《過去の雑記》
過去の雑記306件から325件までを掲載しています。
2013/03/06 改善された水源へのアクセス
ミャンマーから帰ってきたら、お仕事が大量に溜まっていて大変だ。しかも個人的にやらなきゃいけない系のお仕事。本日は必死で英語の論文を訳している。こういうのって、他の人に代わりにやってもらえないので責任重大で大変だ。
ちょうど選んだ題材が「水供給と衛生設備」だった。ミャンマーに行く前にチョイスしていたんだけど、ミャンマーに行っていたので、実感として理解できる。「安全な飲料水へのアクセス」とか「改善された水源へのアクセス」とか、ホント、ミャンマーじゃ大きな課題だった。それを思いながら翻訳作業。締切に追われて大変だー。でも、最近、早いぞ。英語論文8ページくらいなら仕事の合間に3日くらいで読めちゃう! イエア。
2013/03/05 MIDIファイルを発見!!
大昔にサワハト氏のゲームのBGMとして作った楽曲が大量に発見された。何故だか古いSDカードの中に格納されていた。整理していたら発見された。ボク自身、すっかり忘れているような楽曲だったんだけど、懐かしい。結構、植松伸夫寄りの楽曲だな、と自己分析。古い楽曲をいくつかピックアップして紹介してみよう。
タイトル画面の曲。ゲームを始めると、最初に流れるのがこの楽曲。この音楽がゲームの第一印象を決めてしまう。そう思って緊張してつくった。「オーソドックスなRPG」みたいな印象を与えたかったので、敢えて古楽器調にしてみた。最初にサワハト氏に送った曲だ。でも、その後、シンコペーションにアクセントを持ってくるべきか、小節の1拍目にアクセントを持ってくるべきかに悩まされて、何度も何度もヴォリュームチェンジをして、そのたびにサワハト氏に送り直した記憶がある。
メインテーマ。ゲームのあちこちでこの楽曲がアレンジされながら登場する。こういうメインテーマの繰り返しという使い方ができるのがオリジナル楽曲でゲームをつくる醍醐味だ。「メインテーマだー!」と思って意気込んでしまったので、なかなかイメージが湧いてこなかった。そこでゲームのテーマにぴったりの詩を探してきて、それに旋律をつけるような格好で取りかかって、おぼろげに形が見えてきたところからは早かった。やっぱり言葉の持つイメージは強い。意外と単調な曲なんだけど、途中、拍子を変則にしているので、味が出ていると思う。
2013/03/04 知らない漢字があったっていいじゃんねぇ。
「彼からは甘い香りがした」
意味不明な文章。まるで英語の教科書の例文みたいな無茶苦茶な文章。でも、それはこの際、横に置いておく。ここで言いたいのは、この文章に登場する漢字が全て小学校では習わない、ということだ。「彼」も「甘」も「香」も教育漢字ではないらしい。だから、小学生は習わない。
ある記者が、小学6年生に冒頭の文章を書かせたら「かれからはあまいかおりがした」としか書けないだろう、と揶揄していた。そりゃー、大変だ(笑)。この記者の主張は、日常にはもっと重要な漢字があるよ、と言っているわけ。「雑」「穀」「蚤」よりも「彼」「甘」「香」の方が大事だよってわけだ。
でも、ボクは、必ずしもその主張には乗らない。だって、小学生だってバカじゃない。自分で本だって読むだろうし、本を読まなくたって漫画くらい読む。読めば、習わない漢字が登場するし、登場すれば覚える。だから、習わない漢字は書けない、みたいな状況には陥らない。多分、小学6年生に冒頭の文章を書かせれば、8割9割はちゃんと漢字で書くと思う。一見すると「なるほどねー」って思う主張だけど、真実じゃない場合もあるから要注意だ。
ボクは小学生のときから岩波文庫を読んでいた。岩波文庫はほとんどルビなんて振っていないし、旧字体もたくさんある。今じゃ使わない「鹹い(からい)」も登場する。そういう意味じゃ、ボクは小学生なりに読めない漢字にぶち当たりながら、読みや意味を予想したり、調べたりしながら読み進めていたわけだ。学習って本来、そういうものだ。先生から習ったものが全てではない。そうであってはならない。
先生は、ね。大変だ。「彼」は教えていないので授業じゃ使えない。あるいは使ってもルビを振らなきゃいけない。でも、そういうのって甘やかしだと思う。世の中、習っていないことと遭遇することなんて腐るほどあって、習っていないことと遭遇したときに、自分で考えたり、調べたり、想像したりしながら解決することが重要なのだ。特に大人の世界はそれが出来るかどうかは決定的だ。
読めなかったら調べろ、と突き放すことも大切だ、と思う。数学みたいに、ね。公式を知らなきゃ解けないというのは結構、難易度が高いんだけど、知らない漢字を調べるくらいは誰にでも出来る。難しいことじゃない。そういう主張の方がスマートだ、とボクは思う。
2013/03/03 レーベル
妹の結婚式をちぃ子が撮影してくれた。そして、ミャンマーに行っている間に、その動画と写真を整理してくれていた。動画は1時間くらいに編集されている。ちょうどいい時間だ。これらをDVDに焼いて渡すために、ボクはレーベルをデザインしている。動画と写真で2枚。統一感を出しつつ、全ッ然、違う方向性のデザインにしようと画策中。ひとつは大真面目に結婚式らしいデザイン。もう1枚はポップな感じに仕上げる。結婚式で流したプロフィールMovieもオマケでDVDに収録して……。ふふふ。楽しいなあ。こういう細かい創作行為が、実に楽しい。そう感じる。
2013/03/02 クロアチア
妹が新婚旅行でクロアチアに行くらしい。クロアチアって何があるのか、ボクには全ッ然、分からなかったので、ちょっと意外だった。世界史にもクロアチアってあんまり登場しないしなあ。妹に訊いてみたら「世界遺産がたくさんあるよ!」との回答。で、調べてみたけれど、世界遺産も名前の知らない場所ばっかりだ。クロアチアの料理も音楽も知らない。言語も知らない。知っていると言えば、サッカーくらいか。
そんなわけで、クロアチアについて調べてみたけど、やっぱりよく分からない。クロアチアのことを、彼ら自身はHrvatska(フルヴァツカ)と呼んでいるらしい。どうも、言葉の感じだとロシア語系っぽい感じがする。首都はZagreb(ザグレブ)らしい。聞いたことあるようなないような……。そんなレヴェル。
スラヴ民族の南スラヴ人の系列で、ハンガリー王国やハプスブルク朝の支配を受け、ユーゴスラビア王国に属し、ユーゴスラビア共和国を経て、現在、クロアチア共和国になっている……らしい。へぇー。
そんなこんなで、結局、妹のチョイスの理由は結局、よく分からないまんま。
2013/03/01 孤高の存在!?
結局、昨夜は真夜中に羽田空港に着いて、最終のY-CATで帰ってきた。で、帰ってきたばかりだというのに、本日は同期の飲み会。いつものように、女子力アップ中のアサノメーゼ嬢が幹事を務める。白豹のジャケットを着て出掛けたら、K嬢に「君はアヴァンギャルドだ!」と言われてしまった。さてはて。どういう意味だろうか。体制をぶっ壊せ的な格好だ、ということだろうか。うーん。
それにしても、最近、アサノメーゼ嬢は本格的に懐石料理を勉強しているらしい。facebook上で頑張っている様子はヒシヒシと伝わってくる。まあ、元々、彼女は基本的に料理は上手だ。でも、女子力アップを画策するのはいいけれど、彼氏が欲しいのなら、ちょっと、どうだろうか。大真面目に懐石料理なんか作られてしまうと、男性諸君としてはちょっと重たいんじゃないか? もっとフランクな距離感を勉強した方がはいい、と思うんだけど。まあ、折角、一所懸命、頑張っているから遠くから見守ろう。彼女、徐々に孤高の存在になっているような気がしてならない。
2013/02/28 Without Souvenir
ミャンマーって本ッ当にお土産がない。これには吃驚した。というか、ほとほと困り果てている。
ミャンマー名産のお菓子とか、お土産に最適な食べ物とかがあればいいのに、そういうのが全ッ然ないのだ。ヤンゴンでスーパ・マーケットにも行ってみたけれど、韓国や中国、タイなんかからの輸入菓子ばっかりで、ミャンマー語のパッケージがされたお菓子はまるで置いていない。置いてあっても果物を日干しにしたものとか、ヒマワリの種をニンニクで揚げたようなものだ。その上、期待していたヤンゴン国際空港にはチョコレートひとつ置いていなかった。困ったなあ。
結局、何も手に入れることが出来ないまんま、帰国。仕方ないので、バンコクで何とか工面しよう、と思う。職場のみんなには、ミャンマーには何もなかった、と説明して納得してもらうしかないだろう。うーん。
2013/02/27 ミャンマー料理で最後の晩餐。
再び大都市ヤンゴンへと戻ってきた。明日は日本へ帰る。ようやく日本だ。観光で来たのと違ってスケジュールがタイトだし、緊張の連続だし、頭を使うので(英語も使うし)、疲れる。そして、やっと日本に帰れる、と思ってほっとする。
* * *
そう言えば、あんまりミャンマーの料理を紹介していなかったなあ、と思うので、ここで紹介してみよう。まずはミャンマーの伝統料理と言えばこれ。「モヒンガー(မုန့်ဟင်းခါး)」だ。日本の素麺みたいな麺にスパイスの効いたソースをかけて食べる。実はナマズを形がなくなるまで煮溶かしたスープなのだという。大抵、ミャンマーのレストランの朝食にはこれが出てくる、というくらいポピュラーな食事だ。
モヒンガー
それから「ヒン(ဟင်း)」。これはミャンマーの煮込み料理。味はカレーに似ているので、便宜的にミャンマー・カレーとも呼ばれる。でも、大量の油で煮たような感じの料理で、結構、ボクみたいにお腹の弱い人間には抵抗がある。しかも、写真のレストランは衛生的にどうか、と思う場所だったので尚更だ。でも、ご飯を片手に食べれば、意外とイケるものである。ご飯が油を緩和する。非常にご飯が進む。豚肉や牛肉、鶏肉、羊肉、魚など、いろいろな肉を煮込んでいて、それぞれ風味が違うので面白い。
ヒン
ンガー・モウン(ငါးမန့်)もミャンマーの名産だ。魚のすり身を揚げたお煎餅。エビ煎みたいな感じなんだけど、魚なので、雰囲気はちょっと違う。しかもふわっとしていて、美味しい。
ンガー・モウン
ンガー・モウン(ငါးမန့်)もミャンマーの名産だ。魚のすり身を揚げたお煎餅。エビ煎みたいな感じなんだけど、魚なので、雰囲気はちょっと違う。ふわっとしていて、美味しい。
ミャンマー・ビーヤー
意外と驚いたのがミャンマー・ビーヤー。アジアのビールって水っぽい印象があって、薄味を想像して飲んだら、意外や意外、アサヒと同じくらい味が濃かった。もう、ね。どこの店に行っても、ミャンマー・ビーヤーを頼んでいたボクたちだった。ミャンマーには他にもビール・メーカがあったし、タイのシンハーとかシンガポールのタイガーとかも入り込んできていたけど、ミャンマー・ビーヤーが一番、美味しかった。
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最後の晩餐
さて。これで明日は飛行機に乗ってミャンマーとはお別れだ。タイでトランジットして、日本の大地へ。そんなわけで、最後はミャンマー料理。現地ガイドのアウンさんに紹介してもらったお店で最後の晩餐。
2013/02/26 ナーガを手摺に配置する文化!?
市内を流れる河川
本日、調査団は浄水場の建設予定地へ向かう。パテインはまだ水道管路網もなければ、浄水場もないからね。写真は取水予定地。うーん。生活排水が混じった汚い河川。これは結構、ヘヴィだ。現地スタッフが考えているような自然沈澱、緩速濾過のプロセスでは対応できないかもしれないなあ。
河川というのは便利なもので、船舶による人や物資の輸送、灌漑農業用水、都市上水、都市排水、水力発電……。いろいろと用途があって、そういう様々なステークホルダがいる中で、折り合いをつけて利水していくのが普通だ。日本は、もう、そういう水利権みたいなものが整理されているので、あまり大きな問題にはならない(小さな問題は起こっているけど!)。でも、そういう権利が曖昧なところは、これから整理していかなきゃいけないのだなあ、と思う。生活排水の規制とか、考えて行かなきゃいけないよなあ。でも、歴史的にはどの国も下水道よりも先に上水道を整備するのが定石だ。
パテインのスタッフは優秀だ。そして一所懸命。建設予定地の水質がダメならどうすればいいかと真剣に悩んで、みんなで塞ぎ込んでしまった。マヂメな彼らだ。何とかしてあげたいなあ。そんなわけで、いろいろと調査団で代替案を考えている。
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のどかにも水牛が水浴び!
市内の上流部まで行ってみた。水牛が水浴びしている。のどかだ。でも、こういう家畜の糞便も、上水道にとっては問題になるかもしれない。
それにしても、エーヤワディー・デルタはどこまで平坦で、水道事業者にとってはとても残酷だ。山とかがあって、上流に取水施設をつくることが出来れば、高低差を利用して導水できる。でも、どこまでも平坦なので、キレイな水を探して上流に遡れば遡るほど、ポンプなどのエナジィが必要になる。だから、その辺のバランスで取水地点が決まるのだろう。
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手摺がナーガ(蛇)!?
パテインの寺院で発見。手摺がナーガ(蛇)だ(笑)。結構、ミャンマーの寺院はナーガをモティーフにしたデザインの寺院が多い。
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ミャンマーde古本屋さん
朝のお散歩。ミャンマーはあちこちに古本屋さんがある。古本屋さんなので、同じ本は1冊しかない。だから、お目当ての本ってなかなか探せないだろうなあ。
2013/02/25 「水売り」の町、パテイン!?
今日から次の調査地のパテインへ。ヤンゴンを発ってエーヤワディー・デルタへ大移動。またもや車に乗り込んでの長時間移動だ。ガタゴトと悪路を西へ、西へ。
ミャンマーのカレー、「ヒン(ဟင်း)」
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事前調査で聞いていたとおり、パテインには水道施設はなかった。その代わり、水道システムを担っているのは「水売り」だ。横浜も開港当初は「水売り」が水道システムを担っていた。ここ、パテインでも状況は一緒。井戸で水を汲んで、荷台にタンクを積んで町中を歩き回っている。もちろん、「水売り」の水は安くない。でも、各人が自分たちで水を汲んできて、運ぶ作業をするよりはマシということだろう。要するに分業だ。自分で料理するよりも外食する方が高いし、出来合いの料理を買う方が高い。でも、料理するよりも楽チン。そういうバランスと一緒。水を汲んできて運ぶというのは大変なことなので、それをアウトソーシングしている、と言える。大きな町ではないけれど、こういう「水売り」が1000人くらいいるらしい。ホント、ちょっと町中を散策するだけでも、彼らとすれ違う。縄張りみたいなのがあるんだろう。自分たちの商売する井戸があって、そこを拠点に水を配っているような感じがした。
井戸には「水売り」がいっぱい
ポリタンクを並べて水汲み
そして、荷台に積んで売りに行く。
こっちは別の水売りの集団
この町に近代水道のシステムを構築するということは、この「水売り」たちが職を失うということだ。雇用の喪失。それを考えるとちょっと複雑な気持ちになる。新しいシステムが導入されれば、古いシステムは廃れる。残酷だけど、それは世の常。mp3のダウンロードが主流になれば、CD屋は潰れる。電子書籍が流通すれば、そのうち本屋さんはなくなるだろう。120年くらい前には横浜の「水売り」は駆逐された。10年後か20年後か分からないけれど、パテインも「水売り」システムはなくなっているのだろう。ボクたち調査団の訪問が、その一歩なのかもしれない。
* * *
ミャンマーの田舎って、こんな感じだよ、というのを紹介するために、写真を2枚用意してみた。ヤンゴンは大都会で、韓国の家電製品が流入していて、結構、栄えているけど、一方で貧困層の暮らす村はまだまだ未発達だ。
少年と家
水牛が群れをなして歩く
* * *
パテインの晩餐
夜からは飲みニケーション。アルコールのチカラも手伝って、思い切って若い現地スタッフに話し掛けてみたら、話が弾んだ。今回の調査団は海外経験を積んだプロフェッショナルが多くって、どんどん彼らが仕切ってやっていくので、ボクみたいなペーペーが最前線に出て会話する場面ってあんまりない。でも、こういう飲み会で話し掛けてみたら、向こうからいろんな質問をされた。オフィシャルな質問じゃなくって、もう少し現場チックな質問。ミャンマーに来て、ようやく相手の懐に入っていけたな、と実感できた。何事も踏み込んだもん勝ちなのだ、と思った。
2013/02/24 ヤンゴン市内観光を満喫
再び大都市に戻ってきた。ヤンゴンの北にあるシェーダゴン・パヤーを観光。それから市中心部のボジョー・アウンサン・マーケットで買い物。それから市内散策だ。
* * *
シェーダゴン・パヤーでは、幸運なことに大学で考古学を教えているという英語ガイドを捕まえることが出来た。英語も上手だし、説明も上手だった。日本の108の煩悩の話をしたけれど、ミャンマーの仏教にはそのような考え方はないらしい。大乗仏教の思想なのか、日本仏教独特の思想なのかはよく分からない。除夜の鐘みたいな発想もないらしい。
シェーダゴン・パヤーの境内には精霊ナッがたくさんいたので、「あれは何か?」と訊いてみた。「ガーディアンだよ」と教えてくれた(もちろん、英語で)。ミャンマーでは、精霊ナッは仏陀を守護する存在なのだという。こういう形で、ナッ信仰は仏教と一緒になってミャンマーの人々の中に溶け込んでいる。
仏陀の守護者、精霊ナッ
ここにも発見、スフィンクス!?
そしてこの怪物は何だ!?
怪物マカラみたいなのを咥えた獅子!?
シェーダゴン・パヤーはメンテ中!?
電飾の後光は安っぽくないか!?
* * *
市内散策中、古本屋に立ち寄った。くるくる文字の本をゲットできたら飾り物として面白いかな、と思ったんだけど、たまたま英語の本で、しかも精霊ナッについて書いてある本を発見してしまった。恐ろしいミン・マハギリが描かれた表紙の、その名も「37匹の精霊ナッ」という本。「ををっ!」と思った。ちょっと高かったんだけど、即決で購入してしまった。
* * *
夕方になってスーパ・マーケットに行った。現地のお菓子とかが買えれば最適なお土産になる。でも、何の収穫もなし、だ。スーパ・マーケットのお菓子売り場は国際色豊か。タイ語、ヒンディー語、中国語、韓国語、英語……。輸入菓子ばっかりで、ミャンマー語が記載されたお菓子は売っていない。その上、パッケージの賞味期限とか製品説明みたいなのも、ミャンマー語で書かれていないのだから、何を買ってもミャンマーに行った証拠にならない! ミャンマー語で書いてあれば、輸入菓子だって良かったのに。
夜はカラオケへ。驚くべきことに、日本の歌も入っていた。しかもTOKIOの『宙船』とかきただにひろしの『ウィーゴー』が入っていたので、比較的、新しい。わお、ハイテク!
2013/02/23 曲線美、そして仏教と精霊信仰と……
ボクたち調査団はモーラミャインを離れ、ヤンゴンへと戻る。再び車で5時間の大移動である。せっかくの土曜日なので、途中、バゴーに立ち寄って寺院巡りをすることになった。バゴーはスリーピング・ブッダが有名らしい。現地ガイドが案内してくれた。非常にデカい。全長55メートル。よくもまあ、こんなものを作ったなあ。とは言え、ボクはどうしても技術屋さんなので、構造計算とかを考えてしまう。スリーピングよりもシッティング、シッティングよりもスタンディング。高くなればなるほど、作るのは難しい。でも、腰のラインの曲線美なんかはすごくイイ。スリーピングだからこそ出来る表現だ。顔も、非常にアンニュイでミステリアスな感じ。
スリーピング・ブッダ全景
アンニュイな表情
ミャンマーに限らず、東南アジアではみんなそうだけど、仏像の色使いが派手だ。カラフル。肌が真っ白いというのがすごくキレイだし、あちこちに金色をあしらう。豪華絢爛、という主張の強さが、逆に安っぽく感じてしまうのは、きっとボクが奥ゆかしいからだ。
精霊ナッ……だと思うんだけど
スリーピング・ブッダの横には精霊ナッ(メイビィ!)。仏教寺院のはずなのに、ちゃっかりと土着のナッが安置されていて、こうしてブッダを見守っている。まさに土着の精霊信仰が仏教と一緒になっている。
2013/02/22 便利さや快適さを知らないということ
本日は本格的に水質調査。河川、水道施設、井戸水、個人宅の蛇口なんかで採水する。ホテルだけではなくって、レストランも独自の井戸を掘っているらしいので、昼をごちそうになったレストランの蛇口も採水。レストランの店長さん曰く、レストランを開こうと思ったら、みんな、井戸を掘らなきゃいけないらしい。基本的に料理の水にはペットボトル水を使い、皿洗いなんかには井戸水を利用しているとのこと。モーラミャイン市開発委員会が配る水は使っていないのだとか。不便な話だ。初期投資が大きいので、レストランを開業するのも大変だ。
モーラミャインの小学校
現地スタッフに連れられて、小学校の水も採水しに行った。急にボクたちが訪問したものだから、子供たちが窓から覗きこんでいる。とても授業どころじゃないだろう。それにしても、赤い煉瓦の壁で、非常にお洒落だ。日本の小学校もこのくらい格好よく作ればいいのに。教育の場が洗練されていることは、子供たちの美的感覚を高めてくれる。そういう配慮が日本には足りない。すぐに安価で退屈な四角い校舎を建ててしまう。
水を運ぶ青年。
水を運ぶ青年。こういう風景が日常的なモーラミャインである。結構、同じ面子が何往復もしているので、大変なことである。その上、こうやって運んでいる水は、必ずしも安全な水ではないのだ。
たとえば、ケータイがない時代には、事前に待ち合わせ場所を決めなきゃいけなかったし、遅刻したら大変だった。「あいつ、来ないぞ!」と待っている人間はイライラ、ドキドキしたことだろう。今じゃ、移動しながら場所を決められるし、遅刻したってすぐに連絡が出来る。そういう意味じゃ、待ち合わせって流動的になった。「蛇口を捻ればいつでも水が出て、それが飲める!」という感覚がない彼らにとっては、毎日、水を家まで運んだり、水を煮沸する不便さや不都合さってあまり意識されていないのかもしれない。問題意識もあんまり持っていないかもしれない。日本人として、ものすごく外から眺めて分析している感覚があって、不思議な感覚だ。
2013/02/21 飲めない水、飲める水、おいしい水!?
モーラミャインの水道システムには4つの水源がある。朝、ホテルのスタッフに、ここの水はどこから来ているのか、と訊いてみた。その結果、いずれでもないことが判明した。どうやら、彼らは独自の井戸を持っているらしい。そんな話を聞いたものだから、ボクたちは実際に井戸を見せてもらった。小さなホテルだったけれど、井戸から水を取水して、塩素消毒をして、わざわざ脱塩して、それから砂ろ過を経て、各部屋まで給水している。まるで小さな浄水場。立派な施設である。
後でモーラミャイン市開発委員会に聞いたところによると、モーラミャインの水道は市内の需要の半分程度しか満足できていないようだ。だから、給水は家庭用のみ。ホテルのような商業用の水は、独自に井戸を掘って対応するしかないのだという。
* * *
お腹の調子はすこぶる悪かったけれど、お仕事なのでそうも言っていられない。本日の調査団は、貧困層の住む集落へ向かう。河川から取水した水を溜め池みたいなところで自然沈澱させて、そのまんまポンプ圧送しているようだ。言い方は悪いけれど、共用栓の蛇口を捻って出てくるのは「泥水」だ。無料とは言え、貧困層の村人たちはこの水を汲んでいる。そして煮沸して飲むのだという。こんな水はとても飲めない、と思った。日本じゃ、安全な水なんて当たり前で、さらには美味しさまで求められる。自治体によっては「おいしい水」なんてスローガンが掲げられる。でも、ここじゃ、美味しいどころの話じゃない。安全ですらない。日本は恵まれているなあ。
Attran川からの取水所
貧困層の共用栓
2013/02/20 モーラミャインで上からマリコ様!?
モーラミャイン2日目。調査団は水道施設を見学する。水道システムには主に2つの役目がある。そのうちのひとつは水輸送だ。モーラミャインには、すでに独自の水道システムがあって、水輸送はなされているようだ。もうひとつの役目は浄水。とは言え、浄水の概念というのは19世紀のイギリスで始まった「緩速ろ過」が最初なので、歴史的には新しい。すでに紀元前からローマ水道はあるので、水道の歴史は、そのまんま水輸送の歴史である。というのは余談で、モーラミャインの話。モーラミャインには浄水場はなくって、溜め池や川の水を取水し、そのまんま無処理でポンプで市内に圧送しているだけのようだ。だから、飲んじゃダメ。
……なんて思っていたら、昨晩の夕飯に当たったのか、お腹がゴロゴロ。汗もダラダラ。上からマリコ、下からアツコだ(こらこら!)。施設見学の途中でダウン。ホテルの部屋でしばらく横になっていた。発熱もあったりしたので、どうなることかと思った。
昨夜の茄子(ナス)がどうも生っぽい感じだった。火が通っていれば細菌は死ぬ。でも、この水道システムの水で野菜を洗っていたりしたら、もうアウトだろう。一緒に行っていた同僚もダウンしていたので、きっと、この茄子が諸悪の根源である。
モーラミャインの朝の風景
商店街!?
2013/02/19 くるくる文字に四苦八苦!?
ミャンマーに来て2日目。調査団は、ヤンゴンを発って、当初の目的地であるモーラミャインへ大移動。車は悪路をガタガタと5時間くらい走る。昔、築地で働いていたという現地ガイドによれば、これでも昔よりはいい道路になったのだそうだ。到着して一息吐く間もなく、早速、モーラミャイン市開発委員会のスタッフと打ち合わせだ。さあ、これからが本当のお仕事の始まり!
あ、そうそう。ミャンマーって、数字もくるくる文字(ミャンマー文字)だ。だから、彼らの施設の図面とか、施設整備計画とかを見せてもらっても、全ッ然、分からない。普通、外国人の資料とかを見ていても、表とか図にはお馴染みのアラビア数字があって、単位もあったりするので、数量からいろんな想像ができるんだけど、くるくる文字じゃ、全ッ然、イメージが湧かない。せめて、長さや容量、年度なんかがアラビア数字だったらなあ。
ナンバ・プレートに注目!
上の写真のとおり、車のナンバ・プレートもくるくる文字だ。事故現場に居合わせても、ボクは絶ッ対に憶えられないので、通報できないな。はっはっは。
* * *
町の中心にある寺院
手すりのところに2匹のスフィンクス!?
打ち合わせの帰りに立ち寄った寺院の階段の手すりのところに立っている2匹の怪物。これは何だろう。上半身が人間で、下半身がライオン。まるでスフィンクスみたいだ。ミャンマーに伝わる怪物だろうか。
(2013.03.19 追記)正確な発音は分からないけれど、どうやらこの怪物、မနုဿီဟ(マヌッシカ)というらしい。
※ミャンマー文字はMyanmar3フォントをダウンロードしてね。
2013/02/18 どこまでも攻撃的な我らがチーム!?
調査団としての最初のお仕事はヤンゴンにてセミナに出席すること。民間機関も公的機関も含め、いろんなステークホルダがミャンマーに押し寄せている。でも、他の国々と違って日本は個々がバラバラ。チーム日本としてミャンマーに攻め込めていない。そんな状態なので、取り敢えず、日本の関連するステークホルダを一同に集めて、ヤンゴンで何をしようとしているのか、各自、プレゼンしましょうよ的なセミナである。
ボクたちのチームは、でも、ヤンゴンが活動の場じゃない。モーラミャインとパテインを舞台に頑張ろうと思っているので、実のところ、限りなく部外者に近いんだけど、でも、ミャンマーに参入するチーム日本として、このセミナにクレジットされている。
それにしても、アウエーなヤンゴンにおいて、どこまでも、どこまでも攻撃的な我々の調査団のプレゼンテーションは圧巻だ。うちの団長は真っ向からヤンゴン市開発委員会の会計を批判するし、我が社の課長も尖った理想を突きつける。いいチーム・メンバに恵まれているのだ、と初日にして実感することができた。ありがたいことだ。
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あちこちに仏像が!?
朝、ヤンゴンの町を散策をした。結構、あちこちに仏像が安置されていて、熱心にみんな頭を垂れている。信心深い国民だなあ。
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アスクレーピオスの杖
上の写真は大型バンで移動中に撮影。ヤンゴンの郊外にあった病院だ。何が撮りたかったのかというと、病院のマーク(笑)。杖に1匹のヘビが巻きついている。これは「アスクレーピオスの杖」だ。アスクレーピオスというのはギリシア・ローマ神話の医神。アポッローンの子供で、医術に長け、最終的にはゴルゴーンの血を使って死者まで蘇らせてしまったので、ゼウスに雷で撃たれた。そんなアスクレーピオスの象徴である杖を、こんなミャンマーの地で見ることが出来て嬉しかったので、つい撮影してしまった。そして雑記に載せてみる。はっはっは。ただのヲタクの所業だ。
2013/02/17 異国の地はいつもワクワクする。
さてさて。今日からお仕事でミャンマーだ。ヤンゴン、モーラミャイン、パテインの3都市を回る。
成田からバンコク経由でミャンマーのヤンゴン国際空港に向かう。トランジットでバンコクに降り立った瞬間、照り付ける太陽と熱風に驚いた。まるで真夏。2月なのに。真冬の日本からやって来て、まるで異世界のようだ。厚着していたので、あっという間に汗だくになってしまった。
ヤンゴンはバンコクよりは北なので、もう少しは涼しいと思うけど、それでも似たようなものかもしれない。何しろ、向こうは乾期である。茹だるような暑さに、トイレで急いで半袖に着替える。
乗り継ぎまで時間があったので、早速、散策する。ミャンマーの通貨はチャット。1チャットが0.1円くらい。でも、タイはバーツ。持っていたお金はドル。そんなわけで、空港で一人で混乱していた。1バーツって一体いくらなのか。ドルに換算するといくら払えばいいのか。
それにしても、ギリシアに行ったときも、トルコに行ったときもそうだったけど、空港で見慣れない言語が並んでいるのを見ると興奮するよね。嗚呼、外国に来たなあって思っちゃう。
2013/02/16 感謝。。。
仕事に押し潰されそうな毎日にケリをつけて、土曜日になってようやくミャンマー行の準備に取りかかることが出来た。少しほっとする。うーん、忙しかったなあ。まあ、業務の出張とは言え、長期間職場を空けるのだから、そりゃー、片付けなきゃいけない雑務もたくさんある。何よりも年度末に向かって業務をやっつけて行くタイミングだったのが忙しさに輪をかけたんだと思う。
ちぃ子がドルの準備とか、変換プラグ、蚊対策セットの購入とか、事前にやっておいてくれて助かった。それがなかったら乗り越えられなかったと思う。本当に感謝だ。
2013/02/15 「いいヒト」と「頑張り屋」は損をするのである(笑)
ミャンマーへ行く前の最後の出勤。この一週間、ものすごい集中力でテキパキと仕事を片付けてきた。我ながら、すげぇ頑張ったと思う。後輩氏には自分が今抱えている仕事は一切、残さなかった。でも、すげぇ疲れたし、ミャンマーでの仕事の下調べとか準備に時間が避けなかった。本当は、ね。ミャンマーの人々の協力を仰ぎながらの仕事だから、彼らに極力、貢献したい。そっちに集中させてもらいたかったんだけど。まあ、それは向こうに着いてから引き続き頑張ろう。うーん、頑張るなあ。
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