エンキ/エア

分 類メソポタミア神話
名 称 𒀭𒂗𒆠 〔d.enki〕(エンキ)《地の王》【シュメル語】
𒀭𒉡𒁶𒄷𒄭 〔d.nu-dim2-mud〕《創造者》(ヌディンムド)【シュメル語】
𒀭𒂍𒀀 〔d.e2-a〕(エア)【アッカド語】
容 姿肩からチグリス・ユーフラテス河が溢れ出す。魚の帽子をかぶっていることもある。
特 徴水の神。知恵の神。魔法の神。創造の神。
出 典『エヌマ・エリシュ』(紀元前18世紀頃)ほか<

エンキのイラスト

地底に広がる淡水世界の神!?

エンキはシュメル神話に登場する水の神。アッカド神話ではエアと呼ばれる。水、特に淡水を司る神と信じられた。エンキは両肩からチグリス河(シュメル時代にはイディギナ)とユーフラテス河(同じくブラヌン)が湧き出した姿で描かれる。創造神話では、エンキが両河川を「煌めく水」で満たし、鯉などの魚を放し、葦を生い茂らせたとある。ちなみに、シュメル人は「煌めく水」のことを「甘い水」とか「葡萄酒よりもおいしい」などと形容しているが、実はこれはエンキの精液なのだという。

エンキはエリドゥ市の都市神で、エエングラ《深き水の王の家》、あるいはエアブズ《水の家》と呼ばれる神殿に祀られていた。シュメル人は、地底の奥深くに「アブズ(𒍪𒀊)」と呼ばれる淡水の海があると信じていて、河川や湖、泉などの淡水は、このアブズから湧いて出ると考えていた。エンキは、そのような淡水を司る神なので、地下世界とも結びつけられた。名前が《地の王》なのも、その辺りに起因しているのかもしれない。

大地との聖婚から農業を生み出す!?

エンキは、大地の女神ニンフルサグとの聖婚神話がある。大地の女神と結ばれることで、さまざまな植物を生み出している。ただし、この神話では、エンキは非常に浮気性の神として描かれていて、ニンフルサグだけでなく、彼女から生み出された女神たちと次々と交わった。まず、大地の女神ニンフルサグから生まれた植物の女神ニンサルと交わり、農耕の女神ニンクルラを生んだ。次にニンクルラと交わって機織りの女神ウットゥを生み、ウットゥとも交わった。ウットゥはニンフルサグに相談し、ニンフルサグは子宮からエンキの精液を取り出して大地に蒔かせた。すると、大地からは8つの植物が生えてきたという。エンキはこの植物まで食べてしまったという。そして、エンキはこれが元で8つの部位が病気になってしまった。そこに至って、ニンフルサグはエンキの病を治したという物語である。

土地は「水」によって豊かさがもたらされる。エンキの「創造性」は、このようなたくましい性欲として描かれたのだろう。この神話は、大地と水から、植物、農業、機織りなどが誕生していく様が説明されている。

創造神エンキ、泥を捏ねて人類を造る!?

エンキは知恵の神であり、魔法の神であり、そして工芸の神である。神々のために様々なものを創造している。麦などの植物や神々、神殿や家具などを、アブズから生み出している。そのため、エンキは《創造神》という意味で「ヌディンムド」とも呼ばれる。

メソポタミア神話にはいくつかの人類創造神話があるが、もっとも有名なのは、エンキが人類を創造したという神話である。

大昔、下級の神々であるイギギたちは神々のために畑を耕し、運河を造っていた。しかし、毎日の重労働に疲れたイギギたちは、ストライキを起こした。そのときに、神々に代わって労働する存在として人類を造ることを提案したのがエンキだった。そしてエンキは神々の血と泥を捏ねて人類を造ったのである。シュメル人にとって、人類は神々の代わりに労働する存在として作られたのである。

なお、『エンキとニンマフ』という物語では、人間を造って満足したエンキとニンマフ(ニンフルサグのこと)が酒に酔っ払って、さまざまな障害を持った人間をわざと造り、それぞれに職業を割り当てるゲームをしている。シュメル神話では、障害は神が意図的に造ったものなのである。

エンキは基本的に人類の味方!?

人類を造ったのがエンキだからか、神話の中のエンキは、常に人間に対して好意的である。エンキは知恵の神とされ、さまざまな知識を人類に授けている。手工芸や農業、文字、法律、建築、魔術などの文化を人類に授けたのはエンキである。

人類が増えすぎ、騒がしくなってきたという理由で最高神エンリルが人類を滅ぼそうとしたときにも人間のサイドに立って諌めた。しかし、エンリルはこれを聞き入れず、旱魃、飢饉、疫病を起こした。エンキはこれに対抗し、人類に灌漑農業、麦の栽培方法、医療の知識を教えて助けた。エンリルはこれに対して怒り、邪魔をしないようにエンキに言いつけると、今度は大洪水を引き起こした。このときも、エンキはこっそりとアトラ・ハシース(あるいはジウスドラ)に方舟を造らせて難を逃れさせた。こうして人類は全滅を回避することができたのである。

【コラム】「ノアの方舟」はメソポタミア神話のパクり!?

ユダヤ・キリスト教の『聖書』の「創世記」には神が人類を滅ぼすために大洪水を起こすという「ノアの方舟」の物語がある。これはメソポタミア神話のエンリルが引き起こす大洪水の物語の影響を受けている。エンキの助言でアトラ・ハシースは方舟を造って難を逃れるが、『聖書』では人類を滅ぼそうとするのも、ノアを助けようとするのも、神である。

1872年、ジョージ・スミスはアッシリア帝国の首都ニネヴェの図書館から見つかった粘土板を解読していて、「ノアの方舟」と同じような話を見つけ、その上、それが英雄ギルガメシュを主人公とした物語の一部であることを発見した。ヨーロッパの人々は『聖書』に元ネタがあったことに衝撃を受けたのである。

淡水神アプスーの殺害!?

『エヌマ・エリシュ』では、この世界に最初に存在していたのは淡水の神アプスーと塩水の女神ティアマトの夫婦と、彼らに仕える執事のムンムだけだったという。しかし、淡水と塩水は交じり合って、さまざまなものを生み出したという。このときに若い神々も誕生したが、神々は非常に騒がしかった。そこでアプスーはこれらの若い神々を滅ぼしてしまおうとする。それを知った若い神々の一人であったエア(エンキ)は、魔法によってアプスーを眠らせると、地底深くに閉じ込めて殺害した。そして、その能力を奪ったという。こうして、エンキは地底に広がる淡水の海を支配する水の神になったのである。

ちなみに、エンキは『エヌマ・エリシュ』の主人公であるマルドゥクの父親でもあり、この後、アプスーの仇討ちに立ち上がったティアマト女神を倒して世界を創造するのは、息子であるマルドゥクの仕事になる。

イナンナに「メ」を奪われる!?

エンキは「メ(𒈨)」の守護者であると考えられている。「メ」というのは、シュメル人の特別な概念で、さまざまな「属性」のようなものである。さまざまな「メ」があって、持ち運ぶことができ、身にまとうことができると考えられていたようだ。神話では、「メ」はエンリルによって集められ、エンキによって守護されている。

豊穣の女神イナンナは自らの持つ「メ」が少ないことでたびたびエンキに異議申し立てを行っている。そして、ある神話の中では、エンキの住むエリドゥ市にやって来て、エンキにたらふく酒を飲ませ、酔っ払わせた。そして、エンキに「メ」を譲るように頼んだ。気が大きくなっていたエンキは快く了解し、イナンナは大喜びで「メ」を舟に乗せると、自らの都市であるウルク市まで運んでしまった。酔いが醒めてから、エンキは慌てて「メ」を取り戻そうと画策するが、結局、「メ」を失ってしまったという。

この神話は、エンキが守護するエリドゥ市からイナンナの守護するウルク市へ政治的な権力が移ったという歴史的な事実を反映した神話的なエピソードだと考えられる。

《参考文献》

Last update: 2020/07/24

サイト内検索