2014年7月21日 好きな言葉
ボクのプロフィールのところに好きな言葉を3つ載せている。
・ただ生きるのではなく善く生きる
・一身独立し、一国独立す
・支離滅裂でいたい
それぞれ、何の解説もなく、ただ載せているので、ここで解説をしておこう、と思う。
1つ目はソークラテースの言葉。正確にはプラトーンがソークラテースの言葉として紹介している言葉だ。「ただ生きるより、善く生きろ」とか「人間はただ生きるのではなく、善く生きることが大切だ」とか訳されるけれど、原典は『クリトン』の「Ού τό ζήν περί πλείστου ποιητέου, αλλά τό εύ ζήν.」だ。ボク自身は漫然と生きる生き方を否定するものではないけれど、でも、何か重大な選択をする際には、どれだけ苦しくても、善く生きる道を選びたい、と思っている。
2つ目は福沢諭吉の言葉。『學問ノスヽメ』に登場する。結局のところ、一個人が大事なのだ。一個人が頑張るしかない。誰か偉い人が理想の社会を作るのではない。一個人がそれぞれ理想を追い求める。その結果、いい社会になる。みんな、頑張れ、というメッセージ。
3つ目は鳥居みゆきの言葉。1つ目と2つ目が重たいので、バランスを考えたらこんな感じになった。……というのは嘘だけど、ボク自身、支離滅裂でいたい、と思っている。
なんでこんな記事になったかというと、偶然、ネットサーフしていたら、「ウィキクォート」というウェブサイトを発見したからだ。ウィキペディアの親類で、いろんな偉人たちの言葉を紹介するウィキだ。日本語の部分については、載っている人と載っていない人で温度差があるんだけど、世界各国が参戦してくれているので、英語なんかは結構、いろいろと載っていて面白い。そんなわけで、本日の記事はこんな感じ。
2014年7月20日 戦争を知りたい子供たち!?
ツクルくんが一人で勝手に飲めるように取っ手付きの哺乳瓶を購入。
* * *
ゲスの極み乙女。の『みんなノーマル』とアーバンギャルドの『鬱くしい国』がAmazonから届いた。いいね。ゲス極の涼しい演奏が格好いい。日本のミュージック・シーンに新しい風を吹かせてくれそうだなあ、と思う。アーバンは、実はインディーズの頃に、池袋のライブハウスでよく見ていた。もっとトゲトゲと尖っていた過去を知っているだけに、洗練されて丸くなったなあ、という印象。天馬のテンションはもっと高い方がボクの好みだった。もっと早口で哲学っぽいことを捲し立てる天馬節をどんどんぶつけられたい。そう思うボクである。でも、「戦争を知りたい子供たち」とか「自撮入門」なんかの歌詞は尖っていて、まだまだ天馬節は健在だ。そういうところに、ちょっと安心する。尖っているのに、安心するって、不思議な表現だけど、でも、まあ、そんな感じ。
個人的には「生教育」に登場する言葉たちに戸惑った。スクールカーストをテーマにした楽曲なんだけど、クイーン・ビーやターゲット、ジョック、サイドキック、メッセンジャー、ギーク、ゴス、ナード、ルーザー、バッド・ガール、フローター。アメリカのスラングだけど、普通、こういう言葉って、日本じゃ使われないんじゃないかなあ。ホント、天馬氏はいろんなところから言葉を持って来る。その嗅覚が面白いなあ。
それにしても、アーバン、谷地村さんが脱退したことすら知らなかった。今回のアルバムのリーフレットの写真に違和感を覚えながらも、谷地村さんがいないことにしばらく気づかず。そして、楽曲の作曲者のクレジットを眺めながら、「大槻ケンヂが参加している楽曲は鍵山さんが作曲しているのかあ。あれ? 今回は谷地村さんの楽曲はないのか?」と思ったときにもう一度、写真を見て気がついた。谷地村さんがいない!?
天馬のblogからは脱退の経緯に関する記事は削除されていた。でも、インターネット・アーカイブというのがあるので、すぐに過去の記事を見つけ出し、そして経緯を知る。うーん。何とも言えない感じだなあ。インターネット社会は怖いな、と思う。個人的なLINEのやりとりが、そのまんま流出してしまう。ハメられたのかもしれないし、本人も常習みたいなので、自業自得なのかもしれない。でも、もう、こうなると、何だかなあ、という感じ。流出させる人間の悪意が恐ろしいな、と思う。
2014年7月18日 丸腰万歳!!
まさか今どき、会社で研修旅行があるなんて! 伊豆長岡の温泉宿。しかも大部屋に10人で宿泊。そんな日にスマホを家に忘れたボク。朝、燃えゴミの日だったので、忘れないようにしなきゃ、忘れないようにしなきゃ、とそればっかりに集中するあまり、机の上に置いたスマホを持って行き忘れたー。何だろうね。この丸腰の気分は。一日中、半端なくふわふわした感じ。
時計代わりにスマホを使っていたボクは集合時間を告げられても時間が分からない。ドライバが道に迷っても、道を調べられないし、途中で落ち合う約束をしていた休憩所を通り過ぎちゃっても、もう一台の乗車メンバに連絡もできない。夜は夜で、近隣の飲み屋も調べられないし、土曜日の観光先を調べることもできない。チェックインのときに、ホテルに連絡することもできない。いつも、そういうのって、ボクの役目だったんだけど、今回はスマホを持っている友人におんぶに抱っこ状態だ。
スマホって、普段、何気なく持っているようでいて、その実、ものすごく便利なのだなあ、と実感する。今日はそんな日。
2014年7月16日 本格、担々麺!?
ミヤネ屋で「上半期お騒がせランキング」をやっていた。1位が小保方、2位が野々村、ASKA、佐村河内の順番らしい。野々村議員、佐村河内さんを越えていくのだから、インパクトがあるのだなあ。まあ、どうでもいいことだ。
* * *
わがままを言って、担々麺を所望したところ、さらり、とちぃ子が対応してくれた。ちゃちゃっとクックパッドで調べあげて、買い物に行って、そしてラーメン屋さんと肩を並べるくらいおいしい担々麺をつくってくれた。最近、ちぃ子の料理が上手になった。料理にも凝るようになった。ツクル君がおんぶしていないと怒るらしく、出来ることに制限がある。そんな中で、料理が新しい「趣味」になったようだ。「これくらいしか楽しめることがないのだ」などと言っている。

本格、担々麺!?
自炊のペースもアップしている。ちょっと目を離している間に、あっという間に本棚が一列、処分されている。神話関連の大型本は、大半は自炊された、と言える。育児の隙間を狙って、自炊しているらしい。ホント、感謝、感謝である。
2014年7月14日 この世は「ばけものだらけ」!?
雨鳥『ばけものだらけ』が独特の雰囲気で、非常に面白かった。そこまで過度な期待をしていないで読み始めて、いい意味で、見事に裏切られた。素敵な漫画だ、と思う。ほのぼのとした画だけど、白黒の濃淡とか、ゆらゆらと揺れる手書きの線とかが、ふ、と引き込まれるような瞬間がある。そして、いろんな妖怪が登場する。妖怪フェチのボクとしては、へえ、そういう解釈で描くのかあ、と驚くことや不思議に思うこともある。でも、ひとつの妖怪に対して、独特の感性と解釈で切り込んでいく姿勢は、非常に真摯で、クリエイタだな、と思う。女郎蜘蛛の腕が6本で描かれていたり(足も含めると8本になる!)、片車輪が自転車の車輪に棲みついていたり、雲外鏡が水にも憑依できたり、面白いな、と思う。そして、何気なく、自然にこの世界に存在しているような描かれ方。まさにタイトルのとおり。ばけものだらけ、なのである。まだ1巻なのだけど、今後の展開に期待だなあ。水木しげる曰く、妖怪千体説なので、まだまだいくらでも新しい妖怪が登場させられるのである。楽しみだなあ。ふふふ。
『ばけものだらけ 1巻』(漫画:雨鳥,ライバルコミックス,2014年)
2014年7月13日 岩戸隠れごっこ
ツクル君、結構、本気で向き合わないとダメらしい。適度な距離をとっていると、すぐに見抜いて泣き始める。
ツクル君の玩具(おもちゃ)に、太陽の刺繍の入った鏡がある。ベビー・メリーとしてぶら下げておくものなのかもしれない。でも、我が家では彼の舐め舐めグッズに成り下がっている。


「をを、太陽と鏡! アマテラス!」などとテンションのあがったボクは、ツクル君を抱えて、鏡に手を伸ばす。そしてツクル君を映す。「何でツクル君が泣いているのに父は喜んでいるのかって? ツクル君よりも素敵な赤ん坊がいるのです。さあ、見てごらん!」などとツクル君を映す。身を乗り出すツクル君……などとテンション・アゲ・アゲで遊んでいたら、ホントにツクル君が鏡に向かって身を乗り出して、ボクはバランスを崩す。膝がぐん、と変な方向に引っ張られて、攣った。やあ、攣った。「あ゛あ゛あ゛あ゛」と悲鳴のあがる昼下がり。運動不足の父だ。アーメン。
2014年7月11日 妖怪ウォッチをウォッチングなう!!
本屋さんにて大量に本を購入。思い切っちゃうと、どどーん、と5000円くらい買ってしまうから恐ろしい。目的は『少女ファイト』だ。知らないうちに、11巻まで発売されていた模様。驚くべきことに、ボクの書棚は8巻で止まっている。基本的に、本屋さんの漫画コーナは端から端までチェックしているつもりなのだけれど、こういう青年コミックは、少年コミックと違って、バックナンバも含めて、ちゃんと置いていないところが多いので、全ッ然、スルーしていた。そんなわけで、一気に11巻までおいつく。それから、クラシックプレミアムの14巻。今回の号は、ボクが大好きなバッハだ。……とノリに乗ってしまったお陰で、ついでに佐々木拓丸の『Eから弾きな。』と雨鳥『ばけものだらけ』をジャケ買い。前者はずぶの素人が強引なヴォーカル女子に巻き込まれて、いきなりバンド・メンバに抜擢された挙句、ギターを習ってステージに立つ、というお話。後者は、ほのぼのした画風の妖怪の話。雨鳥さんは前作も、独特の雰囲気があって面白かったんだけど、やっぱり、まだまだ同人っぽいかなあ、と思っていた。でも、今回はタイトルからして『ばけものだらけ』なので、妖怪フェチのボクとしては、ついつい手を伸ばしてしまう。ふふふ。
『少女ファイト』(漫画:日本橋ヨヲコ,イブニング,2006年~)
そうそう。妖怪と言えば、最近、妖怪ウォッチなるものが爆発的に市場に溢れている。雑誌もテレビも、妖怪ウォッチ、妖怪ウォッチ……。ポケモンのような大流行だ。最近、注目して見ているんだけど、でも、ポケモンと同じで、ボクの食指はあんまり動かない。絵柄はかわいいし、ゲームそのもののほのぼのした雰囲気、ワクワク感はとても素敵なんだよね。でも、妖怪そのものに80年代のビックリマンほどの遊び心は感じられない。最近のパズドラのようなマニアックさも感じられない。基本、ボクはひねりのないオリジナル・モンスターには興味がないのだなあ、と自己分析。
とは言え、段々、古典妖怪が増えているようで、そういうものの描かれ方がどういう風にデフォルメされるか、という点には興味がある。人面犬とケルベロスがくっついたみたいな「かおベロス」というのもいて、こういうお遊びくらいまで行くと、多少、ビックリマンと張り合えるかな、と思っている。
現代の日本の住宅に妖怪が現れる、という設定そのものは、とても素敵だなあ、と思っている。ワクワクするもんね。舞台は最高だ。今後に期待だなあ。そんな感じ。
2014年7月10日 本気の燻製を目指せ!?
両親より、BBQ&スモーカが届いた。北海道でゲットしたらしい。ボクが初心者用の簡易スモーカで楽しんでいるので、本格的なものを、ということだろう。BRINKMANNのSMOKE’N GRILL。非常にでかい。これを使って、本気の燻製を造って持って遊びに来い、ということかもしれない。精肉屋でいい肉を買って、ピックル液に漬け込むところから始めなきゃ! よーし、頑張ろう。むふふ。
2014年7月9日 自撮入門!!
これ、誰かが撮った写真のように思うかもしれない。でも、実は「自撮り」だったりする。

完璧に自然な自撮り
フィリピン帰りのケンさんから自撮り用のアーム「MONOPOD(モノポッド)」をもらう。「グリップ付一脚」。7つのセグメントに分かれていて、1メートルまで伸びる。これにiPhoneやスマホ、それからデジカメなんかをつけて、タイマー撮影できる。手を伸ばさなくても「自撮り」が出来ちゃう、という寸法だ。

MONOPOD(モノポッド)
たまたま、セブ島から海外研修員が横浜に来たときに、これを使って、みんなでわいわいと写真を撮っていた。ボクがものすごく羨ましくって、いろいろと質問していたのを、横で見ていたのだろう。「欲しがっていたでしょ。セブ島で買ってきたよ!」。よく観察しているなあ、ボクのことを!!
そんなわけで、「自撮り」と言えば、アーバンギャルドの「自撮入門」。素晴らしい歌詞をご堪能あれ。
2014年7月6日 台本。
「ドリームマッチ2014」をやっていた。ノンスタ石田×ナイツ塙は確かに面白かった。でも、ボクとしてはウーマン村本×ノブコブ吉村が印象的だったな、と思っている。ただ残念なのは、最後まで、台本であることをネタ晴らししなかった点。どう考えたって、村本さんの書きそうな台本だ。台本もなくアドリブで突っ走って、あんなに面白くなるはずがないし、怖くてあんな冒険はできない。もしも、最後の最後に、「吉村くん、僕の台本どおりにやってくれてありがとう!」と握手して終わったら、完璧なオチになった、と思う。観ていて爽快感を得られたと思う。そういうサービス精神がなかったな、と思う。
2014年7月5日 htmlとblogのいいとこ取り!!
ようやく2月の雑記を埋めて、3月の雑記を埋める作業に没頭している。Wordpressにしてから、更新頻度が明らかにペースアップしている。いっそのこと、日々の雑記だけじゃなくって、ファンタジィ事典miniもWordpressにしてしまおうかしら。
何よりも大きなメリットは、FTPを介さないでオンライン上で更新できるので、オンラインに繋がってさえいれば、空き時間にちょこちょことどこからでも更新できる点だ。職場の昼休みとか、電車移動中のスマホとか、更新のチャンスは増加する。
こんなことなら、もっと早くにWordpressにシフトすればよかった。blogにするか、htmlにするかでいつも悩んでいたのだから、htmlでありながら、blogのメリットも兼ね備えたWordpressに臆する必要なんか、最初っからなかった。まあ、プログラム的発想が必要なので、その辺の敷居が高いのだなあ。
2014年7月4日 オリジナル de 観光ガイドブック
海外から来た友人が、鳥浜のモールに行きたいと言っている。どうせなら、浅草に行ってはどうか、とオススメするためのプレゼン資料をつくっている。鎌倉でもいいかもしれない。観光ガイドブックとWikipediaを駆使して、英語の簡単な資料を作成中。
まあ、それでも今回はきっと鳥浜に行くのだろう。彼らが行きたがっているものを敢えて止める必要もないし、価値観は人それぞれだ。
でも、きっと、こういうのを作っておけば、今後、数年間は使えるだろう。いろんな国の人が日本に遊びに来る。ボクは彼らの対応をする。そういうときに、少しは参照してもらえるはずだ。何しろ浅草と鎌倉だ。どれだけ時代が変わっても、これらの観光資源はそんなに簡単には変質しない。
2014年7月4日 ものを頼む
我が家のデグー・ダロワイヨ嬢が朝からびっこを引いている。足を怪我したみたいだ。段差も登れないようなので、餌も食べられないみたい。仕方がないので、餌をフラットなところまでおろしてみる。さてはて。大丈夫だろうか。
* * *
人に何かを頼むときには、形式的でもいいから、事前に「こういう仕事をお願いできるかな?」と訊いてみることって大切だな、と思った。配布された資料に、すでに担当が書かれた状態で話を切り出されると、何だか、ものすごく不満が残る。ちょっとしたことなんだけど、感情的には大きな違いがある。だから、うまくやらなきゃいけないなあ。ボクはあんまり腹を立てるタイプではないけど、それでもやっぱり、こういうやり方には不満が残る。一方の前の職場でも、なあなあで仕事を頼まれることが多かった。明確に頼むことなく、やってくれるよねー、という雰囲気とか空気感だけで頼んだことにしてしまうパターン。こういうのも、イクナイと思う。意外と手続きとかプロセスというのは大切なのだ。反面教師にして、ボク自身、気をつけなきゃいけないな、と思う。
まあ、ものを頼むって、なかなか難しいんだけどさー。
2014年7月3日 ツクル君の秘密基地!?
ツクル君の秘密基地が出来上がった。そろそろ寝返りをバタバタと打って、床をくるくると転がるようになった。ずりずりと匍匐後退(ほふくこうたい)もするし、90度旋回もお手の物。気がつくと、ダブルベッドの端から端まで移動する。だから、もう、ベッドに寝かせておくのは危ない感じ。そんなわけで、リビングの一角を柵でくぎって、床にマットを敷いて、ツクルくんだけのスペースを確保する。これで少しは安全だろうか。

ツクル君の秘密基地
2014年7月3日 横浜にアウトレット!?
新杉田から金沢シーサイドラインに乗って鳥浜に行くと、「三井アウトレットパーク 横浜ベイサイド」というのがあるらしい。ショッピングに丸ッきり興味のないボクは、その存在自体、全ッ然、知らなかった。フィリピンの人が行きたいとご所望だったので、今更ながら、調べている。へえ。横浜にこんなにアウトレットがあったんだなあ。いやー、長年横浜に住みながら、知らないことって、たくさんあるんだなあ。いやー、まさか、フィリピンの人に、横浜にアウトレットがある事実を教えられるとは思わなかったや。うへへ。
2014年7月1日 あおむ氏のチビ

ちぃ子がキアゲハの幼虫にご執心だ。庭にパセリとイタリアン・パセリを植えていたんだけど、まんまとキアゲハが卵を産みつけたらしい。3匹もキアゲハの幼虫が棲み着いて、パセリの葉っぱを食べている。すでにイタリアン・パセリはほぼ殲滅されている。最初は気持ち悪がっていたちぃ子だったけど、段々、愛着が湧いてきたようで、頻りに観察しては、写メってLINEでボクに送ってくる。何も知らずにiPhoneを開けると、でかでかとキアゲハの幼虫の写真が出たりして、ぎょっとすることしばしばだ。
ボクが「刺激すると黄色い角を出すよ」と教えたら、キアゲハの幼虫はキモカワの部類にカテゴライズされるようになったらしく、さらにちぃ子の愛着が増したらしい。若齢幼虫の黒いやつも産まれたらしく、「あおむ氏のチビ」などと呼んで喜んでいる。イタリアン・パセリが葉っぱがないので、どうやら普通のパセリの方へとお引っ越しをしたらしい。そんな報告がLINEに入っていた。ふふふ。
2014年7月1日 ノー・モア・エクスキューズ!!
荷物が重かったので、桜木町にてタクシーを捕まえる。タクシーに乗ったら、ドライバに「最近、タクシ・ドライバになったばかりで不慣れですがご了承ください」と言われた。試しに「ホテルモントレ横浜まで」と言ったら「道案内してください」と頼まれたので、「山下公園まで行ってください」と伝える。そうしたら、どうも、道路標識の「山下公園」を手がかりに動き始めた様子。おぉっと、このドライバ、山下公園も知らないぞ、と不安になったら、案の定、山下公園に辿り着けない。普段は横浜以外のところで商売をしている人なのだろうか。それにしたって山下公園に辿り着けないなんて、ちょっと不勉強だよなあ。うーん。自分で「不慣れです」と自己紹介してしまう時点で、多分、プロ意識が欠如しているのだろうな、と思う。
結論。自分に言い訳をつくったら成長しない。ダメ、絶対。
2014年6月30日 新しい時代の新しい妖怪
福岡の高校で集団パニックがあったらしい。どうも、霊感の強い女子が引き金になったとか、山登りをして幽霊を連れてきてしまったとか、いろいろな噂が駆け巡っている。まあ、真実はよく分からないし、ボクとしてはどうでもいいのだけど、今でも、こういうことが起こるのだなあ、と感慨深くなる。
オカルトがブームになった80年代の後、子供たちはあんまりオカルトとかに興味ないのかなあ、と思っていた。何しろ、本屋さんの児童書コーナから、そういう類いの本がなくなってしまったなあ、と思っていたのだ。ボクは80年代を生きた子供ではない。でも、学校の図書館には、その時代の名残みたいな感じで、おどろおどろしい本がたくさん残っていたし、本屋さんにも在庫がたくさんあった。ボクはそういう時代を生きてきた。
実は、最近、未確認動物とか宇宙人、妖怪、都市伝説、幽霊、占いみたいな看板を背負った本がたくさん児童書コーナに並んでいるなあ、と思っている。もしかしたら、また、そういうブームが起こっているのかもしれない。ボクは密かに期待しているのだ。新しい未確認動物とか、新しい都市伝説とか、今の社会に相応しい新しい妖怪が誕生するのを、心待ちにしている。今のところ、80年代の焼き直しみたいなものが多い。ファッションみたいに、巡り巡って元に戻った、みたいな感じ。今更、フラットウッズ・モンスターとかモケーレ・ムベンベとか紹介されても、何だかなあ、という感じ。だから、頑張れ、若者。
2014年6月30日 蕎麦屋で英会話
フィリピンから友人が来日していて、一緒に横浜を巡っている。蕎麦屋にておもてなし。それにしても、ついつい、熱中して英語で会話していると、注文を取りに来た店員さんに英語で注文をしてしまう。完全に英語脳になっている。すると、蕎麦屋の店員さん。「あ、うちは蕎麦屋ですので、日本語でも注文できますけど、いかがですか?」。なかなかウィットに富んでいる。素敵な対応だ。

2014年6月29日 情報発信と責任
最近、Facebook上で児童虐待の動画を何度も見る機会があった。何しろ、みんながシェアして拡散しているのだ。そして、どうやらその動画に映っている母親が特定され、警察と児童相談所が介入したらしい。一見するとめでたしめでたしなのかもしれない。虐待されていた児童に救いの手が入ったと言える。でも、ボクは一連の動きについて、ちょっと、気持ちの悪さを覚えている。それが何か分からなくって、ずぅっと考えていた。そして、ようやく、答えが分かったような気がするので、ここに書いておこうと思う。
動画を公開するということは、それ自体が、ひとつの社会的制裁だ、とボクは思う。母親は、もちろん、子供を蹴り飛ばしているのだから、その点においては「悪いヤツ」なんだけど、でも、動画を公開することで、その母親の悪い行いは、白日の下に晒されて、不特定多数の人が閲覧できてしまう。彼女は、渋谷駅という公共の場で虐待をやっているわけだけど、でも、知人に見せたいなんて気持ちはこれっぽちもないだろう。隠しておきたいことだろうと思う。それを大っぴらにされちゃう。これって、社会的制裁だ。この母親は刑事責任を問われるかもしれない。民事責任も問われるだろうか。もしかしたら、行政的な措置もとられるのかもしれない。それらに加えて、社会的制裁も受けるわけだ。でも、それって、一体、誰が決めたのだろう。何の権限だろう。そういう社会的制裁を、素人の第三者が取り扱うことについて、ボクたちはどう考えるべきだろうか。
昔から、ボクは疑問を抱いている。バッシング報道とか、掲示板上での炎上とか、正義感の塊みたいな顔をしているけれど、社会的制裁ほど、正体不明で怖いものはない、といつも思っている。何の権限の元に、彼らは社会的制裁を受けるのか。本当に刑事・民事・行政だけじゃ足りないのか。
誰もが情報発信者になれる時代だ。だけど、発信した情報について、ボクたちはどこまで責任を持てるだろうか。そして、どんな権限が、ボクたちにあるのだろうか。
多分、そういう気持ちの悪さなのだと思う。動画を公開したことが一部では評価されている。最初にも書いたとおり、もしかしたら、虐待されていた子供には救いの手が差し伸べられたのかもしれない。それはそれで結果としてはハッピィエンドだ。でも、この方法論が正しいのかどうか。それはボクには分からない。無責任にシェアして拡散して、社会的制裁を加える。少なくとも、ボクはそこまでの権限は持っていないと思っているし、その責任も取れないなあ、と思っている。



