鍾馗(ジョンクイ/しょうき)
| 分 類 | 中国伝承、日本伝承 |
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鍾馗(钟馗)〔zhōngkuí〕(ヂォンクゥイ)【中国語】 鍾馗(しょうき)【日本語】 | |
| 容 姿 | 髪と鬚が逆立ち、恐ろしい形相の大男。 |
| 特 徴 | 悪鬼を喰らい、疫病を退散させる。 |
| 出 典 | 沈括『夢渓筆談・補筆談』(11世紀)ほか |
疫病を追い払う中国の神!?
鍾馗(ジョンクイ/しょうき)は中国伝承の神で、恐ろしい形相で、両目は吊り上がり、怒りで髪は逆立ち、鬚もギザギザと鋭く尖っている。剣を振り上げ、悪鬼を喰らう。悪??霊退散の神として、魔除けとして描かれた。
唐の第9代皇帝・玄宗の時代、宮中で鍾馗の神像を描いて臣下に賜っており、唐の終わり頃になると鍾馗の神像を門に掛ける習慣があったという。北宋の時代には鍾馗の絵が売られており、南宋の時代には庶民の間にも広まり、人々は年末になると魔除けとして鍾馗の絵を門に掛け、新年の年賀に鍾馗の絵を描いたと記録されている。鍾馗は髪の毛や鬚が逆立ち、目が吊り上がり、憤怒の形相をした姿で描かれた。
鍾馗が登場する古い文献のひとつに沈括の『夢渓筆談・補筆談』(11世紀)がある。それによれば、玄宗皇帝が瘧(マラリア)に罹って1か月経っても快方に向かわなかったとき、ある晩に玄宗皇帝は不思議な夢を見たという。1匹の小鬼が皇帝の玉笛と楊貴妃の刺繍袋を盗んで宮殿の中を駆け回っていた。そこに大きな鬼が現れて、小さな鬼を捕らえると、目玉をくり抜いて、その身体を引き裂いて食べてしまった。皇帝が「お前は何者だ」と問うと、大きな鬼は「私は鍾馗だ」と名乗り、皇帝のために妖魔をとり除くと答えたという。皇帝が目を覚ますと、すっかり病が治っていた。皇帝は画家の呉道子を呼び寄せて夢の中の出来事を説明し、鍾馗の姿を描かせた。すると、不思議なことに、夢の中に現れた鍾馗と瓜二つの姿が描かれたので、皇帝は驚き、この絵を臣下に配って、魔除けにするように命じたという。
この鍾馗の伝承は、その後も高承『事物紀原』(11世紀頃)や陳耀文の『天中記』巻四「唐逸史」(1595年)などで繰り返し描かれる。鍾馗は武官になるために武挙を受け、主席で合格したが、容貌が醜かったために玄宗皇帝に任用してもらえなかった。そのため、石段に頭を打ちつけて自害したが、後に玄宗皇帝がこれを悔いて、鍾馗に緑袍を与えて篤く弔った。そのため、玄宗皇帝を救いに来たという物語になっている。
日本にも鍾馗伝承は伝わり、古くは平安時代の『辟邪絵(益田家本地獄草紙乙巻)』(12世紀)にも描かれた。室町時代以降もたくさんの絵が描かれた。江戸時代以降、五月人形として鍾馗が飾られることもある。江戸時代に天然痘が流行した際には、無事に回復することを記念した疱瘡絵の題材として鍾馗が用いられた。コロナ禍に再び脚光を浴びた。
《参考文献》
Last update: 2025/04/13
