2026年1月25日 朝鮮半島の妖怪と日本の妖怪
継続的に朝鮮半島の妖怪たちを更新中だ。入院中のストックも限りがあるので、いつまで続くのかは分からないけれど、毎日更新を継続しているところだ。
直近の3日間でサムモック(三目狗)、サシクチュ(蛇食蛛)、ウロンガクシを更新した。サムモックは3つ目のイヌ。しかしその正体は地獄の三目大王。すでに過去に立項していたが、コ・ソンベ氏の『韓国妖怪図鑑』を参照して、もう一度、記事を再構成してみた。サシクチュは李瀷(イ・イク)が実際に目撃したというヘビを食べるというクモ。毒の治療にも役立つという。そして、ウロンガクシはタニシが人間に化けて嫁入りする韓国の有名な昔話。ウロンガクシは有名な妖怪なので、今度、イラストにしてみようかなあ。うーん。
日本の妖怪も併せて更新している。結構、鳥山石燕の創作妖怪で現在、有名になっているものが多いなあ、と気がついた。まあ、そりゃあ、そうか。水木しげるは『ゲゲゲの鬼太郎』の中で、鬼太郎に味方する妖怪たちは柳田國男の採集した伝承妖怪から、敵対する妖怪たちは鳥山石燕などが描いたような江戸時代の妖怪から選んでいるので、必然的に、鳥山石燕の妖怪が敵役として登場することにあって、知名度があがる。その中に鳥山石燕の創作妖怪がたくさん混ざるのは、当然の帰結だ。その辺もいつか記事にしてまとめられるとよいなあ。
2026年1月17日 最近の目標
年始の入院中にコ・ソンベ氏の『韓国妖怪図鑑』を病室で黙々と訳していたので、今、順次、それを事典に反映させているところだ。人間に化けて人間の生活を乗っ取ろうとするネズミの妖怪トゥンガプチュイ、空を泳いでいて、稀に地上の泉で水浴びするポモ(梵魚)、太陽と月を呑み込もうとするイヌの怪物プルゲを更新した。いいペース。順次、更新されていく気持ちよさだ。
一方で、同時並行的に日本の妖怪も粛々と更新している。実は、豆本キーホルダー『日本妖怪図鑑』(リリパットブックス)には120匹の妖怪が載っていて、これを順番に更新して潰していこう大作戦を密かに推し進めている。

当ウェブサイトの「ファンタジィ事典」は、意外とポピュラーな日本の妖怪にも抜けがあって、何となくこれまで後回しにされてきている部分もある。これを機に、日本の妖怪たちの有名どころを補完しようと考えている。そのために、120匹はちょうどよい量だなあと思って、順次、更新している次第。
そんなこんなで、入院中にウェブサイトの更新が長らく途絶えていた部分があるので、今になって一所懸命、遅れを取り戻している日々だ。
2026年1月9日 箱根の先の化け物たち
毎年、新年には雑誌を1冊、刊行している。年末、体調は崩していたものの、12月初旬には準備ができていたので、今年も無事に刊行できた。家族の1年間をまとめた冊子なので、基本的には雑誌の中心は息子の成長だったり、その年のボクたちの生活が中心になる。そんな中、見開きで江戸時代の草双紙についてまとめるコーナを作ってみた。

大抵、こういう妖怪のコーナというのは、ボクの自己満足であって、みんな、読み飛ばすのだと思う。息子の成長や妻の動向の方が、一般受けしている。でも、今年はちょっと反響があった。大河ドラマ『べらぼう』のお陰かもしれない。まあ、ボクも『べらぼう』に感化された側面もあって、草双紙についてまとめてみた。見越入道を軸に「箱根の先」というキーワードでまとめてみた。
結構、年配の人たちから、『べらぼう』観ていたよ、みたいなメッセージをいただいた。こういうのって、タイミングだなあと思う。
……というわけで、年末に妖怪の親玉をシリーズで描いていたのは、この雑誌の特集をまとめてみたかったからなのである。いずれ、江戸時代の草双紙についてはどこかでまとめてみたいなあ。
2025年12月17日 三つ目入道を描いてみた。
日本伝承の「三つ目入道」を描いてみた。

三つ目入道は、三つ目の大男で夜道で人を驚かせる。江戸時代の草双紙ではしばしば妖怪の親玉として多くの手下を率いている。『化物一代記』(作:伊庭可笑、画:鳥居清長)では人間として誕生し、三つ目入道に成長して妖怪の親玉になった。
実は今回、密かに「妖怪の親玉シリーズ」というのをやってみた。見越入道、ぬらりひょん、ももんがあ、そして三つ目入道。いずれの妖怪たちも、妖怪の親玉である。江戸時代の草双紙では、断トツで見越入道に軍配が上がる。次点で三つ目入道。三番手がももんがあ。昭和に入ると、ぬらりひょんが妖怪たちの親玉になる。

実は、他にも『稲生物怪録』だと山本五郎左衛門と神野悪五郎の二大巨頭が化け物たちを率いているし、『異境備忘録』では12人の魔王がいて、その筆頭は造物大女王だと言うし、いろいろといるんだけど、今回はこの4匹の妖怪にとどめてみた。そのうち、他の親玉も描いてみたいなあ。
2025年12月10日 ももんがあを描いてみた。
日本伝承の「ももんがあ」を描いてみた。

着物を頭にかぶってモモンガの真似をして子供を脅かす遊びから発展したとされる妖怪。箱根の先に隠居した「廃れ者」妖怪の代名詞でもある。
ちなみに、最近はずぅっと、勝手に「妖怪の親玉」シリーズをやっている。見越入道、ぬらりひょん、そしてももんがあ。ももんがあが江戸時代の庶民にとって妖怪の親玉的な存在だったかどうかは分からない。でも、赤本『是は御ぞんじのばけ物にて御座候』では化け物たちを率いて見越入道と戦っている。
十返舎一九の黄表紙『怪談深山桜』では、見越入道はももんがあから化け方のことごとくを伝授してもらって、化け物たちの総お頭に就任するのだから、もともとは偉かったと言えるだろう。
2025年12月3日 ぬらりひょんを描いてみた。
日本伝承の「ぬらりひょん」を描いてみた。

ぬらりひょんは鳥山石燕の『画図百鬼夜行』などに描かれる謎の妖怪。昭和の妖怪本では、他人の家に勝手に上がり込んで、まるで家人のようにお茶などを飲んでくつろぐと解説されている。アニメ『ゲゲゲの鬼太郎』では、日本妖怪たちの総大将みたいな位置づけになっている。『ぬらりひょんの孫』でも、鬼太郎のイメージは踏襲されている。
このように、妖怪たちの親玉と言われることも多いが、実際のところ、江戸時代の文献では、解説などが何もない絵だけの妖怪なので、その正体は不明である。むしろ、江戸時代の草双紙の中では、妖怪たちの親玉が誰かという勝負をしたら、間違いなく、見越入道に軍配が上がるだろう。
2025年11月26日 日本伝承の見越入道を描いてみた。
日本伝承の「見越入道」を描いてみた。

見越入道は夜道などに通行人の前に出現する。「背が高い男だな」などと見上げてしまうと、どんどん大きくなって、遂には通行人は気を失ってしまう。「見越入道見越した!」などと唱えたり、見下ろしたりすると消えると信じられている。
江戸時代の草双紙の中では、妖怪たちの親玉として活躍することが多い。草双紙の中の妖怪たちは、大抵、人間に舐められている。手下の妖怪たちを囲んで、どうやって人間たちの鼻を明かしてやろうかと相談するとき、見越入道がリーダーシップを発揮している。
2025年9月13日 貘はミャクでバクでマクでモー
中国起源の日本の妖怪って、たくさんいて、たとえば、貘(ばく)なんかはそうだ。
貘というのは、元々は中国の蜀(現在の四川省)に棲むとされる伝説的な怪獣で、昔から竹や鉄を食べると信じられていた。白黒のまだら模様で、クマに似ていたらしい。……鉄を食べるというのはちょっとオーバーだけど、竹を食べるというところまでなら、何となく「ああ、ジャイアントパンダのことだな」と思う。「竹みたいに硬いものを食べる謎の動物が四川省にいるよ」という話が、次第に伝言ゲームよろしく、鉄を食べるとか武器を食べるみたいな話に広がって行ったのだ。
ところが、途中で、マレーバクを見た旅行者が、白黒の謎の獣というところで「ああ、これが貘なのか!」ということで、クマみたいな姿だったはずの貘は、途中からゾウの鼻を持つ怪物への姿を変えた。そして、朝鮮半島を介して日本に伝わって、今のような姿になった。
ちなみに、日本の貘は夢を食べる。でも、中国の貘は夢を食べない。あくまでも貘が食べるのは鉄だ。朝鮮半島に伝わった貘はプルガサリと呼ばれていて、こちらは鉄を食べてどんどん巨大化する怪物になっている。夢を食べるのは、あくまでも、日本の貘の特徴だ。
ところで、学研漢和大字典によれば、周や秦などの古い時代には、貘はmăk(マク)と発音されたらしい。その後、隋や唐の時代になると、mʌk(マク)あるいはmbʌk(バク)と発音されたらしい。そして、元の時代に語尾のk音が消えて、mo(モー)となり、現代中国語のmò(モー)となっているらしい。日本に入ってきたときの音としては、呉音がミャク、漢音がバクだと説明されている。従って、măk(マク)からミャク、mbʌk(バク)からバクという発音が伝わったということなのだろう。日本では今でも、漢音のバクがそのまま使われ続けている。
たとえば、砂漠の「漠」は「バク」と発音される。角膜の「膜」は「マク」と発音される。「模」という漢字は、規模と書けば「ボ」と読むし、模型と書けば「モ」と読むわけで、bとmで揺らぎがある。「母」という字も、父母と書けば「ボ」だし、鬼子母神と書けば「モ」と読むことが多い。モは呉音、ボは漢音だ。
どうでもよいことなんだけど、妖怪を調べながら、そんなことを考えてしまうボクである。
2025年9月7日 月にはヒキガエルとウサギと桂の木とその木を伐る男が棲んでいる!?
ちょっとだけ、ウェブサイト小豆はかりと桂男を更新してみた。どちらも冒頭の書き出しは従来の項目とは異なっている。いつもは「妖怪Aはこれこれこういう妖怪だ」と説明してから本文に入っている。でも、今回は両方とも、そういう始まり方ではない。読み物としてどんな導入がよいかを考えて、ちょっとアレンジして始めてみた。
そしてもうひとつは、おまけのコラム的な要素を増やしたという点だ。小豆はかりについては、水木しげるの描く小豆はかりについて、ちょっとだけ丁寧に書いてみた。実際に水木しげるの漫画を何度も読んで、そこで描かれる小豆あらいの雰囲気を拾い出して、書いてみた。
一方、桂男の方は月を巡る中国の伝承をたくさん載せてみた。月にはヒキガエルがいるとか、ウサギが薬草を挽いているとか、月には巨大な桂の木が生えていて、ずぅっと木を伐る男がいるなど、いろんな話を盛り込んでみた。
こういうのが、本来、ボクがやりたかった方向性に近いよなあ、と改めて考えて、やってみたという感じだ。もちろん、ね。文章力は足りないから、面白いかどうかは分からない。でも、こういうコラムっぽい感じで書き続けた方が、ボクとしてはやりがいもあって楽しい。そうだよなあ。こういう方向だよね。そんなことを感じた。
というわけで、ずぅっと仕事に汚された毎日の中で、たまたま2日間、ぽかっと時間がとれて、ふわっと始めてみたんだけど、初心に帰った感覚。がんばろうと思う。
2025年9月1日 タヌキの畳叩きと石の精のバタバタと
新しい試みとして、『日本妖怪図鑑』の紹介ページを作成してみた。そして、ここに載っている妖怪の一覧を作成してみた。AIアシスタントのCopilotに、ウェブサイト「ファンタジィ事典」の改善点を訊いたら、横串の展開が足りないとのことで、たとえば、鳥山石燕の『画図百鬼夜行』に載っている妖怪の一覧とか、アラビアン・ナイトに登場する妖怪の一覧みたいな横串でのリンクやタグ付けができるとよいなどとコメントをもらった。そういう意味では、参考文献ごとの横串の展開もありかもしれないなあと思ったので、試しに『日本妖怪図鑑』の120体の妖怪でやってみた次第。
そこに畳叩きという妖怪が載っていて、
「冬の夜中に家の外でたたみをたたくような音をたてる。ねずみのように小さな体で、石の精だといわれる。」
との解説があった。そして、かわいらしい小人の絵が添えられている。ボクの中ではあんまりメジャーな妖怪じゃなかったので、知らなくて、そんな妖怪もいるのかあ、と思って調査開始。そうしたら、どうもWikipediaも含めて正しくないような印象。どうも、調べた感じだと、大元の資料は柳田國男の『妖怪談義』のようだ。
「タタミタタキ:夜中に畳を叩くような音を立てる怪物。土佐ではこれを狸の所為としている(土佐風俗と伝説)。和歌山附近ではこれをバタバタといい、冬の夜に限られ、続風土記には又宇治のこたまという話もある。広島でも冬の夜多くは西北風の吹出しに、この声が六丁目七曲りの辺に起こると録々雑話に見えている。そこには人が触れると瘧(おこり)になるという石があり、あるいはこの石の精がなすわざとも伝えられ、よってこの石をバタバタ石と呼んでいた。」
と解説されている。要するに、高知県には「畳叩き」と言うタヌキが正体の妖怪がいて、和歌山や広島では「バタバタ」という類似の妖怪がいた。でも、「畳叩き」で立項されていたために、これを読んだ人が「畳叩き」も「バタバタ」も一緒くたにしてしまったようで、いつの間にか広島の「バタバタ」の話であった石の精という伝承が「畳叩き」の属性にされてしまったわけだ。この情報を拾った水木しげるの『図説 日本妖怪大全』(講談社+α文庫,1994年)も、Wikipediaも、この辺のないまぜ感は拭えない。
村上健司の『妖怪事典』(毎日新聞社,2000年)や日野巌の『動物妖怪譚』(中公文庫,2006年)では、別物の妖怪として区別されている。その辺、ちゃんとフォローした方がよいなと思って、ファンタジィ事典でも、別項を立てて解説する方針にしてみた。
2025年8月27日 豆本キーホルダーの『日本妖怪図鑑』
最近、『妖怪ブックガイド600』で氷厘亭氷泉氏が取り上げていた『日本妖怪図鑑』。うちにもあるなあと思って、久々に引っ張り出してきた。懐かしい。小学校のときに高速道路のサービスエリアで見つけて購入した記憶がある。これ、小さい割に、120匹の妖怪が紹介されているようだ。しかもかなりマニアックなものも載っている。全部、絵が掲載されている。今思えば、すごい!! わいらも載っている。


そんなこんなで、まだまだサボタージュ継続中。……というか、仕事が忙しすぎるー!! ふははは。
2025年8月17日 サボタージュ
随分と投稿をサボってしまった。半月ぶりの投稿だ。
運悪く、仕事でトラブルが続いていて、毎日、帰りが夜遅くになっていた。疲れ果ててベッドにダイブする日々だった。それに加えて、お盆ということもあって、妻のちぃ子が実家に帰って忙しい祖父母の手伝いをしていた。畢竟、息子のツクル氏との二人暮らし。
そんな状況に言い訳しながらのサボタージュ生活である。妖怪の調査も進んでいないし、妖怪画も描いていないので、公開するものは何もないんだけど、近況報告だけしておこうとキーボードを叩いている。
最近、大河ドラマ「べらぼう」で草双紙が取り上げられている。鳥山石燕も登場するし、妖怪画にも触れられる。だから、ボクも草双紙を読んでみている。アダム・カバット氏がエッセンスをよくまとめてくれているので、その辺の本を収集したし、叢の会も草双紙の翻刻をしてくれているので、その辺もフォローした。そして、最近話題に取り上げている「国書データベース」だ。ここでいろんな草双紙を閲覧できる。もう最高だよね。
そんなこんなで、草双紙を満喫はしているものの、インプット重視の日々。アウトプットはもう少し先になるかなあ(遠い目)。
2025年7月30日 データベースが整理されていく時代。
いい時代になった。いろんなデータベースにアクセスできる時代だ。
最近のボクのお気に入りは「国書データベース」だ。江戸時代以前の書籍を収集して公表してくれている。たとえば、鳥山石燕の作品を読みたいと思えば、全て読むことができる。試しに『百器徒然袋』の塵塚怪王のページにリンクを貼ってみよう。かなりの高解像度で、和綴本をスキャンしたものが読める。
北尾政美の『夭怪着到牒』を読みたいと思えば、これだって読める。リンク先は豆腐小僧の描かれた有名なページだ(厳密には「大あたまこぞう」と書いてあるんだけど)。見越入道と並んで描かれていて、よくアダム・カバットさんが紹介してくれているイラストだ。
そのほかにもたくさんの書籍が載っている。おそらく、今までボクがファンタジィ事典で言及していたものの大半はここで読むことができるのではないか。たとえば、白蔵主で紹介した『和泉国名所図会』の白蔵主が餌に心惹かれているシーンとか、七歩蛇で紹介した浅井了意の『伽婢子』の七歩蛇を退治しているシーンなんかも閲覧することができる。
いい時代になったよね。知的財産がちゃんとみんなで共有できるようになっているということだ。これからのウェブサイト「ファンタジィ事典」の在り方も考えなきゃいけないよなあ。こういうところと連携していくようなスタイルにすれば、もっとずぅっといい情報提供ができる。そんなことを考えている今日この頃である。
ちなみに、これは日本語だけの話ではない。楔形文字文献とか、古代ギリシア語文献とか、ラテン語文献とか、それぞれの分野で、こうやってデータベース化が図られている。文字情報だけじゃなくて、絵画・彫刻なんかも同じ。絵巻物とかも閲覧できる状態になっている。多分、こういうのは、音楽とか動画も同じで、どんどんデータベース化されていくのだろう。楽しみだよなあ。
2025年7月27日 学校の怪談はこうやって誕生した!?
YouTube「ゆる民俗学ラジオ」に常光徹氏がゲスト出演をしていた。ちょっと面白かったので、第3回を紹介したい。常光先生の歴史が分かる。師弟関係というか、出逢いによって影響されて、今に至る……みたいなエモさがあるし、パーソナリティの黒川氏(彼は日本語が非常にきれいなんだけど)の出逢いとも繋がって来て、エモさ満点の回になっている。
2025年7月13日 謎めいた「わいら」を描いてみた。
日本の妖怪の「わいら」を描いてみた。基本的には、全体的な雰囲気は佐脇嵩之の『百怪図巻』のわいらをベースにして、耳や舌など、細部のパーツは鳥山石燕の『画図百鬼夜行』のわいらの要素を加えて描いてみた感じ。

わいらは妖怪画の題材として、多くの狩野派の画家たちが好んで描いている。ただし、絵の横に名前だけしか記されていないので、具体的にどのような妖怪なのかは分からない。絵の中だけにしか登場せず、それ以上の情報がないところが、とても謎めいた感じで、魅力的である。
しかし、昭和の作家たちは、それだけでは満足しなかったので、たくさんの情報を付加していく。やれ、ガマガエルが化けたものだとか、雄と雌で色が違うとか、モグラを食べるとか……。遂には、翼まで生やし、腹が減ると骨ごと人間を食べる5メートル級の怪物になってしまった。いまや伝説となっている佐藤有文氏の『日本妖怪図鑑』(ジャガーバックス)なんかは、まさにそんな解説をしている。石原豪人氏のイラストは、巨大なクマのような怪物わいらを描いていて、ショッキングである。

妖怪というのは非実在の存在なので、語り手によっていろんな情報が付加されると、こうやって、どんどんと変質していく。変質していったものも含めて、ボクなんかは妖怪だよなあ、と思う。だから、江戸時代の妖怪画のわいらも、5メートル級の怪物わいらも、ボクはどちらもわいらなのだと思っている。でも、Wikipediaの「わいら」の項目では、佐藤有文が想像したようなわいら像はあまり触れられない。それも変だよなあ、とボクなんかは思う。だって、昭和を生きたボクたちにとって、わいらと言えば、佐藤有文のわいらの印象が強いもんなあ。それだって、江戸時代のわいらではないけれど、わいらはわいらだよなあ。
2025年5月26日 久々にファンタジィ事典を更新!
1か月振りにウェブサイト「ファンタジィ事典」を更新した。ゴールデンウィークに4日間も韓国に行ったし、後輩指導に追われて仕事が忙しかったしで、なかなか時間が取れなかったのが正直なところ。仕事は全ッ然、一段落しているわけでもないんだけど、でも、このままズルズルと更新作業から遠ざかってしまうのもいけないなあと思って、重い腰を上げて更新に着手した。本当は妖怪画を描きたいところだ。
さて、1か月振りの更新は朝鮮の妖怪チョングとトンジャサム、そして『絵本百物語』の飛縁魔(ひのえんま)だ。朝鮮の妖怪は引き続き、継続していきたいと思っていて、今回のチョングは天狗。天狗とは言っても日本の天狗(てんぐ)ではなく、古代中国に由来する文字通りの天のイヌである。瓮(かめ)のような頭に小さい手足、長い尾を持っていて、フォルムがオタマジャクシみたいな姿をした小動物で、毛の代わりに細い炎を吐き出しながら、天空を飛翔する。たまに地面に墜落して、地震を引き起こす。まさに流れ星である。トンジャサムは高麗人参の精霊で、子供の姿になって人間世界に干渉してくる。
飛縁魔は、白蔵主に続いて『絵本百物語』から持ってきた。ちょうど来年(2026年)が丙午(ひのえうま)なので、その辺もちょっと調べながらまとめてみた。
そんなわけで、緩やかにファンタジィ事典の更新を再開してみた。忙しい毎日は変わらないので、ペースは上がっていかないとは思うんだけど、引き続き、緩やかに更新していきたいなあ。妖怪画も描きたいなあ。本当は朝鮮の妖怪をどんどん描きたいと思っているので、諦めずに隙間時間を狙って、絵を描いてみたい。乞うご期待だ。
2025年4月22日 イラストがかわいい妖怪ボドゲ!!
「妖怪バカスカ」というボードゲームがある。イラストが滅法かわいくて思わず買ってしまって、ボドゲ棚の奥に仕舞い込んでいたんだけど、本日、息子のツクル氏に発見されてしまったので、一緒にプレイ。

もう、ね。何を置いてもイラストがかわいい。最高だ。ゲームとしてはどうなんだろう。カードの効果が強くって、かなり運の要素も大きいのではないかと思ったりもする。でも、もしかしたら、やり込んでいくと戦略の要素も効いてくるのかもしれない。4色の色を揃えることと、3枚の手札の色を揃えることと、考えることはたくさんあるからだ。まあ、どちらにしても、イラストがかわいいのだから、もう、それだけでニマニマしてしまう。いい。最高だ。
というわけで、ツクル氏とキャッキャと遊んでいる。ちなみに、最近、ツクル氏は再びボドゲ熱が上がってきたようで「カタン」や「ブロックス」「オートリオ」「お邪魔者」など、いろいろなボドゲにチャレンジしている。必要な脳の筋肉がその都度、違うので、ゲームのたびに脳みそのあっちこっちを使っている感覚があって、脳トレになっている気がする。息子よ、ありがとう!! わはははー。
2025年4月18日 白蔵主に化けた老キツネは狂言師に演技指導をした!?
もう少しだけ「日本の妖怪」に手を入れてもよいかな。最近になってそんなことを思い始めた。ボク自身もこれまで「日本の妖怪」に対する解像度が粗かったと痛感している。面白い妖怪が日本にももっとたくさんいる。そんな風に感じ始めた。だから、そういう面白さを伝えていければよいと思っている。
江戸時代の妖怪と言えば、鳥山石燕の画集は有名だ。『画図百鬼夜行』、『今昔画図続百鬼』、『今昔百鬼拾遺』、『百器徒然袋』の4つ。水木しげるはこのシリーズからたくさんの妖怪を取り上げた。これと対になって昔から語られるのが桃山人の『絵本百物語』だ。どちらも京極夏彦が作品のモティーフにしている。『姑獲鳥の夏』から始まる百鬼夜行シリーズは鳥山石燕の画集に描かれている妖怪からお題を採っている。巷説百物語シリーズは『絵本百物語』に描かれている妖怪からお題を採っている。だから、京極ファンや根っからの妖怪ファンからしたら、どちらの本もよく知られている。
でも、江戸時代の本なので、必ずしも分かりやすくはない。断片的であったりもする。だから、もう少し真正面から向き合って、ウェブサイト「ファンタジィ事典」でも取り上げてみてもよいかもしれない。最近、大昔の絵巻を眺めながら、そんなことを考えた。絵巻に描かれた妖怪を紹介していくなら、まずは有名な鳥山石燕の画集と桃山人の『絵本百物語』。ここから始めてもよいかもしれない。
そんなわけで『絵本百物語』巻第壱第壱の「白蔵主」から着手してみたんだけど、大変だった。たった1匹の妖怪なのに、調べ始めたら1週間以上、掛かってしまった。当然、『絵本百物語』は読むわけだけど、これは角川ソフィア文庫から出版されているから問題ない。でも、調べていくと、狂言『釣狐』とか『和泉各所図会』とか、いろいろと調べることが増えて、あれよあれよと情報量が増えてしまった。
多少、難解な部分も残っているけれど、でも、よくまとめられたと思う。まずは狂言『釣狐』の白蔵主を紹介して、『和泉各所図会』を紹介して、それらを大幅にアレンジした『絵本百物語』を紹介する。説明の並べ方としては、こんなもんだろう。
『和泉各所図会』については、書籍として出版されていないのだろうか。仕方がないので、原文を当たった。早稲田大学が『和泉名所圖會 巻之一』を公開してくれている。リンク先のPDFの43ページと45ページを参照した。Wikipediaの「白蔵主」のページには竹原春朝斎の絵が載っているんだけど、肝心の文章の中身は載せてくれていない。そこにいろいろと興味深い話が載っていたので、それも載せてみている。Wikipediaではキツネが狂言師に演技指導した説明のところが[要出典]になっている。でも、ちゃんと『和泉各所図会』に載っているじゃん、などと思っている。
2025年4月12日 雷神になった道真公!?
最近、日本の妖怪の絵巻なんかを眺めるのが趣味のひとつになっていて、いろんな絵巻を眺めながら、「へぇ」とか「ほぅ」などと溜息を吐いている。今日はそんな絵巻の中から『北野天神縁起絵巻』を紹介してみたい。
菅原道真が雷神になって京都の清涼殿を襲ったという話がは非常に有名で、よく御霊信仰の例として紹介される。現代人のボクたちからすると、菅原道真が怨霊と化したと聞くと、垂纓冠をかぶって着物を着た道真公がおどろおどろしい姿になって出現するようなイメージを持ってしまう。でも、『北野天神縁起絵巻』を見ると、完全に「鬼」として描かれている。まさに赤鬼で、もはや人間としての面影はない。そこが現代人の感覚とは違っていて、面白いところだ。

ちなみに、絵巻そのものを丁寧に眺めていくと、宮中の人々が逃げまどっている様がうまく描けていて、とても臨場感があってよい。一方の雷神そのものは結構、お道化た表情で、滑稽な感じがして、あんまり怖くない。それもまた面白いなと思う。
2025年4月4日 日本の妖怪の解像度を上げている最中
最近になって、日本の妖怪、特に絵巻物にハマっている。文献に文字情報に載っている「妖怪」だけでも、伝承上語られてきたものを蒐集した「妖怪」だけでもなくって、絵に描かれてきた妖怪に興味が向いたのは、ボク自身が「世界の妖怪」を描く機会が増えてきたせいかもしれない。過去に妖怪がどのように描かれてきたのかに意識が向いてきた証左だ。
今はもっぱら、『妖怪萬画 Vol.1 妖怪たちの競演』(青幻舎ビジュアル文庫,2012年)を読んでいる。読んでいるというか眺めている。

この本の表紙に描かれているのは作者不詳の『百鬼夜行絵巻』(京都市立芸術大学芸術資料館蔵)に描かれた「朧車」(あるいは「天狗車」)だけど、メチャクチャ迫力がある。こんなの、ボクなんかはとても描くことができない。カエルみたいなのが牽引していて、イヌたちが誘導している。動きがある。

もうひとつ、ボクが恐れを感じたのは神虫。平安時代末期の『辟邪絵(益田家本地獄草紙乙巻)』の中に描かれている。これも凄まじい。とても平安時代末期のものとは思えない。今の漫画家さんが描いたのかと思うほど、漫画っぽい。大迫力。こういう妖怪画の延長線上に、ボクたちの漫画文化があるのだと思わされてしまう。ちなみに、逃げまどっているのは疫鬼たちで、この怪物みたいなものは疫鬼たちを退散させる善神なのだとか。この恐ろしげなヴィジュアルで「善神」というのも凄い。
こういうところにも意識が向けられるとよいなあと思って、目下、日本の妖怪に関する解像度をあげているところ。こういうところもフォローしていきたいなとは思っている。






