2026年4月11日 吸血鬼小説の源流をたどる:ポリドリからストーカーまで

吸血鬼小説の全体像を把握しようと思って、このところ、ポリドリの『吸血鬼』(1819年)、レ・ファニュの『カーミラ』(1872年)、ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』(1897年)を立て続けに読んでいた。それぞれがギリシャ、モラヴィア(チェコ)、トランシルヴァニア(ルーマニア)の吸血鬼伝承を下地にしながら、現代的な吸血鬼を創作している点で非常に面白いな、と思っている。

たとえば、ポリドリの『吸血鬼』では、ギリシャの宿屋の娘のイアンテがギリシャ土着の吸血鬼ヴリコラカスについて語り、吸血鬼の恐怖を煽る。そこへ、イギリスからやってきた貴族のルスヴン卿(実はその正体は吸血鬼)が現れ、ギリシャの地でイアンテを襲う。

レ・ファニュの『カーミラ』では、吸血鬼カーミラが暗躍するのはオーストリアのシュタイアーマルク地方だが、すぐ北の隣国チェコのモラヴィアの貴族がかつて吸血鬼退治でシュタイアーマルクに招聘された話が出てきて、モラヴィアの吸血鬼伝承(ナヴラチレツ)を想起させる構造になっているのが面白い。

ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』では、ドラキュラ伯爵はトランシルヴァニア(ルーマニア)の古城を根城にしているが、現地ルーマニアの吸血鬼(ストリゴイ・モルツィ)の伝承を下敷きに創作している。オオカミへの変身、ニンニク嫌い、棺桶で眠る、杭で心臓を突き刺すなどの要素はストリゴイ伝承に由来する。

後続のドラキュラやカーミラは何度も映画化もされているし、吸血鬼としては非常に有名だ。ルスヴン卿は貴族的な吸血鬼の元祖にも関わらず、吸血鬼としてあんまり認知されていない気がする。もっともっと知名度を高めていった方がよいのではないか。

そんなことを考えながら、ウェブサイト「ファンタジィ事典」にルスヴン卿、ヴリコラカス、カーミラ、ナヴラチレツ、ドラキュラ、ストリゴイなんかを追加してみた。意外と、ストリゴイなんかは調べていて面白かった。2004年でも墓を暴いて心臓を取り出し、焼いて食べるという儀式が行われたというのは、結構、衝撃だ。

  

2026年3月8日 吸血鬼の系譜を辿り始めた日

2月1日の記事『薔薇色の月』でも言及したが、ファントムシータの『薔薇色の月』は吸血鬼カーミラをモチーフにした楽曲らしい。それならば、ちょっと『カーミラ』でも読んでみようかと思いつつ、変に熱心なボクは「吸血鬼の元祖であるポリドリの『吸血鬼』から順番に読まなければ」という不思議な正義感が芽生えてしまう。そんなわけで、早速、ジョン・ポリドリ(John William Polidori)の怪奇小説『吸血鬼(The Vampyre)』(1819年)を読んでみた。

粗筋としては、若き英国紳士オーブリー(Aubrey)が主人公で、社交界の場で謎めいたルスヴン卿(Lord Ruthven)と出会い、彼に魅了される。血の気のない青白い顔で無表情、それでいてどこか魅惑的な彼の正体は、果たして吸血鬼であった。

物語はロンドンの社交界から始まり、二人の旅はローマを経てギリシャへ向かう。そこでギリシャの吸血鬼ヴリコラカスの伝承を聞かされる。オーブリーは古い迷信だと切り捨てるが、実際に宿屋の娘イアンテは吸血鬼に襲われて殺されてしまう。さらに山賊に襲われてルスヴン卿は死ぬ。失意のうちにロンドンに帰国したオーブリーだったが、しばらくして、生前と変わらぬ姿のルスヴン卿が現れる。どうやら彼がオーブリーの妹を狙っていることが発覚し……。

『吸血鬼』はざっくり言うと、そんな物語である。社交界で異彩を放っていた謎めいた紳士が、実は吸血鬼だったという展開は、今となってはよくあるものだが、こうした“貴族的吸血鬼”というイメージはポリドリの創作であり、後の吸血鬼像(カーミラやドラキュラ)に受け継がれていく。まさに革新的だったわけである。

結局、ルスヴン卿の正体が世間に公になった頃には、オーブリーはすでに死んでいる。妹も犠牲になり、ルスヴン卿も姿を消している。その後、彼がどうなったのかをポリドリは語らない。吸血鬼は別の場所で名前を変え、その社会に溶け込んでいくのかもしれない。いずれにしても、不気味な終わり方である。

さあ、次はいよいよ念願のレ・ファニュの『カーミラ』(1872年)だ。頑張って読むぞー。おーッ!!

  

2026年2月28日 Adoの『ビバリウム』とボク自身の原点回帰

2月28日にAdoが新曲『ビバリウム』のMVを発表した。素顔の公開ということで巷では話題になっているが、ボクはちょっとだけ受け止め方が違う。Adoの作詞作曲は2024年10月14日に発表された『初夏』以来で、ボクはこの楽曲の歌詞に強く感情を動かされた。

クローゼットに引きこもって歌を歌っていたかつてのAdoは置いていかれてしまった。Adoはそこから羽ばたいて大成功を収めた。けれども、歌い手としてのAdoと実際の人間・Adoの間には大きな隔たりがあり、そこに煩悶する。しかし、Adoはクローゼットの中に押し込めたかつてのAdoとは決別して歌わなければならないと決意する。そして、かつてのAdoはクローゼットの中で泣いている。

いろんなAdoがグチャグチャになってボクの頭の中に入ってきた感覚がある。ボクが一番、心を動かされたのは、途中のAdoのモノローグだ。「機械少女の歌が聴こえた」という呟きに、初音ミクと歌い手文化がかつてのAdoを救ったのかもしれないと感じた。初音ミク、ありがとう。

正直に告白すると、ウェブサイト「ファンタジィ事典」が1,500項目に到達するまで、残り5項目である。結構、ボク自身は感慨深いものがあって、1,500項目達成とどういう風に向き合おうかと色々と考えていた。そして、ボク自身のウェブサイト運営を振り返ってみようかと思って、昔のウェブサイトのデザインを引っ張り出してきたり、2003年当時のインターネット事情などを思い出したりしていた。そこにAdoの『ビバリウム』が現れた。Adoが自分自身を振り返る活動が、ちょうどボク自身の人生の出来事と重なった。

  

2026年2月27日 アーバンギャルドの新曲2連発に胸が熱くなった日

2月25日にアーバンギャルドが2曲の新曲「TOKYO禁猟区」と「バビロマンサー」を引っ提げて現れた。いい曲すぎて胸アツの展開だ。アーバンギャルドって、松永天馬が作っているイメージがあるが、「TOKYO禁猟区」は浜崎容子の作曲で、彼女もしっかりアーバンギャルドを演っているよなあと感じる。

「TOKYO禁猟区」は何となくglobeを連想させる。それでいて、どんどんと楽曲の後半に行くに従って疾走感が増して、天馬のラップのところで最高潮を迎える。この緊張感がとてもよい。

一方の「バビロマンサー」は映像が素晴らしい。一見、バラバラの映像のように見せて、引きで捉えると繋がっていく。これを繰り返しながら、耽美な世界観を作り上げていて、ついつい見入ってしまう。

たまにはこういうアーティストを堪能するのもいいよね。

  

2026年2月22日 朝の音楽修行も役に立つ!?

テレビで冬季五輪のフィギュアスケートのエキシビションを観ていた。リトアニアのアイスダンスの選手(アリソン・リード氏とサウリウス・アンブルレヴィチウス氏らしい)が出てきて、いきなり会場にGuns N’ Rosesの『Welcome to the Jungle』のギターリフが鳴り響いたので、ボクはビックリした。

そりゃあ、りくりゅうの『Paint It Black』にも、その選曲の奇抜さに驚いたが、一応、ストリングスアレンジされていた。Guns N’ Rosesは特徴的なあのギターリフそのままの音源だった。そういう意味ではエキシビションだなあ。会場も盛り上がっていたし、ボクもそこそこ興奮していた。

実は、洋楽を聴くようになったのはここ数年だ。歌は「歌詞」があって成立する部分もあって、ボクは歌詞が分からないまま漫然と歌を聴くことができなかった。歌は歌詞とセットで機能すると思っている。オペラとかも同じで、何となく敬遠していた。でも、そろそろいい年齢だし、教養として洋楽も聴くか。そう割り切って、ここ数年、意識的に洋楽を聴くようにした。ボクの中で「分からなくても楽しむ」ということが許容できるようになったと言える。

そして、3年くらい前から、1950年から2025年までのBillboard年間ランキングを1位から30位まで延々と聴くという苦行を毎朝、続けている。そんなわけで、こうやって、Rolling StonesやGuns N’ Rosesが流れれば、すぐに分かる。Donna Summerの『MacArthur Park』もすぐに分かったし、Madonnaの『Like a Prayer』も分かった。そういう意味では、教養としての洋楽が段々と身についているということかもしれない。ふふふ。

  

2026年2月17日 “Paint It Black”に興奮した朝

最近、朝、息子のツクル氏と一緒にオリンピックのフィギュアスケートを観ている。今日は三浦璃来と木原龍一がペアで出場していたが、楽曲がRolling Stonesの『Paint It Black』だったことに驚いた。だって、ロックじゃん。ボクはRolling Stonesの曲の中では『Paint It Black』が一番、好きだったので、ちょっと興奮してしまった。

フィギュアスケートでロックを選曲するというのは珍しいのではないだろうか。ストリングスアレンジにはなっていたけれど、どうなんだろうね。かつて、エキシビション以外では、こういう楽曲って、あんまりないんじゃないかなあ。少なくとも、ボクの記憶ではロックを選曲するパターンはないなあ。

でも、ボクの興奮は、あんまり家族には伝わらない模様。何しろ、Rolling Stonesそのものも家族の中じゃ、あんまり認知されていないからなあ。誰か、このワクワクをシェアしようぜ。

  

2026年2月1日 『薔薇色の月』

ファントムシータが新曲『薔薇色の月』をリリースしていた。変幻自在で、間奏部分も多くって、ちょっと面白い。

百花さんの圧倒的な技術力の高さもいいんだけど、もなさんが

when i…
think about fear
la la la la la what comes to mind is
i fear the future without your heartbeat
far more than losing you tomorrow.

と英語で歌っているところがあるんだけど、そこが必ずしもオンビートではない感じの歌い方がすごくよい。

ちなみに、この楽曲は吸血鬼「カーミラ」をモチーフにしているらしい。吸血鬼についてもリサーチしてもいいよなあ。実は吸血鬼小説の元祖のポリドリの『吸血鬼』とか、『吸血鬼ヴァーニー』、レ・ファニュの『吸血鬼カーミラ』なんかをちゃんと読んだことはないんだよなあ。

  

2026年2月1日 老害になること勿れと常に自戒して

FUTURECARDに中田敦彦が出演していて、老害について語っている。ついつい、昔からあっちゃんを知っているボクとしては、勝手に「また、あの人への批判なのかな」と思い込んで視聴したら、全然、そういう話ではなかった。むしろ、謙虚な中田敦彦が登場してビックリしているし、身につまされる想いだ。

おそらく、先輩芸人がいつまでも居座り続ける状況に疑義を呈し、考え続けたあっちゃんは、自分の老後の在り方についてもちゃんと検討したのだろう。自分を度外視せずに、自分も老害になるとの前提で考えたのだろう。それって、とても大事なことで、ボク自身についても省みる時間になった。

ボクも会社の中では中堅になってきたし、実績も積んできた。評価もされている。でも、いつか感覚がズレてくる。それはそのとおりだろう。優秀な先輩がズレていく様はたん見てきた。失望もした。でも、それは決して他人事ではない。そう常に戒めることが大事だ。

そんなことを考える機会になったので、是非是非、一度、試聴してみてほしい。

  

2026年1月30日 「正解」はない。でも、それを希求する。

三宅香帆さんの本が、どこの本屋に行っても平積みになっていて、ものすごい勢いを感じる。紅白の審査員席にも座っていたしね。こんなところにまで進出しているーって思って、ちょっとビックリしたけど。最近は加納愛子さんともYouTubeでコラボしていて、一緒に本屋さんに行っていたしね。

そんなわけで、今話題の『考察する若者たち』(著:三宅香帆,PHP新書,2025年)を読んだ。

なるほどなーって思った。正しい正しくないではなくって、そういう解釈もある。それに、納得する部分も、共感する部分もたくさんある。タイトルは「若者」ってなっているけれど、おそらく若者だけの話ではない。若者に顕著な特徴が詰まっているけれど、大人の中にも、こういう価値観が徐々に浸食しているような気もする。「報われ」を求める感覚とか、正解や最適解を求めがちな感覚、成長したいという感覚。

昨年、ボクの職場で病んでしまった女性がいた。「自分は成長できていない。周りの同期に後れを取っている」と言って出社できなくなってしまった。若い人で、おじさんに囲まれて比較的甘やかされていた。それが彼女を追い込んだ。多分、「何故?」と思っているおじさんがたくさんいるはずだ。まさにこういうギャップが言語化されている本だな、と感じた。

今日も今日で、年配の上司が職場でフリーディスカッションの場を設けて「この議論に正解はない。失敗してもいいから好きに発言していいぞ!」みたいなことを言っていて、ギャップがあるんだろうなあと思っている。ただ、このフリーディスカッションの先に「成長」が提示されているので、まだ希望があるとも言えるかもしれない。ちょうどこの本を読んでいたところだったので、そんなことを考え込んでしまった。

第9章、終章、あとがきにかけては、三宅さんの強い想いが迸っている。文章が暴れている感じ。三宅さんからの、生きづらい若者たちへのエールなのだと感じたし、平成を生きたボクたちがどう生きていくべきかのひとつの指針を与えてくれたようにも感じた。

  

2026年1月29日 メソポタミアの神7!?

歴史を面白く学ぶコテンラジオで、ここのところ、ヤンヤン氏がギルガメシュ王について語ろうとしている。語ろうとしている……と書いたのは、まだ語っていないからだ。第1話ではメソポタミア文明の概要を説明して、第2話でメソポタミアの神々について説明している。これらの情報の土台の上に、次回、ギルガメシュ王が語られる段取りになっている。

最後まで聞いてから紹介しようと思っていたんだけど、第2話のメソポタミアの神々(厳密にはアッカド神話の神々)の説明が面白かったので、今回、見切り発車的に、このコンテンツを紹介しようと思う。

ヤンヤン氏は非常に言語化が上手だと思う。会社経営のような感じで神話の神々を説明して、現代の人にもイメージしやすいように組み立ててくれている。神7も解説してくれるし、イギギたちのストライキも、人間の創造も解説してくれる。

個人的には非常に勉強になった。鴨頭嘉人氏が話の上手な人の条件のひとつとして、たとえ話が上手な人を挙げている。まさにヤンヤン氏の手法はそれで、メソポタミアの世界を現代と置き換えながら、イメージを助けるようなたとえがたくさん出てくる。しかも、要点を絞って、説明しすぎない。そのバランス感覚もすごくいい。

ウェブサイト「ファンタジィ事典」を編纂していると、ついつい情報過多になる。あれもこれも説明しようとしてしまう。そうではなくって、引き算の発想も大事だし、たとえを持ちだすのも有効だ。そういう意味で、いい刺激を受けたし、ボク自身もどんどんこういう発想を取り入れていきたいなと思った。

  

2026年1月14日 「素直でごめんね」を鬼リピしている

結構、初期から「佐久間宣行のNOBROCK TV」をよく観ている。昔はマイナな芸人がフィーチャーされるので、面白く観ていた。芸人の登竜門だった。

最近は女性タレントがフィーチャーされている。たとえば、森脇梨々夏。ピュアさとドジっ子で魅せられる。福留光帆もそうだ。大喜利から始まって、頭の回転の速さが際立つように企画が練られている。風吹ケイの恋愛リアリティー・ショーも面白いし、ぶっちゃけ下ネタトークの二瓶有加も魅力的に映る。みりちゃむの罵倒も面白いし、立野沙紀の魔法少女になれない感じも面白い。

そんな彼女たちが、森脇梨々夏の鶴の一声で、アイドルをやっている。グループ名は「DRAW♡ME」(ロゴだと「DЯAW♡ME」になっている)。それぞれの才能と魅力で頭角を「NOBROCK TV」で現した彼女たちが集結して、歌って踊る。歌のクオリティとしてはどうなのだろう。でも、チャンネルをずぅっと追い掛けてきた人にとっては、彼女たちのこれまでの活躍と重ね合わせて、非常にエモい感じに仕上がっている。

2日も経たない間に100万回再生を達成した。その後も順調に再生数を稼いでいる。時代はテレビからYouTubeに移っている。もしもこのアイドルグループが世間を席巻したら、YouTubeによってテレビが引っ繰り返されたことになる。そのくらいのバズりを、佐久間さん、見せてくれないかなあ。そんな期待も込めて、応援しているボクである。

  

2026年1月12日 すべては『すべてがFになる』から始まった。

年末・年始と隊長さんが絶婦長さんで、仕事も休んでいた八朔シータです。ふふふ。

そんなわけで、2025年12月20日に『ω城の惨劇』を読むためにの記事でも書いたとおり、森博嗣の本を再読している。すでにS&Mシリーズは読破して、Vシリーズに突入している。多分、S&Mシリーズを読んでいたのは大学生の頃だと思う。あれから20年くらい経つのに、全然、思想が古くならない。むしろ、先見の明があるというか、現在を見事に予想していて、再読してビックリする。

『すべてがFになる』が刊行されたのが1996年らしい。S&Mシリーズ最後の『有限と微小のパン』は1998年。たった2年間で、これらの10冊が書かれたことになる。ものすごい刊行スピードだ。

面白いのは、登場人物たちがケータイを当たり前に使っていないことだ。SNSもなくて、htmlのタグ打ちっぽいウェブサイトを見たり、PCでメールしたりしている。ボクが大学に入学したのが2001年。まさにそんな時代だったなあ。大学のパソコンでみんなで同じウェブサイト(当時はホームページと呼んでいた)を見てゲラゲラ笑っていた。それなのに、作中では仮想現実やAIの世界が構築されていて、今、まさにそれが実現して、社会が変容した。その変容した先にある生き方を予見していた。

というわけで、年末・年始で何とかS&Mシリーズ10冊を読破できたので、次はVシリーズ10冊を読み進めていこうと思っている。ふふふ。

  

2025年12月20日 『ω城の惨劇』を読むために

忙しくて久しくまともに本屋に行けてなかった。久々に有隣堂に繰り出したら、森博嗣の『ω城の惨劇』が書店に並んでいた。10月に発刊されていたらしい。気づかなかった。そして、調べたら、どうやらこれでGシリーズは完結するらしい。なるほど。犀川創平&西之園萌絵シリーズ、瀬在丸紅子シリーズ、四季シリーズ、Xシリーズ、Wシリーズ、百年シリーズなど、いろいろなシリーズが出ていて、複雑怪奇な森ワールドを展開している。全部、追い掛けていて、ようやくGシリーズが完結する。

Gシリーズはこれまで『χの悲劇』と『ψの悲劇』が出ていて、エラリー・クイーンの『Xの悲劇』『Yの悲劇』のオマージュだ。ドルリー・レーンが主人公の悲劇四部作。『Zの悲劇』と『レーン最後の事件』が続く。だから、当然、森博嗣も『ωの悲劇』で締めるのかな、と思っていたし、そういうアナウンスがなされていた。それなのに『ω城の惨劇』が締めだった。ただ、悲劇四部作の最終巻の原題は『Drury Lane’s Last Case』だから、森博嗣のGシリーズ最終巻の英語副題「SAIKAWA Sohei’s Last Case」を鑑みれば、ある種、オマージュとしては成立している……のかもしれない。

さあ、読むぞ、と思ったんだけど、森博嗣のGシリーズを最後に読んだのはおそらく4年ほど前。最後の巻が島田文子が登場して、未来の話で、とても衝撃的だった記憶だけが残っていて、内容をすっかり忘れてしまった。犀川や西之園、瀬在丸や保呂草、四季、その他大勢の複雑な人間関係も、朧げになっている。うーん。そうか。せっかくなら、森博嗣のサーガを全部、再読破するか。

そう思って、『すべてがFになる』から読み始めることにした。そのうち、『ω城の惨劇』に辿り着く。1か月? 2か月? もしかしたら半年後かもしれない。でも、それでいいや、と思っている。そのくらいの時間軸でゆっくり読んで、『ω城の惨劇』に到達しようと決めた。

  

2025年11月30日 ものものけけけけものものけけけけ

昔も今もたまが大好きな八朔シータ。YouTubeで知久寿焼氏を見て魂消る!!

というわけで、まさかのたまの知久さんが音楽進化論に出演していて、本当に驚いた。しかも「令和のたま」の異名をとる古山菜の花氏とのコラボだから尚更。

何が凄いって、この番組で、知久さんのバックグラウンドが分かる。彼がどんな音楽に影響を受けてきたのか。どんなことを考えているのか。しかも、知久さんがボイスメモを使って音楽のアイディア出しをしているというのに、ちゃんと知久さんもテクノロジィに対応しているのだなあと思って、感慨深い。しかも、こうやってYouTubeに出てくるのも、今風に対応している感じがする。

最後、古山菜の花氏の作詞・作曲の「もものけはいない」という楽曲を、知久さんとコラボで演奏する。これがまた圧巻だ。もちろん、古山さんの楽曲のクオリティというか、遊び心も素晴らしいんだけど、ある意味で完成された楽曲に対して、当たり前のように「元々こんな風でしたよ」という雰囲気で合いの手を入れて、音楽を成立させてしまう知久さんの音楽理解というのか、音楽包容力というのか……なんか、もう、圧巻なのだ。しかも、前半は知久さんの徹底解剖なので、照れくさそうにポツポツと話しているんだけど、後半の古山さんの徹底解剖になると、妙にリラックスして自然体で話していて、それがまた素敵だ。優しい。

  

2025年8月27日 豆本キーホルダーの『日本妖怪図鑑』

最近、『妖怪ブックガイド600』で氷厘亭氷泉氏が取り上げていた『日本妖怪図鑑』。うちにもあるなあと思って、久々に引っ張り出してきた。懐かしい。小学校のときに高速道路のサービスエリアで見つけて購入した記憶がある。これ、小さい割に、120匹の妖怪が紹介されているようだ。しかもかなりマニアックなものも載っている。全部、絵が掲載されている。今思えば、すごい!! わいらも載っている。

そんなこんなで、まだまだサボタージュ継続中。……というか、仕事が忙しすぎるー!! ふははは。

  

2025年7月27日 学校の怪談はこうやって誕生した!?

YouTube「ゆる民俗学ラジオ」に常光徹氏がゲスト出演をしていた。ちょっと面白かったので、第3回を紹介したい。常光先生の歴史が分かる。師弟関係というか、出逢いによって影響されて、今に至る……みたいなエモさがあるし、パーソナリティの黒川氏(彼は日本語が非常にきれいなんだけど)の出逢いとも繋がって来て、エモさ満点の回になっている。

  

2025年6月10日 ひとりで生きることも死ぬことも許さない!!

妖怪メインのウェブサイトなのに、頻繁に音楽を紹介してしまうボクである(笑)。

本当にいろんなことがあって活動を休止していたステミレイツが、満を持して復活した。ドラムとキーボード兼デスボの脱退、新メンバー募集、新曲にて再起動からの急転直下のヴォーカルの脱退。もう自然消滅かな、と思っていたけれど、こうして復活を果たした。ヴォーカル不在をどう乗り切るのかと思ったら、ゲスト・ヴォーカル(笑)。そして歌詞がかなち。「ZENTSUPPA」というのは、まさに今のステミにピッタリだし、かなちらしさ満載で面白い。何よりもかなちとさきてぃがニコニコしてくれていれば、もうそれでいいや! という気分だ。

それから、戦慄かなのとかてぃで結成されている悪魔のキッス。彼女たちの新曲の「XOXO」。いい曲だなあと思っていたら、楽曲提供が小南泰葉さんだった。何と! もう随分前にアーティストとしての活動は休止しているものと認識していて、たまに楽曲提供しているなあと思っていたけれど、まさか悪魔のキッスに楽曲提供するとは! ということで、あまりにびっくりして、記事を書いているボクである。彼女は不安定な音への飛躍とか、難解な歌詞とか、楽曲そのものも素晴らしいんだけど、歌唱方法も独特で、たまにざらつくような声を出すのが魅力なので、もう一度、歌ってくれないかなあ。

あと、もうひとつ、ここのところ面白かったのが、レペゼン界隈だ。DJ社長が新曲を出して、再生数がものすごいんだけど、それよりも注目は銀太だ。まさかのmisonoとのコラボ。しかも結構、聴いていて心地よいビート。ああ、頑張っているなあと思っている。

  

2025年5月30日 「我辛党」と「3の歌」!?

花冷え。が新曲「Spicy Queen」を発表した。ユキナ氏の喋りのようなプリティーな歌唱からデスボイスに移っていく。この振れ幅の凄まじさが花冷え。の魅力のひとつだとすると、今回の楽曲は、ユキナ氏のプリティーな歌唱が多くてよい。ユキナ氏のキラキラした雰囲気からのド迫力のデスボイスの落差が楽しいのである。歌詞の中でたくさん韻を踏んでいて、それもメチャクチャよくできている。歌詞の中に「我辛党」という言葉が出てくるんだけど、「我甘党」という昔の楽曲との対比になっているのも遊び心が満載で面白い。そして、最近、クールビューティーな雰囲気のマツリ氏がニコニコとダンスしているのも茶目っ気があってよい。

BABYMETALも新曲「Song 3」を出してきた。「メタり!!」あたりからずぅっとコラボ続きで面白いのだが、今回、久々にSU-METAL氏以外の2人が大活躍。初期のBABYMETALの「4の歌」の雰囲気を彷彿させる。こういうふざけた感じがBABYMETALの真骨頂のひとつだよね。バックバンドもSU-METAL氏も大真面目にやっているのに、歌詞といい、脇の2人といい、ふざけ散らかすのが、いい感じ。「1, 2, 3, 1, 2, 3, 1, 2, thunder」とか歌っているけど、結局は猪木の「1、2、3、ダー!!」と言っているだけだもんね。「バリ3」だって、電波がいい状況を指す言葉だけど、今の人たち、伝わらないんじゃないか?

まあ、そんなわけで、どちらもふざけた楽曲なんだけど、とてもいいよね。

  

2025年5月11日 灯翠さんの狂気の表情を堪能せよ!

Adoがプロデュースするアイドル「ファントムシータ」が去年の10月にアルバム「少女の日の思い出」を発売してから、ライブ活動なんかをやっていて、新曲が途絶えていた。久々に新曲が出たと思ったら、チャラン・ポ・ランタンの小春さんによる楽曲提供だ。

実はファントムシータのデビュー曲「おともだち」も小春さんの楽曲である。だから、久々にもう一度、小春さんが出張ってきた感じ。あの当時は顔を明かさない状態でのデビューだった。MVも顔は出ていない。あのデビューは衝撃的だった。アイドルなのに、顔出しなしで、楽曲のパワーで勝負している感じがあった。2作目の「キミと××××したいだけ」で、ボカロPのきくお氏を起用して(それもAdoっぽいけど)、そこで初めて顔出しのMVとなった。約1か月間は、歌い手の顔が分からない状態で、いろいろと想像しながら、応援するというスタイルは衝撃だったし、顔出ししたときのヴィジュアルの高さや、ダンスまで踊れるところにも驚いた。

そうやって毎月楽曲がリリースされて、10月にアルバムが発売された。そして、今回はシングルとしては7曲目。相変わらず、小春さんの歌詞は狂気的だ。後半に向けての加速度が半端ない。オススメ。是非。

ちなみに、彼女たちのYouTubeにはライヴ映像もいくつか載せられている。オーディションの課題曲は「Tot Musica」だったわけだが、ライヴのアンコールで「Tot Musica」を歌う彼女たちの姿も見ることができる。途中、Adoが降臨(当然、声だけだけど)するところは宗教のような様相を帯びていて、圧巻だ。

  

2025年4月8日 都市伝説を引き寄せる能力!?

ジャンプ+で連載の平岡一輝氏の『都市伝説先輩』が面白い。異様に都市伝説が大好きな主人公の女子大学生と「都市伝説を引き寄せる」能力を持つ男子大学生の青春オカルトコメディだ。コメディではあるけれど、でも、都市伝説が題材になっていて、都市伝説特有の不気味さや怖さが根底にはある。そこが面白いのである。

『都市伝説先輩』の表紙

1巻では「口裂け女」、「チャーリーゲーム」(英語圏ではチャーリー・チャーリー・チャレンジ)、「ディスマン」、「ジェットババア」が題材になった4つの話が載っている。二人は実際に口裂け女と遭遇して命の危機に直面しているが、紆余曲折あって、何故か口裂け女とラインを交換する展開になる。チャーリーゲームではオカルトサークルの部室に集まったメンバーが冗談で「この中に殺人犯はいるか」みたいな問いを発して、チャーリーが「YES」と答えて大騒動になる。どちらも一見、コメディではあるが、でも、妙に大学生ノリの生っぽさもあって、結末も含めて不気味な余韻を残した展開になる。その辺が都市伝説っぽいうさん臭さとか怖さがあって楽しい。

というわけで、オススメの漫画である。