チョンサ(天使)

分 類朝鮮伝承
名 称 천사cheon-sa〕(チョンサ)《天使》【朝鮮語】
容 姿不明だが、おそらく役人のような姿。
特 徴天帝の使いとして天から地上に派遣される。
出 典一然『三国遺事』(1281年頃)ほか

天帝、チョンサを地上に遣わす!?

チョンサ(天使)は朝鮮半島に伝わる「天の使い」である。僧侶の一然(イルヨン)が著した『三国遺事(サムグクユサ)』(1281年頃)では、天帝の使いとしてしばしば地上を訪れる官僚のような存在である。人間に天帝の言葉を伝え、天の宝物を与える。ときには天帝に天誅を命じられて地上に派遣されることもある。

韓国ではキリスト教の天使(エンジェル)のこともチョンサ(天使)と呼ぶが、本項では天帝の使いとして立項する。

チョンサ、新羅王に玉帯を与える!?

たとえば、『三国遺事』第1巻には「天賜玉帯」のエピソードが載っている。

即位元年。有天使降於殿庭。謂王曰。上皇命我傳賜玉帶。王親奉跪受。然後其使上天。

即位元年のことである。天の使者が殿庭に降りてきた。王にこう告げた。「上皇が私に命じて、玉帯を下賜させるものです」。王が自ら跪いて謹んで受け取る。その後、その使者は天へと昇っていった。

(『三國遺事』卷第一「天賜玉帶」より)

これは新羅(シルラ)の第26代の真平王(チンピョンワン)が579年に即位したときの出来事だとされる。宮殿の庭に天使が降り立って「天帝からの下賜品である」として黄金で装飾された玉帯を真平王に手渡して天に帰っていったのだという。この玉帯は以降、新羅王室の正当性を象徴する国宝として新羅が滅亡するまで大切に伝えられたという。

新羅には、国を象徴する3つの宝物があり、「新羅三寶(シルラサンボ)」と呼ばれている。1つは上述の「天賜玉帯」である。残りの2つは「丈六尊像」と「九層木塔」で、「丈六尊像」は574年、真興王の時代に皇龍寺で完成した約4.8メートルの巨大な仏像で、インドのアショーカ王が造ろうとして失敗し、その材料が流れ流れて新羅の地で完成したという。「九層木塔」は645年、善徳女王の時代に皇龍寺に建てられた九層の木塔である。新羅侵攻を企てた高句麗王も「新羅三寶」があるので断念したという逸話が『三国遺事』に載っている。

チョンサ、梨の木に雷を落とす!?

『三国遺事』第4巻には「寶壤梨木」というエピソードが載っている。

忽一年元旱。田蔬焦槁。壤敕璃目行雨。一境告足。天帝將誅不識璃目告急於師。師藏於床下。俄有天使到庭。請出璃目。師指庭前梨木。乃震之而上天。

ある年の激しい旱魃のことである。田畑の作物は枯れ果てた。宝壤は璃目に雨を降らせるように命じた。地域一帯は十分に潤った。天帝は与り知らぬ振る舞いに璃目を処刑しようとし、(璃目は)師に助けを求めた。師は(璃目を)床下に隠した。まもなく天使が庭に到着した。(天使は)璃目を出すように要求した。師は庭の前の梨の木を指し示した。そこで(天使は)これを雷で打ち、天に昇っていった。

(『三國遺事』卷第四「寶壤梨木」より)

寶壤(ポヤン)和尚が建立した雲門寺(現在の大邱近郊)には小さな池があって、西海龍王の息子の璃目(イモク)という龍が暮らしていた。西海龍王が寶壤の従者として遣わしてくれたものだった。

ある年、激しい旱魃が起こったため、寶壤が璃目に命じて雨を降らせ、地域一帯を救った。しかし、この雨は天帝の許可を得ていないものだったため、怒った天帝は璃目を処刑しようとした。そこで寶壤は璃目を床下に隠した。チョンサ(天使)が庭に降り立って「璃目を出せ」と迫ったため、寶壤は庭の梨木を指差した。チョンサ(天使)はその梨の木に雷を落として天に帰っていったという。勘違いしたのか、あるいは温情だったのかはよく分からない。

《参考文献》

  • 『한국 요괴 도감』(著:고성배,위즈덤하우스,2019年)(韓国語)

Last update: 2026/09/21

サイト内検索