ヘル(ホルス)
分 類 | エジプト神話 |
---|---|
𓅃 〔ḥr〕(ヘル)【古代エジプト語】 𓎛𓁷𓂋𓀭 〔ḥr〕(ヘル)【古代エジプト語】 Ὧρος(ホーロス)【古代ギリシア語】 | |
容 姿 | ハヤブサの頭を持った男神。 |
特 徴 | 天空神。地上を統べる王。 |
ハヤブサをシンボルにしたエジプトの天空神!?
ヘルはエジプト神話における天空神。古代ギリシア語の「ホルス(ホーロス)」という呼称の方がよく知られている。ハヤブサの頭部を持った男性神として描かれる。名前は、𓁷𓂋(ヘル)《~の上に》に由来すると考えられる。
古代エジプトでは、非常に古くからハヤブサが信仰されており、すでに上下エジプトを統一したとされるナルメル王のパレットにもハヤブサが描かれている。その後、ウシル(オシリス)信仰や太陽神ラー信仰などと結びつきながら、長い間かけて色々な神々と習合して、非常に複雑なヘル信仰が形成されていく。「ベヘデトのヘル」「東のヘル」「北のヘル」など、地域によって区別されていたことから、おそらく、各地で信仰されていたハヤブサ信仰が、統一王朝の王権と結びつきながら、ヘルと同一視されていったと考えられる。また、初期王朝の時代から、ハヤブサが船に乗った姿で描かれていて、天空神が船に乗って空を航行するイメージが古くから形成されていたことも分かる。また、「ヘル・アケティ」《地平線のヘル》という言葉も古くから存在し、太陽神ラーと結びつく前から、天空神が日の出と結び付けれていたことも分かる。
初期王朝時代から、王権と結びついている。初期王朝時代から、王の名は王名枠と呼ばれる王宮をイメージした枠の中に書かれるが、その枠にとまるハヤブサが描かれている。第2王朝時代には、これが一時、セテク(セト)に置き換わっており、ヘルを信仰する勢力とセテクを信仰する勢力とで、王権を巡って争った跡が見らえる。その後、ヘルとセテクの両方が王名枠の上に掲げられるなども見られる。
ヘル VS セテク ~ウシルの王位継承を巡って争う!?
太陽信仰と結びつく中で、ヘルの両眼は太陽と月であると考えられるようになった。また、ウシル信仰と結びつき、イウヌゥ(ヘリオポリス)神話に取り込まれた。ヘリオポリス神話では、ヘルはウシルとアセト(イシス)の息子とされ、ウシル神話の中に組み込まれた。ウシルは最初の地上の王となったが、弟のセテク(セト)によって殺害され、王位を簒奪された。その後、バラバラにされた遺体はアセトらによって拾い集められ、来世の王として復活した。ヘルはウシルの息子として、セテクと戦い、セテクを倒し、現世の王を継承した。以来、エジプトの王はヘルの化身と考えられるようになった。
ヘルとセテクは王権を巡って80年間争ったとされる。当初、幼いヘルは下エジプトでパピルスの茂みに隠れ、密かに成長すると、期が熟すと、セテクに挑戦した。神々はヘルが王位を継承することと決定したが、セテクはその決定に異を唱え、毎日、神を1人ずつ殺すと脅す。そこで、太陽神ラーは、討論で決めようとし、それにもヘルが勝利する。しかし、セテクは体力勝負を申し込む。カバの姿に変身して、3か月間、潜っていた方が勝ちというものだ。アセトが息子を支援しようと銛を投げたところ、誤ってヘルに直撃し、ヘルが助けを求めたので、アセトは銛に命令して引き抜いた。そして、今度はセテクに命中させたが、セテクが「俺が何をした。俺はお前の弟じゃないか」と助けを求めると、同様に銛に命じて引き抜いた。この母の振る舞いに激怒したヘルは、水から飛び出すと、アセトの首を斧で切り落とし、逃げ出した。ラーが魔法でアセトを復活させると、セテクはヘルを追跡し、発見すると、ヘルの左目をくり抜いた。そして、「ヘルは見つけられなかった」と報告した。フゥト・ヘル(ハトホル)はその報告を信じず、ヘルを探索し、目を失ったヘルを発見し、ガゼルの乳を注ぎ込んで目を復活させた。以降、ヘルはウジャト眼を持つようになった。その後、帰還したヘルは母と和解すると、戦いが再開された。さまざまな戦いが繰り広げられ、神々は見るに見かねて冥界のウシルに手紙を送った。その結果、ウシルがヘルに王位を継承するように言い、神々はヘルに王位を継承させることにした。
アセト女神の子となったヘルは、しばしば「幼きヘル」として子供の姿で描かれ、指を咥える姿、アセトに抱かれたり、授乳される姿で描かれる。こうして、若く生まれ変わる太陽としても崇拝されるようになっていった。このアセトとヘルの図像は、キリスト教の聖母マリアの原型とされることもあります。
《参考文献》
- 『図説 古代エジプト誌 古代エジプトの神々』(著:松本弥,弥呂久,2006年)
Last update: 2020/04/25