2026年3月14日 朝日小学生新聞に『みんなで翻刻』が載っていた!?
息子のツクル氏のために「朝日小学生新聞」を購読しているが、今日の新聞のトップが「みんなで翻刻」だった。江戸時代の崩し字をAIを活用しながらみんなで翻刻していこうという趣旨のウェブサイトだ。ボクも江戸時代の妖怪関連の草双紙を読むときに参考にしている。みんなでやっているので、当然、正しいかどうかは分からない部分もある。元にしている古文書が明瞭じゃなくて、同じ文献でも別の所蔵者が公開しているPDFの方が明瞭なのになあ、と思うときもあったりする。……なんて、そんなこと言っていないでお前も参加しろよという声が聞こえてくる。でも、ボクは妖怪を調べたいのであって、そのプロセスで江戸時代の文字を読んでいる。全然、崩し字の専門家じゃないので、何となく敬遠している。

今まで、この「みんなで翻刻」が、どういう経緯で成立したウェブサイトなのか知らなかった。記事によれば、過去の地震の記録をもっと周知しようという動機がきっかけだったようだ。2011年の東日本大震災で、過去に東北で地震があったときの情報を掘り起こしておけばよかったという反省もあって、古地震研究会が設置されて、その流れの中で、古文書を早期に解読するために、シチズンサイエンス的にみんなの協力を仰いだらしい。10年掛かると思われていた文献の翻刻は2、3年で終わったということなので、大きな成果だ。そして、今では「地震」という枠組みを超えて、いろんなジャンルの文献が掲載されている。妖怪の記事もたくさん載っているのでありがたい限りだ。
それにしても、小学生の新聞に、こういう江戸時代の崩し字が特集されていたり、AIの具体的な活用方法が書いてあったりして、いい特集だなあと感じた。
2026年2月17日 “Paint It Black”に興奮した朝
最近、朝、息子のツクル氏と一緒にオリンピックのフィギュアスケートを観ている。今日は三浦璃来と木原龍一がペアで出場していたが、楽曲がRolling Stonesの『Paint It Black』だったことに驚いた。だって、ロックじゃん。ボクはRolling Stonesの曲の中では『Paint It Black』が一番、好きだったので、ちょっと興奮してしまった。
フィギュアスケートでロックを選曲するというのは珍しいのではないだろうか。ストリングスアレンジにはなっていたけれど、どうなんだろうね。かつて、エキシビション以外では、こういう楽曲って、あんまりないんじゃないかなあ。少なくとも、ボクの記憶ではロックを選曲するパターンはないなあ。
でも、ボクの興奮は、あんまり家族には伝わらない模様。何しろ、Rolling Stonesそのものも家族の中じゃ、あんまり認知されていないからなあ。誰か、このワクワクをシェアしようぜ。
2026年1月24日 トライフォースの神々
最近、息子のツクル氏は「スーパーマリオブラザーズ」の楽曲にハマっていて、ピアノで弾いている。大昔にボクが弾いていた楽譜を見て、練習しているのだ。しかも、YouTubeでストリートピアノの人が自由自在に弾くのを見て、Copilotに聞いて、土管に入る音とか、敵に当たったときの音なんかの出し方を調べて、それも織り交ぜながら、地上、地下、水中、ゲームオーバー、クリアー、スターなどを行ったり来たりしている。いいなあ。格好いい。
それならば、とボクは最近、「ゼルダの伝説」を練習し始めた。息子に対抗して、楽譜を仕入れて、練習だ。何と言ったってメインテーマが格好いいよね。
……そんなこんなで黙々とピアノの練習をしていたら、気づいたら、ツクル氏がNintendo Switch Onlineで「ゼルダの伝説 トライフォースの神々」をプレイし始めた。「ねえねえ、昔のゲームって難しいよね」などと言っている。
そうなのよ。昔のゲームは忍耐力が必要。誰もが最初っから簡単にプレイできるような優しい仕様にはなっていないし、やり込み要素も多いし、1本の道筋があって、ちゃんと終われる。息子は基本的にはプログラマだから、その辺の感覚を持ってくれれば、何よりだと思う。そりゃあ、ね。マイクラも難しいんだけどさ。自由度も高いんだけどさ。制限がある中で、最大の面白さを追求していた昔の人の発想は、学ぶべきところが多いと思うんだよね。
2026年1月16日 カタン三昧。
親の影響で、息子のツクル氏はカタンにどハマりしている。ずぅっとスタンダード版をやっていたが、最近、所望されて、都市と騎士版と航海者版を購入した。
都市と騎士版は自分のターンにやれることがかなり増えて、時間が掛かる。2~3時間コースだ。でも、蛮族が迫って来ると、みんなで協力して何とかしなきゃというドキドキ感があるし、戦略カードが超強力でチートっぽい感じもあるんだけど、その運要素のバランス感覚も素晴らしくて、手に汗握る感じ。究極のカタンと言われるだけのことはある。

航海者版は、ルールのベースは基本的にはスタンダード版と同じだけど、海を越えていくという発想がちょっと楽しいし、街道と船を切り替えるのに拠点が必要なのが戦略的に面白い。

ツクル氏は「次回は都市と騎士版と航海者版を組み合わせてやるぞ!」と息巻いているが、それはそれでメチャクチャ時間が掛かりそうだなあ。まあ、やってみようか。
2025年10月29日 きんに
小学6年生の息子のツクル氏がこんなことを言い出した。
「ねえ、パパ。なかやまきんに君って変わっているよねえ?」
「ん? そう?」
「苗字は多分『なかやま』だと思うんだよね」
「うん」
「でも、名前は『きんに』だよね。変だよね」
「……うん?」
「きんにって名前って変じゃない?」
「やあ、きんには変だけど。それじゃあ、ワンピースのはっちゃんの名前は『はっ』になるのかな?」
「それは違うよ。『八なんとか』って名前だと思うよ。八郎とか。知らんけど。でも、タコだし。足が8本あるんだから」
「……ああ、そうか。え? じゃあ、さっちゃんの名前は『さっ』なのかな?」
「何でだよ! さちこだよ!!」
「さちこか。で、なかやまきんに君の名前はなんだっけ?」
「きんに!」
どういうこと!?
2025年10月19日 アジアについてもっと詳しく知ろうぞ!!
横浜にて息子と楽しく暮らしている。「世界の妖怪」蒐集家の八朔シータです。こんにちは。
この土日は、ボーイスカウトがJOTA-JOTIを開催している。ジャンボリー・オン・ジ・エアー・ジャンボリー・オン・ジ・インターネットの略。昔は色んな国のスカウトたちが無線で通信してコミュニケーションを図っていたらしい。今はインターネットも普及しているので、オンラインも駆使して交流しているようだ。ちなみに、無線やTeamsだけでなく、マインクラフトの世界での交流もあるようだ。スイスのカンダーシュテーク国際スカウトセンターがマイクラ世界に再現されているらしい(笑)。その辺はとっても今風だ。
息子のツクル氏は今回、Teamsで色んな国のスカウトたちと話をしたらしい。つたない英語でも、頑張ったと言っていた。そんな中で、とても印象的なことを言っていたので紹介したい。
「フィリピンとマレーシアとインドネシアのスカウトと話をしたよ。でも、すごいね。こっちが横浜って言うと知っているんだよ。こっちは向こうの首都だって知らないのに」
まさにそうだ。グローバリズムだと言いながら、あんまりアジアの国々について、ボクたちは学んでいないのかもしれない。ヨーロッパやアメリカのことは習うけど、アジアについては授業ではやらない。少なくとも、ボクの子供の頃はそうだった。
ボクは最近になって、ようやくアジアの妖怪に手を伸ばしている。ボクもアジアのことがよく分からなかったので、ずぅっと後回しにしてきた。仕事でアジアの国々を飛び回るようになって、ようやく「ファンタジィ事典」にアジアの妖怪を加えられるような心構えになった。
ニーズがあるのかどうかは分からない。でも、ボクは細々と「アジアの妖怪」を発信していきたい。アジアの妖怪を通じて、アジアの国々について、みんなが理解を深められればよいよなあ。息子と話しながら、そんなことを考えた。
2025年5月7日 だからいいんじゃん!
昨晩、韓国旅行から帰ってきた。結局、妖怪の本に関する収穫はなし。もう、ね。ずぅっと子供たちの相手をしていた。買い物の時間も子供たちの引率をしていた。だから、本屋に立ち寄って店員さんにヒアリングする時間も取れなかった。本当は韓国語で「요괴책이 있나요?(妖怪の本はありますか)」と問う準備は万端だったんだけど。本屋にも立ち寄ったんだけど。でも、その時間的かつ精神的な余裕がなかった。
でも、面白かったのは、子供たちの発想。子供たちは日本の漫画(ワンピースとか呪術廻戦、スパイファミリーなど)を探していたこと。確かに韓国語の漫画なんて、とてもよいお土産になる。本屋に行ったら、ワンピースが1巻から最新刊(111巻)までがちゃんと並んでいた。コナンも1巻から107巻までが並んでいた。意外と韓国は先進国だ。途上国だと、最初の数巻しか置いていない。呪術回線もスパイファミリーも最新巻までちゃんと置いてある。凄い。
それからもうひとつ。子供たちがポケカを欲したこと。必死におもちゃ屋を探して、店員に確認した。子供たちは喜び勇んで大量のポケカを買っていた。「それ、韓国語だぜ?」と言ったら、「だからいいんじゃん! 珍しいじゃん!!」との回答。なるほど、そのとおりだ。韓国でしか買えないもんね。そういう価値の見出し方は素晴らしいよね。
そういう意味で、子供の買い物に散々付き合わされた結果、自分自身は韓国の喫茶店に行くことも、市場に行くことも、そして妖怪の本をゲットすることもできなかった。でも、まあ、そういうもんだよね。とほほ。
2025年5月3日 本日より韓国に行きます!!
息子のツクル氏が韓国に行くプログラムがあって、それに同行する。本日より4日間。特に観光をするわけではなくて、交流プログラムだから、あちこちには行かない。でも、ここのところ、鋭意、朝鮮の妖怪を蒐集しているので、何かいい書籍(韓国語の)があればゲットしてきてもよいかなと思っている。最近、韓国も妖怪ブームというのか、子供向けの妖怪事典みたいなのを作る機運があるので、そういうのもアクセスできたらいいなあ。普通の本屋で買えるかなあ。どうだろう。
2025年4月22日 イラストがかわいい妖怪ボドゲ!!
「妖怪バカスカ」というボードゲームがある。イラストが滅法かわいくて思わず買ってしまって、ボドゲ棚の奥に仕舞い込んでいたんだけど、本日、息子のツクル氏に発見されてしまったので、一緒にプレイ。

もう、ね。何を置いてもイラストがかわいい。最高だ。ゲームとしてはどうなんだろう。カードの効果が強くって、かなり運の要素も大きいのではないかと思ったりもする。でも、もしかしたら、やり込んでいくと戦略の要素も効いてくるのかもしれない。4色の色を揃えることと、3枚の手札の色を揃えることと、考えることはたくさんあるからだ。まあ、どちらにしても、イラストがかわいいのだから、もう、それだけでニマニマしてしまう。いい。最高だ。
というわけで、ツクル氏とキャッキャと遊んでいる。ちなみに、最近、ツクル氏は再びボドゲ熱が上がってきたようで「カタン」や「ブロックス」「オートリオ」「お邪魔者」など、いろいろなボドゲにチャレンジしている。必要な脳の筋肉がその都度、違うので、ゲームのたびに脳みそのあっちこっちを使っている感覚があって、脳トレになっている気がする。息子よ、ありがとう!! わはははー。
2025年4月10日 成長。
息子のツクル氏は昔からずぅっと「負けず嫌い」だった。もちろん、負けず嫌いは悪いことじゃない。勝ちたいという気持ちの裏返しなので、成長につながるだろう。ただ、彼の場合、昔っから勝負事が嫌いで、負ける可能性のあるものを排除しようとする癖があった。たとえば、幼稚園とかで先生が「これ欲しい人ー」とか「これやりたい人ー」みたいな声掛けをすると、みんな、手を挙げる。だって、欲しいもんね。やりたいもんね。でも、ツクル氏は手を挙げない。じゃんけんで負けたら嫌だから、そもそもの勝負の舞台にあがらない。だから、いつも「余りもの」をゲットする。生まれつき、そういう傾向が強かった。
だから、運の要素の強いゲームをやった方がよいかもしれないと思って、生活の中にたくさんのボードゲームを取り入れて、今までやってきた。その甲斐あってか、今は負けても大丈夫になった。最近は「カタン」なんかをやる。妻のちぃ子は賢いので、カタンなんかやらせたら滅法強い。いい場所を押さえて、どんどん素材を集めて、建設を進めていく。ツクル氏は、その悔しさから、「ママ、強い! クソゥ、またやろう!」と言っている。成長を感じるなあ。
2025年4月6日 たまの家族団欒。
ようやく4月になって暖かくなってきて、まさに花見日和。地元のお団子屋さんで団子を調達して、妻のちぃ子、息子のツクル氏と近所の公園に花見に繰り出す。こういう家族団欒もいいよね。

近所の公園がかなりの高台にあって、そこまで辿り着くまでにヘトヘトである。「パパー、まだまだ坂は続くよ。頑張れー」と息子に応援される始末だ。体力が資本なので、ちょっとトレーニングが必要かもしれないなと反省しきりである。ふふふ。
2025年3月29日 ゲーマーが妖怪退治やってみた!
『ゲーマーが妖怪退治やってみた!』(小松清太郎,コロコロコミックス)が面白かったので紹介したい。
ボクが「世界の妖怪」蒐集に精を出していることは、小学5年生の息子のツクル氏もよく知っている。そんなツクル氏がちょっと前にこんなことを言い出した。「パパ、コロコロに面白い漫画があるんだよ。『ゲーマーが妖怪退治やってみた!』っていうヤツで、妖怪がたくさん出てくるから、パパは買った方がいいと思うよ」。この野郎、その気にさせて買わせる気だな、と思って無視していたら、遂に断念したのか、お小遣いで5冊、大人買いしてきた。そしてこれ見よがしに机の上に置いてあるので、どれどれと思いながら読んだ。
物語の展開は子供向けと言えば子供向けなんだけど、でも、面白かった。主人公の西京芸麻(さいきょうげいま)はプロゲーマーを目指してゲームに心血を注ぐ。そんな主人公の魂が込められて、ゲーム画面で実際の人間を操作して戦わせることができるようになる。妖怪退治屋見習いの刀道巫女(とうどうみこ)を操って、次々と現れる妖怪たちを退治する……というような話なんだけど、でも、ツクル氏の言わんとするところは分かった。「妖怪」が題材になっているけれど、決してオリジナルの妖怪ではなくて、ちゃんと伝承に基づいた妖怪たちが登場している。だから、「買った方がいいと思うよ」などと言ったのだろう。『ダンダダン』や『ダンジョン飯』みたいに、『ゲーマーが妖怪退治やってみた!』もネタにできるよ、ということだろう。
というわけで載せてみた。ちなみに1巻には伝承上の妖怪として「大蜘蛛」「人面犬」「泥田坊」「水虎」が出てくる。名前だけだけど「大嶽丸」も出てくる。2巻には「鬼婆」や「牛鬼」、「のっぺら坊」が出てくる。「水虎」が水をまとったトラだったり「牛鬼」がミーノータウロスみたいなまっちょのウシ頭だったりと、あんまり元の伝承の設定が活かされていない妖怪も多いので、その辺、ちゃんと解説してあげるとよいかなとも思った。一方で、面白かったのは、「のっぺら坊」がペンで自分の顔に絵を描くと、その顔に合わせた能力を得られるという話。ちょっとその発想は面白いなと思った。
2025年1月10日 1月からはLEGOマリオカート
久し振りに「LEGOスーパーマリオ」を満喫している。1月からのLEGOの新シリーズは「マリオカート」なのだ。マリオやルイージ、ピーチで乗ると、スーファミ時代のマリオサーキットの音楽が流れる。とてもよい。特に今回のこのセットは3台の車両がついているのがよい。しかもベビーピーチがかわいい。ふふふ。

それにしても、LOGOのパーツが入っている袋がビニル製から紙製になった。さすがは世界のLEGOだ。キットカットが紙袋になったとき以来の衝撃である。

でも、元々、LEGOは食品ではないから、もっと早く紙袋に切り替えることもできたはずだ。思いつけばあっという間のこと。コロンブスの卵。でも、思い込みで変えられない部分って結構、あるよなあ。自分自身の生活でも、仕事でも、きっと、不合理を当たり前に受け入れていることってあると思う。発想を変えれば、もっとずぅっといろんなことができそうだ。LEGOの改革を眺めて、自分自身を自戒する。
2024年10月14日 ゼロワングランドスラム
昨日は全国小学生プログラミング大会「ゼロワングランドスラム」がイオンレイクタウンkazeで開催されていて、息子のツクル氏と参加してきた。ここのところ、腰痛に悩まされているんだけど、ツクル氏のためならえんやこら。久々に遠出してみた。

「ゼロワングランドスラム」は「ロボット競技」、「デバッグ競技」、そして「ハッカソン」という3つの競技で構成されている。ロボット競技は、事前に組み立てたロボットに、当日の障害物の配置を踏まえてプログラミングし直して、障害物を避けながら得点を入れていく。操縦はしない。すべて打ち込んだプログラムのとおりにロボットが動作して、目的を達成する。思った通りに動く場合もあるし、動かない場合もあって、悲喜交交。「床の材質が違って、摩擦が家とは違った」などと悔しがる少年もいれば、「計算通りに動いた」と喜ぶ少年もいる。
続くデバック競技はバグを含むスクラッチのプログラムを仕様のとおりに正しく修正する時間を競う。全部で8問あって、バグを見つけて、それを修正する。8問目くらいまで行くと、普通にゲームになっている。キャラクタを操作して岩を避け、当たってしまうとダメージを受けるような挙動をきっちりと再現しなければいけない。つまり、ちゃんとダメージが反映されるようなライフを変数として設定して、当たり判定の後にライフを減じるようなプログラムにしなければいけないわけである。
最後のハッカソンは仕様に合わせたゲームを30分でゼロから作り上げる。今回のお題はブロック崩し。ボールを跳ね返しながら、ブロックを消していくゲームを30分で作り上げるわけだけど、参加している小学生たちは、ほぼほぼ10分くらいでブロック崩しの基本的な骨格を完成させて、そこから先の時間はオリジナルの仕様を持ち込んで、アイディア勝負に挑んでいる。妨害する敵が出てきたり、お助けアイテムが出てきたり、セリフが出てきたり、そりゃあ、いろんな発想がある。すごいなあ。ただただ感心してしまう。ゲームを完成させるだけでもすごいのに。
そんなわけで、ツクル氏と楽しく参加してきた。わっはっは。あー、腰が痛い。越谷だけに(なんじゃそりゃ!!)。
2024年9月22日 基礎は大事だ(それはそう!)
本日は息子のツクル氏の「ピアノの発表会」。で、ボクも連弾の相方として登壇。ジョプリンの『エンターテイナー』。そんなこんなで、メチャクチャ緊張する1日であったことよ。
そもそも、ピアノに限らず、音楽全般、ちゃんと基礎をやることが大事だ。それこそ、バイエル、ブルグミュラー、ソナチネ……みたいに、ステップアップしていく。こういうのを学んで、弾いてきた人たちってちゃんと基礎がある。でも、ボクの場合、バイエルすらまともにやらずに、先生に怒られていたタイプの人間なので、そういう基礎がなっていない。それなのに、子供の相方として、連弾して登壇させられるのは、ちょっと苦しい。ああ、こんなことなら、ちゃんと基礎をやっておけばよかった。
若かりし頃のボクは、こういう基礎全般をないがしろにしていた。ピアノの習い事の日に、自分で作曲した楽曲を持って行って先生に聞かせたり、勝手にアレンジして面白がったりしていて、今思えば、先生は手を焼いただろうな、と思う。それでも、先生側もボクのやる気を出させるために手を変え品を変え。ファイナルファンタジーの楽曲をやらせたり、ドラゴンクエストの楽曲をやらせたりしてボクを鍵盤の前に座らせていた。
息子と連弾で舞台に立つという未来が来るなら、もっとちゃんとやっておけばよかったなあ。(つд⊂)エーン
2024年9月1日 ポコン!
「ポコン!」をプレイ。基本ルールはリバーシだ。でも、タヌキとキツネの化かし合い。コマの3分の1は裏と表の絵柄が同じなので、挟んでもひっくり返らない。大事なところに裏表が同じコマをそっと置いておいて、騙しに行くゲーム。これがメッチャ面白い。いざめくろうと思って、裏返してみて、同じ絵柄だったら「わあ、ヤラレター!!」って悔しくなる。

意外と小学5年生の息子のツクル氏は得意らしく、すぐにこの変則ルールを理解して、いい感じのところに裏表が同じコマを置いてくる。手加減しようと思ったら、あっという間にやり込められてしまった。クッソゥ。
2024年8月11日 子供の居場所
ママ友の集会というのはいつの時代も健在だ。でも、そこにパパとして参加することになる事態はそんなに想定していなかった。今回、息子の友達と母だけでなく、父も参戦してのBBQ大会になって、重たい腰を上げて参加してきた。
コロナ禍の後、子供たちが遊ぶ場というのは一気に少なくなった。密閉された家の中に家族以外が集まるのはよくないということで、大人たちが他所の子供を受け入れない状況が長く続いて、これ幸いと、大人たちが自分の家に子供たちが集まることを良しとしなくなった印象がある。より家がプライベートな空間になった。その結果、子供たちの遊び場は公園などのパブリックな空間と、お金を出して子供を遊ばせておける影響空間になってしまったような気がする。
唯一、我が家はコロナ禍にあっても、子供たちの居場所づくりをしようと思って、我が家を開放していた。まあ、当然、いろんな考え方があって、感染症対策を鑑みたときに、家みたいな密閉空間に子供たちを集めるなという声も、もしかしたら、当時としてはあったのかもしれない。だから、一応、親の了解を得て遊びに来るようには伝えていた。そういう意味では、本当に、子供の遊び場が少なくなっていて、畢竟、ゲーム端末を繋いで、オンライン上で遊ぶみたいな遊び方にならざるを得ない状況になっている。
そんな中で、4つの家族が、こうしてface to faceで遊ぶ時間と場所を設けられるというのは、とても素晴らしいことだ。父親間の居心地の悪さなんて我慢しようと思えるよね。わっはっは。
2024年7月15日 新たなる希望
息子と映画『スターウォーズ』のエピソード4「新たなる希望」を観た。大昔にブルーレイで購入して、妻のちぃ子と観たんだけど、そろそろ息子も大きくなってきたし、一緒に観てみようかということになった。いろんな宇宙人とか乗り物が登場するし、宇宙船による銃撃戦なんかもあって、ワクワクドキドキするのではないか。
我が家は昔の資料がたくさんある。それこそ、漫画『ドラゴンボール』とか『スラムダンク』も全巻あるし、『ガッシュ』や『YAIBA』、『セーラームーン』もある。『ワンピース』も『ナルト』も『ブリーチ』も『コナン』も全巻あるはずだ。今、息子は『デスノート』にご執心で、面白いと読んでいる。それなら、映画もいけるのではないか。そんなわけで『スターウォーズ』をチョイスしてみた。
親子で観ていても面白いなあ。C-3POとR2-D2の丁々発止の掛け合い(ロボットの癖に!)とか、ハン・ソロが最後の最後で助けに来るところとか、オビ=ワン・ケノービがルークを眺めてニッコリと笑ってやられるところか、いいよね。
息子は宇宙船でドンパチやっているシーンに白熱していた。段々と子供っぽくなってきたなあ。よいことなり。まさにオビ=ワンの気持ちだ。新たなる希望だよなあ(遠い目)。
2024年7月4日 18÷0ってどういうことなのか!?
巷では18÷0が話題になっているようだ。基本的には0で割ってはいけない。そんな風に説明されることもあるし、18÷0=0ということにしましょうという説明もなされるらしい。でも、ボクは基本的にはそういうことではないと思っている。
試しに算数が得意な我が家の息子のツクル氏(小学5年生)に18÷0の答えを訊いてみた。
「ツクル氏、18÷0っていくつになると思う?」
「え? 無限じゃない?(即答)」
「おお、無限か。どうして?」
「え? 違う?」
「や、どうしてそう思った?」
「だって、割り算って、割る数が割られる数の中にいくつ入るかって話でしょ?」
「なるほど、割り算をそういう風に定義しているのね。まあ、その通りだね。完璧だね」
「で、0ってものすごい小さい数だから、18の中にものすごくたくさん入るじゃん」
「うん。たくさん入りそうだね」
「だから無限だよ」
なるほど。ツクル氏は割り算の定義に対して難しいことを言っているが、基本的にはその通りで、a÷bというのは、aの中にbがいくつ含まれるかという意味にとることができる。たとえば、10÷5=2というのは、10個の枠を5人で使うと1人2枠使えるねという意味でもあるし、10個の枠の中に5人組は2組入るという意味にもなる。ツクル氏が言っているのは後者の解釈である。
さて、その上で、このツクル氏の18÷0=∞という解答は正しいのだろうか。イメージを喚起するために、試しに18をいろいろな数で割ってみよう。
18÷18=1
18÷9=2
18÷6=3
18÷2=9
18÷1=18
18÷0.5=36
18÷0.1=180
18÷0.01=1800
18÷0.001=18000
割る数が小さくなればなるほど、答えは大きくなる。割る数が0に近づけば、何だか答えは無限に近づいていきそうな感じではある。おそらく直感的に、こんなイメージが彼の頭の中にあったのだろう。
ところで、割る数をマイナス側から0に近づけたらどうなるだろう。
18÷(-1)=-18
18÷(-0.1)=-180
18÷(-0.01)=-1800
18÷(-0.001)=-18000
負の数で割っていくと、0に近づけば近づくほど、答えはマイナス無限になっていく。というわけで、どうやら18÷0=±∞というのが正解な気がする。どうだろうか。一意に定まらないという意味では、計算機がErrorを返してしまうのも正しいとは思う。でも、少なくとも「18÷0=0ということにしましょう」という感じではなさそうだ。そして、数学的な考え方というのは、こういう風に考えることだとボクは思う。
2024年6月24日 語彙力で敗北!!
18日と21日は雨だったので、息子のツクル氏のプールが中止になった。そんな話を息子とした。そうしたら、ツクル氏が言い出した。「小学校では、プールの授業は全部で5日間あるんだよね。それで、予備も含めて7日間、プールの日が設定されているんだけど、もうすでに2日も中止になっているんだよ!」とのこと。それを聞いたボクは「え? ツクル氏、プール得意なのに? ヤバいじゃん!」と言ったら、「そう。もう後がない状況だよね」と言われてしまった。なんてこと。父親の方は「ヤバい」とか表現しているのに、息子は「後がない」という適切な表現を使うわけだから、これはとてもヤバい状況である。語彙力で完敗しているじゃん。もっと言葉に真摯に向き合わなきゃ、父親としての威厳がなくなってしまうぜ!! ヤバいぜ(こらこら)!!!
それにしても、昨今の小学校のプールの授業は5日間しかないのか。学ばなきゃいけないことが増えて、それから教師のワーク・ライフ・バランスにも配慮しなきゃいけなくなって、あちこちにしわ寄せがいくなあ。そうかー。プールは5日間しかないのか。






