2014年8月20日 エクスキューズ・アス!?
さて。いよいよ帰国だ。空港に向かう。うっかり髭剃りをトランクの奥深くに仕舞いこんでしまったので、もう、無精髭のまんまだ。
ニノイ・アキノ国際空港で、カエルの皮財布を買ってしまった。本物のカエルの皮でつくった財布だ。衝動買い。そのまんま、カエルの姿をしている。こんなのを日本でぶら下げて歩いていたら、仰天されてしまうだろうなあ。悲鳴を上げられてしまうかもしれない。
帰りの飛行機の中で、フライト・アテンダントが2人、カーゴを押して料理を運ぶ。そのうちの1人が「Excuse us! Excuse us!」と言いながら通路を通っていく。ああ、そうか。二人だから《私たち》なわけだ。初めて聞いたよ、「Excuse us!」。面白いなあ、英語。でも、難しいなあ、英語。
そんなこんなで、ようやく日本に帰り着いてほっとする。そんな日。
2014年8月16日 GU……ファッションを、もっと自由に。
PowerPoint作成の日。徹夜で鋭意、作成中だ。でも、今回は自分のやりたいように作れた。エヌ井さんのシナリオもなかったし、ケンさんによるテンプレートもなかった。ボクの好きな風にPowerPointを作成できた。これは……非常に楽チンだ! 明日の午前中には、ボクの分は形になりそうだ。……問題はカリス嬢の部分か。進捗は……芳しくなさそうだ。
2014年8月10日 身体を空っぽにして……
日曜日。イエーイ。久々にどフリーである。
今回の業務では土日も移動だったり業務だったり、いろいろなイベントがあって、完全にフリーな日は今日が初めて。ようやくの休み、という感じ。Jollibeeでお昼を食べたり、マッサージを受けてみたりする。何て贅沢なこと!!
下田美咲のハイテンション・コール動画に癒されながら、勉強したり、雑記を整理したりする。こうやって、一度、身体を空っぽにして、それから、また明日からいろんなものを溜め込んでいくのである。ララララーイ、ララララーイ……。
2014年8月8日 レチョン・バボイ
本日は友人Rachelさんの家に招待される。噂には聞いていたけれど、本当にレチョン・バボイ(Lechon Baboy)が振る舞われた。レチョン・バボイは豚の丸焼き。フィリピンでは定番のパーティ料理だ。パリパリの皮と肋骨の周りについた肉がおいしいとのことで、チャレンジしてみる。確かに皮はパリパリで香ばしいし、肋骨周りは何故だか味が染みていて美味しい。でも、脂っこいので、正直、ボクはちょっと苦手だなあ。


Rachelさんの家にはカラオケ・セットがあった。フィリピン人は歌が大好きだ。気がついたら、いつの間にかカラオケ大会になって、みんなこぞって歌い始める。でも、Rachelさん夫婦が圧倒的にうまい。日夜、自宅のカラオケ・マシンで訓練しているのだろう。ボクも英語の歌を覚えておけばよかった。そうしたら、喜んで参戦したのになあ。
2014年8月6日 解決しなきゃいけない問題が山積みになると
そうそう。理研の笹井さんが自殺したとのニュースが飛び込んできて、衝撃を受けている。無責任だな、と思うけれど、相当なストレスだっただろうなあ、とも思う。多分、「やれ、理研が悪い」とか、「やっぱりSTAP細胞はないぞ」とか、「笹井さんは逃げた」とか、メディアはいろいろと騒ぐかもしれない。でも、ボクとしては、誰が悪いとか、STAP細胞があるないとか関係なく、いろんなことが起こりすぎて、対応に追われて、仕事も山積みで、いつ解放されるか見通しが立たなくて、そりゃあ、ものすごいストレスだっただろうなあ、と想像できるし、それだけストレスが積もり積もれば、死にたくもなるかなあ、と思わないでもない。人間、正しい正しくないではなくって、解決しなきゃいけない問題が山積みになると、もう、それが片付くまではストレスになると思うんだよね。そうなったら、そりゃー、苦しくなる。うーん。そうか。結局のところ、そういうメンタルまでケアできなかった理研が悪い、ということになるのか。そうかもしれない。これで小保方さんが一人で背負い込むことになる。その辺のケアも考えなきゃいけないだろうなあ。うーん。悲しいニュースだ。まだまだ若いのになあ。家族もいただろうに。
2014年8月6日 「そりゃあ、フィリピン時間だから!」
朝、9時にBalulang地区で待ち合わせ。昨日の測定の続きをする予定だったのに、時間になっても現地スタッフは現れない。現場のスタッフに「そりゃあ、フィリピン時間だから!」と笑われた。仕方ないなあ、もう。15分遅れでセッティング開始。昨日よりは手際もよくなって、30分くらいでセッティングが完了、測定に入る。ボクたちはそれを見届けて、Kauswagan事務所へ移動した。
Kauswagan事務所では、配管や溶接のスタッフがいたのでヒアリング。たまたま異形管の製作を見ることができた。筒状の金属を切って、溶接して曲がり管と片落ち管を製作していた。規格サイズの工場製品と違って、曲がりの角度も自由だし、前後の直管部の長さも自由自在なので、現場に合わせて好きに作れるのだとか。そういう意味じゃ、規格サイズの工場製品と一長一短。必ずしもどちらがいいとは言えないなあ、と思う。
夜はGerry’s Grillにてディナー・ミーティング。隊長のNさんは無謀にもマルガリータを頼む。でも、出てきたのはどうもブルー・マルガリータっぽいぞ。ブルー・キュラソーが入っている。しかもちゃんと混ざっていなくって、温い。初心者の頃の自分のカクテルを思い出す味だ。
あ、そうそう。ホテルの洗濯が異様に安い。3着頼んで49.5PHPだったので格安だ。そこら辺のランドリィと対して変わらない。ホテルとしてマージンをとっていないのかもしれない。ものすごく良心的な価格設定だ。
2014年8月5日 「Soft Opening」という選択
今日は早速、朝からMacasandig地区にて調査開始。その後、カガヤン・デ・オロ川を渡って、Balulang地区に移動して調査だ。既存の計測器の精度がどんなもんかを、日本から持っていった機材で調べる、という寸法だ。慣れないせいか、なかなか簡単に測定できない。今日はやっとの思いで3か所測定できた。でも、段々、彼らも慣れてきたみたいだ。明日は調子よくぽんぽんと測定できればいいなあ。
* * *
夜はAleというお店でディナー・ミーティング。入り口のところに「Soft Opening」と書いてあった。ケンさん曰く、《試しオープン》というニュアンスの意味だそうだ。まだまだ正式なオープンの前だから、不慣れな点や不備があったら許してね、ということらしい。海外では、こういう開店もよくあるのだという。辞書で調べてみると、「部分開業」とか「一部開業」みたいな訳語が引っ掛かる。対する言葉が「Grand Opening」で、「全面開業」。そう言えばマカティのホテルもテレビの回線が引かれていないのに営業を開始していた。こういう「Soft Opening」みたいなやり方も、案外、ありなのかもしれない。こういう「Soft Opening」で不具合を発見して、修正して「Grand Opening」に持っていく。日本じゃ、あんまり聞かない用語なので、勉強になった。
2014年8月4日 ビサヤ語のディスカッションが始まりました!?
本日はキック・オフ・ミーティング。今回のプロジェクトの概要を現地スタッフに伝える。現地スタッフからも報告があったが、我々が日本に戻っている間に、着々と新しいメンバが増えて、ようやく念願の2チーム編成になったらしい。スタッフの研修、インセンティヴ・メカニズム、業務のアウトソーシング……。考えることはたくさんある。
Macasandig地区の事務所で前回持っていった機材を確認する。敢えて現地スタッフのNikz氏に使い方を説明させる。これってひとつのうまいやり方だ。ボクが使い方を英語で説明するのは大変だけど、彼らが彼らに説明をするのだから、ボクとしては楽チン。それでいて研修になっている。「ビサヤ語でいいですか?」とNikz氏。「いいよ」と答えたら、彼ら、ビサヤ語でディスカッションを始めた。もちろん、ボクはビサヤ語なんか分からない。でも、議論は白熱しているし、みんな頷いているから、きっと理解できたのだろう。
夜は議長と総裁からもてなされる。フィリピン料理のレストランCagay-Anonで晩餐。ケンさんと議長が頻りにパロ(アヒルの有精卵)を勧めてくる。もしかしたら、今回の現地業務で挑戦することになるかもしれない。それはそれで……いい経験?
2014年8月3日 テロルの現場に立ってみる。
Limketkaiセンタにて両替屋さんを発見。0.4200。マニラよりも若干、レートがいい。Limketkaiセンタは中国資本で作られたショッピング・センタ。でも、2013年7月にイスラームの過激派による爆弾テロルが発生して、今でもその爪痕が残っている。
2013年7月に起きた爆弾テロルの場所を訪れてみる。いまいちLimketkaiが盛り上がらないのは、このテロルを引きずっているからなのだろうなあ、と思う。開発が途中で頓挫している感じ。あっちこっち工事中のまんまだし、テナントの空きも多い。人はたくさん来ているのに、前回来たときから工事が進む気配もないし、テナントが埋まる気配もない。

爆弾テロルの現場
夜はレストランSIAMへ。隊長のNさんは昼間、散歩がてら、下見に来たらしく、ワインがあることをすでにチェックしていた。「SIAMにはワインがあるよ!」と嬉しそうだ。でも、今回はワインではなく、アブソリュート・ウォッカを注文。ロックで飲む。ウォッカと言えば、ボクはカクテルにしてしまうけれど、こうやってロックで飲むという飲み方もあるのだなあ。ボトル・キープも出来るらしいけれど、4人であっという間に1本、空けてしまった。アルコホル漬けの生活である。
2014年8月2日 Pearlmont Hotelもいい感じ!!
本日は移動日。カガヤン・デ・オロへ向かう。それにしても、マニラの国内線の発着フロアのレストランはイマイチだ。前回の日本食レストランの丼ぶりも、汁でびしょびしょで酷かったけど、今回のイタリアンもレンジでチンのクオリティ。基本的に、空港ってその国の窓口だ、と思う。マニラなんて、フィリピン各地へ移動するトランジット空港なのだから、外国人観光客にとってのフィリピンの印象を決めてしまう。国策として、もうちょっとちゃんとしたレストランを入れた方がいいだろうな、と思う。第一印象って、大事。
今回は何故だかエクセス・チャージは要求されなかった。前回は10kgまで許容されているチケットだったはずなのに、空港の窓口で0kgと認定されてしまって、散々な思いをした。だから、今回はみんなで荷物を軽くして臨んだのになあ。拍子抜け。窓口でいろいろ訊いてみたけれど、我々は全員で148kgの許容値を持っていると説明される。148kgって何の数字だろうか。「ポンドじゃないの?」って訊いてみたけれど「kgだ」と説明される。うーん。この辺、担当者の匙加減みたいで嫌だなあ。でも、あんまりしつこく訊いていると0kg認定されてしまうのも嫌なので、ほどほどで切り上げる。
カガヤン・デ・オロの空港でドライバのDodjeさんと久々の対面。懐かしい。ようやく現地業務が始まったなあという感じ。
カガヤン・デ・オロの拠点になるPearlmont Hotelは重厚感ある調度品に囲まれて、なかなか素敵な雰囲気。アンティークだ。こういうホテルのチョイスってロジ担当に任されているので、いつだって不安に駆られる。前回はシャワーのお湯が出ないというトラブルがあって、現地に来てみないと分からないことってたくさんある。今回はマカティのFersal Hotelもよかったし、Pearlmont Hotelもいい感じだし、どちらもいいホテルだったのでよかった、よかった。

2014年8月1日 初日からドライバが来ないアクシデントにハラハラ!?
マカティ通りのFersal Hotelは案外いい感じのホテルだ。意匠がみょうちきりんなところはあるけれど、でも、きれい。朝食のときにスタッフに訊いてみたら、どうも7月半ばに出来たばっかりなのだという。Wi-Fiもブイブイ使えるし、何よりもリーズナブルだ。

出来立てほやほやなので、まだテレビが開通していないらしい。こういうところがフィリピン・クオリティだ。普通、テレビを開通させてから開業するだろう、と思うのは、ボクが日本人だからだろうか。まあ、基本的にはボクはテレビを観ない(日本でもほとんど観ない)から関係ないんだけど、他のメンバは退屈だったかもしれない。まあ、次回以降はさすがに開通しているだろうから、今後、活用できそうなホテルだな、という印象。
こういうホテルの選定って、現地ロジのボクに任されているので、内心、到着するまではドキドキする。旅行の幹事もそうかもしれないけれど、口コミを参考にしながら、そりゃー、慎重に選ぶわけだ。でも、今回、ボクは冒険をした。出来立てのホテルなので、口コミが1件しかなかったのだ。それを信じてみたわけ。マニラ首都圏に宿泊するなら、今後、このホテルも候補に挙げていいな、と思った。
本日は朝から打ち合わせ。でも、朝、頼んでおいたドライバに連絡を取ったら、急遽、ドライバを変更したいと申し入れがあった。そして、代わりのドライバはもうホテルのロビィに着いている、と伝えられる。ロビィに降りてみるも、ドライバは来ていない。ああ、これはきっとネプチューン通りのFersal Hotelと勘違いしているのだ、と直感的にボクは思う。それから、急ぎ、新しいドライバの連絡先を訊いて、電話をかけてみる。相手はいろいろと何か喋っているが、電話越しだと全ッ然、分からないボクだ。だから、もう、こちらの意向を一方的に伝えるのみ。完全なる一方通行だ。まず、彼がネプチューン通りにいることを確認する。それから我々がマカティ通りにいることを伝達する。そして至急、こちらに来てもらうように指示。拙い英語で必死になって喋っているボク。朝から冷や汗ものである。
その甲斐合って、打合せには時間通りに到着。メインの説明はケンさん。流暢な英語で説明する。でも、ちょいちょいこちらに振ってくる。アドリヴで英語を話さなきゃいけないので、四苦八苦だ。そんなフィリピン生活の最初の日。
2014年7月31日 十字を切る。
本日から再びフィリピンへ。今回の出張は21日間だ。さあ、頑張ろう。
それにしても、今回は、全ッ然、準備ができなかったなあ。もう、行き当たりばったり。不測の事態は現地調達で乗り切るしかないや。
成田空港で現地スタッフへのお土産探し。結構、空港をうろうろしてしまった。東京駅みたいなものをイメージしていて、意外と何でも売っているような気がしていたが、これぞ日本だ、というような決め手になるような有名なお土産はあんまり置いていない。こんな感じだったら、上大岡や横浜なんかで事前に購入しておいた方がいいお土産が安く買えそうだな、という印象。唯一、宇治抹茶味のキットカットが売っていて、これなんかは現地でウケるかもしれない。そのくらいかなあ。
早速、空港にて4人で乾杯。ああ、遂にアルコホル漬けの生活が始まるな、と覚悟する。
女性のフライト・アテンダントさん(多分、フィリピンの人)が、離陸の直前、飛行機が滑走路で加速を始めたときに、胸元で十字を切って何事かつぶやいた。ああ、信仰心ってこういうものなのだなあ。フィリピンには熱心なクリスチャンが多い。
さあ、ボクも神さまに旅の安全を祈ろう。中学生のときに発明したボクだけの神さまだ(にやり)。信者数一人の密やかな信仰。うぇっへっへ。
あ、そうそう。マニラ発の便、ビジネス・クラスはうちの隊長だけだった。彼だけのためにスタッフが2人ついている。破格の扱いである。
2014年7月30日 メディアって何だろう?
佐世保の殺人事件の報道を見ていて考えることがある。今、インターネットは恐ろしいもので、ボクたちは、加害者の女の子の名前や学校名、父親の職業、実家の場所などの情報に簡単にアクセスできてしまう。彼女が表彰されたという眼光鋭い自画像も見れるし、スポーツの大会の写真も見ることができる。父親とのツー・ショット写真も掲載されている。このように、情報は巷に溢れている。それでも、マス・メディアでは、加害者の名前も学校名も出さない。父親の職業も報じない。そこにものすごいギャップが生じている。何がいいとか、何が悪いではなくって、報道される情報の方が、情報が制限されているため、情報量が少なくなっていて、巷に溢れていて、ボクたちがアクセスできる情報量の方が圧倒的に多い、という不可思議な現象が起こっている。こうなってしまうと、報道って何だろか、と思ってしまう。
もちろん、巷に溢れる情報は玉石混交だし、嘘も混じっているだろうから、報道は、情報を精査して正確なものにブラッシュ・アップしている、という捉え方は出来るかもしれない。警察の発表や専門家の見解みたいなところに重きを置けば、巷にはないコンテンツを形作ることも出来るだろう。それでも、何にも制限されない巷に溢れている情報の方が、圧倒的に早く、たくさんの情報を伝えてしまう。このギャップを、どう考えればいいのだろうか。
もしかしたら、報道側にもジレンマがあるのかもしれない。加害者の女の子の版画が県知事賞を獲ったとか、国会で活躍したとか、父親は地域の名士だとか、一見、伏せながらも伏せられていないような情報を発信し始めた。この辺は、もう、名前こそ出していないものの、組み合わせれば、個人を特定できてしまうレベルではないか、と思ってしまう。
誰もが情報を発信できる社会だけど、ボクたちはどうやって向き合っていけばいいのかなあ。難しいなあ。
2014年7月28日 ダロワイヨ嬢、逝去
朝、早起きのちぃ子に起こされる。デグーのダロワイヨ嬢が亡くなったらしい。昨日の夜中もバタバタともがき苦しんでいたけど、ようやく解放されたらしい。6時にごそごそと起き出したボクは、お墓作りだ。庭に30センチくらいの穴を掘って、彼女を埋葬した。土を掛けた瞬間に、ものすごく悲しくなって涙が溢れた。
こんな家に引き取られて、彼女、可哀想な人生だったかもしれない。もっと動物が大好きで大好きでたまらない、という家もあっただろうに。でも、まあ、長生きした方だ、と思う。大往生だ。
2014年7月27日 看取る
長期で海外に出張するので、デグーのダロワイヨ嬢を実家に預けようと思って小型ケージに入れて運び出す。でも、市営地下鉄に揺られる途中で、彼女、急に具合が悪くなる。身体がビクン、ビクン、と痙攣して変な格好で硬直したり、バタバタバタ、と方向感覚を失いながら走り回って、ケージに衝突したりする。そして、バタン、と倒れ込んで、また変なポーズで硬直する。昨日、ケージの掃除をしたときには元気だったのに、突然の容態の変化にビックリするボクだ。でも、彼女が我が家に来て、かれこれ5年経つ。非常に高齢で、もう、充分にお婆ちゃん。だから、もうダメかもしれない。
そんなこんなで、結局、実家に連れて行ってみたものの、彼女を預けずに、また家まで持って戻ってくる。ボクが不在のときに死んでしまったら、きっと、母親も途方にくれてしまうだろう。ちゃんと、ボクが看取ってあげるべきだ。
2014年7月26日 ジンジャ・エール!!
ちぃ子が自家製のジンジャ・エールを作る。しょうがとハチミツ、レモンを混ぜたジュースを無糖の炭酸で割って作るらしい。そりゃあ、ジンジャ・エールだって飲み物なのだから、自家製でも作れるのかもしれないけれど、何となく、工場製品のような気がしていたのでビックリした。
しょうがを投入することで、辛いジンジャ・エールが出来上がる。ハチミツの量を調整することで、味を調整できる、というのが、自家製の特権である。自分好みのジンジャ・エールになるのだ。カナダ・ドライみたいにユルい感じにするか、ウィルキンソンみたいにシャープな味にするのか。非常に面白い。
* * *
そんなこんなで、炭酸飲料の歴史が気になったので、調べてみる。どうやら、クレオパトラが飲んだのが、記録上は最古らしい。赤ワインに真珠を溶かして飲んだのだとか。炭酸ガスが発生して、シャンパンみたいになったと考えられている。とは言え、実際には炭酸ガスを含んだ水は、天然で湧き出ているので、こういうのがいつから飲まれていたかは、よく分からない、というのが実情らしい。人工的な炭酸飲料の開始になると、18世紀になる。ジョゼフ・プリーストリーという人が炭酸水の作り方を発見したようだ。この人は酸素をはじめとしたいろいろな気体を発見した人らしい。19世紀にはハンガリーで炭酸水工場が製造され、炭酸水の大量生産が始まっていく。
横浜市では、災害に備えて、1人3L3日分の9Lの水の備蓄を呼びかけている。でも、ボクは無糖の炭酸でもいいじゃないか、と思っている。無糖の炭酸なら、カクテルをつくるときやジュースを飲むときなどに、いろいろと活用の幅がある。ただの水だったら水道水で充分だ。どうせ備蓄するなら炭酸水を……。
2014年7月25日 スケジュール感というジャーゴン!?
我が社には独特のジャーゴンが多くって、困る。本日も「デマケを図る」などと言われて、ボクとしてはちんぷんかんぷんだ(笑)。
……とか書いたら、ジャーゴンだって分からねーよ、と一部から突っ込みが入るかもしれない。ジャーゴンは、内輪だけで通じる隠語のこと。警察が「ホトケ(死体)」とか「ワッパ(手錠)」とか「ハジキ(拳銃)」とか言っているような感じ。どうやら、「デマケ」というのは霞ヶ関ジャーゴンらしい。デマケーションの略らしく、直訳すると《境界》とか《区分》のことだそうで、そこから転じて、「デマケを図る」というのは、要するに、ある領域についてはすでに誰かが担当しているから、その領域の外での仕事を考える、ということみたい。縄張り争いから外れたところで勝負しようね、ということを言いたいのだとか。うーん、難しい。
そんなわけで、ジャーゴンについて調べていたら、「スケジュール感」というのも、ジャーゴンの一種だ、ということを知る。へぇ。知らなかった。ボクなんか普通に使っていた。いろいろと考察されていて、そもそも「スケジュールを教えて!」というのと「スケジュール感を教えて!」というので、どう違うか、というのが、ネット上のあっちこっちで議論されていた。
多分、「スケジュール」はかっちりとしたイメージなのだ、と思う。だから、「スケジュールを教えて!」と言われた側は、不確定なスケジュールは答えられないので、明言を避けて「決まり次第お伝えしまう」と答えることになってしまうかもしれないし、訊く側も、万が一、「○○日までです!」と答えられてしまうと、何だかその期限までにやらなきゃいけないような気分になる。一方の「スケジュール感」だと「感覚」の世界なので、個人的な見解にまでブレーク・ダウンする。だから、「スケジュール感を教えて!」と言われた側は、明確にスケジュールを固めている必要がなくって、「大体○○日くらいまでにやってもらうイメージです!」というような回答になって、ざっくりとした目安の締め切りを答えられる。一方の「教えて!」と言う側も、「本音ではこのくらいまででいいですか? 頑張ります」的な展開に持っていける。「スケジュール感」という言葉は、そういう両方のせめぎ合いで、何となく生まれた言葉なのだろう。
なるほどなあ。何も考えずに使っていた。言葉ってのは、便利なように進化(退化?)していくのだ。
2014年7月24日 ヘラクライストよりはスーパーデビル!?
ロッテがロッテリアとコラボして、ビックリマン・シェーキをつくったらしい。あのビックリマンのウエハースが砕かれてシェーキの上に載っている。まあ、おいしそうと言えばおいしそうだけど、バラバラで食べた方がおいしそうな気もする。シールもちゃんとついてくるらしい。全部で5種類だそうだ。
でも、このコラボのために、ロッテが新しいシールをデザインしない、という点が、ボクにはどうしても納得できないのだ。どうせなら、ビックリマン・シェーキのために新しい絵柄をデザインすればいい。それなのに、昔の絵柄の再利用だ。まあ、確かに、ね。ボクたちの世代からすると、スーパーゼウスとかヘッドロココ、ヘラクライスト、サタンマリアって懐かしい。だから、思わず買いたくなる、という購買意欲を期待しているのだろう。でも、こういう横着はどうだろか。せめて、ひとつだけは今回のために新たなキャラクタを創作するくらいの気概があってもよかったよね。
もっと言えば、ブラックゼウスよりも始祖ジュラの方がいいとか、サンタマリアはオリジナルの方がいいとか、ヘラクライストよりはスーパーデビルやシャーマンカーンだろうとか、ごにょごにょごにょ……。
2014年7月23日 日本語を英語に!!
ただいま絶賛、英語の翻訳作業中。日本語って、ホント、主語がないから難しいなあ。ボクの文章じゃないと尚更だ。ふわふわと曖昧な文法の日本語を、厳密な文法の英語にするのって、非常に骨が折れる。大変だ。
今回は大部分を翻訳業者さんにお願いした。彼らは、よくこんな日本語を英語にしたなあ、と思う。「この文章の主語は何だろか」と考え込んでしまうことしばしばだ。考え込んで、考え込んで、結局、文章を見直す。そんな作業の繰り返し。最近のボクは、基本的には短文が好きだ。だから、だらだらと書いて、途中で主語がのらりくらり、と変わるような文章は書かない。同僚たちの書く文章の難解なこと、難解なこと。昔のボクも、こういう曖昧だらだら文章をたくさん書いていただろうな、と思う。反省だ。
そんなこんなで、この4月に入社してから、多分、初めての21時超えの残業。わはははー。
2014年7月21日 もう少しだけ厳密さのないポップな文章に!!
本日は海の日でお休み。だから、久々に「ファンタジィ事典」をいじくる。当初はシンプルさを追求していて、敢えて「ファンタジィ事典」に「mini」を付した。本当は、もっと、ずぅっとシンプルでよかったのに、最近、複雑な文章になっている。複雑、というのは、あれもこれも、と欲張りに情報を詰め込んでいる、ということ。取捨選択をする時間もなくて、載っけている。もう一度、初心に帰る必要がある。そんなこんなで試行錯誤なう。
多分、もう少しだけ厳密さのないポップな文章にすべきなのだ。その上で、厳密さを後から補足する。そういう構造にしてやれば、もう少しだけシンプルになるな、という予感がしている。その辺のルール化をして、もう一度、出直しを図ろう。



