、人々はガラケーでもインターネットにアクセスするようになった。ボクたちはガラケーに対応するウェブサイトを作らなければいけなくなる。一時期はキャリアごとにページを作る必要があって、パソコン用に加えてi-mode用、EZweb用、Vodafone用のページを作っていた時代もあった。
1999年にはすでにHTML 4.01が標準化されていて、文書構造(HTML)と見た目(CSS)を分離させるように提唱されていたが、日本への本格導入はかなり遅れて2000年代中頃だった。ボクはこれにも対応しなければいけなかった。ガラガラとウェブサイトを再構築した記憶がある。
さらには1999年に登場したブログが日本にも到来し、眞鍋かをり(2004-2006年)や中川翔子(2007-2009年)がブログの女王として大活躍した。ブログにはトラックバック機能がついていた。自分の発信した情報が参照される等の反応があって、当時は非常に画期的だった。ボク自身も、実は2005年に「飛べない試作品第7号」という名称でブログを試行していた時期もある。結局、HTMLのウェブサイトとの統一感を担保できなくて、このアプローチはすぐに諦めてしまった。
その後、2004年にmixi、Facebook、2005年にYouTube、2006年にTwitterが産声を上げ、次第にウェブサイトの重心が個人サイトからプラットフォームに移っていった。目に見えて、掲示板でのコミュニケーションが減って、SNS上でのやり取りが中心になっていく。SNSの囲い込みで顧客が奪われていく感覚を実感したのは2000年代後半かもしれない。
2001年に運営を開始したWikipediaが普及したのもこの時期で、2007年に40万項目を達成して、Google検索でもWikipediaがトップに来るようになった。まさに「出典はWikipedia」という時代が到来した。
2007年12月に、ボクは一旦、ウェブサイトを全て閉鎖する決断をした。モチベーションが続かなくなったのだ。特にウェブサイト「ファンタジィ事典」の編纂作業は難しかった。どう頑張っても、個人の事典では集合知には勝てない。それでも、必死で抗って、Wikipedia的な網羅性を追求してしまった。それで限界を迎えたのだと思う。だから、閉鎖することにした。
「まあ、ボクは気まぐれですから。ひょい、とまた始めちゃうかもしれません。でも、まあ、それはそれ。とにかく今は一度、閉鎖してみようと思います。みんな、みんな、ありがとう。またお会いする日まで」
2026年3月25日 黎明と黄金期:ハイパーリンクの熱気と個人サイトの黄金時代
ウェブサイト「ファンタジィ事典」では3月20日に1,500項目を達成した。これを機に、ちょっとだけ自分の歩みを振り返るとともに未来を語ってみようなどと色気を出しているボクである。
そもそも、ボクがウェブサイト「ヘタっぴなアルコール蒸留」を立ち上げたのは2003年1月19日で、大学生の頃だった。時代としては、個人が世界に向けて自由に発信できる黄金期だったと言える。ちょっとだけ、HTMLの歴史と結びつけながら、ボクのウェブサイト運営について振り返ってみたい。
HTMLという概念そのものは、1991年にティム・バーナーズ=リーによって公開された。これは文書構造にハイパーリンクを組み合わせたものだ。その後、1993年にWWWが一般公開され、HTMLの最初の仕様も提示され、誰もがウェブサイトを構築できるようになった。
1995年にはHTML 2.0が標準化され、フォームやリストなどの概念が出揃った。掲示板やカウンター、コメント入力など、CGIを用いた双方向のコミュニケーションができるようになった。
1997年には、ブラウザごとに勝手に独自展開していた見た目の要素を追認する形でHTML 3.2が標準化され、フレーム(独自拡張)やテーブルレイアウトなどを用いて手軽にリッチなホームページが作れるようになった。
ボクの最古のウェブ体験というのは、まさにこの時代のものだ。数は少ないながら、先人たちがすでに個人ホームページを作り始めていた。まさに個人ホームページの黎明期だ。信じられないかもしれないが、その界隈であればこのサイトというのがあって、みんな、そこに集って交流していた。当時の個人ホームページというのは、大抵、ウェブ日記、カウンター、掲示板、リンク集がセットになっていて、ボクもこれらを模倣して、最初のウェブサイトを作り始めた。
ちなみに、ボクが目標としていたのは白鷹るいさんの「猫の夜会」で、創作サイトの傍ら「幻想図書館」という神話・伝承の事典があって、ものすごく憧れていた。「猫の夜会」そのものは1997年に運営を開始しているので、かなりの古参と言える。古い時代のウェブサイトとして必ず名前が挙がる「侍魂」とか「ちゆ12歳」なんかも2001年に運営が開始されているので、ボクも群雄割拠の個人サイト時代の一翼としてウェブサイト運営を始めたと言える。
1998年にはロボット型検索とPageRankという概念を引っ提げて、Googleが誕生し、SEOという概念が重要視されるようになっていくが、ボクがウェブサイトを作り始めた頃は、まだリンク集が非常に重要だった。リンク集を辿って新しいウェブサイトと出会う必要があったし、Yahoo!はディレクトリ検索と言って、手作業でリンク集を作成していた。相互リンクや同盟、ウェブリングみたいな独特の概念もあって、いかにその界隈で繋がって交流するかがサイト拡大の肝だった。掲示板を介して人々は交流していて、熱気があった。
2026年3月22日 1,500項目のお祝いに、AIと対談してみた
3月20日の記事「ファンタジィ事典」1,500項目達成!でも書いたように、ウェブサイト「ファンタジィ事典」の項目が通算で1,500項目になった。何か面白い企画はないものかと考えあぐねていたが、最近のAIブームの流れに思い至った。そうだ、ウェブサイト「ファンタジィ事典」の1,500項目達成を記念し、AIとの対談企画をやってみようということで、Geminiに相談してみた次第。
今回、事前にGeminiにウェブサイト「ヘタっぴなアルコール蒸留」をよくよくリサーチさせ、その内容をもとにインタビュー記事を組み立ててもらった。Geminiが投げかけてくる質問にボクが順次、答えていき、最終的にそれをGeminiが独自にまとめ上げている。
もちろん、言ったことと言っていないことが混ざっていたり、ニュアンスが微妙に違っていたりもする。でも、ボクがAIと対談するというのはそういうことだ。そういう企画として楽しむべきだと思って、あえて修正せず、そのまま掲載することにした。
というわけで、「1,500項目記念AIインタビュー」を是非是非、お楽しみあれ。あっはっは。
2026年3月20日 「ファンタジィ事典」1,500項目達成!
本日、ウェブサイト「ファンタジィ事典」に、朝鮮半島の妖怪のチョマグとチュドゥンイ・ダッパル・コンジ・ダッパルを追加した。
チョマグは毛むくじゃらの四足獣の怪物、チュドゥンイ・ダッパル・コンジ・ダッパルは嘴(くちばし)と尾が長い怪鳥で、姿こそ違えども、どちらも母親を殺し、息子に退治されるという点で、同じ起源の妖怪なのだと思う。
チョマグは朝鮮半島の北側(現在の北朝鮮)、チュドゥンイ・ダッパル・コンジ・ダッパルは南側(現在の韓国)に伝わっているので、同じような話が伝播する過程で、一方は獣、他方は鳥になっていったものだと考えられる。
実は、これでウェブサイト「ファンタジィ事典」は通算1,500項目を達成した。長く続けてきて、めでたいことだ。特にこの妖怪で1,500項目を迎えようと決めていたわけではない。粛々と進めていく中で、結果的に、この2体で1,500項目に相成った次第。
2003年4月に「ファンタジィ事典」めいたものを開始して、2009年4月に独立させて本格運用を始め、1,000項目を達成したのが2022年1月末なので、明らかにペースアップしている。進むべき方向性が決まったので、それを粛々とやっているからペースがあがっているのだろう。そう自己分析している。
折角、1,500項目を達成したので、ちょっとだけ、ウェブサイト「ヘタっぴなアルコール蒸留」の中でイベントをやってみようと企画している。しばしお待ちあれ。ふふふ。
2026年3月9日 朝鮮古典データベースを開きながらワクワク
成俔(ソン・ヒョン)が記した説話集『慵齋叢話(ヨンジェチョンファ)』(1525年)の原文を見つけた。日本語で検索しても引っ掛からなかったし、CopilotやGeminiに尋ねても見つからなかったのに、Claudeが見つけてきた。AIにも得意不得意があるらしい。
見つけたのは한국고전종합DB(韓国古典総合DB)というウェブサイトで、基本的には韓国語のウェブサイトだ。古典を韓国語に翻訳したものが掲載されている。でも、原文にチェックを入れれば、漢文と韓国語の対訳になる。
たとえば、『慵齋叢話』の第1巻を見てもらいたい。左側に韓国語(翻訳)、右側に漢文(原文)が並ぶ。素晴らしいデータベースだと思う。
ここにいくつか朝鮮半島の古典が載っているので、コ・ソンベ氏の『韓国妖怪図鑑』だけではなく、ここも参照しながら朝鮮伝承の妖怪を補正していけるなあと思っている。嗚呼、ワクワクするなあ。
2026年3月8日 吸血鬼の系譜を辿り始めた日
2月1日の記事『薔薇色の月』でも言及したが、ファントムシータの『薔薇色の月』は吸血鬼カーミラをモチーフにした楽曲らしい。それならば、ちょっと『カーミラ』でも読んでみようかと思いつつ、変に熱心なボクは「吸血鬼の元祖であるポリドリの『吸血鬼』から順番に読まなければ」という不思議な正義感が芽生えてしまう。そんなわけで、早速、ジョン・ポリドリ(John William Polidori)の怪奇小説『吸血鬼(The Vampyre)』(1819年)を読んでみた。
粗筋としては、若き英国紳士オーブリー(Aubrey)が主人公で、社交界の場で謎めいたルスヴン卿(Lord Ruthven)と出会い、彼に魅了される。血の気のない青白い顔で無表情、それでいてどこか魅惑的な彼の正体は、果たして吸血鬼であった。
物語はロンドンの社交界から始まり、二人の旅はローマを経てギリシャへ向かう。そこでギリシャの吸血鬼ヴリコラカスの伝承を聞かされる。オーブリーは古い迷信だと切り捨てるが、実際に宿屋の娘イアンテは吸血鬼に襲われて殺されてしまう。さらに山賊に襲われてルスヴン卿は死ぬ。失意のうちにロンドンに帰国したオーブリーだったが、しばらくして、生前と変わらぬ姿のルスヴン卿が現れる。どうやら彼がオーブリーの妹を狙っていることが発覚し……。
『吸血鬼』はざっくり言うと、そんな物語である。社交界で異彩を放っていた謎めいた紳士が、実は吸血鬼だったという展開は、今となってはよくあるものだが、こうした“貴族的吸血鬼”というイメージはポリドリの創作であり、後の吸血鬼像(カーミラやドラキュラ)に受け継がれていく。まさに革新的だったわけである。
結局、ルスヴン卿の正体が世間に公になった頃には、オーブリーはすでに死んでいる。妹も犠牲になり、ルスヴン卿も姿を消している。その後、彼がどうなったのかをポリドリは語らない。吸血鬼は別の場所で名前を変え、その社会に溶け込んでいくのかもしれない。いずれにしても、不気味な終わり方である。
さあ、次はいよいよ念願のレ・ファニュの『カーミラ』(1872年)だ。頑張って読むぞー。おーッ!!
2026年2月25日 死体が「くっついて離れない」怪異を調べてみた!?
本日は朝鮮伝承のチャクシ(着屍)を更新。妖怪なのかどうかもよく分からない。死体が身体にくっついて離れなくなったという現象だ。チャクシというのも、実のところ、『韓国妖怪図鑑』のコ・ソンベ氏による命名だと思われる。でも、独特な雰囲気があるので、今回、ウェブサイト「ファンタジィ事典」に加えてみた。
死体がくっついて離れなくなるというのは、結構、珍しいパターンなのではないか。しかも、実際に想像すると、メチャクチャ怖いのではないか。それを淡々と書いてしまうあたりに朝鮮半島っぽさを感じてしまう。
そんなわけで、多少のペースダウンはしているものの、着実に朝鮮半島の妖怪たちを追加している今日この頃である。
2026年2月10日 竹葉軍を更新。
本日、朝鮮伝承のチュギョプクン(竹葉軍)を更新。10日振りの更新。ちょっとだけウェブサイト「ファンタジィ事典」の更新ペースが落ちている。ヤバい。
それにしても、先代の王が竹の葉を兵士に変えて助力してくれるというのは、非常に朝鮮半島っぽい話だと思う。王朝が継続するのも滅びるのも、その王朝の正統性みたいなところがある。
2026年1月29日 メソポタミアの神7!?
歴史を面白く学ぶコテンラジオで、ここのところ、ヤンヤン氏がギルガメシュ王について語ろうとしている。語ろうとしている……と書いたのは、まだ語っていないからだ。第1話ではメソポタミア文明の概要を説明して、第2話でメソポタミアの神々について説明している。これらの情報の土台の上に、次回、ギルガメシュ王が語られる段取りになっている。
最後まで聞いてから紹介しようと思っていたんだけど、第2話のメソポタミアの神々(厳密にはアッカド神話の神々)の説明が面白かったので、今回、見切り発車的に、このコンテンツを紹介しようと思う。
ヤンヤン氏は非常に言語化が上手だと思う。会社経営のような感じで神話の神々を説明して、現代の人にもイメージしやすいように組み立ててくれている。神7も解説してくれるし、イギギたちのストライキも、人間の創造も解説してくれる。
個人的には非常に勉強になった。鴨頭嘉人氏が話の上手な人の条件のひとつとして、たとえ話が上手な人を挙げている。まさにヤンヤン氏の手法はそれで、メソポタミアの世界を現代と置き換えながら、イメージを助けるようなたとえがたくさん出てくる。しかも、要点を絞って、説明しすぎない。そのバランス感覚もすごくいい。
ウェブサイト「ファンタジィ事典」を編纂していると、ついつい情報過多になる。あれもこれも説明しようとしてしまう。そうではなくって、引き算の発想も大事だし、たとえを持ちだすのも有効だ。そういう意味で、いい刺激を受けたし、ボク自身もどんどんこういう発想を取り入れていきたいなと思った。
2026年1月26日 ポモ(梵魚)を描いてみた。
朝鮮伝承のポモ(梵魚)を描いてみた。

ポモ(梵魚)は金色に輝く魚で、五色の雲とともに空を泳いでいるが、稀に地上で水浴びする。釜山の金井山の岩の上の泉はポモが水浴びして以来、決して枯れることはない。水面を跳ねる音は、澄んだ鐘の音だったとか。
ということで、久々に朝鮮の妖怪の絵を描いてみた次第。引き続き、日本の妖怪と朝鮮の妖怪を描いていきたい。頑張るぞ。
2026年1月25日 朝鮮半島の妖怪と日本の妖怪
継続的に朝鮮半島の妖怪たちを更新中だ。入院中のストックも限りがあるので、いつまで続くのかは分からないけれど、毎日更新を継続しているところだ。
直近の3日間でサムモック(三目狗)、サシクチュ(蛇食蛛)、ウロンガクシを更新した。サムモックは3つ目のイヌ。しかしその正体は地獄の三目大王。すでに過去に立項していたが、コ・ソンベ氏の『韓国妖怪図鑑』を参照して、もう一度、記事を再構成してみた。サシクチュは李瀷(イ・イク)が実際に目撃したというヘビを食べるというクモ。毒の治療にも役立つという。そして、ウロンガクシはタニシが人間に化けて嫁入りする韓国の有名な昔話。ウロンガクシは有名な妖怪なので、今度、イラストにしてみようかなあ。うーん。
日本の妖怪も併せて更新している。結構、鳥山石燕の創作妖怪で現在、有名になっているものが多いなあ、と気がついた。まあ、そりゃあ、そうか。水木しげるは『ゲゲゲの鬼太郎』の中で、鬼太郎に味方する妖怪たちは柳田國男の採集した伝承妖怪から、敵対する妖怪たちは鳥山石燕などが描いたような江戸時代の妖怪から選んでいるので、必然的に、鳥山石燕の妖怪が敵役として登場することにあって、知名度があがる。その中に鳥山石燕の創作妖怪がたくさん混ざるのは、当然の帰結だ。その辺もいつか記事にしてまとめられるとよいなあ。
2026年1月23日 バハムート、ベヒモス、リヴァイアサン……
最近、ウェブサイト「ファンタジィ事典」の在り方をいろいろと考えていた。多分、時間があったからだ。元旦から入院して、その後も自宅療養で仕事をして、就業時間とともに家にいることが多かったので、必然的に、いろんなことを考える。
2024年から、特にフィリピン伝承に注力してまとめていて、2025年からは朝鮮伝承、ベトナム伝承、タイの伝承などに力を入れていた。そして、最近は日本伝承の妖怪たちも追加し始めた。要するに、アジアにフォーカスしている状況だ。そういうのが面白くなっているとも言える。
「ファンタジィ事典」の始まりは2004年で、その頃のコンテンツはギリシア・ローマ神話だった。大学生活の傍らで、創作サイト「ヘタっぴなアルコール蒸留」を立ち上げて、サイト内のコンテンツのひとつとして「ファンタジィ事典」の構築に着手した。次第に創作活動から神話・伝承に軸足を移して、2009年に「ファンタジィ事典」を分離・独立させた。そして、2017年の大幅リニューアルで、現在のデザインに行きついた。ヘッダーに「図書館」の画像を持ってきて、全体的に「羊皮紙」っぽい感じの質感でデザインした。白、黒、黄色、茶色なシックなデザインに、黒と暗い赤の文字。「ファンタジィ事典」という屋号も、どことなく、ギリシア・ローマ神話から始まったイメージを抱えている。
よく書いていることだけど、ボクの「ファンタジィ事典」のきっかけになったのは、スクウェア社のゲーム「ファイナルファンタジーV」(1992年)と図書館で偶然、発見したボルヘスの『幻獣辞典』だ。『幻獣辞典』を読んで、バハムートがスクウェア社のオリジナルモンスターではなく、アラビア伝承の怪物だという事実を知り、しかもバハムートの特徴そのものの由来はユダヤ・キリスト教のリヴァイアサンで、名前はベヒモスが訛って、この2つの怪獣がごちゃ混ぜになったという解説を読んだときには衝撃を受けた。同じゲームの中に、リヴァイアサンもベヒモスもバハムートも登場しているのに、元を正せば同じモンスターだし、そもそもバハムートとベヒモスが語源的には同一という事実に、小学生のボクはショックを受けて、そのまま、コンピュータ・ゲームの背景にある神話や伝承を調べるのが習慣になってしまったわけだ。
だから、当初の「ファンタジィ事典」はヨーロッパの妖怪を中心に構成されていた。コンピュータ・ゲームに出てくる妖怪たちの背景を調べてまとめていたのだ。いつの間にか、未確認生物(UMA)や宇宙人にも手を広げ、アジアの妖怪も含みながら、雑多な「事典」になっている。そして、現時点では「アジアの妖怪」にフォーカスしてはいるものの、ウェブサイト全体のデザインとしてはヨーロッパ調のままなのである。その辺の矛盾を孕んだ感じがボクらしいし、ごちゃ混ぜ感が「ファンタジィ」だなあと思っている。
今後、少しだけ、別の展開も考えていて、そのときには、初心に立ち返って、ヨーロッパを基軸にした企画を打ち出してもいいかな、と思っている。そうなったら、また、この「図書館」っぽい雰囲気との整合性が取れてくる。でも、まあ、当面は「アジアの妖怪」にフォーカスしていくことになるんだけどさ……。乞うご期待。
2026年1月22日 骨太な妖怪は楽しい♪
いいペースでウェブサイト「ファンタジィ事典」に朝鮮半島の妖怪を更新している。
最近の更新はチャトリョン(紫土龍)とインミョンジョ(人面鳥)だ。チャトリョンはミミズの精霊で、不思議なことに美男子に化けて長者の娘との間に男の子を儲けたという。この男の子が、後の後百済(フベクチェ)の建国者になったという。インミョンジョは2018年の平昌(ピョンチャン)オリンピックの開会式に登場して世の中をざわつかせた気持ちの悪い人面鳥だ。あのときは「何じゃこりゃあ!」と衝撃を受けたけれど、今回、よくよく調査した結果、実は朝鮮半島全域で信仰(?)されていた瑞獣で、古墳の中の壁画など、あちこちに描かれていたものらしい。今までになく、いろんな情報があったので、まとめるのに一苦労だったが、面白い記事になったと思う。実際に、いろんな古墳の壁画とかを探しに行って、写真を眺めて回ったので、面白かった。
妖怪には骨太な妖怪とそうでない妖怪がいて、インミョンジョ(人面鳥)みたいな骨太な妖怪って、調査するのもまとめるのも楽しい。「この文献にこういう記述がありますよ」って1冊紹介して終わるものも悪くはないけど、いろいろと考察できるものって、調べても調べても尽きないし、好奇心がいろんなところに向かう。そんなこんなで、ちょっとインミョンジョに夢中になっていて、他の妖怪に手が出せなくなってしまった次第。わははは。
2026年1月20日 朝鮮の妖怪を引き続き。
引き続き、朝鮮の妖怪について調査してまとめている。チャンドゥサ(獐頭蛇)はノロジカの頭を持った大蛇(テサ)の妖怪である。小さい穴に棲んでいて、穴を掘り返したり、石で塞いだりすると、しばらくすると全部、元通りになっているという。ピョックァグ(壁画狗)は壁に描かれたイヌが抜け出して吠えたり、庭を駆けまわったりする。そして、ペックァリュン(白火輪)は朝鮮半島の謎の未確認物体だ。遭遇すると鼻と口から血を流して死ぬという。
ペックァリュンはちょっとだけ異質な感じがするが、チャンドゥサやピョックァグは朝鮮半島の伝承っぽい。何となく、朝鮮の妖怪のクセみたいなものが分かってきたような気がする。若干、中国っぽさもある。
2026年1月18日 韓国の民俗学者が日本語で出版した『朝鮮民談集』
コ・ソンベ氏の『韓国妖怪図鑑』をベースに粛々と朝鮮の妖怪を更新しているが、『韓国妖怪図鑑』の参考文献のひとつに、民俗学者である孫晋泰(ソン・ジンテ)の『朝鮮民談集』(1930年)が挙げられている。この『朝鮮民談集』の作者であるソン・ジンテ氏は、日本に留学して、早稲田大学を卒業している。そして、東洋文庫に勤務している。そんな中で、朝鮮半島各地の口承文芸を採集してまとめたのが『朝鮮民談集』で、実は日本語で出版されている。そのため、韓国では、この日本語の『朝鮮民談集』を韓国語に訳して紹介している格好になるらしい。
そんなわけで、日本語なら入手して読まなければ、ということで、手に入れた次第。コ・ソンベ氏の『韓国妖怪図鑑』と比較すると、若干、ニュアンスが違うところがある。1930年の文献なので、非常に硬い日本語で、漢字も旧字体なので、難しい。だから、うまく韓国語に訳せていないのではないか、と感じる。なので、ちょっと『朝鮮民談集』も参考にしながら、これまでの朝鮮妖怪の記事を加筆・修正していこうと思う。
2026年1月17日 最近の目標
年始の入院中にコ・ソンベ氏の『韓国妖怪図鑑』を病室で黙々と訳していたので、今、順次、それを事典に反映させているところだ。人間に化けて人間の生活を乗っ取ろうとするネズミの妖怪トゥンガプチュイ、空を泳いでいて、稀に地上の泉で水浴びするポモ(梵魚)、太陽と月を呑み込もうとするイヌの怪物プルゲを更新した。いいペース。順次、更新されていく気持ちよさだ。
一方で、同時並行的に日本の妖怪も粛々と更新している。実は、豆本キーホルダー『日本妖怪図鑑』(リリパットブックス)には120匹の妖怪が載っていて、これを順番に更新して潰していこう大作戦を密かに推し進めている。

当ウェブサイトの「ファンタジィ事典」は、意外とポピュラーな日本の妖怪にも抜けがあって、何となくこれまで後回しにされてきている部分もある。これを機に、日本の妖怪たちの有名どころを補完しようと考えている。そのために、120匹はちょうどよい量だなあと思って、順次、更新している次第。
そんなこんなで、入院中にウェブサイトの更新が長らく途絶えていた部分があるので、今になって一所懸命、遅れを取り戻している日々だ。
2026年1月15日 朝鮮妖怪を続々と……
引き続き、朝鮮伝承の妖怪を粛々と更新している。
ポンファン(鳳凰)は元々、中国の妖怪として取り扱っていたが、今回、朝鮮半島の要素を加筆した。ミョドゥサ(猫頭蛇)も地図を加えて、もう少し丁寧に原典を調査して加筆してみた。今回、再調査してみて、中国で則天武后が鳳凰を政治利用していた話とか、新羅の第27代の善徳女王(ソンドクニョワン)の時代に鳳凰が出現した話とか、女性と結びつけられてきたことが分かった。ミョドゥサについても、儒教と民間信仰の対立構造(民間信仰は誤りだという考え)が背景にあることも分かった。こうやって、勉強すればするほど、新しい気づきがあって、成長していることを実感する。
一方、新規の項目はカンギル(羌吉)とテイン(大人)だ。カンギルは昔にちょっと韓国のウェブサイトをリサーチしてまとめていたが、今回、コ・ソンベ氏の『韓国妖怪図鑑』を軸にまとめ直してみた。デインは韓国語で《巨人》を意味する言葉だから、立項する必要はないかなあとも思ったが、アニメ『猫の刻の伝説(묘시의 전설)』(YouTube、韓国語)で海と結びつきの強い怪物として描かれていたのを思い出した。《腰から下を水に入れた巨人》という意味で、요하입수거인(ヨハイプスゴイン)という表記の巨人も見たことがあるので、敢えて立項してみた次第。
さてはて。引き続き、朝鮮伝承を充実させていこうと思う。





