ペンニョウ
| 分 類 | 朝鮮伝承 |
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백여우 〔baeg-yeo〕(ペンニョウ)《白いキツネ》【朝鮮語】 | |
| 容 姿 | 白いキツネの妖怪。 |
| 特 徴 | 王朝の滅亡するときなどに出現する。 |
| 出 典 | 金富軾『三国史記』(1145年)、一然『三国遺事』(1281年頃)ほか |
王朝が滅亡するときに白キツネが出現!?
ペンニョウは朝鮮半島の伝承に登場する白いキツネの妖怪。朝鮮半島にはキツネの妖怪はたくさん知られる。たとえば、美女に化けて王権に取り入るクミホ(九尾狐)や、人間に化けて悪事を働くメグなどもよく知られているが、ペンニョウはこれらの妖怪とは異なり、基本的には人間に化けることはなく、キツネの姿のまんま現れて、吉凶を伝えるようだ。
たとえば、金富軾(キム・ブシク)『三国史記(サムグクサギ)』(1145年)の第15巻によれば、148年、高句麗(コグリョ)の7代目の次大王(チャデワン)の時代にペンニョウが出没したという。次大王が狩りをしていると、1匹の白いキツネがしつこく後を追いながら鳴き続けた。王はこれを弓で射ようとしたが、結局、当てられなかったという。
次大王は兄は太祖大王(テジョデワン)で、非常に長生きしたため、次大王は早く王位に就きたいという野心から、兄に圧力をかけて無理矢理退位させ、強引に王座を奪ったことで知られる。また、地位を脅かす親族や忠臣を次々と殺害し、恐怖政治を敷いて、最終的に家臣に暗殺された。『三国史記』の描写は、次大王の王権が不安定であることを暗に示している記述と言える。
一然(イルヨン)『三国遺事(サムグクユサ)』(1281年頃)の第1巻には、659年、百済(ペクチェ)の義慈王(ウィジャワン)の時代、多くのキツネが宮殿に入ってきたという記述がある。あろうことか、その中の1匹の白キツネが「左平(百済の最高官職)」の机に飛び乗って座った。これは国が亡びる前兆とされ、事実、翌年に百済は唐と新羅の連合軍によって滅ぼされた。
義慈王は、親想いで兄弟とも仲睦まじく、戦争も上手で、百済の勢力を拡大させた偉大な王としても知られるが、晩年は次第に慢心したのか、酒や宴に溺れるようになり、諫める家臣を投獄する等、次第に国力が落ちていったと伝えられている。おそらく、このペンニョウの出現は、義慈王が天に見放されたことを象徴する出来事として記述されたのであろう。
一方、『三国史記』の第9巻では、756年、新羅(シルラ)の35代目の景徳王(キョドクワン)の時代に、大永郎(テヨンラン)が王に白キツネを献上し、その功績で官位を授かったという記述がある。次大王と義慈王にとっては王朝の滅亡の象徴だったペンニョウだが、ここでは献上品として扱われている。景徳王の時代、新羅は華やかな時代から緩やかに衰退する時代になっていたので、景徳王としては、王権の象徴としてペンニョウに縋ったという見方もできるかもしれない。
《参考文献》
- 『한곡 요괴 도감』(著:고성배,2019年)(韓国語)
Last update: 2026/01/31
