マーメイド
分 類 | ヨーロッパ伝承、イギリス伝承 |
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mermaid(マーメイド)《海の乙女》【英語】 | |
容 姿 | 上半身は金髪、または赤毛の美しい女性で、下半身は魚。 |
特 徴 | 海に棲み、男性を魅了して海に引き込む。嵐の前兆として船乗りに恐れられる。 |
出 典 | - |
美しい人魚、男性を魅了して水中に引き込む!?
マーメイドは中世ヨーロッパで船乗りたちに信じられた女性の人魚のことで、上半身は金髪や赤毛の美しい女性の姿で、下半身は魚の姿になっている。mermaid(マーメイド)というのは《海の乙女》という意味で、女性の人魚だが、男性版の人魚はマーマンと呼ばれた。マーマンはマーメイドと違って醜い姿をしているという。マーメイドは通常、マーマンを夫にしているが、稀に人間の男性と結婚して子供を儲ける話も残されている。こうして生まれた子供は手足に水掻きがあるという。
ディズニーの『リトル・マーメイド』(1989年)のアリエルに代表されるように、現在では、マーメイドと言えば、人間に好意的な存在として描かれることが多いが、イギリス伝承のマーメイドは水辺で櫛や鏡を手に甘い声で歌ったり、溺れた振りをしたりして人間の男性の気を惹き、水中に引き込んでしまう恐ろしい存在である。また、マーメイドとの遭遇は嵐の前兆として船乗りたちに非常に恐れられた。
溺れている振りをして領主を喰らおうとするマーメイド
恐ろしいマーメイドの例として、チェインバーズの『スコットランドの伝承ライム』(1826年)に収録されている「ローンティーの領主」という話では、ローンティーの若い領主が森の中で湖のそばを通りかかったときに、女の人が溺れているのを発見した。助けようと慌てて湖に飛び込み、女の手を掴もうとすると、召使いが後ろから領主を引き上げて「お待ちください! この女はマーメイドですよ!」と言った。領主がその場から離れようとウマに乗ると、女が水面に身を起こして「召使いがいなければお前の心臓の血を鍋でジュージュー言わせたのに!」と悔しがったという。
このように、イギリス伝承のマーメイドには、水中に人間を引きずり込んで喰らう恐ろしい側面がある。
願いごとを叶えてくれるマーメイド
マーメイドを助けると、願いを叶えてくれるという伝承も多く残されている。たとえば、ボトレルが『西コーンウォールの伝承と炉端物語』(1870年)に収録した「ルーティーとマーメイド」という話では、あるとき、漁師のルーティーが波打ち際で干潟に取り残されたマーメイドを発見する。マーメイドは海まで連れていくようにルーティーに頼み、その代わりに3つの願いを叶えることを約束する。ルーティーは「魔法の呪文を破る力」「使い魔を人間のために役立たせる力」「これらの能力が一族に代々伝わること」を願った。そして、マーメイドを抱えて海まで連れて行った。
海に近づくと、マーメイドは甘い声で「一緒に行こう」と海に誘ってきた。ルーティーはマーメイドの魅力に負けて海に引きずり込まれそうになったが、岸辺から飼い犬が吠え、妻と子供の住む小屋が見えたので、はっとしてマーメイドの顔にナイフを突きつけた。マーメイドは海に飛び込むと「9年後にまた迎えに来る」と言い残して去っていった。
約束どおりに願いは叶えられ、ルーティー家は代々、名高い治療家となって栄えることになるのだが、ルーティーはマーメイドと遭遇してから9年後、息子とボートで沖に出た。すると、美しい女が水から顔を出して、彼を呼んだ。「とうとうそのときが来た」とルーティーは自ら海に飛び込んで、二度と姿を見せなかったという。それから9年ごとに、ルーティー家の子孫が一人、海で死んでいったという。
この話でも、マーメイドは願いを叶えてはくれるが、結局はルーティーを誘惑して水の中に引き込んでしまった。
知識を持って助言するマーメイド
「ルーティーとマーメイド」と似たような話として、ロバート・ハントが収集した「キュアリーの年寄り」では、年老いた漁師が引き潮で窪みに取り残されたマーメイドを見つけて助け出す。このときにも、マーメイドは海まで運んでもらう代わりに願いを叶える約束をする。老人は、呪いの解き方、盗人の見つけ方、病気の治し方などの人助けに繋がる知識を乞う。すると、マーメイドは老人に櫛を渡し、月夜の満潮時に櫛で海を梳くように言う。老人がそのようにすると、いつもマーメイドは海面に現れ、老人にいろいろな知識を教えてくれたという。ただし、この老人は決して、マーメイドの誘いに乗って海に入ることはなかったという。
クローメックの『ニスデイルとギャロウェイの古歌謡』(1810年)では、肺の病で死に瀕している若い娘がいて、恋人がそれを嘆いていると、マーメイドがヨモギを与えるように助言する。恋人がヨモギを摘んで搾って娘に飲ませると、娘は元気になったという。
どうやら、マーメイドはさまざまな知識を持っていて、人々に助言してくれる側面もあるようだ。
なお、ブリッグズは、優しい性格を持ったマーメイドをデンマークやノルウェーなどのスカンディナビアの影響を受けていると分析している。デンマークのハウフルやハウマンはイギリス伝承のマーメイドやマーマンに比べると穏やかな性格を持っているようだ。
ギリシア神話のセイレーンは人魚になった!?
ギリシア・ローマ神話に登場するセイレーンは、本来、上半身が人間の女性、下半身が海鳥の姿をした怪物だった。歌声で船乗りたちを魅了して船を岩礁に導いて座礁させる。しかし、中世ヨーロッパでは、次第に下半身が魚の姿で描かれるようになった。そして、キリスト教の文脈の中で、櫛や鏡などを手に持って男性を未了する姿で描かれるようになった。このイメージが中世ヨーロッパのマーメイドの原型になったとされる。
海難事故はマーメイドのせい!?
海難事故や水難事故というのは、しばしば、水の中の怪物の仕業とされる。日本では河童がそうだし、ロシアではルサールカが人間を水中に引き込んでしまう。古代ギリシアでは、それはセイレーンの仕業であり、イギリスでは、それはマーメイドの仕業ということだったのだろう。
《参考文献》
- 『図説 幻獣辞典』(著:幻獣ドットコム,イラスト:Tomoe,幻冬舎コミックス,2008年)
- 『Truth In Fantasy 事典シリーズ 2 幻想動物事典』(著:草野巧,画:シブヤユウジ,新紀元社,1997年)
- 『シリーズ・ファンタジー百科 世界の妖精・妖怪事典』(著:キャロル・ローズ,監訳:松村一男,原書房,2003年〔1996年〕)
- 『妖精事典』(編著:キャサリン・ブリッグズ,訳:平野敬一/井村君江/三宅忠明/吉田新一,冨山房,1992年〔1976年〕)
Last update: 2023/04/22