アーヴァンク

分 類イギリス伝承(スコットランド)
名 称 Afanc(アーヴァンク)《ビーバー》【ウェールズ語】
容 姿水中にいるため姿は不明。近年では巨大なビーバーと説明されることが多い。
特 徴湖の怪物。水中に引きずり込んで喰らう。洪水を起こすことも。
出 典ジョン・リース『ケルトの民間伝承』(1901年)ほか

湖に棲まう正体不明の怪物!?

アーヴァンクはウェールズ伝承に登場する湖に棲む怪物である。姿は伝承によって様々でよく分からない。クロコダイルのようだと言う人もいれば、巨大なビーバーのような姿だという人もいる。その正体は水の悪魔だという人もいれば、実はドワーフ(小人)が変身したものだという人もいる。こんな風に姿や形がはっきりと分からないのは「湖の怪物」にはよくあることで、ネス湖のネッシーも首長竜だという人もいれば、アメフラシのような生き物だという人までいて、その姿は目撃者によって千差万別である。

湖で爬虫類のような怪物を見たとか、いや、あれは四足獣の姿だったとか、実は正体は悪魔なんじゃないかとか、昔のウェールズの人々は、湖に潜むナニモノかをめぐって、いろいろと想像をたくましくしたのかもしれない。

現在のウェールズの言葉では「afanc(アーヴァンク)」は《ビーバー》を指すため、現代ではこの怪物は、巨大なビーバーであると説明されることが多い。

アーヴァンク、乙女の膝で眠る!?

アーヴァンク伝承でもっとも有名なのは、アル・アーヴァンク湖に棲むアーヴァンクである。アル・アーヴァンク湖はコンウィー川から流れ込んできた水が渦を巻いているため、うっかりその渦に落っこちてしまうと、水中に引き込まれ、二度と陸には上がってこられないと信じられた。この渦の正体がアーヴァンクという怪物である。アーヴァンクはこの湖の奥底に棲んでいて、普段は水中に身を潜めている。けれども誰かが水辺の近くを通りかかると、水中に引きずり込んで貪り喰ってしまう。

19世紀のジョン・リース(John Rhys)は『Celtic Folklore, Welsh and Manx』の中にアル・アーヴァンク湖に棲むアーヴァンクの伝承を採取している。アル・アーヴァンク湖の怪物は鋭い爪と怪力の持ち主で、人々を襲い、喰らうため、村人の手には負えなかった。あるとき、村人たちはアーヴァンクを退治することを画策する。村人たちは村娘を利用してアーヴァンクをおびき寄せることにした。村娘が河畔で待っていると、狙い通り、アーヴァンクがやってくる。そして彼女の膝枕で眠ってしまうのである。村人たちは大急ぎでアーヴァンクを鎖で縛り上げると、湖から引っ張り上げようとした。目覚めたアーヴァンクは怒り狂い、村娘を引き裂いた。しかし、そのまま村人たちに引っ張り上げられて、山岳にあるクウム・フィノン湖に連れて行かれたという。

このアーヴァンク退治の物語の原型はすでに15世紀のウェールズの詩人レウイス・グリン・コティ(Lewys Glyn Cothi)の詩の中に見ることができるようだが、この詩によれば、アーヴァンクの棲み処はシヴァゾン湖(現在のランゴース湖)だという。

アーヴァンク、ブリテン島を大洪水に!?

アーヴァンクは水中でのた打ち回って洪水を引き起こすこともあるらしい。ウェールズの詩人ヨロ・モルガヌグ(Iolo Morganwg)がスィオン湖(おそらくベラ湖のことと推測される)のアーヴァンク伝承を紹介している。彼によれば、アーヴァンクはイギリス全土を巻き込む大洪水を起こし、この大洪水でブリテン島の人々はすべて溺死してしまい、唯一の生き残りであったドウィヴァン(Dwyfan)とドウィヴァフ(Dwyfach)という一組の男女が、現在のブリテン島の祖先になったという。まるで『旧約聖書』の「ノアの箱舟」伝説みたいな物語である。

このスィオン湖のアーヴァンクは、フガダーン(Hu'Gadarn)という角をはやした神さまが遣わした牡牛によって退治されている。牡牛はアーヴァンクを引き上げると、怪物を乾いた土地へ連れて行ったという。そこでアーヴァンクは魔力を失ったのである。どうやらこのアーヴァンクは水の中でしか力を発揮しないようだ。

ちなみにヨロ・モルガヌグという人物は多数のウェールズ文献を「発見」している人だが、現在ではそのほとんどが彼の手による贋作であることが判明している。このアーヴァンク伝承も彼の贋作のひとつである可能性は高いが、この伝承もアーヴァンク伝承として紹介されることが多い。

アーサー王のアーヴァンク退治!?

アーサー王もアーヴァンクを退治したという伝承も残されている。舞台はバルヴォグ湖である。この伝承では、アーサー王が湖に鎖を投げてアーヴァンクを引きずり出して退治したとされている。バルヴォグ湖の湖畔には現在でも馬の足跡が残っている。この足跡はアーサー王がアーヴァンクを退治したときに乗っていた愛馬の足跡だと説明されている。

英雄ペレドゥルのアダンク退治!?

『マビノギオン(Mabinogion)』で英雄ペレドゥル(アーサー王伝説に登場するパーシヴァルの原型となった英雄)が退治した湖の怪物アダンクも、アーヴァンクと同一視されることが多い。『マビノギオン』にはアダンクの姿に関する描写もアダンク退治の詳しい描写も述べられていないので、どんな怪物なのかは実のところ、よく分からないが、アダンクは<悩みの王の息子たち>の城と呼ばれる城のそばにある湖に棲んでいる化け物で、毎日、王の息子たちを生け贄として要求し、殺していたという。そのたびに城の女性たちは息子たちを生き返らせていた。ペレドゥルはこの話を聞くと、アダンクを退治するために出発する。途中、美しい女性が現れて、不思議な石を与えてくれる。彼女によれば、アダンクの棲む洞窟に入ると、アダンクには侵入者の姿が見えるのに、侵入者にはアダンクの姿が見えなくなるのだという。けれども、この石を持って入れば、逆にアダンクの姿は見え、アダンクには侵入者の姿が見えなくなるという。そこでペレドゥルはこの石を持ってアダンクの棲む洞窟に入り、アダンクを槍で刺し貫き、首を切り落としたという。

この『マビノギオン』に登場するアダンクは毒槍を持っていて、それで人間を殺すというから、どうも怪物アーヴァンクのイメージからは少し遠い。けれど、湖の洞窟に身を潜め、生け贄を要求して殺すという点では「湖の怪物」といえるかもしれない。アンナ・フランクリンはアバック(Abhac)のことを「水の精霊」と説明しているが、毒槍を持つアダンクはまさに精霊のイメージに近いかもしれない。

アーヴァンクは「水棲馬」の仲間!?

イギリス各地の伝承には「水棲馬」と呼ばれる怪物の伝承が多数、残っている。ケルピーやアッハ・イシュケ、オヒシュキなど、地方によって呼称はさまざまだが、その性質は大体共通していて、毛並みの美しい馬の姿をしていて、通りがかった人間を自分の背中に乗るように仕向けると、そのまま水中に引きずり込んで貪り喰ってしまうというものだ。アーヴァンクは、この「水棲馬」のウェールズ版にすぎないとする研究者もいるようだ。

「水棲馬」の1つであるアッハ・イシュケの天敵はクロー・マラと言って、これは「水棲牛」である。アル・アーヴァンク湖でアーヴァンクを引き上げるのに牡牛の力を借りた点、ヨロ・モルガヌグが言及する神さまフ・ガダーンがアーヴァンク退治に遣わしたのが牡牛であったことなど、「湖の怪物」の天敵として「牛」が登場している点は、注目すべき点かもしれない。

アーヴァンク、未確認生物になる!?

未確認生物を紹介するウェブサイト『UMAファン』によれば、アーヴァンクは未確認生物として、現在のイギリスで目撃されているという。巨大なワームのような怪物で、口には鋭い歯があるが、ミミズのように目はないそうだ。体長は18メートルぐらいとされているので、かなり大きなサイズである。実際、現地の人がそのようなアーヴァンクをコンウィー川で目撃したなどという報告がなされているという。

イギリスには多数のワーム伝承が残されていて、そういう影響もあるのかもしれないが、現在でもウェールズでは、アーヴァンク伝承がさまざまに形を変えて生き残っていると言える。

《参考文献》

Last update: 2019/07/09

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