神農(シェンノン、しんのう)

分 類中国伝承道教
名 称 神農(神农)〔shénnóng〕(シェンノォン)【中国語】
神農(シンノウ)【日本語】
容 姿2本の角をはやし、葉で編んだ衣をまとう神。身体は透明で内臓が見える。
特 徴医薬と農耕の神。農耕を教え、植物の毒性を自ら試して検証した。
出 典『淮南子』ほか

神農、薬効の検証のため、1日に70回も中毒に!?

神農(シェンノン、しんのう)は古代中国の伝承に登場する三皇五帝のひとり。伏羲が没した後に帝となり、黄帝に取って代わられた。医薬と農耕の神で、2本の角をはやし、葉を編んだ衣をまとい、しばしば薬草を手に、口に含んだ姿で描かれる。

伝説によれば、古代の人々が手当たり次第に自然の草や木の実、貝などを食べ、ときには病気になることもあったため、神農は木材から農具を作ってみせ、土地を耕し、五穀の種を蒔いて育てる農耕と、植物を吟味し、食用のものと毒草の違いを人々に伝えたとされる。神農の身体は頭と四肢を除いて透明で、外から内臓が見えたという。神農は草の薬効や毒性を検証するためにさまざまな草を試したという。その結果、万が一、毒だった場合には、影響を及ぼす臓器が黒くなった。そうやって、毒が影響を与える部位を見極めたという。ときには1日に70回も中毒になり、最終的にはあまりにもたくさんの毒草を服用したために、神農は体内に毒素が溜まって死んだという。

神農は薬草学の始祖であるため、神農の名を冠した書物がたくさんあり、最古の薬草書『神農本草経』にもその名が冠されている。

漢の時代になって、伝説的な皇帝・炎帝と同一視されたため、しばしば、炎帝神農と呼ばれる。尊敬の念を込めて神農大帝とも呼ぶ。また、医薬や農耕に関連して、薬王大帝とか五穀仙帝などと呼ばれることもある。

神農の時代に物々交換などの交易をする市場や店が初めてできたとされ、これも神農の産物と言われる。このため、日本では香具師・てき屋業界の守護神として神農が崇拝されている。

《参考文献》

Last update: 2022/04/22

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