2015年3月5日 自分の書きたいことと誰かが読みたいこと

日々の雑記は、ボクが書きたいことを書いている。でも、誰かが読みたいことを書く、という意識もあった方がいい。そんなことを漠然と考えている。だから、新年度(4月)からはそういう雑記にしてみよう、と心に決めて、3月からゆるゆると試運転を始めようと思う。

  

2015年3月5日 情報の価値、古本の価格!?

本日はBOOKOFFに行った。宣言どおり、新書を10冊選んで購入した。でも、意外と100円のコーナ(正確には108円だが!)には面白い新書が置いていなかったので、結局、大半は半額コーナでの購入になった。結構な出費だ。

驚いたのは、半額コーナの本には、ひとつひとつに本のタイトルや作者名、ジャンルなどが書かれたバーコードのラベルが貼ってあったこと。昔はBOOK-OFFのロゴが入った小さな値札だったのに、今はラベル・シールになっている。

ラベル

ボクはBOOKOFFの本の価格は、必ずしも内容では判断されないと思っていた。少なくともボクが大学時代にバイトしていたときには、本の綺麗さとか新しさだけが価格を決定する要素だった。だから、背表紙の焼け具合と汚れ具合で価格を決めていた。今はそうではないらしい。ボクが読みたいと思う本、売れそうな本が、ちゃんと高額で取り引きされている。個々のラベルがあるということは、ちゃんと市場調査をした上で値段がついている、ということなのだろう。買う側のボクとしてはお財布の中身を圧迫する苦しい状況。だけど、本の価値が本の中身によって評価されているという点では、素敵なことだ、と思う。情報にはそれ相応の価値がある。それを、買い手はちゃんと理解しなければならない、とボクは思っている。だから、まあ、いい傾向だな、と考えることにする。

実はBOOKOFFでは、CDに関しては随分昔から、市場調査を元にした価格表のあんちょこがあった。「このAlbumはいくらです」という決めがちゃんとあって、冊子になってまとまっていた。これがオリコンのランキングよりも明確に価格に反映されていて、市場の価値がよく理解出来た。あっという間に値下がりするアーティストもいれば、ずぅっと価格が変わらないアーティストもいたし、段々と価格が高騰するアーティストもいて、ボクは結構、興味深く、そのあんちょこを眺めていたものだ。本も、徐々にそういう方向に動いているのだなあ、と思って、今日は新鮮だった。

  

2015年3月3日 私的制裁は許されるのか!?

川崎中1殺人の犯人が捕まった。ネット上に出回っていた写真と名前は、主犯格は正しかったようだ。でも、ほかの2人は犯人ではなかったらしい。今回の事件とは、まるで無関係の人たちだったわけだ。発信していた人はもとより、拡散していた人たちも、どうやって落とし前をつけるのか。マスコミだったら、自らの発信内容の責任を取るだろうけれど、不特定多数の彼らは、ちゃんと責任を取ることができるのか。

そもそも、ものすごい量の情報が飛び交っていたわけで、違法だとしても、本当に発信源を特定できるのか、ボクは懐疑的。でも、別に発信源を特定する必要もないのかもしれない。片っ端から引っ捕らえれば、それだけでも十分、たくさんの人が加害者になりそうな気がする。ネット・リテラシのためには、一度、そんな乱暴な手段を講じてもいいかもしれないぞ、とボクは思う。何しろ、犯罪者に社会的な制裁が必要だ、と主張している人たちなのだから、自らも社会的な制裁を受ける覚悟が必要だ。

でも、ボクの言いたいことは別の話。主犯格の犯人の写真を、ネットに出回っているものと同じものをテレビ局がモザイクを掛けて使っちゃうところに、ボクはある種の無神経さを感じる。ネットに出回っている写真にモザイクを掛けて、これが犯人だ、と宣言すると、つまり、ネットに出回っている写真が正解ですよ、と宣言しているのと同じだ。これって、つまり、不当に顔写真が出回っている事態に加担していることにならないか、とボクは疑問に思うわけだ。少年法に守られている少年に対する、せめてものテレビ局の反抗なのだ、と捉えるべきなのだろうか。その場合は、まさに確信犯だ。

最近、つとにネット・リテラシの難しさを感じる。少年法の改正よりもまず、現状のこの無法地帯を何とかする方が先だし、簡単だ、とも思う。

  

2015年3月2日 いつだって、ボクの目の前には「新人の事務屋さん」!?

PowerPointを使っての講義。今回は相手が日本人なので日本語だ。しかも若手を中心にした身内を相手にしているので、多少、気が楽だし、フランクな感じのプレゼンにする。でも、結構、準備に時間をかけた方だ、と思う。「プレゼンテーションは相手へのプレゼント」という先輩ケン氏の言葉を、いつも頭の片隅に置きながら作っている。

結構、自分が伝えたいこと、興味を持ったことを載せてしまう。でも、相手が聞きたいこと、欲していることを載せなきゃ、プレゼントにはならない。だから、多分、聴き手を想定して作った方がいいのだ。ボクなんかは技術屋さんなので、技術論に偏りがちだ。でも、いつだって、新人の事務屋さんを聴き手として想定して資料を作っている。例えば、いつも作っているプロジェクトの報告書は、事務屋さんのある女性を読者と勝手に想定して、彼女が読んで楽しめる報告書にしている。今回も、大昔に会った新人の事務屋さん(今はきっと成長していると思うけれど)を想定して、資料を作成してみた。

その甲斐あってか、メティ嬢に「スライドの分かりやすさが半端なかったっすよ」と、好評をいただいた。今回、初めてお会いした新人の事務屋さんに感想を聴いたら、「非常に分かりやすかった」とのコメントももらえたので、少なくとも、制作意図は概ね成功した、と思っている。スライドの凝りに凝ったデザインも、各方面からお褒めの言葉をいただいたので、ボクとしては満足の出来である。

ボクは人前で話すのが苦手だった。や、話すのは嫌いじゃなかったし、それなりに分かりやすく話せるんだけど、面白く話すのが得意ではなく、そこにコンプレックスがあった。堂々と、悠々と、そして時には冗談を交えながら喋る。そういうのに憧れていた。今回、その辺もひとつのテーマ設定にしながらチャレンジしてみた。この辺は、どうだろうね。イメトレをすると失敗する、と心理学者の植木先生が言っていたので、その辺はスライドと台本に仕掛けだけ準備して、ぶっつけ本番でやってみた。これがどう評価されたのかは、まだ、よく分からない。でも、大きく失敗した、という感じはなかったかなあ。

何事も場慣れが大切である。カガヤン・デ・オロやマニラでは、英語でプレゼンをした。こちらは言語的には大きなビハインドがあって、必死だし、まさに暗中模索。それに比べれば、日本語でやるので、余裕がある。その辺も有利に働いただろう、と想像する。

  

2015年2月23日 何でも屋さん、頑張り屋さん、仕切り屋さん!?

司会進行はボクの役目ではないんだけど、いつの間にか、会社でそういう雰囲気になっている。そもそも、ボクは議論の焦点がブレたり、進行がダレることに我慢できなく性質らしい。だから、ついつい「今、ズレていますよ?」とか「今、ダレてますよ?」というシグナルを発信してしまう。そのうち、じゃあ、司会進行は任せるよ的なポジションに置かれてしまう。

最近気がついたのは、意外と、みんな、まとめに入るのが苦手らしい。「こうしたらいいのでは?」という疑問形で投げかけることはするけれど、「じゃ、こうしましょう!」とは言わない。だから、ずぅっと疑問形のまんま、「で、どうするの?」みたいな感じで議論が発散して、いつの間にか雑談になっちゃったりする。その間、ずうっと「何となく、みんな、それでアグリーだよね!」みたいなふわっとした探り合いがあったり、「何となく方針も出たみたいだ」という安心感に包まれたりする。だけど、ボクはどうしても、「では、こういう結論でいいですね? それで行きますよ!」と確認したくなる。だから、まとめてしまう。そういうのもいけないらしい。じゃあ、任せるよ、と雰囲気になる。

何となく方向性が決まって、で、結局、誰がどうするの? というのが謎のパターンもあって、決めないうちに会議が終わりそうになったりもする。その辺も、ついつい突っ込みたくなって、締めようとする流れを制止してしまう。

別に仕切り屋になりたいわけじゃない。大体、会社の中じゃ、ボクが一番のペーペーなのであって、本来、仕切るような立場にはいない。でも、最近、気がつくと、そういうポジションに居座っていて、とても気持ちが悪い。

思えば、常にそういう発想で物事を考えてしまうから、ボクは毎日、ストレスが溜まるのだなあ。意外と、待つことが出来ないのだ。曖昧さを受け止められない。無意味な脱線も、雑談タイムも、許容できない。だから、イライラして、結果、お腹がしくしくと痛くなる。

気楽なハッピィ・ライフが理想のボク。こういう性格に、ちょっとした改善の余地がありそうだな、と思うが、いかがか?

  

2015年2月23日 建設的ディスカッション!?

離乳食を頑として食べない息子に対して、必死に「楽しい食事」を演出する母。最近の我が家の日常である。ちぃ子が、ツクル君にあの手この手でいろいろなものを提供している。

でも、ボクは「食べたくないならお腹が空くまで放っておけばいいじゃん!」と思ってしまう。選り好みして、望んだものだけを食べるのをよしとはしたくないし、大人の食事を所望されて、試しに食べさせて、おいしくない、と思わせるのも不愉快だし、使えもしないフォークや箸を求めに応じて手渡して、その後、結局、それを使って食べられなくて泣き出すという件もナンセンスだと思う。目の前に与えられた食事が全てで、それを食べないなら、また後で、というスタイルでいいのではないか、と思ったりする。

お腹が空いて、それでも選り好みするほど強情だったら、それはそれで立派だな、と思う。でも、多分、お腹が空いたら、与えられたものを食べるだろうな、と想像する。その辺のコントロールも、多分、習慣ではないかなあ、とも思っている。

そんなことで、ちょっとした喧嘩をする。でも、これは、建設的ディスカッションである、と思う。

  

2015年2月21日 オンライン無料翻訳サービスの正しい使い方

オンライン上の無料翻訳サービスで情報漏洩、という記事がウェブサイト上のニュースに載っていた。普段、あんまり意識することはないけれど、オンライン翻訳は、確かに情報のアップロードには違いないわけで、場合よっては、それが情報漏洩に繋がる危険がある。

何が機密情報に当たるのかは考え物だ。開発中の新製品の英語資料を作っていたら、多分、ダメージは大きい。でも、海外の国の人宛てのメールの文章くらいだったら、そんなに大きな影響はないかもしれない。

いずれにしても、オンライン上の無料翻訳サービスの利用は、文章のアップロードである、という認識を持つことが大事かもしれない。ボクは今までその辺を意識的には考えていなかったので、反省である。

ボクの場合、google翻訳をよく使う。でも、正直、あんまり有効だとは思っていなくって、動詞の使い方を確認するためくらいにしか使わない。長い主語はいつだって「彼」か「それ」に省略してしまうし、目的語や補語なんかも「それ」で代用してしまう。要するに、文法と単語だけが知りたいのであって、こういう表現をするのかな、という確認である。ヘタに修飾語とか固有名詞、専門用語を入れて翻訳すると、しっちゃかめっちゃになる。形容詞を調べたいとき以外、形容詞もない方がいい。そういう使い方であれば、情報漏洩のダメージは皆無である。

まあ、そもそも最終的に言語を扱うのは人間さまのお仕事である。そのまんま、全文、コピペして翻訳にかけちゃえる人間は、きっと、お仕事が出来ない人だ、と思う。

  

2015年2月20日 芥川賞って面白いのだろうか!?

ブックオフで文庫本を10冊、買う。いつだって、ボクは10冊単位で購入してしまう。CDも10枚単位だ。いい出会いを期待して、取り敢えず10冊になるまで探す。

最近、海外に行くことが多い。ナイジェリアなんて、シャルル・ド・ゴール空港経由で行く。NRTからCDGまででも12時間半のフライトだ。フライトの間、読書する時間は十分にある。それに海外では自宅の環境を持っていけないので、必然的に出来ることが制限される。そういう意味じゃ、読書はひとつの解答だ、と思っている。日本にいたらなかなか読書に時間を取れないけれど、海外のホテルだったら、読書してもいい。アンテナの感度をビンビンに鍛えられる。

そんなこんなで、直木賞とか芥川賞、それから本屋大賞なんかに選ばれながら、ボクの琴線に今まであんまり触れてこなかったような作品を中心に10冊をチョイス。気に入る作家さん、気にいる作品に出会えるといいなあ。

まだナイジェリアに行くまでには時間があるので、次回は新書を10冊選んで、普段、あんまり勉強しないジャンルの本を読んでみるのもいいかな、と構想している。

  

2015年2月19日 客観的に考えること

フィリピンに行って疲れてしまったようで、休暇をとって爆睡モード。月曜日もお休みしているので、かなりのダメージだ。根を詰めすぎたのもあるだろうし、寒暖の差が原因かもしれない。5時起きが続いたのも影響しているだろうか。うーん。

* * *

ツクル君と一緒に、本屋さんに行く。児童書コーナでいろいろとツクル君に本を読んで反応を見る。ボクが思っていたよりも難しい本の方が面白がる傾向にある。意外と図鑑を面白がるし、絵が複雑なものを好む。もしかしたら、ボクは必要以上に子供向けの本を買い与えていたかもしれない。こうやって、ツクル君本人に、本屋さんで直接、本を選んでもらうというのが、一番、有効かもしれない。

* * *

久々に川本真琴の3rd Album「音楽の世界へようこそ」を聴く。買ったときには、大昔の川本真琴のイメージを抱いていたせいか、あんまり好きになれなかった。だから、そのまんまCDラックに眠っていた。でも、今頃になって発見して、聴いてみると、非常によく出来ている。客観的に見れば、すごくいいAlbumだった。

常に客観的に物事を評価したいな、と思っている。でも、思い入れがあるとうまくいかない。そういうときもある。

  

2015年2月18日 省エネモード讃歌!?

会社の英語版のパンフレットを企画しているチームにボクも参加している。

英語版のパンフレットを作る目的は何か、と自問自答。いつだって、もっともプリミティヴな問いかけが大切で、それを問うことがボクの信条だ。パンフレットの目的は、多分、会社のPR。ボクはそう思っている。この会社は何が出来るのか。何が強みなのか。ほかの会社とどう違うのか。それを踏まえて、この会社にお仕事を依頼してね。つまりは、そういうことだ。

でも、現状の草案では、その辺の会社の強みとか得意分野とかが非常に曖昧に書いてある。書いていないわけではないけれど、明確じゃないし、少なくとも訴え掛けるような書き方にはなっていない。それよりも過去の取り組みや事例、プロジェクトの紹介に主眼が置かれている。

もちろん、過去の取り組みや事例から、この会社が何をやって来て、何が得意なのかを類推することは出来る。でも、それは読み手の読解力に依存する。そうではなくって、パンフレットに明確に書くべきだ。そんな問題提起をする。でも、ボクの説明がうまくなかったのかもしれない。結局、このまんまの方向性。ボクの問題提起については、表面的に取り繕う方向で議論が進んでしまう。

もっと、食い下がって、果敢に反対した方がよかっただろうか。でも、疲れてしまう。どうも、ボクは昔みたいに尖がっていないらしい。さっさと白旗。諦めてしまう。これって、事なかれ主義? まあ、いいよね? これ以上は、多分、サービスの世界だ。

最近、省エネモード。ここで撤退する方が、楽チンだ。そんな風に物事を捉えるようになった。

  

2015年2月8日 今回はボホール島にも行くゾ!!

3度目のセブだ。そして、今回はボホール島にも行く。楽しみだ。

14時25分のフライト。前回、同じ時間の飛行機が欠航になって、結局、夜中の2時にやっとこさっとこセブのホテルに着いた。だから、成田でおそるおそる電光掲示板をチェックする。よかった。予定通り、と一安心。

今回はお客さんが多く、ほぼ満席だ。ボーディング・タイムを少し過ぎてから、酔っ払った日本人の集団が乗り込んできた。「だから、ライターはダメだって言ったじゃん!」「や、1つ出したんだけど、2つ入っているとは気づかなかった。カバンの中だったからさー。わははー」などとやっていてウンザリする。品がないな、と思う。

それでも、到着はほぼ予定どおり。20時半頃にはParklane Hotelに到着。現地で先発隊と合流。早速、典型的なフィリピン料理を堪能だ。

  

2015年2月6日 イナンナ女神よ、何想う!?

大昔にウルクがあった場所は、今はイラク領で、ムサンナー県のサマーワになっている。豊穣の女神イナンナさまが祀られていた都市だ。ウルがあったところはジーカール県ナーシリーヤ。ここは月神ナンナさまの都市だ。

今や、イラクとシリアは危険な紛争地帯になっているわけだけど、最近、その近辺で新しい仕事がある、と聞いた。やってみたい、と手を挙げて、挑戦したら、もしかしたら行けるかもしれない。うーん。どうだろうか。

ちぃ子には「そんなところに行ったって、神さまはいないよ?」と言われた。まあ、確かに、神さまはいない。でも、ボクは別に神さまを拝みたいわけでも、神さまに面会を求めているわけでもない。

2010年にギリシアに行って、パルテノン神殿を訪問してみたけれど、アテーナー女神を求めて行ったわけではない。そこに行って、当時の人々の気持ちを感じてみたかっただけだ。実際、パルテノン神殿はものすごく高いところにあって、アクロポリスの丘なんて言うんだけれど、頂上まで登るのに一苦労。小一時間くらい掛かって辿り着く。アテーナイの街が一望できる場所。よくもまあ、そんなところまで資材を運んで、巨大な神殿を作ったものだ。行ってみて、初めてその建設の大変さを思い、彼らの信仰心を思った。

書籍から学ぶことも多い。でも、現地に足を運んで、空気を感じて、想像する。それが出来たら幸せだ、とボクは思う。早く戦争が終わって、平和になればいいなあ。石油が採れるばっかりに……不幸なことだよなあ。

  

2015年2月1日 負の連鎖を断ち切って、第3の道を探そう!!

後藤さんが殺されたらしい。ボクはそれよりも、日本がテロリストたちとの戦いに巻き込まれたらしいことに、非常にショックを受けている。後藤さんが殺されたことを伝える動画で、日本に宣戦布告していることもショッキングだったけれど、何よりもショックだったのは、安倍首相を始め、政府関係者が、テロリズムと戦う、と強く宣言していること。「その罪を償わせる」というのは、あまりに強い言葉で、気持ちは分かるけれど、誤解を招きかねない。

戦いは戦いしか産まない。それじゃダメだ、と思う。テロルは憎むべき手段だ。毅然とした態度を取ることも大切だ。でも、彼らの欧米に対する憎しみにこちら側も憎しみで応えては、負の連鎖が続くだけだ。どうしてテロリストたちが生まれたのか。その根源に切り込んでいかなきゃ解決しない。人道支援。大いに結構。テロリストに屈しない。大いに結構。だけど、英米の戦略とは少し距離をおいて、日本独自の別の形でテロルに対処するべきだろう。それが平和な日本の在り方だ、とボクは思う。イスラーム勢力と極端に強い利害関係にない日本だからこそ、中立的な立場で事態の改善に資することが出来るはずだ。そのための方策を、是非、考えて欲しいなあ。

フィリピンのミンダナオ島もイスラーム過激派が跋扈しているし、ナイジェリアの北部はボコ・ハラムが相変わらず暴れ回っている。ボクが訪問している地域も、決して、安全ではないのだなあ。ISの「どこであろうとお前の国民が発見されれば殺戮を続けるだろう。日本にとっての悪夢の始まりだ」という宣言は虚仮威しだ、と断ずる専門家もいる。イラクやシリアから日本まで攻めてくることは出来ない。でも、彼らの怖いところは、世界各地にシンパがいること。彼らのコントロール下にあるわけではないが、ボコ・ハラムなどの各地のイスラーム過激派に影響を与え得るということ。だから、いろんなイスラーム国家のテロリストたちは日本人を襲うかもしれない。その点は、よく考えなきゃいけないな、と思う。必要以上に恐れる必要はない。でも、気を引き締めて渡航しなきゃいけない。

  

2015年1月31日 聖ウァレンティーヌス万歳\(^o^)/

2月14日のバレンタイン・デーに向けて、いろんな店舗がチョコレート・フェアを展開している。横浜そごうでも、恒例のフェアを展開していて、いつもは日本じゃ手に入らないベルギーやフランスなどのショコラティエがブースを構えている。1年の中で一番楽しいイベントだ。

昨年はツクル君が生まれたばっかりだったので参加できなかったけど、今年はツクル君にちょっとだけ我慢してもらおう。本日、ツクル君を抱えて人混みに突撃。

ボクはやっぱりピエール・ルドンの色鮮やかなチョコレートとセバスチャン・ブイエの挑戦的な味のチョコレートが好きだなあ。今年も九州焼酎製菓の焼酎チョコレートが出ていて、心が踊る(笑)。

クリスマスもハロウィンもいいけれど、やっぱり盛り上がるべきはバレンタインだ。わくわく。

  

2015年1月30日 多様化は衰退ではなくって進化だッ!!

オリコンがミュージック・カードを集計しないという発表をしたらしいが、ボクはミュージック・カードなるものがあることすら知らなかった。完全に情報に乗り遅れている(笑)。

昔っから、エイベックスを中心に、音楽CDに特典としてDVDをつけたり、写真をつけたり、カードをつけたりしていた。握手権や投票権なんかがついてくる場合もある。それを疑問視する声は昔っからよく聞かれていた。でも、トレーディング・カードを主体にして、特典で音楽をつけてしまう、というのは逆転の発想で、ちょっと面白い。エイベックスが新モデルとして構築したシステムにオリコンがノーを突きつけた形になるわけだけど、でも、今更だ、とも思う。そもそも、投票権のために大量に購入したものを集計したり、A版、B版、C版、といろいろな版に対して集計することも、ボクとしては疑問だ。

「音楽は聴きたいが、DVDまでは要らない」というユーザは多いので、安価なCDのみのヴァージョンと、高価なDVD付のヴァージョンを用意するのは、顧客に選択肢を与えているという点で、レコード会社として、正しい選択だ、と思う。でも、CDのみのヴァージョンの音源と、DVD付のヴァージョンの音源で異なる仕様にして、コンプリートするためには両方を購入しなければいけない、というのは、ユーザ・フレンドリィではない。CDヴァージョンにも何らかの付加価値をつけた場合、それは特典Aと特典Bの選択を迫るものであって、特典Aと特典Bの両方を得たい人にとっては、同じ楽曲が含まれる無意味なCDをダブって持たされることになる。これはゴミの量産であって、ボクとしては受け入れがたい商法だ、と思っている。

価値観が多様化していく中で、みんながひとつの楽曲を良しとして共有するような時代は終わった。今は個々人が勝手に好きな音楽を聴く時代なのであって、Youtubeでは素人同然の人が楽曲を提供し、それを楽しむ人もいるし、今まではアンダーグラウンドに眠っていたような小さいライヴ・ハウスを基点にしていたようなアーティストも陽の目を見る可能性がある。そういう時代だ。ミリオン・セラーのように、万人に愛され、共有される楽曲は生まれにくい。でも、それは音楽の衰退なのではなくって、音楽の多様化。レコード会社にとっては売り上げを出しにくい社会なのかもしれないけれど、純粋に音楽を楽しむボクたち需用者サイドからすれば、良好な時代になった。その流れに抗おうとするから、変なことになる。テレビの視聴率とか、CDの売り上げで作品が評価できる時代ではないのだ。

だから、オリコンの発表そのものが、そもそもナンセンスな気がする。オリコン・チャートそのものが価値を持たなくなった時代なのだ。ミュージック・カードを含めようが含めまいが、ランキングは、時代のニーズを把握できるツールではなくなったのだ。ボクはそう思う。

  

2015年1月29日 資料を貰いに電車で2時間の旅

1時間かけて皇居方面へ出掛ける。お仕事で、資料を先方に取りに伺ったのだ。久々に電車に揺られての遠出。東京のビジネス街はカチッとしていて、格好いい雰囲気があるので、その空気が好きだ。ちょっとした気分転換になる。

それにしても、このご時勢、資料ひとつ貰うだけのために、1人の人間が電車で1時間もかけて移動して、また1時間もかけて戻ってくるのだから、ナンセンスだ。ましてや貰ったのがDVDに焼いた電子ファイルなのだから、何とも言えない。オンライン上にアップロードするのは情報漏洩の危険性がある、ということで、リスク管理なのかと思ったけれど、中身を確認したら、そんなに後生大事に守るような大層なものではなかった。うーん。「わざわざ私が取りに来ましたよー」という誠意が求められているのだとしたら、まったく、バカバカしいよなあとか。

  

2015年1月25日 ネオ・クール・ジャパン!?

Twitter上では「ISISクソコラグランプリ」が開催されているようだ。不謹慎だけど、面白いものが多数あって噴き出してしまう。昔から、ネットの住人には多才な人が多い。

人質が捕らえられているのに不謹慎だとか、相手がテロリストなのに自覚がないとか、そういうネガティヴな評価をされるだろうなあ、と思ったら、海外紙では、必ずしもそういう評価だけではない模様。もう少しだけ客観的に評価されている。曰く、「暴力にユーモアで対抗」とか「テロリストのプロパガンダの効果を減殺」などと書かれている。

テロリストが犯行声明を出す目的のひとつに、相手に対して優位であることを主張するとか、相手に脅威を与える、というのがあるかもしれない。グループ内部の士気を高める必要もあるし、新規メンバを募る必要もある。そういう意味では、YoutubeやTwitterを使って自分たちをPRするという戦略は非常に有効だ。でも、それに対して、ふざけたコラで返されたら、そういう目的はご破算だ。

まあ、コラをつくって送り込んでいる人間たちの大半には、そんなことには無自覚で、「祭り」に乗っかって楽しく騒いでいるだけかもしれない。それでも、「人質を助けるべき」という世論の盛り上がりをつくって安倍政権を切り崩そうというISの戦略の一部は、脆く崩れてしまったかもしれない。

まあ、日本には、当事者意識もなければ、危機感もない平和惚けした人間たちが多い、ということで、そういう日本をターゲットにしたのがひとつの失敗、ということかもしれない。ISはもちろん、アメリカもイギリスも、こういう日本人の振る舞いって、予測できなかっただろう。同じ日本人としては少し恥ずかしいような気もするんだけど、世界史の教科書の文化史に「ISISクソコラグランプリ」が載る日が来るかもしれない。

  

2015年1月25日 ボクがテレビの報道に期待すること

朝からISのニュースばっかり。でも、ふわふわした情報ばっかりだ。写真と声が本人か確認しているなどと伝えているけれど、偽者を用意する方が容易じゃない。彼を脅して原稿を読ませるというのが一番、手っ取り早いわけで、みんな、その可能性を考えているはずだ。それなのに、メディアはそう断言しないことで、どこかに逃げ道を用意している。

最近、テレビのニュースは視聴者の思考回路よりも愚鈍だ、と思う。そもそも早さで言えばインターネットの情報の方が圧倒的に早い。それに比べて、ちゃんと編集されているという意味じゃ、妥当性とか正確さとかがテレビの強みなのかもしれないけれど、反対にそれがネックになって、いろんなしがらみの中で、曖昧なまんま報道することも多くなっている。そういうのなら、あんまり意味がない。

爆笑問題の太田が珍しくまともなことを発信している。メディアは喋りすぎ。本当にそう思う。曖昧なまんまで、時間枠を埋めるために、いろんな人のいろんなコメントをまき散らして薄めている。それも、どうだかなあ、という印象。

最早、時代遅れのメディアになっているのだろうか。インターネットの玉石混淆を正してくれる、という役割を、ボクはそれでも、まだ、テレビに期待しているんだけど。

  

2015年1月21日 MCZ VS KISS

ももいろクローバーZの新曲MVが公開された。往年のロック・バンドKISSとのコラボレーションということで、ちょっとビックリした。

再生したら、いかにも洋楽っぽいリズム。そして、いきなりのアニメーション! あちこちに「和」の要素も取り込まれていて、まさにクール・ジャパン。おしゃれで面白い。アニメの世界からリアルのKISSが飛び出した瞬間は、まさに「キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!」って感じ(笑)。でも、PVを楽しんでいると、全ッ然、楽曲が耳に入ってこないのよね。何度聴いてもそう。変な曲、という印象だけを残して終わってしまう。

で、今度はMVを観ないで、純粋に音楽だけを聴いてみる。すごく凝っていて、複雑で、挑戦的で、実に面白いんだな、これが。あれ? ということは、MVとして失敗? でも、目を惹くから、これでOK!?

それにしても、KISSもよくこの企画に乗ってくれたよなあ。どういう経緯でこのプロジェクトが着想されて、ここまで来たのだろう。そのプロセスがとても気になる。でも、KISSとしても日本向けのいいプロモーションになるので、ウィン・ウィンの関係と言える。ももクロ、相変わらず、ぶっ飛んでいて面白いなあ。

  

2015年1月16日 祭り!!

スイスフランが大暴落。FXでスイスフランの売買をしていた人にとっては、一夜にして天国と地獄だ。あっという間に何千万円損した人もいるようだけど、きっとPCの前で震えていることだろう。大丈夫だろうか? 妻が夫に内緒で、あるいはその逆でもいいんだけど、こっそりとFXやっていて、こんな風に大損したら、もう、青天の霹靂というか、地獄絵図コースまっしぐらではないか? おっそろしいなあ、FXは。まあ、ハイレバでやらずに堅実にやっていればいいのか?

やー、スイス国立銀行も、一体、何を考えてこんなことをしたんだろう。

(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル