ゴブリン

分 類ヨーロッパ伝承イギリス伝承
名 称 Gonlin(ゴブリン)【英語】
容 姿醜くグロテスクな姿。
特 徴いたずら妖精。子鬼。
出 典ロセッティ『ゴブリン・マーケット』(1862年)、トルキーン『ザ・ロード・オブ・ザ・リングス』ほか

ヨーロッパのメジャー級妖怪

ゴブリンはイギリスやフランスなどヨーロッパで広く知られる典型的ないたずら妖精である。日本では「小鬼」などと訳されることもある。洞窟や鉱山などに棲み、人里にやってきては悪意のあるいたずらばかりする。醜くグロテスクな姿をしている。J.R.R.トルキーンの『指輪物語(ザ・ロード・オブ・ザ・リングス)』の中では洞窟に棲む悪の種族として描かれ、それ以降、さまざまなファンタジー小説やゲームなどでそのイメージが踏襲されている。

性質の悪い妖精の総称「ゴブリン」

ゴブリンはヨーロッパの民間伝承、特にフランスやイギリスに伝わる性質の悪い妖精の総称である。総称なので、本来は妖精の一種族の名前ではないため「ゴブリン」という言葉の中には、いろいろな妖精たちが含まれる。たとえば、レッドキャップブルーキャップコボルトノッカーボギーボーグルなどもゴブリンの仲間に含まれる。そのため「ゴブリンとはこれだ!」と一言で述べるのは、実のところ、難しい。

一口に「妖精」といっても、ヨーロッパにはたくさんの妖精がいて、多くの場合、彼らはいたずらをする。そのいたずらが残酷な、性質の悪い妖精たちもたくさんいる。羽が生えて、空を飛んだり、湖や海なんかに棲んだりしている妖精は、ゴブリンの仲間には含まれないようだ。どちらかと言えば、土を連想させる土着の妖精がゴブリンのイメージである。

彼らは洞窟や鉱山などの光の届かないところに棲んでいて、夜になったら行動を開始する。ゴブリンは日の光が苦手だ。家に棲み憑くゴブリンたちもいる。たいていの場合は、いたずらばかりしているが、かわいいいたずらしかしないヤツもいれば、ひどいいたずらをするヤツもいて、千差万別だ。

ゴブリンは日本では「小鬼」などと訳されることも多いが、多くは身長が30~60センチと小型で、大きいものでも120センチほどである。一般に顔は醜いとされていて、頭が大きく、腕が長いので、全体的にグロテスクである。その上、全身毛むくじゃらである。水木しげるは「ゴブリンのイメージは小鬼といった感じで、性格は日本の天邪鬼に、集団でいたずらする性質はせこに似ているようだ」と分析している。

ゴブリンは妖精ではあるものの、性質の悪いいたずらばかりするので、他の妖精は、自分たちのことをゴブリンと間違えられることを、ひどく嫌うとも言われている。

鉱山妖精としてのゴブリン

ゴブリンは、ギリシア語の「κόβᾱλος(Kobaros,コバーロス)」を語源としているというのが定説で、これは《ごろつき》という意味の言葉で、古代ギリシアの時代には、すでに「妖精」、特に「山のお化け」とか「鉱山のお化け」という意味で用いられていたようだ。これがドイツ語のコボルト「Kobold」(鉱山妖精)になって、フランスのゴブラン「Gobelin」や英語のゴブリン「Goblin」になった。

そのため、ゴブリンにも「鉱山妖精」としての側面がある。イギリスで描かれるゴブリンの中には、ツルハシやシャベルを持って、鉱山の中でせっせと働いているものも多い。実際、ゴブリンの仲間であるコブラナイやカッティー・ソームズなどは、鉱山でツルハシとスコップを持ってせっせと働いている。ノッカーも、危険や鉱脈のありかなどを、コツコツと音で教えてくれるゴブリンの仲間だ。

ゴブリンが洞窟などの暗いところを好むのも、どこか土着のイメージがあるのも、この辺りに理由を求められそうだ。

家に棲み憑くゴブリン

洞窟ではなく、家に棲み憑くゴブリンもいる。彼らは家に棲み憑くと、台所を滅茶苦茶にしたり、果樹園の果実を落としたりする。呪ったり、悪夢を見させたりもする。ポルターガイストのようにうるさい音を立てたりもする。また、笑い声だけでミルクを腐らせることもできるという伝承もある。

もし、道に道標(みちしるべ)があれば、ゴブリンは必ず逆にして人を迷わせる。歩く人の足をかけて転ばせることもある。また、野盗のように集団で人を襲うこともある。ときには、疫病を流行らせることまであり、ゴブリンはいろいろないたずらをする。

ゴブリンは邪悪な性格で、人を怖がらせたり、困らせたりするようなことばかり好んでする。妖精の中でも、純粋に悪質な存在で、人間の役に立つようなことはほとんどしない。

もしも、牛乳容器の中に木端が投げ込んであるのを発見したら、すぐに片付けなければならない。なぜなら、それはゴブリンの仕業であるかも知れない。木端をそのままにして、片付けないでいると、ゴブリンは「どうやらこの家はそういうことに無頓着らしいぞ」と認識して、大喜びで棲み憑いてしまい。散々、彼らのいたずらに悩まされることになる。

ゴブリンを追い払いたかったら、亜麻の種を床一面に撒いておけばいいと言われる。亜麻の種を床一面に撒いて眠ると、夜になってゴブリンがやって来て、種を全部拾おうとする。夜明けまでには拾い終わることができず、毎晩こんなことが続くと、ついにゴブリンは根を上げて、いたずらを諦めて去っていくという。また、ブラウニーがいる家にはゴブリンが寄りつかないと言われている。

しつけ妖精としてのゴブリン

ゴブリンは、しつけ妖精としての側面も持っている。悪い子供に対して、イギリスの母親は「いい子にしていないとゴブリンが連れに来ちゃんぞ。ゴブリンが食べに来ちゃうぞ」と言って脅かす。日本でも「悪い子にしてると鬼が出て来て食べちゃうぞ!」などと言って、子供を寝かしつけるが、ここで用いられるゴブリンも、そのような感覚に近い。ボギーやボーグルのような妖精は、このしつけ妖精としてのゴブリンの側面を特に強めたような妖精と言える。

ゴブリンとホブゴブリン

イギリスには、ホブゴブリンという妖怪も知られている。「ホブ(hob)」というのはロビンとかロバートの愛称である「ロブ(Rob)」と同じような意味を持っていて、親愛を込めた接頭語で、ホブゴブリンは「いいゴブリン」という位置付けであり、ゴブリンが悪い妖精たちの総称であるのに対して、ホブゴブリンはいい妖精たちの総称ということになる。ブラウニーやプーカなんかがこれらの仲間に当たる。妖精専門家であるキャサリン・ブリッグズ女史は「hobという接頭語がつくと、ゴブリンは毒気が抜けるようだ」などと説明していて、彼らはゴブリンの中でも人間の手助けしてくれるような存在である。それでも、やはり彼らもゴブリンの仲間なので、頻繁にいたずらをする。彼らとうまくやっていけば、ホブゴブリンは気のいい仲間になるが、ときには手痛いいたずらをされるので、イギリスの人々は、親愛を込めて、彼らを「ホブ」と呼んだ。

しつけ妖精としてのゴブリンが、悪い子供たちを脅かす存在だったものから、次第にいい子供に贈り物をするようになるように、ゴブリンたちは、身近な妖精になり、次第に民衆に親しみを覚えられるようになったと考えられる。ノッカーは、鉱山ゴブリンの側面を色濃く受け継いではいるが、ほとんどいたずらはしない。これらの「いいヤツ」をゴブリンとして括り直して、さらに再び細分化された結果、ホブゴブリンが生まれたとも言える。

後世、清教徒(ピューリタン)たちはイギリスにやって来て、異教の妖精たちのことを悪魔と見なした。そして、ゴブリンもホブゴブリンも一緒になって、悪い妖精として、十羽一絡げにされる。その影響で、現在、ホブゴブリンは、さながらゴブリンたちの親玉のような扱いをされることが多いが、本来のホブゴブリンは民衆の身近にいて、気のいいゴブリンの仲間である。

ゴブリン・マーケット ~C.ロセッティのゴブリン

文学に登場するゴブリンとして、クリスティナ・ロセッティの物語詩に『ゴブリン・マーケット』という作品がある。タイトルに「ゴブリン」と冠せられているとおり、ゴブリンが登場する物語だ。この物語の中には、人間をそそのかし、見かけだけの美しい果実を味わわせようと跳梁跋扈する不気味なゴブリンたちが描かれる。

ヨーロッパには、人間が妖精たちの開いている市場に紛れ込んでしまったという体験談が多数、伝わっている。これは、一般に「フェアリー・マーケット(妖精市)」などと呼ばれる伝承のパターンだが、この「妖精の市場」に紛れ込んでしまった人間は、多くの場合、手痛い目に合う。たとえば、半身が麻痺してしまったり、気がふれてしまったりする。また、妖精の差し出す食べ物を口にする行為も、ヨーロッパではタブーとされている。妖精の食べ物には魔力があり、大抵の場合、妖精市に紛れ込んでしまった人と同様、それを食べてしまった人にはいい結果が訪れない。

クリスティナ・ロセッティは、これらのヨーロッパの妖精伝承を踏まえた上で、独自の世界観で『ゴブリン・マーケット』を書いている。ここに登場する市場(マーケット)は、妖精たちが買い物をするために開かれた市場ではなく、人間たちを騙すために、ゴブリンたちによって用意されたものだ。登場人物である姉のローラは、ゴブリンたちが売る果物の甘美な味を知ってしまい、もう一度食べたいとゴブリンの谷へと向かう。ところが果物を売ることを拒まれて病気になる。妹のリジーは、ゴブリンたちの誘惑と戦いながら、何とか姉を救い出そうとする。これが『ゴブリン・マーケット』の物語のあらすじである。この話では、ゴブリンたちの果実の効力は非常に強力で、ローラが果実にとり憑かれる様子は、鬼気迫るものがある。

妹のリジーが見たゴブリンたちの印象的な姿を以下に『ゴブリン・マーケット』から引用する。

One had a cat's face,
One whisked a tail,
One tramped at a rat's pace,
One crawled like a snail,
One like a wombat prowled obtuse and furry,
One like a ratel tumbled hurry-scurry.
Lizzie heard a voice like voice of doves
Cooing all together:
They sounded kind and full of loves
In the pleasant weather.

1匹は猫の顔してて
1匹はしっぽを振ってて
1匹はネズミみたいに駆け回る
1匹はナメクジのようにはい回り
1匹はウォンバットのようにのろまでふっさふさ
1匹はアナグマのように慌しく転がってた
リジーは鳩のような鳴き声をきいたよ
みんな一斉にホウホウホウ
素敵なお天気の日の
やさしさと愛に満ちた音

Christina Rossetti『Goblin Market』

クリスティナ・ロセッティによって描かれたゴブリンは、正体不明で不気味だ。まさに跳梁跋扈という言葉が相応しい。

ゴブリン社会と身分制度 ~J.マクドナルドのゴブリン

ゴブリンの登場する有名な小説の1つに、ジョージ・マクドナルドの『王女とゴブリン』がある。この『王女とゴブリン』には、詳しいゴブリンの生態が描かれている。これは小説であり、実際にヨーロッパに伝わる伝承のゴブリンとは、異なる部分も多いが、キャサリン・ブリッグズ女史は、マクドナルドが描くゴブリンは、農民が信じるゴブリンのイメージに忠実だ、と賞賛している。

『王女とゴブリン』で紹介されるゴブリンは、古い時代には人間と同じように地上に棲んでいて、その頃は、姿も人間にそっくりだったと説明されている。しかし、地上が人間のルールで縛られているのが気に入らず、彼らは、やがて地下の洞窟に逃げ込んでしまう。それから代を重ねるうちに、彼らの姿は奇怪なものに変わり、今のような姿になったという。彼らは自然にできた洞窟の中に集団で棲んでいて、社会を持ち、国王や王妃がいて、身分制度まで持っている。

ゴブリンたちは、地下へ逃げるとき、家畜として飼育するために、一緒に動物たちも連れて行ったが、これらの動物たちも、ゴブリンたち同様に、地下に棲む間に姿がおかしな風に変わってしまっていて、もはや、元がどんな動物だったのか、分からないほどで、子供の落書きのような姿であると説明されている。

マクドナルドが描くゴブリンは、頭が異常に大きく、足は退化しているため、足の指がなく、柔らかい。靴を履かず、足を踏まれると逃げ惑う。また、歌が嫌いだという点もゴブリンの弱点の1つであると紹介されている。しかも、古い歌よりも、新しい歌が嫌いなので、即興で歌を作って聴かせると、逃げ出すので、彼らを追い払うことができる。

『王女とゴブリン』では、貴族制度を持っているゴブリンが描かれているが、そこには王様もお妃様もいる。王様の周りには取り巻きの貴族たちもいる。しかし、この体制で、ちゃんとした政治が執り行われているわけでもなく、単純に身体の大きなものが偉く、一番大きなゴブリンが王様に納まっている。

ここで描かれているゴブリンは、妖精の総称というよりは、ゴブリンという名前の妖精の一種族であるかのように振る舞っている。作家トルキーンは子供の頃、このマクドナルドの小説が大好きだったそうで、おそらくはこのゴブリンのイメージを踏襲した上で、彼は『ホビット』や、続く多くの小説の中で、自らのゴブリン像を描き出していく。

オークの英語訳 ~J.R.R.トールキンのゴブリン

現代のゴブリンのイメージをもっとも端的に表わしているのが、J.R.R.トルキーンの作品群である。『ホビット』には、多数のゴブリンが登場する。彼らは集団で洞窟に棲んでいる。主人公のビルボ・バギンズは、ゴブリンたちの棲む洞窟に迷い込み、仲間たちとはぐれてしまう。そんな洞窟の奥の洞窟湖で、彼は姿を消す指輪を手に入れ、この指輪の力で、命からがら、ゴブリンの洞窟から無事に脱出する。

『ホビット』が書かれた当時、トルキーンはゴブリンという言葉も、オークという言葉も、あまりはっきりと区別して用いていなかったが、後に『シリマルリルの冒険』や『指輪物語』などが書かれる段階になると、悪役はオークだけに限定され、エルフという一族に対して、オークという悪意ある一族という位置付けが明確にされる。後に改訂された『ホビット』では、序文に続いて「ルーン文字について」という章があり、そこに以下のような注意書きが付されている。

オーク(食人鬼)は英語ではありません。この呼び名は一、二ヶ所に登場しますが、通常はこれの英語に翻訳された形ゴブリン(悪鬼)―大型の種の場合はホブゴブリン―が用いられます。つまり、オークというのは、当時のホビットたちがゴブリン(悪鬼)のことをさして用いた呼び方だったわけで、シャチなどの海洋生物をさす英語のorc、orkなどとはまったく別の言葉です。

トルキーンの物語は、本来、西方語で書かれていた文書を、トルキーンが英語に翻訳したという設定のもとに書かれていて、西方語の「オーク(正確にはオルク)」を訳すにあたって、トールキンが「ゴブリン」という言葉を用いたという設定にされている。従って、トルキーンが『ホビット』の中で描いたゴブリンは、オークという種族のことになる。そして、ここではホブゴブリンについても言及されている。これはオークの中でもさらに強いオークで、西方語ではウルク・ハイと呼ばれるもののことを指す。トルキーンは、これを「ホブゴブリン」として翻訳した。本来は、ホブゴブリンはいい妖精のことを指すのであって、大抵の場合、ゴブリンよりも小さいことが多いが、トルキーンは清教徒によって歪められたホブゴブリン像を採用したようである。

ゴブリンの一人立ち ~D&Dのゴブリン

ゴブリンは多数のゲームに登場する。本来は悪い妖精の総称であったゴブリンだが、現代では、妖精の一種族であるかのように振る舞い始っている。ジョージ・マクドナルドの描くゴブリンはすでに一種族のような印象を与えているが、トルキーンがエルフという種族に対してオークという種族を創造し、それにゴブリンという英語訳を与えたことで、さらにゴブリンは一種族、一妖精の名前であるかのような印象を与えた。

それをさらに決定的にしたのはTRPG(テーブルトーク・ロール・プレイング・ゲーム)の『D&D(Dungeons & Dragons)』である。説明書には、はっきりと「コボルト<ゴブリン<ホブゴブリン<オーク」の順で強さが定義されていて、犬の顔のコボルト、醜い小人のゴブリン、豚の顔のオークとして紹介されている。ここにきて、単なるゲームの悪役として、ゴブリンたちは分かりやすく記号化された。加えて、ホブゴブリンがいいゴブリンではなく、大型のゴブリン、しかもちょっと強いゴブリンとして明確に位置付けられた。これらの記号化は現代のファンタジー小説やゲームなどでも踏襲されて、よくも悪くもゴブリンのイメージ、ひいてはコボルトやオーク、ホブゴブリンのイメージを固定した。

《参考文献》

  • 『お姫様とゴブリンの物語』(著:ジョージ・マクドナルド,訳:脇明子,岩波少年文庫,1985年)
    "The Princess and the Goblin" (George MacDonald, 1872)
  • 『ゴブリン・マーケット』(著:クリスティナ・ロセッティ,訳:濱田さち,監修:井村君江,レベル,2015年)
    "Goblin Market and Other Poems" (Christina Rossetti, 1862)
  • J.R.R.トールキン『ゴブリンの足音(Goblin Feet)』
  • J.R.R.トールキン『ホビットの冒険(The Hobbit)』
  • J.R.R.トールキン『指輪物語(The Load of The Rings)』
  • キャサリン・ブリッグズ『妖精事典』(冨山房,監修:井村君江)
  • キャサリン・ブリッグズ『妖精Who's Who』(ちくま文庫,訳:井村君江)
  • 井村君江『妖精とその仲間たち』(ちくま文庫)
  • 水木しげる『妖精画談』(岩波新書)
  • 草野巧『妖精』(新紀元社)
  • キャロル・ローズ『世界の妖精・妖怪事典』(原書房)
  • 篠崎砂美『妖精辞典 異世界からの来訪者』(ソニー・マガジンズ)
  • 『Truth In Fantasy 事典シリーズ 2 幻想動物事典』(著:草野巧,画:シブヤユウジ,新紀元社,1997年)
  • 健部伸明と怪兵隊『幻想世界の住人たち』(新紀元社)
  • 草野巧『図説モンスターランド』(新紀元社)
  • 笹間良彦『世界未確認生物事典』(柏書房)
  • フレッド・ゲティングズ『悪魔の事典』(青土社)

Last update: 2019/07/08

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