鵺(ヌエ)
分 類 | 日本伝承 |
---|---|
鵺,鵼,奴延鳥(ヌエ)【日本語】 | |
容 姿 | 怪鳥。あるいは合成獣。後者の場合、頭がサル、胴体がタヌキ、手足がトラ、尾がヘビ。 |
特 徴 | 黒雲とともに出現し、不気味な声で鳴き、天皇を悩ませた怪物。 |
出 典 | 『平家物語』(13~14世紀頃)ほか |
ヌエは日本に伝わる怪物で、頭がサル、胴体がタヌキ、手足がトラ、尾がヘビの姿をしている。まさに日本版のキマイラである。「ヒョーヒョー」という気味の悪い声で鳴く。平安時代後期に出現したとされる。
源頼政のヌエ退治!?
ときは1153年(仁平3年)、平安時代末期、近衛天皇の暮らす清涼殿に、毎晩のように丑の刻(午前2時頃)になると森から黒雲が立ち込め御殿を覆い、不気味な鳴き声が響き渡った。天皇がこれに恐怖した。実は同じようなことが堀河天皇のときにもあって、そのときは源義家が鳴弓という弓を鳴らして行なう魔除けをして解決した。祈祷の類いをするなど、さまざまに手を尽くしてみたものの一行に解決する見込みがないことから、遂に公卿たちは源頼政に怪物退治を命じることにした。白羽の矢を立てられた源頼政は猪早太という従者とともに待ち伏せをした。そして丑の刻になると、東三条の森の方角から黒雲が現れた。黒雲の中に何やら怪しげな影がある。「南無八幡大菩薩!」と祈りながら源頼政が影に向かって矢を射ると悲鳴とともに奇っ怪な怪物が落っこちてきたという。それを猪早太が駆けつけて息の根を止めた。その落っこちてきた怪物が、前述のように頭がサル、胴体はタヌキ、手足はトラ、尾はヘビという怪物で、鳴き声がヌエのようだったというのだ。天皇の体調もたちまち回復したという。
日ごろ人の申すにたがはず、御悩(ごなう)の剋限に及んで、東三条(とうさんでう)の森の方(かた)より、黒雲一村たち来(きた)て、御殿の上にたなびいたり。頼政きとみあげたれば、雲のなかにあやしき物の姿あり。これを射そんずる物ならば、世にあるべしとは思はざりけり。さりながらも矢とてつがひ、「南無八幡大菩薩」と心のうちに祈念して、よぴいてひゃうど射る。手ごたへしてはたとあたる。
「えたりをう」
と矢さけびをこそしたりけれ。井(ゐ)の早太つと寄り、おつるところをとておさへて、つづけさまに九(ここの)かたなぞさいたりける。其時上下手々(てんで)に火をともいて、これを御覧じみ給ふに、頭(かしら)は猿、むくろは狸、尾は蛇(くちなわ)、手足は虎の姿なり。なく声鵼(ぬえ)にぞ似たりける。おそろしなどもおろかなり。
日頃、人々が言っているとおり、天皇さまがお苦しみになる時刻になると、東三条の森の方から黒い雲がひとかたまり現れて、御殿の上にたなびいた。頼政がきっと見上げると、雲の中に怪しいものの姿がある。これを射損じることがあったら、もうこの世に生きてはいられない。そんな決意で矢をとり、弓につがえると、「南無八幡大菩薩」と心の中で祈ると、引き絞ってひゅっと射た。手応えがあって、命中した。
「しとめたぞ、よし」
と叫び声をあげた。猪早太がさっと近寄ると、落ちてくるところを取り押さえて続けざまに9回刀で引き裂いた。そのとき、宮廷の身分の高い人も低い人も手に手に火をともしてこれを見ていたが、頭はサル、胴体はタヌキ、尻尾はヘビ、手足はトラの姿をしていて、鳴く声はヌエに似ていた。恐ろしいと言う言葉で表現することもできなかった。
(『平家物語』巻第四「鵼」より)
「なく声鵼(ぬえ)にぞ似たりける。」という記述がある点は留意が必要である。本当は源頼政が退治したのは、怪物「ヌエ」ではなく「ヌエのような鳴き声の怪物」だった。元々、ヌエというのは夜に鳴く鳥を指す言葉で、『古事記』や『万葉集』などにその名前が見られる。トラツグミのことだと考えられるが、「ヒョーヒョー」という鳴き声は、人々を不安にし、平安時代頃には不吉をもたらす鳥とされ、天皇や貴族は鳴き声が聞こえると、凶事が起こらないように祈祷した。しかし、『平家物語』のこの章の表題が「鵼」だったこともあって、次第にこの怪物そのものがヌエということになって、世間に広まってしまった。現在ではさまざまな獣を合成したようなこの奇怪な怪物をヌエと呼んでいる。正体不明な人物や曖昧な態度のことをヌエと形容するようになったのもこのためだ。
鵺塚、そして鵺神社、鵺大明神……
この怪物退治の後、都の人々を安心させるために、怪物の死体は都中を引き回された。ところがこの怪物の祟りだったのか、都には疫病が流行りだした。そこでヌエの死体を空舟(うつぼぶね)にのせて鴨川に流した。空舟というのは大木をくりぬいて作った舟で、古来より空洞は霊魂を閉じ込めるものと考えられていたのだ。謡曲『鵺』によれば、その後、舟は淀川を流れ、摂津国の芦屋の里に漂着したという。里人は鵺の祟りを恐れて死体を埋めたという。そこが現在でも鵺塚として残っていて、大阪市都島区の史跡となっている。また、京都の二条城の北にある二条公園には、鵺大明神を祭る鵺神社がある。
《参考文献》
- 『Truth In Fantasy 事典シリーズ 2 幻想動物事典』(著:草野巧,画:シブヤユウジ,新紀元社,1997年)
Last update: 2020/04/18