ホデリ
| 分 類 | 日本神話 |
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〔記〕火照命(ほでりのみこと)【日本語】 | |
| 容 姿 | |
| 特 徴 | |
| 出 典 | 『古事記』(712年)ほか |
火中出産で生まれた火の3兄弟!?
ホデリ(火照)は日本神話に登場する神で、ニニギとコノハナノサクヤビメの間に生まれた3兄弟の長男。後に海幸彦となった。
故、後木花之佐久夜毘賣、參出白「妾妊身、今臨產時。是天神之御子、私不可產。故、請。」爾詔「佐久夜毘賣、一宿哉妊、是非我子、必國神之子。」爾答白「吾妊之子、若國神之子者、產不幸。若天神之御子者、幸。」卽作無戸八尋殿、入其殿內、以土塗塞而、方產時、以火著其殿而產也。故、其火盛燒時、所生之子名、火照命(此者隼人阿多君之祖)、次生子名、火須勢理命須勢理(三字以音)、次生子御名、火遠理命、亦名、天津日高日子穗穗手見命。(三柱。)
この後、コノハナサクヤビメが(ニニギの許へと)やって来て言った。「私は妊娠し、出産の時期になった。この子は天津神の御子なので、私の一存で産むべきではない。それで報告に来た」。すると(ニニギは)言った。「サクヤビメよ、たった一晩で身籠るものだろうか。これは私の子ではなく、国津神の子に違いない」。(サクヤビメは)答えて言った。「私が妊娠した子が、もしも国津神の子であれば、無事には産まれないでしょう。もしも天津神の御子であれば、無事に生まれるでしょう」。そして、すぐに戸のない大きな御殿を作って、その御殿の中に入り、土で塗り塞いで、出産の時になると、その御殿に火を放って出産した。こうして、その火が燃え盛る時に生まれた子の名前はホデリで、この方は隼人(はやと)の阿多君(あたのきみ)の祖先であり、次に生まれた子の名前はホスセリ、次に生まれた子の名前はホヲリ、またの名をホホデミである。
(『古事記』上つ巻「火中出産」)
この話は『古事記』(712年)でも有名な「火中出産」と呼ばれるシーンである。たった1晩で妊娠したコノハナノサクヤビメに夫のニニギは国津神の子ではないかと不信感を抱く。元々、コノハナノサクヤビメは国津神なので、ニニギが天孫降臨する前の男の子ではないかというわけだ。「是非我子、必國神之子」というのは、かなり強い口調である。それに対してコノハナノサクヤビメは火の中で出産し、無事に誕生したら天津神であるという誓約(うけい)を立てる。こうして、ホデリ、ホスセリ、ホヲリという3柱の子が無事に誕生するわけである。
この3柱の神々は炎の点き始めから落ち着くまでを表した神だ。ホデリは炎が照り輝く様子、ホスセリは炎が勢いよく燃え進む様子。ホヲリは炎が消えていく(下りる)様子を表しているようだ。
ホデリ、ホスセリ、ホヲリの3兄弟を穂が照る(熟成)、穂が進む(成長)、穂を折る(収穫)という稲穂のサイクルとする解釈も多数の学者が唱えている。ニニギが稲穂が賑やかに実ることを象徴する神で、妻も植物神であることから、合理的な説である。この場合、末子のホヲリ(収穫)が正当な後継者になる理屈も分かる。
海幸彦 VS 山幸彦の行方は!?
3兄弟のうち、長男のホデリは海幸彦として魚を獲って暮らした。一方、末子のホヲリは山幸彦として獣を獲って暮らした。ある日、末子のホヲリ(山幸彦)が「お互いの道具(幸)を交換してみよう」と提案してくる。ホデリ(海幸彦)は何度も断ったがホヲリ(山幸彦)がしつこく頼んでくるので、遂に根負けしてお互いの道具を交換することにした。ホヲリ(山幸彦)は「鉤(釣り針)」を持って海に繰り出していったが、一向に魚は獲れず、その上、釣り針を海に失くして戻ってきた。ホデリ(海幸彦)は釣り針を返すように要求した。しかし、ホヲリ(山幸彦)は持っていた十拳劒(とつかのつるぎ)を壊して釣り針を500個つくって償おうとするので、ホデリ(海幸彦)はこれを拒んだ。すると今度は1,000個の釣り針で償おうとするので、ホデリ(海幸彦)は貸した釣り針そのものの返却を要求した。
結局、弟のホヲリ(山幸彦)は海辺で途方に暮れていたところ、シオツチの手引きで海底に行き、海神のワタツミの娘であるトヨタマビメと結婚して3年間を海底の宮殿で暮らす。そんな暮らしの中でホヲリ(山幸彦)が釣り針を失くした経緯を話すと、ワタツミはあらゆる魚を一堂に集めた。すると、1匹の真鯛が喉に何かが刺さって苦しんでいることが分かり、確認するとホデリ(海幸彦)の釣り針だった。
こうして、ホデリの釣り針を取り戻したホヲリだったが、ワタツミはこの釣り針を返すときの呪文を教える。それが「此鉤者、淤煩鉤、須須鉤、貧鉤、宇流鉤(このちは、おぼち、すすち、まづち、うるぢ)」だ。「この釣り針は憂鬱になる釣り針、いらいらする釣り針、貧しくなる釣り針、愚かになる釣り針だ」というわけだ。そして、ワタツミはホヲリに「鹽盈珠(しほみつたま)」と「鹽乾珠(しほふるたま)」を渡し、巨大なサメに乗せて地上へと送り返した。
ホヲリ(山幸彦)は言われたとおりに呪文とともにホデリ(海幸彦)に釣り針を返した。それからというもの、ホデリは次第に貧しくなり、心が荒んで遂にはホヲリの領土を攻めた。そのたびにホヲリは「鹽盈珠」でホデリを溺れさせ、ホデリが許しを請うと「鹽乾珠」で救い出した。何度かこのような出来事があって、ホデリは遂に平伏してホヲリに仕えることとなった。
ホデリの子孫が隼人(はやと)だとされる。隼人は現在の鹿児島県(阿多・大隅)のあたりに住んでいた部族で、朝廷に従わない集団だったため、これを平定した歴史が海幸彦と山幸彦の対立だと考えられている。平定された後、隼人は朝廷を警護し、儀式で独特の咆哮をあげて邪気を祓ったという。また、隼人舞はホデリが溺れたときの仕草を表現したものなのだと『古事記』には記されている。隼人は平定後も朝廷に反乱を起こしていたようだ。
『日本書紀』(720年)にはホデリは登場せず、海幸彦はホスソリ(あるいはホスセリ)となっている。長男がホスソリ(海幸彦)、次男がヒコホホデミ(山幸彦)で、末子にホアカリが登場する。
《参考文献》
- 『古事記』(校注:倉野憲司,岩波文庫,1963年)
Last update: 2026/02/01
