《日々の雑記》

2023年6月16日 そもそもアリエルはデンマーク人が演じるべきでは!?

ポリコレが叫ばれる昨今である。Political Correctness(ポリティカル・コレクトネス)《政治的正しさ》という意味で、特定のグループを差別したり、誤解を招いたりしないように、中立的な表現をすることが社会的に求められている。でも、近年、ポリコレを前面に押し出して、それとは真逆の、ある種のマイノリティの側だけの立場に立った主張をする文化が横行している気がする。それはそれで中立ではないと思う。

少し前に話題になったのは、実写『リトル・マーメイド』だ。主人公のアリエルにハリー・ベイリーが起用されて、色んな意味で話題になっている。ボクは黒人起用を批判するつもりもないし、歌唱力で人選するディズニーの方針も、それはそれでよいとは思う。でも、たとえば、日本の時代劇で、芝居が上手というだけで白人や黒人が起用されてチャンバラを始めたら、それはそれで見ていて違和感があるし、気になってしまう。

そもそものディズニーの『リトル・マーメイド』は、アンデルセン童話の『人魚姫』を下書きにしている。『人魚姫』は1837年にデンマークのハンス・クリスチャン・アンデルセンが発表した童話で、英語の『リトル・マーメイド』の名前でよく知られているが、本来、デンマーク語では『Den lille Havfrue(デン・リレ・ハウフル)』である。havfrue(ハウフル)はデンマーク語で《海の女》という意味で、人魚のことを指している。つまり、リトル・マーメイドの主人公は、デンマーク伝承に登場する人魚の妖怪ハウフルなのである。

当然、デンマーク伝承のハウフルは、昔のデンマーク人が想像した妖怪なので、当時のデンマーク人の肌の色で想像される。それは変なことではない。日本伝承の人魚の神社姫の頭が日本人女性で想像されるのと同じだ。だから、デンマーク伝承に根差した『リトル・マーメイド』の人魚アリエルが、デンマーク人っぽい風貌であることには妥当性がある。

だから、いくらポリコレと言っても、白人が演じることに妥当性があるキャラクターまで、黒人に置き換える必要はない。逆に言えば、それは逆差別だ。白人の枠を奪うことになるし、より一層、黒人と白人の断絶というのか対立を強める結果になりそうだ。

ディズニーのプリンセスが黒人であることは、これまで差別されてきた黒人たちへのエールになるという主張もよく分かる。でも、仮にそうであるならば、真っ正面から新しい黒人プリンセスの物語を作ればいいのである。何なら、黒人たちの間に昔から伝わる面白い昔話を発掘した方が、彼らの文化や歴史を掘り起こすことになって、大きな意味があるような気がする。

  

2023年6月14日 ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー

5月に映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』を息子のツクル氏と一緒に観に行った。単純に面白かった。マリオの世界観が映画で再現されていて、それだけで胸がいっぱいになる。しかも、我らがNintendoのマリオが世界に打って出ている。世界中をマリオの映画が席巻している。それだけで誇らしくて胸アツで、涙が溢れた。その一方で、いくばくかの悔しさもあった。どうして、日本が誇るスーパーマリオの映画が日本の映画製作・配給会社じゃなくて、アメリカのユニバーサル・ピクチャーズなんだろう。アニメーション製作がイルミネーションなんだろう。本当は、日本の映画会社やアニメ会社にもっと頑張って欲しかった。本音で言えば、日本発信でやって欲しかった。日本のエンタメに頑張って欲しかった。

正直、映画の中身もそうなんだけど、映画が始まる前のNintendoの広告に胸を打たれた。どうも、これは今回の映画用につくった広告らしく、いろんな世代の人がマリオをプレイしている様子が描かれている。そのひとつひとつのゲームで遊ぶ人々のリアクションが面白いし、自分と重ね合わせて共感もできる。それに、マリオが、実にいろんなジャンルのゲームを出しているということがよく分かる。横スクロールの、いわゆるマリオブラザーズだけではなくって、マリオカートやマリオパーティ、マリオ3Dなど、いろんな形に水平展開されているのが短時間でよくまとまった広告で、とても興味深く視聴した。

映画も面白くって、ドンキーコングの世界や、ルイージマンションの世界、マリオカートの世界など、追体験できるようになっている。面白かったのは、マリオカートの世界だ。甲羅やバナナの皮を投げて相手をクラッシュさせるシーンもあれば、1位のプレイヤー目掛けて追い掛けてくる青甲羅(トゲゾー)が出てきたときには、もう、それだけで笑ってしまった。

音楽も近藤浩治氏の楽曲がアレンジされて流れるので、それだけで感極まるものがある。ブルーレイが出たら、絶対に購入して、家でもう一度、観るぞ!!って思うくらいよかった(語彙力……)。

  

2023年6月12日 我が家で「こねこばくはつ」がウケた!!

実はあんまり「日々の雑記」で取り上げたことはないが、昔からボクはボドゲが好きだ。YouTubeでボドゲを紹介するチャンネルをよく見るし、面白そうなボドゲだなと思ったら、密かに買ってコレクションしている。

そんな中で、息子のツクル氏と楽しめそうだと思って、最近、家族にお披露目したのが、「こねこばくはつ」だ。「こねこばくはつ」は、実は海外ではメチャクチャ、バズっていて、続編が次々に作られている。現時点では、日本では「こねこばくはつ」と「こねこばくはつ 品性下劣版」と「こねこばくしゅく」の3つが日本語に翻訳されて発売されている。

基本的には、山札の中にある「こねこばくはつ」を引いて、こねこを爆発させてしまった人が負けというロシアンゲーム的な運ゲームなんだけど、でも、「爆弾処理」とか「未来予知」、「スキップ」、「シャッフル」などのカードを駆使して、如何に他の人に「こねこばくはつ」を引かせるかを試行錯誤するゲームだ。

ルールも単純で、小学4年生の息子でも楽しめるので、いい。家族で、親戚で、大盛り上がりである。

……と、たまにはボドゲの話をしてもよいかな、と思っている。ふふふ。

  

2023年6月10日 アスワン・プロジェクト

昔から犬のクンクン by 河村賢一というウェブサイトがあって、フィリピン在住の管理人が、日本語でフィリピン文化やフィリピン情報を発信してくれていた。そこにかなり詳細に「フィリピンの妖怪」がエンタメたっぷりにまとめられていた。ボクは結構、フィリピンの妖怪に関しては、そこの情報を最初の足掛かりにして、その後、英語やタガログ語で調べてみて、情報を拾ってまとめていた。

最近、また面白いことがしたいなー、と思って、改めて「フィリピンの妖怪」を整理しようと思い立った。何しろ、ボクは2014年から2016年までに、8回もお仕事でフィリピンに行っていたのだ。フィリピンの雰囲気はよく分かる。あの国を跋扈する妖怪たちは、容易に想像ができる。それでもう一度、フィリピンの妖怪を調査し始めたら、「The Aswang Project」というウェブサイトを発見した。YouTubeもある。結構、細かくフィリピンの伝承上の妖怪たちを調査して、まとめてくれている。特にA Compendium of Creatures from Philippine Folklore & Mythology(フィリピンの神話・伝承の生き物の概要)というページがいい。

単純に「ああ、これは凄いウェブサイトだ」と思った。こういう伝承の類の妖怪は収集が要だ。日本でも、その昔、民俗学で柳田國男などの先人たちが足を使ってフィールドワークをして、妖怪や怪異の情報を収集してくれた。だから、日本は妖怪の情報が豊富にある。今はオンラインの時代だ。フィリピンでは、こうして「The Aswang Project」が始動して、オンライン上にフィリピン各地の情報を集めることができたら、ものすごい価値のあるサイトになる。まだ辞書っぽい印象もあって、解説としては物足りない側面もあるんだけど、妖怪に関わる固有名詞を大量に集めてくれているのは素敵だ。しかも知名度のある妖怪は、分析記事に書いているライタもいて、そこにリンクが貼られていたりする。YouTubeなんかでも仰々しく情報発信していて面白い。

日本では、あんまりフィリピンの妖怪って知られていないけれど、こういうプラットフォームがフィリピンに出来ているのなら、日本にフィリピンの妖怪を紹介するのも一興だなあ、と思った。しかも、YouTubeの英語を聞いていても、ちゃんと聞き取れるくらいにはボクの英語も上達している(笑)。

そんなわけで、引き続き、今年はミャンマーの37柱の精霊ナッも更新は続けつつ、一方でフィリピンの妖怪もフォローして、こういうマイナな妖怪に関しては、絵も添えて、イメージを強く喚起していく方向で進めてみようかな、と思っている。

  

2023年6月8日 自分のウェブサイトを分析中。

4月の頭くらいに新しいパソコンを調達したんだけど、バタバタしていて、セットアップがいろいろと追いつかず、このたび、ようやく腰を据えて対応した。IllustratorやPhotoshopをインストールした。Google Chromeでログインしてお気に入りを移し替えたし、SNSも全てちゃんとログインをできるようにした。そして、ようやくGoogleのSearch ConsoleやAnalyticsを新しいパソコンでも見られるように設定した。

ずっと低空飛行だったウェブサイト「ヘタっぴなアルコール蒸留」だったんだけど、4月に日々の雑記の隔日キャンペーンを始めてから、アクセス数が緩やかに右肩上がりだ。こういう雑記にも、一定の効果があるのだろうか。更新頻度もSEOのひとつのファクタになるので、そういう要素で、Google先生なんかが反応してくれているのかもしれない。

被リンクがたくさんあるページは、ボクが真摯に書いた記事であることも、改めて確認できた。例えば、ゴブリンノームアーヴァンクなんかが評判がいいので、こういう記事を増やしていけばいいのだと再認識した。最近、少しだけ原点回帰して記事を書いているので、そういう意味では、この頃の感覚に近いイメージで執筆できているので、希望が見いだせた。

逆に、最近、力を入れていた南米の妖怪ミャンマーの妖怪は全然、かすっていない。フィリピンの妖怪も、あんまり見られていない。まあ、そりゃあそうか。でも、これはこれで、ボクが好きでやっていることなので、続けていこうかな、と思っている。実は、こういうマイナな妖怪こそ、絵にして提示して、知名度を上げていこうかな。今のところはそんなことを考えている。その名も、マニアックさをイラストで乗り越えていこう作戦であるが、さてはて。

  

2023年6月6日 子供の読書体験

子供に読書をさせようと、ここ数年、隔週で図書館に通っている。ズッコケ三人組シリーズ、マガーク探偵団シリーズ、そして名探偵夢水清志郎事件ノートシリーズなど、ボクが子供の頃に夢中になっている本も、ようやくツクル氏は読める年齢になった。本棚からクレヨン王国シリーズとかナルニア国物語シリーズなんかも引っ張り出してきて、選り取り見取りでリビングに置いてある。結構、黙々と読んでくれるので、よいことである。

一方で、与えられるばかりで、自分で図書室から借りてこなくなった。自分で選ぶというのも楽しいものなので、その辺はよくよく議論だな、と感じている。でも、学童に行くとたくさんの漫画があるらしく、そこで漫画を読んでいるので、それもまた、本を読まなくなる原因だな、とも思っている。まあ、漫画も日本の誇るべき文化なので、是非是非、満喫してもらいたいが、にゃんこ大戦争のギャグマンガとか、そういうのが好みらしいので、まあ、人それぞれだ。

   

  

2023年6月4日 LEDドームのプラネタリウム

コニカミノルタプラネタリアYOKOHAMAに行った。2022年3月24日にオープンしたプラネタリウムで、LEDドームシステムを導入している。投影機で映すのではなく、ドーム型のモニタに映像を映している。だから、館内の真ん中に、プラネタリウムで見慣れている、あの映写機がない。映像はとてもキレイだ。CGが全天を覆っていて、映像に包み込まれるようだ。没入感という表現が使われているが、まさにそんな感覚。映像が動くたびに、地面は固定されているのに、動いているような錯覚に囚われた。

上映内容は、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』だった。元々の話が難解だったのもあるが、KAGAYA氏の脚本も難解で、とても難解だった(語彙力……)。ちなみに、中野京子氏の「怖い絵×プラネタリウム」の上映もあるらしい。基本的には、あんまり子供向けではないのかもしれない。絢香などのアーティストの歌を聴きながらゆったりと満点の星空を眺めるというのもあって、そういうのもリラックスできてよいのかもしれない。

そんなことよりも、併設されているカフェにボクは満足してしまった。ギャラクシードーナツやブループラネットアイスクリーム、星の標本箱、そして光るボトルのブルーレモネードなど、宇宙っぽい世界観で、価格は高いんだけど、大量に買い込んで映えを目指してみた(笑)。

カフェ・プラネタリア

  

2023年6月2日 隔日キャンペーンから2か月

「日々の雑記」の隔日キャンペーンを始めて2か月が経った。正直、インターバルは3日でもいいかな、と思う日がなかったわけではない。息切れした日もあった。それでも、書きたいことがたくさんあって言葉が溢れてくるようなときには、隔日がまだるっこしくて、毎日でも書きたいと思ったときもあった。その意味では、今のペースでちょうどいいのかもしれない。少なくとも、継続することが不可能なペース配分ではなかった。だから、もう少しだけ、このペースで続けてみようと思う。

「書きたいときに書く」というのが、本来は正解なんだと思う。でも、人間はサボってしまうので「書きたいときに書く」では続かない。一方で「毎日書く」では、何だか義務的になって苦しくなる。ちょうどいいペースを模索するのが大事だと思う。多分、もう少しペースを落として、神話・伝承に特化したネタで書くのが一番いいのだ。それがライターというものだと思うんだけど、でも、趣味でやっているウェブサイトなので、とりあえずはもう少しだけ、こんな感じでやっていこうと思っている。

  

2023年5月31日 バナナはおやつは入りますか?

息子のツクル氏が学校のイベントで、1泊2日の宿泊体験に行く。その準備を手伝っていたら、しおりの持ち物に「おやつ」が書いていない。「おやつはないの?」と聞いたら「そんなのないよ」と言われた。ないらしい。時代だろうか。「遠足にはおやつでしょ?」と言ったら、キョトンとされてしまった。やおら、「遠足じゃないから。宿泊体験だから」とツクル氏。「え? 宿泊体験だって遠足でしょ?」とボク。そうしたら「違うよ。遠足は泊まらないでしょ。ボクたちは一泊するんだよ?」と笑われた。えー、そうなの? 一泊したら「遠足」じゃないの?

そこで、我が家の辞書で調べてみる。まずは愛すべき「新明解国語辞典」より。

えん そく0⃣ヱンー【遠足】ーする(自サ)〔見学・運動などのため〕教員が児童・生徒を引率して、交通機関をなるべく利用しないで遠くへ行くこと。

となっている。「交通機関をなるべく利用しないで」とわざわざ書いてある。続いて「三省堂国語辞典」より。

えん そく[遠足]《名・自サ》〔見学・運動のため〕<歩いて/日帰りで>遠くへ行くこと。

なるほど、こちらも「歩いて」という点が強調されているので、新明解くんの「交通機関をなるべく利用しないで」とニュアンスは近い。そして「日帰りで」というのも明記してある。うーん。

それならば、みんな大好き「広辞苑」ではどうか。

えん-そく ヱン‥【遠足】①遠い道のりを歩くこと。また、日帰りできるくらいの行程を歩くこと。誹風柳多留49「―の達者二人で六郎兵へ」。福沢諭吉、福翁百話「強壮に誇る若紳士の仲間には、游泳競漕―等の大挙動なきに非ざれども」②学校で、見学・運動などを目的として行う日帰りの校外指導。<[季]春>

やはり「足」がつくだけあって、「歩く」という点が大事らしい。「日帰り」とも書いてある。そして、春の季語であるらしい(笑)。なるほど。

以上から、ツクル氏が正しいことが分かった。遠足はあくまでも「歩いていく」ことが原義であって、日帰りの範疇でやるものらしい。だからって「おやつ」はないわけじゃないと思うのだけれど……。さてはて。

  

2023年5月29日 YouTubeで音楽を聴く時代である。

昔は音楽はレコードやテープで聞いていた。それがCDになってデジタル化し、MDになって好きなトラックを組むことができるようになった。そして、mp3などにダウンロードする形になって、気軽に音楽にアクセスできるようになった。CDショップに足を運ぶ必要がないのだ。そして、今はYouTubeなどのストリーミングで音楽を聴く文化もあれば、サブスクで音楽を楽しむ文化もあって、音楽の楽しみ方は多様化している。

CDやダウンロードの時代は、音源を購入してもらうことがひとつのビジネスモデルだった。だから、ミュージックビデオをつくるのは、ある種のPRでもあったと思う。テレビのランキングなどで取り上げてもらえたし、音楽チャンネルでミュージックビデオが流れることもとても大事な広告になったはずだ。昔、大森靖子が「ミュージックビデオを作ってない曲って、存在すら知られていなかったりする」と言っていたのが印象的だった。

昔のミュージックビデオは、雑踏や走行音などの環境音が入ったり、途中で寸劇やインタビューがインサートされたり、途中でフェードアウトするものもあった。こういうのは、最終的にちゃんとした音源は買って聴いてくださいね、というマインドがあったからだと思う。音楽チャンネルで無料で流れているミュージックビデオを録音しても、そういう邪魔が入るように設計されていた。

でも、今は好きなアーティストの音楽をYouTubeなどで繰り返し聴くみたいなスタイルが定着している。最近、YOASOBIの「アイドル」がストリーミング再生で5週目で1億回突破の最速記録を打ち立てたことが話題になった。YouTubeは現在、1.2億回再生だ。……実はYOASOBIは再生回数1億回以上の楽曲が14曲もあって、これは日本のアーティストの中でもトップだ。2位はOfficial髭男dismで13曲。総再生数でみても、「夜に駆ける」が8.9億回再生でランキングNo.1だったりする。そんな時代である。

そんな中で、依然として一部の楽曲のミュージックビデオで、途中で環境音が入ったり、インサートが入ったりする。こういうのは、何度も繰り返し聴くには辛かったりするので、当然、再生数が伸びていかない。それって、少しだけ損をしている気がする。「YouTubeにアップしているのはあくまで広告目的であって、音源を買ってね」というアプローチは、少しだけ古くなっているのではないか。そんな風に感じる今日この頃のボクである。もちろん、ね。YouTubeを1回再生してもらっても薄利多売で、mp3をダウンロードしてもらった方が利益は出るので分からないではない。でも、不便を強いて購買に向かわせるというアプローチも、きっと、今風ではないような気がする。

  

2023年5月27日 ヨーウィーはトカゲと虫の混成獣なのか!?

今日はちゃんとウェブサイト「ファンタジィ事典」の話。アボリジニ伝承に「ヨーウィー」という怪物が登場する。実はオーストラリアには2種類のヨーウィーの伝承があって混乱するんだけれど、イエティみたいな獣人型のヨーウィーではなくって、爬虫類型のヨーウィーの話をしている。このヨーウィーは6本脚のトカゲの怪物なんだけど、しばしば、昆虫のような脚で描かれる。

でも、海外のウェブサイトを見ると、結構、普通に6本脚のトカゲで描かれていたりする。サイズも思った以上に大きくて、複数の部族が集まって、総がかりで戦って退治していて、まるで洞窟に棲み、村を襲うドラゴンのようなイメージである。Wikipediaの記述も、特に昆虫の脚とは明示されていない。さてはて。

実は明確に「昆虫の脚」という表現をしているのは、草野巧氏だ。『幻想動物博物館』(1993年)では、

ヨーウィーはカブト虫のように、とげとげした六本の足を持った鱗のある巨大なトカゲである。

と記載されている。以降、『幻想動物事典』(1997年)では

犬くらいの大きさがあり、身体つきは蜥蜴のようだが、胴体には鱗があり、蛇のような尾がある。奇妙なのは足で、かぶと虫のようなとげとげの足が6本ある。

と書かれている。

参考文献には『想像と幻想の不思議な世界』が挙げられている。これはオーストラリア在住のマイケル・ページとロバート・イングペンの共著の辞典である。英語のタイトルは『Encyclopedia of things that never were』である。1985年にイギリスで発行されている。日本語訳は教育社から1889年に出版されている。ページの文章、イングペンのイラストでまとめられているが、そこにヨーウィーが登場する。

オーストラリアの夜行性の生き物。爬虫類と昆虫の中間の形態をしているらしい。目撃者は、昆虫のような6本の足を持ち、頭はオオトカゲで、胴体は爬虫類のようなうろこに覆われ、ヘビのような尾をしていたと言っている。

とあって、イングペンはアリのような身体にトカゲの頭、ヘビの尾を生やした怪物を描いている。草野巧はこれを参考にしたのだろう。

セガサターンの『真・女神転生デビルサマナー』(1995年)では、妖虫としてヨーウィーが登場していて、その後、2021年には『遊戯王』のカードにも登場した。これらの作品でも、昆虫の脚を持った爬虫類の怪物として描かれている。

マイケル・ページもロバート・イングペンもオーストラリア在住の作者だから、一見するとアボリジニ伝承に関する情報は正しそうな印象を受けるが、虹蛇のユルルングルの記述などもほとんどなくて、どこまで信用していいのかはよく分からない。そもそも「昆虫のような6本の足」という部分をマイケル・ページがどのような意図で書いたのかはよく分からない。でも「6本脚であることがまるで昆虫のようだ」とも読める。ロバート・イングペンは明確にアリのような身体を描いているが、果たして、ロバート・イングペン以前にこのような昆虫と爬虫類の混成動物としてのヨーウィーを描いた人がいるのだろうか。

そんなこんなで、「ファンタジィ事典」の記事をどのようにまとめるか悩んでいる。

  

2023年5月25日 「本日は休肝日をお休みします」

最近、妻のちぃ子が体調を崩していて、原因不明の頭痛に悩まされている。背中が凝り固まっていて、マッサージすると解消するので、血流がよくないのかもしれない。

そんなこんなで、日々の晩酌を取りやめて、休肝日にしていた。ところが、先日、「本日は休肝日をお休みします」と言って晩酌を始めた。あまりにも面白い表現に笑ってしまった。アルコールを節制して、肝臓を休める日なのに、それを休むというのだから、休むことを休むという不思議な構造の表現になっている。

言葉の面白さについつい記事にしてみたよ、というだけの話。

  

2023年5月23日 バラに囲まれて

バラを眺めに平塚市の「花菜ガーデン」に行った。

こうやって、たくさんの花に囲まれた空間を歩くのは、とても幸せなことで、目から元気をもらえる感じがする。

息子のツクル氏は「迷路だ!」と言いながら、バラ園をあっちに行き、こっちに行き、走り回っている。バラに興味があるわけでも、花に興味があるわけでもなく、単純に広い空間で道が錯綜しているので、行き止まっては戻ってを繰り返す作業が楽しくて仕方ないらしい。その意味でも、こうやって遊びに来てよかった。息子を追い掛けて走り回るので、ボクもいい運動になった。

バラのアイスがあったので息子のツクル氏に与えてみた。癖の強い香りだから、嫌がるかなと思ったら、美味しいと食べていた。だんだんと大人の舌になっていくツクル氏である。いいことだ。

「チャペックの家と庭」があった。カレル・チャペックと言えば、戯曲「R.U.R.」だ。「ロボット」の語の初出はこの作品だ。彼は多趣味だったらしく、園芸も趣味のひとつだったらしい。ボクも彼のように、生涯、多趣味でありたいな、と常々思っている。

  

2023年5月21日 働いて、疲れて、眠る。

労働とは何か。最近、そんなことを考える。昔は、どれだけクリエイティブであれるかが労働の価値だと思っていた。とかく生産性を高めることが大事だと信じていた。最近、肉体労働を伴う仕事をすることもあって、これはこれで、とても充実している。とてもベーシックな部分だけど、そういう肉体労働によって支えられている世界も確かにある。

最初は、全然、クリエイティブではないので、どうしたものかと音を上げそうだった。身体は正直なもので、すぐに悲鳴をあげる。でも、1週間が経ち、2週間が経った頃、とても清々しくなった。働いて、疲れて、そして眠る。このサイクルが、とても人間的だな、と感じるようになった。

ボクは、設計や計画と言った部門に放り込まれて、実は生の現場に間近で接したことがなかった。それでも、コンサルテーションを求められて、勉強もして、対応してきた。今、現場で一緒になって汗をかくことで、その部分の弱点が圧倒的に補完されている。頭で理解しようと努力していたことが、手を動かして理解できている。きっと無敵になれる気がする。怖いものがなくなりそうな気がするし、何となく、コンプレックスだった部分が取り除かれていく気がする。

  

2023年5月19日 世界パラダピアン計画

ゴールデンウィークに映画「ドラえもん のび太と空の理想郷(ユートピア)」を観に行った。とても混雑していて、ビックリした。

事前情報で、エヴァのオマージュだという映画評論家のコメントを見て、子供向けのドラえもんでそんなもんが作れるのかな、と疑問を抱きながら、好奇心をそそられながら観に行った。冒頭、サイレンが鳴り響き、使徒襲来のような始まり方に驚いたし、パラダピアの三賢人もMAGIシステムを連想させる。そして、「世界パラダピアン計画」も、「人類補完計画」を彷彿とさせる。確かにエヴァのオマージュが各所に見られた。でも、ちゃんとドラえもんでもあった。

ユートピアは、蓋を開けたらディストピアだったというのは定石の展開で、この映画でも、誰もがパーフェクトになれるというのは、三賢人に無抵抗な画一的な人間になることを指していた。パラダピアンライトを浴びて、洗脳されて、ジャイアンからは乱暴さが、スネ夫からはいじわるさが、しずかちゃんからは強情さがなくなって、穏やかに暮らす。のび太はいち早くそこに違和感を覚える。そして、のび太だけはパラダピアンライトが効かないといういつも通りの特殊能力っぷりを遺憾なく発揮する。そして「ダメなところも含めて、それでいい」という結論を叫ぶ。

脚本が古沢良太氏(最近は「コンフィデンスマンJP」の、と紹介されることが多いが、ボクは「キサラギ」から入ったので、その印象が強い!)なので、伏線回収が半端ない。序盤、ゆっくりで冗長なのは彼の特徴かもしれないけれど、後半はぐいぐいと進んでいき、キレイにバタバタと伏線が回収されていくので、見事! と思いながら楽しんで観ることができた。とても面白かった。

  

2023年5月17日 素直キャンペーンやりませんか?

先日、岡本カウアンがYouTubeを更新していて、誰かを攻撃する意図がないことを明言していた。ジャニー喜多川氏を訴えるとか、藤島ジュリー景子氏を追い出すとか、ジャニーズ事務所を潰すとか、そういうネガティヴなアクションには、彼は関心がない。それって健全だな、と感じた。

ついついボクたちは制裁を与えたくなる。罰を与えたくなる。でも、法治国家だ。勝手に誰かが誰かの尺度で罰を与えることはできない。社会が寄って集って誰かを罰することはできない。でも、何となく義憤の先に、誰かを追い詰めたくなる。それは行き過ぎた正義かもしれないし、歪んだ正義かもしれない。ただの妬みや嫉み、鬱憤の矛先を向けているだけなのかもしれない。

罪を憎んで人を憎まず。ボクたちには寛容さが必要だ。だから、岡本カウアン氏のYouTubeのリンクを張っておこうと思う。とてもいい動画だと思う。

その上で、ジュリー氏の性加害を「知らなかった」という説明は、完全に悪手だと思った。「素直キャンペーンどうですか?」というカウアンの提案には沿えなかった格好だ。

だって、知らないわけがない。ボクですら、大学生のときに、ビレッジバンガードでアングラ本の間に配架されていた暴露本を手に取って立ち読みしたことがある。タイトルまでは明確に覚えていないけど、おそらく北公次氏のものと平本淳也氏のものだった。読んで衝撃を受けた。今でも覚えている。こんなことがあるのかと思ったし、それがまるでメディアで報じられていないことに衝撃を受けた。

その後、いろいろとネットサーフして、この事実を承知でジャニーズに子供を入れる母親がいることにも、衝撃を受けた。そんな情報はオンライン上に腐るほど溢れている。それを、経営幹部が知らなかったはずはない。ただただ、見たくないものに蓋をして、目を伏せていただけだ。逃げていただけだ。そういう風に語るべきだったと思う。本気で、本音で、語るべきだった。

ボクは、岡本カウアン氏の目指す世界が美しいと思う。そこに着地できればよかったのに。それがとても残念だ。

2023年5月15日 天才的なアイドル様♪

YOASOBIの「アイドル」を聴いている。歌詞に物語性があるのがYOASOBIの魅力のひとつではあるが、この楽曲の推しポイントは、曲調が変幻自在なところだ。

全体的には、ザ・ボカロという感じで、音が上に下にポンポンと飛んで行ったり来たりする。高いところまで上り詰めたと思うと、あっという間に急降下する。IKURAさんも歌うのが大変だろうなあと思う。サビは王道のアイドルソングっぽく、ノリノリだ。ところが、そこに至るまでは、ものすごくダークでクール。そして、途中、ゲーム音楽の魔王登場かと思うくらいにおどろおどろしい雰囲気になる。このように楽曲の各所で雰囲気がころころと変わっていく。それでいて、ちゃんと1曲として収まっている。そして、その曲調の変化と歌詞の内容がピタッとハマって、物語として成立するのが、とても面白いな、と思う。

  

2023年5月13日 知的好奇心を掻き立てる。

本屋に『中野京子の西洋奇譚』(著:中野京子,中公新書ラクレ,2023年4月)が平積みになっていた。ハードカバーで出版されていたのは前から知っていたが、ボクは文庫や新書が好きなタイプなので、この機会に買ってみた。

カラーの絵が豊富に載っていて、それも楽しいし、いろんな文献に当たって調査されているのも好印象。「ハーメルンの笛吹き男」や「ジェヴォーダンの獣」、「ファウスト伝説」などの古い話もあれば、「コティングリー事件」やロバート・ジョンソンの十字路の悪魔などの比較的、新しい話もあって、全部で21の西洋奇譚が載っていた。新旧あるところが面白かった。資料性も高くて、ウェブサイト「ファンタジィ事典」の参考文献としても十分活用できそうな印象も受けた。

その意味で、とても興味深かったのが「マンドラゴラ」の章だ。マンドラゴラは、人間の姿に似た根を持つ植物で、引き抜くときに大きな悲鳴を上げ、その悲鳴を聞くと気が狂うとか死んでしまうと言われている。だから、犬に引き抜かせて、自分は耳を塞いでおく。引き抜いた植物は毒にも薬にもなってとても有用だとされる。その辺までは、おそらく、何となくみんなが知っているところかと思う。でも、『ロミオとジュリエット』でジュリエットを仮死状態にした薬がマンドラゴラだとか、旧約聖書での言及、ローマ時代の挿絵、古代エジプトのレリーフ、映画「ハリーポッター」での描写など、さまざまなマンドラゴラについて書かれていて、面白かった。いろいろと調べて、確認したいなと思った次第。

こういう風に、読んで、知的好奇心を掻き立ててくれる本に、ボクは魅力を感じてしまう。

  

2023年5月11日 プロトタイプから外れた境界に近いところにいる。

ボク個人はLGBTQという概念と言葉が嫌いだ。昔はLGBTだったのに、いつの間にか、LGBTQとか、LGBTQQIAAPPO2Sとか、どんどん細分化されている。

本来、すべての物事は、明確に白と黒に二分することはできない。グレーも含めて、線状、あるいは放射線状に並んでいる。それを変に分類して、新しい概念を作って、名前を与えることを、ボクは必ずしも好ましいとは思っていない。

認知心理学とか言語学なんかに「プロトタイプ理論」というのがあって、よく例に出されるのが「鳥」である。単に「鳥」と言えば、ハトやツバメのような空を飛ぶ比較的小型の「鳥」を想起する。こういうのがプロトタイプで、ダチョウやペンギンはそういうプロトタイプからは外れる。それでも、「鳥」の中に含まれる。

「鳥」が分かりやすいので例に出したが、「鳥」だけでなく、あらゆる言葉や概念が、プロトタイプを中心に、明確な境界を持たずに、非典型的・周辺的なものを含んで広がっている。

近年のジェンダーの文脈では怒られるかもしれないが、いわゆる男性らしい「男性」や女性らしい「女性」というプロトタイプを、それぞれの人がイメージしていて、そこから「男性」や「女性」という概念は、境界を持たずにふわーっと広がっている。それを理解して、受容することが大事だとボクは思っていて、「性の対象が男性である男性」とか「女性の格好をしたい男性」とか「男性にも女性にも興味がない男性」のようなものを、別ジャンルで区別していくことは、あまり意味がないと思っている。いわゆるLGBTQに区分されない「男性」や「女性」だって、仔細に眺めていけば、細分化していろんなタイプがあって、そういうのもひっくるめて受容することが多様性なのだと思う。

ボクは、どちらかと言えば、女性的なものが好きだ。パステル調の色味が好きだし、ゴリゴリのバトル漫画よりもふわっとした女性漫画の方が好きだ。ラーメンを食べるよりも喫茶店でケーキを食べる方が好きだ。それでも、ボクは「男性」に区分される。でも、「男性」の中でも比較的、プロトタイプからは外れた境界に近いところにいる。それでいいじゃん、と思っている。

  

2023年5月9日 久々にイラストを描いてみた。

ゴールデン・ウィークで時間もあったので、イギリス伝承のインプを描いてみた。相変わらず、iPhoneにタッチペンという状況。彩色もしてみたが、どうやって塗るのが正解なのかよく分からない。ClipStudioでの色の塗り方を勉強した方がよいかなあ。ガリガリな感じとかは表現できたので、その点は気に入っている。