2016年4月4日 MP4にしてiPhoneへ
DVDの『アリーmy love』のシーズン1を購入したので、MP4に変換してiPhoneに落とし込む。育児に奔走するぼくには、家でゆっくりDVDを観る時間なんか作れない。英語の勉強のために、電車などの移動中に観ることができればいいな、と思っての措置だ。設定を英語の音声、英語の字幕にして、ファイルを変換する。フリーソフトを使ったけれど、うまく出来た。容量も1話当たり250MBくらいなので、iPhoneに入れても大きな負荷にはならなそう。よーし、明日から勉強だ。デイ・バイ・デイ。
2016年4月4日 不義理。
SNSで出発の報告はするのに、帰国の報告はしないボク。出発のときには横浜からリムジンバスに揺られながら、不安や期待の入り混じった気持ちでSNSに投稿する。一方、帰国のときには消耗しきって完全に休息モードになっている。しかもリムジンバスの中では機内で読みかけの本をやっつけに掛かっている。でも、出発の報告をした以上、帰国の報告をすることも礼儀だなあ、と最近、感じている。基本的にボクはマメではないのだ。そんなわけで、29日にスーダンから帰国したよ、と今更ながら、ここに記載しておこう。
2016年4月3日 春仕様!?
急遽、思い立って、夕方、突然予約を入れて散髪をしに出掛ける。いつものサイバー嬢だ。普段は「お任せ! もう、お好きにどうぞ!」というスタイルのボクだが、今回は「髪を短く!」と頼んでみる。
何しろ、クローゼットから春物の洋服を引っ張り出して来たら、キュート系の洋服が多くて、髪が短い方が似合いそうだ。昨年の春のボクは髪が短かったのだろうか。
するとサイバー嬢が「普段髪の長い人が急に短くするときにはとても緊張するんですよー」とのこと。「失敗してもいいですよ」とは言ってみたものの、これは相手の腕前を舐めた表現で失礼に当たるな、と反省する。「信頼していますからどうぞ切ってください!」と言うべきであった。でも、上手に切ってもらえたので大満足である。
これで心置きなく春の装いで街に繰り出せるというものだ。
2016年4月2日 映像と音で語学学習を始めてみよう!?
Amazonが日本郵便になって、梱包が袋になって圧倒的にコンパクトになった。しかもピンポンも押さずに郵便受けに投函していく。これは非常に便利だと思う。いろいろな宅配業者を巻き込むことで、Amazonサイドもその仕様に合わせて創意工夫して、事態は少しずつ改善されていく。
本日はアイヌ関連の書籍4冊とアメリカのテレビドラマのDVD1シーズンが届いた。昔だったら大きな段ボールに梱包されていて、とても郵便受けには入らなかっただろう。今は両方を投函しても、尚、隙間ができる。すごくいい。
アメリカのテレビドラマは英語の勉強に活用しようと思って試しに頼んでみたもの。語学の勉強は教科書よりも映像と音がいいと聞いたので、実験してみようと思っている。これでうまく行ったら、その他の言語も同様の手法を取り入れてみようと目論んでいる。
2016年4月2日 日々格闘である!?
ちぃ子(妻)が勉強会で東京のセミナに行ったので、本日はツクル氏(息子)と二人きりで一日を過ごす。
彼はここ数日間の間でイヤイヤ期に両足を突っ込んだらしい。変なことにこだわり、理不尽なことで腹を立てて泣く。たとえば、歩くときに踏むタイルが間違っているとか、渡したスプーンの色が紫じゃないとか、そんなことだ。そして、泣き始めると1時間でも2時間でも泣き続ける。泣き声をあげることが両親である我々への抵抗のつもりのようだ。泣いて、思い通りにさせようと執拗に攻撃を仕掛けてくる。手を緩めることなく、如何にこれを防衛するか。両親とツクル氏の必死の攻防が続く。
しかも本日は二人っきり。大体、ママといる時間の方が圧倒的に多いので、ママ不在は彼には耐えられないことらしく、それも不機嫌の原因になっている。「ママいない」「ママがいい」「ママとやり方が違う」と散々だ。でも、何とか宥め賺(すか)しながら昼と夜の食事を食べさせ、お風呂に入れる。こうして必死に切り抜けることで、少しずつ父親の自信をつけていくボクである。
2016年4月1日 アイヌ伝承の更新に着手したものの……
本日は世間一般ではエイプリル・フールで、ボクたちにとっては結婚記念日だけど、そんなこととは無関係に、ボクは黙々とファンタジィ事典を更新している。スーダンで準備していたアイヌ伝承だ。
正直、始めてみたものの、難しいな、と壁にぶつかっている。何しろ、資料が少ない。だから、ついつい「こういうことじゃないかな?」などと想像力でいろいろと補いたくなる。でも、その一方で、アイヌの人々が今でも語り継いでいる「生きた伝承」なのであって、ボクたちが勝手に想像力で補うものが間違っていることだってあり得る。それってアイヌの人々に対してとても失礼なことだ。
実はこういうことは、いつの時代のどこの地域の神話・伝承に対しても同じだ。たとえば、すでに信者のいない古代のギリシア神話であっても、その当時には生きた宗教だった。本気で信じていた人たちがいた。後代の人がいろいろと残された資料から類推して神話を再構築する。でも、その妥当性は実のところ分からない。たくさん資料が残っていて、あっちこっちで何度も言及されていることについてはある程度、妥当性があるかもしれない。でも、資料が少ない箇所になればなるほど、意外と見当外れだったりするかもしれない。当時を生きていた古代ギリシア人が現代にやってきたら「そんなんじゃないぞ!」と怒り出すかもしれない。大変、失礼なことである。
そんなわけだから、実は「ファンタジィ事典」の更新は、苦痛の連続だ。「所詮、趣味なのだから、好き勝手に楽しくやればいいじゃないか」という声もあるかもしれない。でも、苦痛を感じることが、事実を追求する人間の誠実さだと思う。あまりにいい加減なことを書いている本やウェブサイトがある。勿論、それはエンタメだと割り切ることもできるし、彼らの神話や宗教をベースに、創作に活用する場合には、自由にやってもいいと思う。でも、受け取り手がエンタメだと割り切って触れ合わないことが想定される場合(たとえば、古代ギリシア人は○○と考えていたなどと書く場合)には、やっぱり、誠実にやらなきゃいけないと思う。ヘーシオドスの言葉ではないが、「真実」と「真実らしいもの」は違う。ボクたちは「真実らしい」ものに飛びつく。でも、もっともっと「真実」に対して誠実であるべきだ。
そういう意味では、アイヌ伝承は、ボクにとっては手持ちのまだまだ資料が少なくって、「真実」を語れるほど咀嚼できていない、ということなのだろう。アイヌの人々から「そんなんじゃないぞ!」と叱られてしまうかもしれない。
でも、ボクの中で、ファンタジィ事典の一斉更新を、アイヌ伝承から始めようと心に決めてプロジェクトをスタートした。アイヌ伝承が終わったら、記紀神話、日本の妖怪、沖縄伝承……とやっつけていく算段だ。ぼちぼちと更新を始めたが、案外、もう少し時間が掛かるかもしれない。更新しては修正して……という繰り返しかもしれないし、そのうち、大幅に軌道修正するかもしれない。でも、取り敢えず、ゆるゆるとアイヌ伝承から着手したボクである。さてはて。どうなることやら。少なくとも「アイヌ語」の部分だけは事実を確認できるので、その辺は誠実にやっていこうと思う。
2016年3月6日 最高気温45℃のアラビア語の世界
スーダンの首都ハルツームに到着。飛行機から降り立った瞬間、ものすごい熱気に襲われる。最高気温45℃の世界である。
でも、街並みは思っていたよりもキレイだ。喫茶店やレストランもあるし、近代的な感じ。他の途上国に比べて、ドライバたちが安全運転なのも印象的。クラクションの音がしないし、車線を無視した走行もない。
ただし、外務省のウェブサイトにある「英語も通用」という表記は嘘八百だ。Wikipediaにもスーダンの公用語はアラビア語と英語と記載されているが、英語はまるで通じない。ホテルに荷物を預けて、電話のSIMを買いに電話会社に行く。ナイジェリアでも使っていたMTN社だ。でも、店員は英語が喋れず、いくら「Receipt(レシート)」をくれと言っても伝わらない。先に現地入りしていた日本人から「فاتورة(ファートゥーラ)」というアラビア語を教えてもらってようやく領収書をゲット。なかなか大変である。
でも、外国人からすれば、日本人も英語を話せない人が多いので、同じ感覚を味わっているかもしれない。国際化って難しいなあ。でも、日本人ならさすがに「Receipt」くらいは分かるだろう。
その後、レンタカー屋に行って、社長に外国人登録の代理対応を依頼する。スーダンでは、入国してから3日以内に外国人登録をしないと4日目から罰金をとられるらしい。しかも登録料は500ポンド(約5,500円)と比較的、高額。入国に際してビザも取得しなきゃいけないし、州を跨ぐ移動をするときには旅行許可書(Travel Permit)が必要だし、外国人に優しくない。イクない。
夜、みんなでレストランに行く。レバノン、シリア、トルコなどの中東料理だ。كباب(ケバブ)を堪能。食後にはトルコ・コーヒーを頼んで、ちょっぴり幸せな気分。スーダン、なかなかいいじゃない。悪くない。昼間は暑いけれど……。
2016年3月6日 黄金の駱駝
昨夜、スーダンに向けて出発し、アブダビ空港にて乗り継ぎ。昔、ちぃ子(妻)とトルコに行ったときにも立ち寄ったことがある空港で、非常に懐かしい感じ。あのときは二人で楽しくこの空港に降り立った。今回は同期のジャニ顔青年と一緒。

乗り継ぎの便を待っている間に二人でご当地マックを満喫。ボクはスパイシーマックチキン。彼はマックアラビア。ボクは前回、ナイジェリア渡航の帰りにマックアラビアを堪能している。

そして空港内の黄金の駱駝に跨って記念撮影。本サイトでは珍しいスーツ姿のボクだ。同期との渡航だから油断している、というわけではない。これは会社の女性陣から与えられたミッションである(笑)。そんなわけで、スーダンを前にして、まだまだ楽しいひと時である。
* * *
ちなみに今、パソコンで入力しながら「🐪」とか「🐫」などの絵文字が打てることに衝撃を受けている。こんな機能を実装する前に、ちゃんと多言語化に対応して、楔形文字とかヒエログリフとかを印字できるようにして欲しい、と思う。
2016年3月4日 スーダン。
お仕事でスーダンに行くことになった。いよいよ明日、出発だ。
いつだって、初めての国は緊張する。しかもスーダンと言えば南スーダンが独立して、国境付近はまだ揉めている。内戦もしている。イメージはあんまりよくない。
それでも、エジプトのすぐ南にあって、古代エジプト時代の遺跡があったりする。世界史的には、あのクシュ王国の舞台だ。それを聞いただけで、少しだけ素敵な国に思えてきて、少しだけ楽しみになるから不思議。
さてさて。頑張ろう。ナイジェリアに次いでアフリカ2か国目だ!!
2016年3月4日 男女平等って何だ!?
北川景子の「家事は男性にやってもらいたくない」発言に賛否両論という記事が載っていた。賛否両論というほど注目されていないのではないかも思うし、そもそも彼女の発言に共感するのも、反感を覚えるのも、個人のご自由だ、とボクは感じる。でも、敢えて書くべきことがあるなら、一方の考え方を押し付けて相手を批判するのはよくない、という点だ。特に「家事は分担すべきだ」とか「こういう考え方の女性がいるから女性の社会進出が進まない」という発言は間違っているな、と感じる。
本来、女性が「私が家事をやりたい!」と思うことも、「男性に任せたい」と思うことも、「二人で分担したい」と思うことも個人の自由である。それに対して「男女平等なのだから家事は分担せねばならぬ」と考えるのは大間違いだ。確かに、歴史的に女性が家事の大部分を担ってきた経緯はある。そういう経緯に対して「男女は平等なのだから女性が担うべきという価値観を押し付けてはいけない」という考え方は正しい。男性が「家事は女性がやるものだ」といって家事を拒否する発想は否定されるべきだろう。でも、「私が家事をやりたい」「男性に任せたくない」という考え方は否定されるべきではない。その辺を勘違いしている人がいる。
「専業主婦」だって、本人が希望するのならいい。その反対の「専業主夫」だっていいわけで、「専業主婦」がダメなのでも「専業主夫」が望ましいのでもなく、どんなあり方もオッケィだという共通基盤を構築することが一番大事である。
だから、北川景子の「家事は男性にやってもらいたくない」という発言に対して「分かる、分かる。私もそう思う!!」と共感するのも、「えー、私は男性と分担したいよ!」という立場をとるのも、もっと踏み込んで、「いやいや、私は男性にやらせます!」と宣言するのも個人の自由だ。でも、いずれの立場も否定しないということが本当の平等である。
最近、ネット上の意見が変な風に感情的で、論理的じゃない「気持ち」で溢れていると感じる。
2016年2月27日 ぼく、おっきくなったよ!!
最近のツクル氏(息子)は形容詞が大好きらしい。「おっきい」「ちっちゃい」、「ながい」「みじかい」、「たかい」「ひくい」を連発している。
今日は3人で夕食を食べていて、ちぃ子(妻)と「ツクル氏が大きくなったらあれをしたいね」「これもしてみたいよね」などと未来の話をしていたら、やおら、ツクル氏がベビー椅子の上に立ち上がると「ぼく、おっきくなったよ」と両手を広げて背伸びをする仕草。これにはビックリ。ちゃんと話を聞いている。しかも「大きくなる」という動詞を理解して、背伸びまでしてみせるのだから、子供の成長には日々、驚かされる。
実は、今朝も複雑なことを言っていた。我が家には木製の「トーマス」とトミカの「エドワード」があるが(どちらも機関車トーマスの登場人物!)、実は物語上は「エドワード」の方が大きい。でも、玩具としては「トーマス」の方が大きい。多分、そういう不思議な状況をボクに説明したかったのだろう。「エドワード」を指して「ちっちゃい」、「トーマス」を指さして「おっきい」と言った後に、今度はトーマスを指して「でも、ちっちゃい」、エドワードを指して「おっきい」などと滔々と喋ってくる。
小さくてもいろいろなことを考えているのだなあ。面白いなあ、子供って!!
2016年2月25日 想像力。
散髪に美容院に行った。ナイジェリアに行く前に行ったが、ほとんど切らずにふんわりパーマだけにしていたので、随分と伸びた。ナイジェリアでは気にならなかったが、日本は湿気があるので、重たく感じる。今回は比較的短く切ってもらう。
インターン制度で、大学生が研修に来ていて、アシスタントに着く。ロッドとペーパ、輪ゴム、霧吹き、薬。それらをタイミングよく美容師さんに手渡さなきゃいけない。これってかなり想像力を要する作業で、その人の能力が透けて見える。
その昔、今の担当のサイバー嬢が、一度だけ、前任の鉄砲玉嬢のアシスタントとしてボクに着いたことがある。鉄砲玉嬢が望む口径のロッドを予測して、手際よく手渡していく。その中で、ボクがとても印象に残っているのは、おそらく、サイバー嬢、口径の予測がつかなかったのだと思うのだけれど、2つのロッドを掴んで差し出した。鉄砲玉嬢もしばらく2つのロッドを眺めて、どちらにしようかな、と悩んで、一方を選んだ。そういうタイミングが2回ほどあった。それ以外は淀みなく、スムーズに作業が進んだ。
つまり、鉄砲玉嬢もロッドの口径に迷うような微妙なタイミングがあって、サイバー嬢も決め兼ねて2つを差し出したわけだけれど、それ以外は、全て、鉄砲玉嬢の思考を先読みして、適切なロッドを手渡していた、ということだ。無言のコミュニケーションが成立していた。そんなサイバー嬢の素敵なアシスト風景を覚えていたので、鉄砲玉嬢が辞めるときに、次の担当者として彼女をオススメされて、ボクも了承した。
今回のインターンの大学生は、髪型と服装はまだまだ芋学生という感じだったけれど、アシスタントとしては悪くない感覚を持っていた。もしかしたら、素敵な美容師さんになるかもしれない。
2016年2月23日 寿司屋よりも本屋
文章をゆっくり書くと、それだけで日本語が上手になる。そんな記事がLivedoorニュースに載っていたので、心持ちゆっくりとタイピングしているが、さてはて。
昨日、ナイジェリアから家に帰ってきて、早速、本日、出勤している。現地では薄着で過ごしていたので、出掛けにコートを羽織るのを忘れてしまったが、思ったよりも寒くはなくって、意外と快適に過ごせている。
今日は本屋さんに行って、店内をぐるりと回って、平積みの本をチェックしなければならない。新しい小説が出版されているかもしれないし、きっと漫画も出版されていることだろう。海外勤務の多い同僚は、日本に帰ったら寿司を食べるとか、和食料理屋に予約したとか言っている。ボクにとっては、本屋を巡り、日本語に触れ合うことが何よりも贅沢な帰国の儀式である。日本語と触れ合いたいという気持ちの方が、食欲よりも強いのだと思う。
冒頭に戻るが、ゆっくりとタイピングすると、少し余裕を持って、俯瞰しながら、さも文筆家みたいな気分で文章が打てる。なるほど、こういうタイピングを習慣にすると、少しは違うかもしれないな、と自覚する。でも、何だか気恥ずかしいぞ、と思うボクもいる。さてはて。
2016年2月22日 ジャパニーズ・タイムでGo!!
夕刻、ナイジェリアより無事に日本に帰って来た。飛行機の中で寝なければ時差を解消できる、と見込んでいたが、ナイジェリアで不規則に暮らしていたこともあって、機内ではほとんどぐっすり眠ってしまった。結局、ドバイ時刻で過ごしてしまったので、明日以降、しばらくは時差ボケに苦しめられそうだ。
ナイジェリアからドバイに降り立つと感じるのは、文化的だなあ、ということ。スタバでコーヒーを飲んで、喫茶店の文化を取り戻す。そして、ドバイから日本に戻ってくると感じるのは、清潔だなあ、ということ。成田空港の整然とした空間で、やっと日本人に戻った、と実感する。先進国と途上国の差は、決して小さくはない。文化であり、教育であり、習慣だ。そこが解決されないと、多分、何をやっても途上国は途上国のまんまだ。
今、ナイジェリアのカウンターパートは「ジャパニーズ・タイム」というのを合言葉に活動をしている。いつの頃からそういう合言葉が生まれたのか定かではない。いつだって約束の時間に遅刻してくる彼らに、ボクが「ナイジェリアン・タイムでなくてジャパニーズ・タイムの10時に集合だ!」と言ったのが始まりかもしれない。そして、ボクはいつだって10分前行動を励行していた。ようやく1年経って、今では彼らも10分前行動だ。大きな意識改革。それから飛躍的に成果があがった。時間通りに物事が進む。当たり前のことだけれど、こういう小さなことが、実は技術や知識よりもとても大切なのだ、と思う。
2016年1月31日 ナイジェリアの週末
アブジャの治安について、特に不安に感じることはない。ナイジェリアの北の方はまだまだボコ・ハラムが活動を続けているし、南の方は石油の利権があって外国人誘拐があるらしい。でも、アブジャそのものは穏やかで、怖いな、と感じることはほとんどない。それでも、うろうろと歩き回って何かあるといけないので、シェラトン・ホテルに引き籠っている。足がない、というのもひとつの理由だ。
リーダーは部屋でお仕事。基本的にお仕事が大好きなのだ。ワーカホリックである。青服おじさんはナイジェリアの日本人に誘われて、ゴルフを満喫。スマホ田さんは、きっとタイの女の子とLINEやfacebookをお楽しみだろうし、モリターマンはジムのランニング・マシンで1時間以上、走っている。ボクはそんなモリターマンを眺めながら、プール・サイドで日向ぼっこ。ハンバーガーを齧りながらの読書だ。
そんなわけで、みんな、思い思いにホテル・ライフを満喫している。ナイジェリアの週末はこんな感じ。

2016年1月29日 タスクフォースの結成!?
ちょっとだけ背伸びをして、先方にタスクフォースの結成を提案してみた。ボクの中で、今進めているプロジェクトを、組織の取り組みに昇華させる必要があって、そのソリューションのひとつとして、組織横断的なタスクフォースの結成が絶対に必要だ、と感じたのだ。だから、思い切って、調査団のリーダーに提案したら、そのまんま、先方に提案することになった。今、タスクフォースのメンバ構成をリーダーと検討している。
……それにしても、提案してみるものだなあ。
2016年1月21日 メディアのリテラシ
改めて思うのだが、ベッキーと絵音氏の騒動、いろんな意味で、メディア、問題じゃないのかしら。
そもそも、LINEでのやり取りをゲットして文春に売った第三者の行動に問題がある。どうやって入手したのだろう。それって合法?
そういう大前提はさておき、その第三者から情報を購入して、明らかに「外部への公開」を意図していないプライベートなLINEのやりとりを、そのまんま掲載してしまう文春には大きな問題がある。手紙にしろ、メールにしろ、電話音声にしろ、LINEにしろ、他人に公開されることを前提にしていないものを勝手に大衆の目に晒すのは、やっぱり大問題で、決して、芸能人だからいいだろう、と許される問題ではない。
ただし、文春の場合、お金を出して雑誌を購入した読者に向けて公表している。問題になった場合には、おそらく編集長が責任を取ることになるだろう。公開に踏み切った文春は、ある程度、情報の取捨選択をして、覚悟をもってやっているだろうな、と想像する。訴えられれば、それなりの責めを負う。そういう覚悟は持っているだろうと思う。
ところが、文春の記事をテレビやネットのニュースは当たり前のように取り上げている。これってどうなのだろうか。メディア自体が、各々、ちゃんと「外部への公開」を意図していないプライベートなものだ、ということを、ちゃんと意識して、判断して情報発信しているだろうか? 文春がオープンにしたからいいじゃないか、と安易にネタを取り上げていないだろうか。各自、ちゃんと責任はとれるのだろうか。
大体、文春が雑誌の読者に向けて発信している情報を、さらっと取り上げてニュースに仕立ててしまうメディアの在り方が、ボクには問題だ、と感じる。書かれた記事は、本来、書いた記者と掲載した雑誌の財産である。勝手にニュースに取り上げていいものなのだろうか。
そもそも、公共の電波で、こんなくだらないことを大々的に取り上げるなよ。もっと大事なことがあるじゃん、と思う。
2016年1月19日 未熟な会社ってヤだよねえの巻
SMAP騒動の後味が悪い。いや、終わったのかどうか分からないから、「後味」という表現は早いのかもしれないけれど……。
独立しようとして、失敗して、制裁された。そういうことなのかもしれないけれど、それって会社内部の問題であって、実のところ、視聴者やファンには全ッ然、関係がないことだ。正直、内部の恥を外に晒すなよ、と思う。大塚家具のときも思ったけれど、恥ずかしい会社だな、と感じる。その上、そんな恥をわざわざメディアで喧伝して回るなんて、経営層としてどうなのか。独立することの業界的な善し悪しや慣習は分からないが、事務所は外向きにヘタクソな対応をした。謝罪すべきは、こんな立ち回りをした事務所だ。メンバは裏でいろいろな問題を抱えながらも、今まで、何もないかのようにモニタ上ではにこやかに対応していた。こちらの方がずぅっとまともな発想だと思う。
結局のところ、不幸な組織だということを宣伝して、会社のイメージが地に落ちた。まあ、昔っから、OBが変な告発本を出していたから、最初っから不幸な組織なのかもしれない。SMAPの購買運動じゃなくって、ジャニーズの不買運動をした方がSMAP存続のためには効果的なのではないか、と思ったりする。
よく、イケメンの子供を見て、親に「ジャニーズ入れたら?」と冗談で言うことがある。「もしイケメンに育ったらジャニーズに入れる?」というパターンの冗談もある。ジャニーズ事務所というのは、そのくらいの知名度があって、浸透していた。
でも、タレントって商品なのだと思う。企業では、内部でどんなゴタゴタがあったとしても、自社の商品を貶めるような行為をしてはいけない。ジャニーズは商品であるタレントを守ってくれないのだ、という印象を社会に与えた。SMAPほどの大御所であっても、こういう仕打ちをされる。おそらく、今、ジャニーズに子供を預けている母親たちはそう怖いだろうな、と想像するし、潜在的に将来、ジャニーズに子供を預けようかな、と思っていた母親たちも、尻込みをして心が離れただろう。少なくとも、ボディ・ブローのように、事務所はダメージを受けるだろう、と感じる。
ボクは声を大にして言う。芸能界なんて本来、ヤクザな商売だ。そんなことは、一度でもライヴハウスに行けば分かる。裏で麻雀をしながら、煙草を吸って、ライヴを仕切っているあの男たちがまともじゃないことは明白だ。そういう世界だ。最初っからまともじゃない。「独立したい!」「絶対にダメだ。そんなことをしたら徹底的に邪魔するからな!」なんて会話は、日常茶飯事なのだと思う。でも、それを表に見せないでうまく立ち回るからこそ、芸能界は成立するのだ。
「お前の子供、ジャニーズに入れたら?」というジョークを、未来永劫、ボクは言わないだろう。冗談でも、そんなことを口に出来ない。そんな空気を、今回、ジャニーズ事務所は作ったよなあ、と思う。会社として、そういうヘタを打ったことが、ボクには衝撃だった。
2016年1月13日 レチョン・バボイのその後
フィリピンではしばしば、お祝いの際にはレチョン・バボイ(Lechon Baboy)が登場する。レチョン・バボイとはタガログ語で《豚の丸焼き》という意味。今回のフィリピンの渡航でも、ラップアップ・セミナが終わった後、満を持してレチョン・バボイが登場した。何度もフィリピンに渡航したけれど、これで3回目の面会だ。

卓上のレチョン・バボイ

食べ終わったレチョン・バボイの頭部
う、うーん。食後のレチョン・バボイを写真に撮ると、なかなかインパクトがある(笑)。味は、かなり脂っこい。でも、皮は鳥皮のようなパリパリした感じで、非常に香ばしく、美味しい。
2016年1月11日 シヌログ祭
セブのカウンターパートの執務室に行ったら、部屋中がピンクや黄色、緑の色紙でド派手に装飾されている。ボクはフィリピンなので、てっきりクリスマスの名残かな、と思った。あるいは1月なので、新年のお祝いの名残なのかもしれない。ところが、マム・ヘレンに説明を求めると、これはシヌログ祭の期間中だからだという。
フィリピン各地には町の守護聖人がいて、それを祝う「フィエスタ」という祭りがある。セブはマゼラン大佐が持ち込んだ幼きイエスの像「サント・ニーニョ」を祀る。これを祀ったお祭りが「シヌログ祭」で、9日間、続く。最終日には、幼きイエスの像が登場する。ホント、フィリピン人はお祭り大好きで、1年中、お祭りばっかりだ。
最近では、シヌログ祭といえば、ダンスの祭典として有名になっている。各地のダンス・チームの代表が集まって、町中で競い合うらしい。みんな、シヌログ祭への参加を勧めてくるが、残念ながら、本番は日曜日らしい。その頃には日本だ。あらまあ。残念。



