《日々の雑記》

2020年1月7日 木端微塵にしてやるよ!!

年賀状用に火鼠だけでなく、コダマネズミの絵も描いてみた。彩色はしていないが、絵としては面白い感じ。ぷくーっと膨れていく感じがよい。かわいい顔をして、猟師がやってくると木端微塵に弾け飛び、肉片を撒き散らすという性質の悪い妖怪だ。

2020年1月5日 インドネシアの妖怪に対する雑感。

最近のボクは仕事でインドネシアを頻繁に訪れている。インドネシアと言えば、オラン・ペンデグとかオラン・ガダンとかオラン・バッチみたいな未確認生物が有名で、ボクとしては、あれだけジャカルタが発展していて、先進国の仲間入りをしていて、JKT48とかが活躍しているのに、その一方では依然として未開のジャングルが残っていて、非接触部族も残っていて、不思議な島国だなあ、と思っていた。訪問した今でもその感想は変わらない。何しろ、メダンなんてインドネシアで第4の都市なのに、すぐ近くにはオランウータンが棲む熱帯雨林が広がっているわけだ。

未確認生物はともかくとして、インドネシアの妖怪について調べると、同じ熱帯の島国だからか、フィリピンの妖怪に似ている印象を受ける。フィリピンと言えば、アスワンとかマナナンガルみたいな恐ろしい女性の妖怪が大活躍する。同様に、インドネシアもお産で亡くなる妖怪が跋扈している。ポンティアナックとかクンティラナックなんかはおどろおどろしい感じだし、スンデルボロンも怖い。ポチョンはお産で亡くなったわけではないが、ホラー映画に登場したら怖いだろうな、と思う。そういうホラー映画向きの恐ろしい幽霊たちがたくさんいる。それがフィリピン的だし、日本的だな、と感じている。そのうち、詳細をまとめてレポートしたいな、と思っている。

2020年1月3日 2020年もよろしくお願いいたします。

あけましておめでとうございます。無事に新年の雑誌もお届けできました。恥ずかしい話、昨年は仕事に忙殺されており、入稿できないのではないかと危ぶんでおりましたが、綱渡りのように生きております。

子年なので、火鼠を描いてみました。中国伝承に登場する幻獣です。要するに、石綿です。

そんなわけで、2020年もよろしくお願いいたします。

2019年12月16日 入稿!!

今回も無事に2020年の雑誌を印刷会社に入稿。いやー、よかった。今年こそ落とすかと思った。何とか無理矢理に入稿まで漕ぎ着けた自分を褒めてあげたい。

2019年12月15日 忘年会スルー!?

「忘年会スルー」というワードがネットで話題になっている。ダウンタウンの松ちゃんも反応しているようだけれど、先日、職場の忘年会をブッチしたボクは、流行りにノッてしまっているらしい(笑)。

ボクは松ちゃんの発言も分からないではない。上司だって、部下とのコミュニケーションに悩みがないわけじゃないし、職場を盛り上げるために一所懸命なのであって、忘年会もそのためのひとつの手法である。だから、部下のサイドから一方的に「無意味」とか「地獄」などと言われては、可哀想である。上司の側も、いろいろと悩んでいる。そりゃあ、そうだ。

ボクは1週間前に担当の方が忘年会のとりまとめが来たときに「あ、その日は体調不良の予定ですので行けません」などといけしゃあしゃあと言い放って、早々に欠席を決め込んでいた。同じ職場の若手も、理由はボクとは違うのだろうが(当たり前だ!)、欠席を宣言していた。まあ、そういう時代である。結局、ボクは予定どおりに体調不良になって声が出なくなったので、想定どおりの欠席である(笑)。

いずれにせよ、日常から職場でちゃんとコミュニケーションをとれるのが理想で、アルコホルの力に依存しないのがいいと思う。結果として、そういう楽しい職場の忘年会は楽しいので、参加者も増える。定期的な飲み会でテコ入れしようという発想は間違っているし、結局、日々の積み重ねであることよ。

2019年12月14日 アンガーコントロールに努める10代

非難されるかもしれないが、ボクは個人的にグレタさんが好きじゃない。まあ、彼女は若いので、そのうち、もう少しよくなる可能性もあるので、そこに期待したいのだけれど、こうやって持ちあげられて、これが正しい道だ、と勘違いしてしまったら、ダメだろうなあ、と思う。

基本的に、ボクは理想主義者だ。その点ではグレタさんと同じ。でも、活動は常に実学であるべし。これがボクの徹底したスタンスだ。理想を追求すると、現実とのギャップが立ち現れる。そこで、現実の方を否定して理想を貫くと、それは夢想家とか空想家と同じで、ファンタジーになってしまう。現実を受け入れた上で、現実と理想のギャップを埋めていくのが、あるべき姿だ、とボクは思う。その意味で、飛行機に乗らずにヨットで移動、というのは面白いパフォーマンスだけれど、パフォーマンスでしかない。人間、時間は平等で、限られているので、誰もがヨットでのんびり海外に出掛けるなんて理想は実現できないし、こうやってグローバルな世界になったので、ボクはぱぱっと飛行機に乗ることで、短期間の渡航でアフリカやアジアを訪問し、彼らをサポートできる。ヨットなんかで途上国を助けようと思ったら、いつまで経っても救えない。ミレニアム開発目標は達成され、世界の貧困は半減した。こういうのは、人間の技術が成し遂げた偉業であり、飛行機の存在は無視はできない。

アルピニストの野口さんが、電車に乗っているグレタさんが揶揄したらしい。賛否両論で、そんなことで彼女をいじめるな、という声もある。でも、結局、それが現実というものだ。グレタさんも文明を享受し、満喫する。それって当然のことで、それが人間的に生きるということ。理想だけを追求する極端な発想は、矛盾が出る。矛盾を抱えて生きているのが人間で、必ずしも理想どおりには生きていけないのも人間。それを受け入れた上で、ソリューションを見つけていく。それが正しい道だ、とボクは思う。

まあ、ウェブの対応とかを見ていると、基本的には今風の賢いっぽい人に見えるので、過激な思想家にシンボルとして利用されて終わらないように、どこかで新たな道を切り開いて欲しいなあ、と思う。あるいは、極論を述べることで注目されることを、戦略としてやっているのであれば、それはそれでそのまま突き進みながら、獲得した知名度を活用して面白いことでもやってもらえればいいなあ。

2019年10月27日 馬から落ちて落馬する!?

意外と略語というのは危険だ。たとえば「HTML言語」という表現を見かけるが、厳密には「HTM言語」だ。何故なら、「HTML」の「L」は「language(言語)」だからだ。ボクはよく知らずに使っていたこともあるが「HIVウイルス」も、実は「V」が「Virus(ウイルス)」なので重複している。意外と当たり前に使われている「IT技術」も「T」は「Technology(技術)」なので、おかしなことになる。「JIS規格」の「S」も、厳密には「Standard(規格)」なので、本来は「JI規格」とすべきだったのだろうが、もう広まってしまったので今更、という感じだろう。「SUV車」というのも、「V」が「Vehicle(車)」だ。

実は外来語というのは、我々はよく理解しないで使っているケースも多い。「サハラ」は《砂漠》なので、「サハラ砂漠」は「砂漠砂漠」になってしまう。「ゴビ」もそうだ。「ゴビ砂漠」は「砂漠砂漠」。有名なのが「チゲ鍋」。「チゲ」が「鍋」なので「鍋鍋」になっている。意外と知られていないかもしれないのは「サンスクリット」。これは《洗練された言語》という意味なので、「サンスクリット語」とは言わない。専門家は気をつけているけれど、素人は「サンスクリット語」と呼んでいるだろうな、と思う。「ハングル」も同じ。「ハン」が韓国、「グル」が「語」なので「ハングル語」と訳したら間違い。

日本語でも重語というのはしばしばやってしまうのであって「違和感を感じる」などと言ってしまったりするけれど、日本語だとおかしいな、と気づくことができる。でも、略語や外来語は、深くその意味を考えないことが多いので、ともすれば、誤用する。

2019年10月26日 新しいことを学ぶ。

高校になると、科目が選択制になる。だから、たとえば、理科だと、物理、化学、生物、地学などの中から1つないしは2つを選択することになる。社会だと世界史、日本史、倫理、現代社会、地理などから選ぶ。

ボクは高校生のときに、理科の中からは物理と化学、社会の中からは世界史と倫理を選択した。でも、今になって、ボクは理科・社会のおさらいをしつつ、新たに生物や現社の勉強を始めた。いくつになっても、新しいことを知るのは楽しいもので、いろいろな発見がある。

2019年8月12日 N国党が暴れている……

政治的な発言をする意図はないが、ここのところ、N国党が大暴れだ。「NHKをぶっ壊す!」をスローガンにしていたが、今度は「マツコをぶっ壊す!」に切り替えて、メディアを駆使してマツコ・デラックスを口撃している。「ふざけて(票を)入れている人も相当数いる」という一部分を切り取って、「有権者をバカにした」と煽情的に叩かれ、一部では、多少、マツコ・デラックスの印象が悪くなったのではないか、と思うから、彼の口撃は成功しているのではないか。

正直、立花さんって政見放送にしても、今回の動き方にしても、メディア戦略がうまい。視聴者を盛り上げていく。悪い言い方をすれば、厚顔無恥で、手段を選ばないからこそ出来る戦略とも言える。こういうのと戦っていかなきゃいけない他の政党やメディアも、大変だなあ、と思う。インターネットが生まれ、SNS、YouTubeが生まれて、みんなが発信者になった。これまでみたいに紳士協定的にやってくれるわけではなく、こういうあざといこともやってくる発信者も登場する。そして、その方が面白く見えるときだってあるだろう。

ある意味では、NGT48の事件でも、吉本騒動でも同じで、メディアの中で大衆の心を捕まえ損なうとダメージを負う。我々は、まさにメディアを使った弱肉強食の世界にいる。そう割り切って、メディアをガンガン活用しながら、視聴者を煽りながらひた走るN国党のやり方は、まさに現代の政党なのだなあ、と思う。いい悪いではなくって、そういう時代だからこそ、我々は気を引き締め、メディアに踊らされないようにしなきゃいけないな、と思う。

ちなみに、ボク個人的には、NHKの教育チャンネルは大好きだし、このまま視聴率を気にせずにクオリティの高いものを作ってもらえればいいなあ、と思っている。一方で、大河ドラマにしろ朝ドラにしろ紅白歌合戦にしろ、ちょっと視聴率に振り回さ過ぎじゃないか、と思う。今回の大河ドラマの視聴率が振るわないという点で、いろいろと叩かれているが、本来、スポンサーがいるわけじゃないので、視聴率なんてどうでもいいはずだ。それに、有名人を駆使して、民放でも視聴率が取れそうな番組をつくって、それって民業圧迫じゃないか、とも思ったりする。民放がやって採算がとれるだろう分野はNHKがやる必要はない。そして、これだけネットやメディアが発達してきて、各人がいろいろな手段で情報を得られるようになった今、実は公共放送って何なのかという点を改めて議論すべきだろう、と思う。

総務大臣が「政見放送」と「災害情報」を挙げて公共放送の必要性を訴えていたが、どちらも、ちょっと考えれば代替手段がたくさん出てきそうだから、NHKだけの専売特許ではないし、NHKが担保しなくちゃ成り立たないものでもないような気がする。もっともっとNHKは公共放送とは何か、という議論をして、民放とのデマケーション、他のメディアとのデマケーションを考える。そういう時期に来ているのだろうな、とは思っている。

2019年8月11日 LGBTQIA+

言葉は日々、変化していく。知らない間に「ディスる」とか「エモい」という言葉が浸透して、普通に使われるようになった。「GAFA」という語もビジネスシーンで見かける。新しい概念が生まれるたびに、言葉は変化していく。「LGBT」という言葉があったが、今ではその4つの枠にハマらない性も意識されて、もっともっと多様になっているらしい。最終的にどういう言葉に落ち着くのかは分からないけれど、「LGBTQ」とか「LGBTQIA」、あるいは「LGBTQIA+」という語になってきている。カナダでは「LGBTTIQQ2SA」と呼んでいる事例もあるらしい。でも、そういうのは、正直、覚えにくいし、定着しないと思う。

そもそも、それぞれの事象に次々に名前をつけて細分化していったら、微に入り細に行って非常に難解になるような気がする。「LGBTの4つです」という定義の仕方そのものが誤りのような気がする。多様な性を認めよう、という広い定義にしておけばよかったのかもしれない。人はそれぞれで、多様なのだから、多様だ、というだけの定義でよかったのだ。

時代が変わって、新しい概念が生まれれば、新しい言葉が生まれる。でも、無理矢理に捻り出した言葉は、多分、定着しないのではないか、と思う。「LGBT」は語呂がいい。「LGBTQ」も、まあ、悪くはない。でも、それ以上に長くなると、何だかちょっと違うような気もする。その言葉の意味する多様性は否定しないが、言葉としての在り方に対しては、ボクは懐疑的だ。

2019年8月10日 時代は変わる……恐竜も変わる……

5歳の息子のツクル氏。マクドナルドのハッピーセットが大好物なわけだけれど、最近のハッピーセットは小学館と組んでハッピーセットオリジナルの「小学館の図鑑NEO」のミニ図鑑を出している。単なるオモチャではなくって、こういう教育的なオマケというのは悪くない。そんなわけで、息子がここ最近、恐竜に超ハマっている。奇しくも横須賀で「ヨコスカ恐竜パーク」がやっているので、そのうち連れて行こうと思っていた矢先だったので、その予習としてはちょうどよい感じ。勢いに任せて「小学館の図鑑NEO」も購入して息子に与えた。それを黙々と読んでいてくれるので、楽チンだ。

それにしても、ボクが子供の頃に説明されていた中身とは全ッ然違うことに驚かされた。「恐竜」と言えば、ティラノサウルス、ステゴサウルス、トリケラトプス、プテラノドン、フタバスズキリュウ、イクチオサウルス……と思っていたら、最近の定義では、プテラノドンのような「翼竜」やフタバスズキリュウのような「首長竜」、そしてイクチオサウルスのような「魚竜」は「恐竜」とは別の爬虫類にされている。また、「恐竜」の枠の中に「鳥類」が定義されていて、鳥類は恐竜の生き残り的な位置付けにされている。

研究が進んで、いろいろと分類も変わっていくらしい。しかも、かなり生態も判明しているらしく、恐竜の暮らしぶりが分かってきていることにも驚いた。

子供の本を介して、いろいろなことを学ぶ今日この頃である。

2019年8月3日 南米の妖怪の本が出た!!

久々に時間に余裕ができたので本屋に行く。たまたま児童書コーナに足を向けたら、『南米妖怪図鑑』が平積みになっている。引き寄せられるように手に取る。7月20日出版だったらしい。まさに出版されたばかり。そのままの勢いで購入した。

中南米の妖怪なんて、あんまり紹介してくれる本がない。著者はアルゼンチンの人らしいから、それなりに情報は信用できるのだろうか。アルゼンチンの作家と言えば、『幻獣辞典』のホルヘ・ルイス・ボルヘスを思い出す。小学校のときに図書館で見つけて、それから新書を本屋で購入した。ちょっと前に文庫本になっていて驚いたけれど、この本には彼が創作した妖怪が混ざっていて、見事、騙された。

いずれにせよ、中南米の妖怪について、こうやって紹介してくれる本は少ない。それを日本人が企画して、日本に在留のアルゼンチン人が書いたというのが面白い。知らない妖怪も多かったので、これから勉強していこうと思う。

2019年7月9日 リニューアル

今、ファンタジィ事典のリニューアル作業を敢行中だ。今年中には公開に踏み切れる段取りで進めている。SNS全盛期の今、何でリニューアルをするのか、という気持ちもある。でも、どうしても、htmlでやり続けたいという信念みたいなものがボクにはある。ここで乗り越えて、新しい世界を切り開きたいな、と思っている。

htmlのウェブサイトはかなり淘汰された。昔は結構、神話サイトも多かったし、活発に交流していたけれど、今、そういう感じで動きのあるウェブサイトってほとんどない。閑古鳥が鳴いていて、開店休業中みたいな感じ。斯く言うファンタジィ事典も、手を入れていないので、似たようなものだ。リニューアルをしている意味は、まさにここにある。少し、ライトに更新できる形にしたいな、というところ。

ボクの興味が散漫だから、ついつい、いろんなジャンルのいろんな項目を更新して、ときにはアイヌ伝承、ときにはメソポタミア神話、ときには記紀神話、ときにはアステカ神話……とちぐはぐで、濃淡ンがまちまちのウェブサイトになる傾向にある。そうではなくって、ある程度、コントロールして、ひとつのジャンルとしては一応、完結していくような形のウェブサイトの在り方を模索している。たとえば、ギリシア神話について調べようと思うユーザがいたら、まずは「ゼウス」の項目はマストなのであって、「オリュムポスの12神」もマストで、それなりに有名な怪物も載っていて、ギリシア神話としては一定の水準で完結している。そんな事典構成にしたい。そのためには、古代ギリシアの地図や歴史、言語、資料などがぱぱっと参照できて、それから事典に入っていくような形を目指したい。そんな想いがある。

とは言え、これまで膨大に更新してきたので、項目としてはかなり数があって、それを移していくだけでもかなりの時間になるので、その辺、結構、リニューアル作業を進めながら苦しんでいる。

2019年7月7日 果たしてお金に善悪があるのか

最近、吉本の芸人さんが反社を相手に直営業をしたとかで、巷は騒がしい。でも、いろんなコメンテータがいろんなことを言うけれど、最後の最後で、ボクは違和感を覚えてしまうことがある。それは「おじいさんやおばあさんから巻き上げたお金」的な表現だ。お金には色はない、というのがボクの個人的な見解だ。どんな悪事で稼がれたお金でも、真っ当に稼がれたお金でも、お金の価値は変わらない。1,000円札はどんな経緯で掴んだ1,000円札であっても、1,000円の価値しかない。苦労して稼いだからと言って、1,200円や1,300円の価値は持たない。汚いお金であっても1,000円。ボクはそう考えている。芸人が詐欺集団からお金を受け取ったとして、それ自体は悪いことかもしれないけれど、だからと言って、騙されたお年寄りに謝れ、というのは違う、と思う。そんなこと言ったら、今、手にしているお金がどういう経緯のお金かなんて、誰にも分からない。

ボクたちが考えなければいけないのは、直営行をしたことの善悪とか、結果として詐欺集団からお金を受け取ったことの善悪ではない。たとえば、詐欺集団の一人が居酒屋にいって4,000円の飲み放題コースで飲んだとして、その4,000円を受け取った居酒屋は悪なのか。そうではない。詐欺集団であろうがそうでなかろうと、4,000円のサービスに対して、4,000円の対価を支払う。それは当然のことで、その4,000円の出所が詐欺集団であるかどうかというのは関係がない。だから、居酒屋が反社会勢力の人からお金を受け取ったその4,000円について謝罪する必要もないし、ましてや騙し取られた高齢者に謝罪するのはおかしな話だ。議論はそんなところにはない。

「俺が声を掛ければ誕生日に宮迫や亮が来るんだぜ!」という利益が、反社会勢力の人たちにはあったということだ。芸能人がパーティに来てくれるというのはステータスになる。きっと「親分、凄いっすね! 俺も親分みたいになれるように頑張りますよ!」みたいな感じで、部下たちの士気もあがったことだろう。そういうところに問題がある。だから、たとえば、宮迫の芸に対して100万円の価値があって、100万円の対価が支払われたのだからそれでいい、ということにはならないかもしれない。そして、それをどこまで芸人たちが自覚していたかというところが問題だ。大歓迎されるし、お金も貰えるし、多少は危険な人脈だとは思うけど、まあ、いいか、と思ってしまったかどうか。そこが一番重要なところで、そして、そういうパーティに何度か顔を出したかどうか。そういう議論をしなきゃいけない、とボクは思う。

2019年7月7日 バビロン遺跡が世界遺産に認定!?

7月5日にバビロン遺跡がユネスコの世界遺産委員会で世界遺産として認定された模様。イラク戦争で損傷して、危機に瀕しているとは言え、地元当局と共に遺跡保護に向けた行動計画を策定するというから、いいことだ。いつか、普通に行ってみたいなあ、メソポタミア神話の世界にも。

2019年5月8日 あっちゃん、Youtuberになる!?

オリラジのあっちゃんがYoutuberになったらしい。カジサックの影響だろうか。「中田敦彦のYouTube大学」と称して、教育チャンネルというのか、教養チャンネルというのか……。コラボしたときに「あっちゃんの教育チャンネルには需要がある」的な話をカジサックがしていたのを思い出す。

コメント欄はキッズたちの称賛の嵐だけれど、正直、ボクはもう一歩、足りないなー、と思ってしまう。情報が中途半端な感じがする。面白いものもあるし、正しい情報もある。斬新さもあるのだけれど、どうしても、教養の部分で詰めが甘い。あっちゃんの動画を見て、感化されて自分で調べよう、と思う人が現れれば、それはそれで成功かな、と思うけれど、多分、視聴者はそこまで真剣じゃない。あっちゃんの話を聞いて、分かった気になる。でも、全然、表層的。もっと深堀しないと、教養として薄っぺらすぎないか、と思ってしまう。当たり前のことを尤もらしく喋っているだけ。消化不良だ。たまに尖っていたり、視点が面白かったり、キレる部分があるだけに、全体として間延びしている感じで勿体ない。投稿頻度を下げてでも、クオリティを上げた方が、彼のブランディング的にはよいのではないか。キッズに対しては、あんな程度の講座で十分騙せる、という判断だろうか。少なくとも、一連の投稿を見て、ボクの中でのあっちゃんへの評価が少し下がっている。もうちょっと丁寧にやれるだろうに、と思ってしまう。あるいは、もしかしたらその程度の人物なのか、と勘繰ってしまう。そう感じさせてしまったら、負けじゃないか? ブランディングに失敗していないか?

や、コメント欄のキッズたちは称賛の嵐なんだけどね。本当に? あれで感心してしまうの? 新書で勉強したら、もう少し掘り下げて語れることなんかいくらでもあるし、情報の正確さって、もっとちゃんと担保しないと、信用を下げないか?

2019年3月7日 いいものがいいとは限らない罠!?

ここのところ、妻がせっせと自分のウェブサイトをSSL化していたが、本日「アフィリエイト収益が減ったんだよ!」と憤っている。どうやら、SSL化に未対応の広告サイトがSSL化によって表示されなくなってしまった模様。Google先生が「保護されていない通信」などと不安を煽る警告を出してきているし、SSL化していないウェブサイトの検索順位を下げてきたし、何となくみんな、SEO対策としてはSSL化がよいと信じているわけだけれど、実際問題、SSL化に対応できていないウェブサイトがたくさんあるので、こういうおかしな現象が起こる。不合理だなあ(この話が分からない人は調べてください)。

実は、最近、忙しくって、買い物にも行けずにいる。コーヒー豆を切らしてしまったので、徒歩5分のコープに豆を買いに行った。もはや「コープの豆でも飲めるのだから、それで手を打とう」という気持ちだ。ところが、思った以上に高い豆が売っていたので、これはおいしいかも、などと期待して買ってしまったわけだけれど、封を切って、挽いて、そしてお湯を入れて愕然。全ッ然、泡立たない。要するに、コープに来るお客さんはコープのコーヒー豆に期待していないので、必要以上に高い豆は買わないのだ。だから、店にずぅっと陳列されていた古い豆だった、というわけ。一番安い豆はおいしかった記憶があるので、背伸びせずに安い豆を買っていた方がよかった。何だかSSLの話に似ている。不合理だなあ。

2019年2月23日 「マジすか学園」は色褪せない名作だと思うよ!?

最近、ミーハーは記事ばかりを連投していて恐縮なのだが、ここのところ、Youtubeの急上昇に「マジすか学園」が載っている。テレビ東京がオフィシャルに公開しているらしい。期間限定とのこと。アイドルドラマだ、と思って舐めないで、是非、一度、ご覧になることをお勧めする。お芝居も、決して下手ではないし、ストーリーも手を抜いていない。原作ありの府抜けたドラマよりもよっぽど面白いし、多分、中毒性があって、12話全部をあっという間に見てしまうだろう、と思っている。

何よりも「音響」がよい。毎回、キャラクタが熱くなるのがお決まりだが、そのときのBGMが堪らない。多分、この音が鳴り始めることを期待してワクワクするようになってしまったら、中毒コースまっしぐらで、第12話までぶっ通しの展開だ。それから、台詞回しの無意味なお洒落さもよい。意味ありげで、それでいてお洒落なだけの台詞があっちこっちで飛び回っていて、真似したくなる。特に第2シリーズで大活躍のネズミの台詞は、渡辺麻友の低い声色とともに、ガガーン、と頭の中に入ってくる。

いい時代だったなあ、と思う。逆に「主演:AKB48」というのが邪魔をしているのではないか、と思うほどに名作だ。

2019年2月22日 本は目の前に現物があることが何よりも大事である。

最近、色んな本を読むけれど、そんな本の雑感。

昔、電子書籍は素敵だ、と思っていた。今でも、実はそう思っている。海外にいても、ボクの100冊は越える妖怪関係の書籍にはいつでもアクセスできて、役に立つ。どこにいても、ファンタジィ事典の準備ができる。仕事上で必要な勉強の本も、旅先などでもアクセスできるので非常に便利。

でも、ちょっとした空き時間に小説を愉しもうと思ったら、電子書籍はちょっと難しい。「積読」という言葉があるけれど、物体としての目の前に本があるから、何とかそれを減らそうと思って消化する。えいや、と鞄の中に入れて、電車移動中などに嗜む。そういう読み方をしないと、娯楽の本はどうしても後回しになってしまう。常にボクは20冊くらいの未読の本が待機していて、出掛けに選定して、鞄の中に2、3冊を詰める。小説なら、大抵は3日で読む。でも、電子書籍だと、そういう強迫観念が生じないので、放置されたら、そのまんまだ。だから、本の現物が目の前にある、という状況は、本を読み進める意味では、とても大事だ。

そして、ボクは本棚を常に目いっぱいの容量で運用している都合上、どれだけ読みたい小説があっても、絶対にハードカバーとノベルスは買わずに、文庫化されるのを待つ主義である。持ち運ぶ以上、本はコンパクトであるに越したことはない。電子化も文庫化されない小説は、残念ながら、ボクが読む機会には恵まれない。

そんな中で、最近、西尾維新の「忘却探偵シリーズ」がようやく文庫化されている。今、2冊目までが刊行された。やっと文庫本になった、と万感の思いで、密かに楽しんでいる。

西尾維新と言えば「戯言シリーズ」の印象が強いが、「忘却探偵シリーズ」になって、何だ、この作者、ちゃんとした日本語が書けるのか、とビックリしている。「戯言シリーズ」は「ぼく」の一人称なので、ぐちゃぐちゃとした変な日本語だった。でも、それが西尾維新特有の文体なのかと思っていた。意外とちゃんとした日本語だったので、ボクは驚いているし、しかも、ちゃんとミステリーになっている点も、ボクはビックリしている。

これまでのところ、新垣結衣が主演だった同名のドラマと、基本的にはストーリーはほとんど同じだ。でも、小説は小説で、読み応えがあって、非常に面白い。特に2冊目の「掟上今日子の推薦状」は最後の最後で、タイトルどおり、彼女の推薦状が登場し、1冊できれいにまとまっている。こういう醍醐味は連続テレビドラマにはない、小説1冊で完結しているからこその楽しみだな、と思った。そのうち、ドラマにはない展開も出てくるだろうから、非常に楽しみだな、と思っている。

2019年2月10日 BiSはどうかと思ったけど、BiSHは覚悟を決めたメンバだからいいよね。

今年度は、BiSHにハマっている。ももクロも個々のレベルが高かったが、BiSHも個々のレベルが高い。AKBグループみたいな数で勝負するやり方もいいが、厳選されたメンバーで、ちゃんとした世界を構築する形も、ボクとしてはよいと思っていて、その中でも、BiSHはレベルが高いな、と思っている。レコード大賞に出演していたが、あんまりうまくなかった。でも、本当はもっとうまい。LIVEが上手なグループだと認識している。だから、上手なLIVEの映像でも共有しておこうと思う。アイナ・ジ・エンドが振り付けするダンスは、癖が強いのだけれど、でも、歌唱も含めて圧巻だと思う。まあ、2つ目の「NON TiE-UP」はタイアップできないという意味では、歌詞がものすごいのだけれど、それも、BiSHっぽいというか、渡辺淳之介っぽいというか、ね。

ちなみに、avexが掲載している正規の動画だから、安心してみてもらって大丈夫(笑)。さっき、重たい記事をあげたので、軽い記事も一緒にあげておく作戦(笑)。