ビャッウィ

分 類ミャンマー伝承
名 称 ဗျတ်ဝိ (ビャッウィ)【ミャンマー語】
容 姿ガウンバウンと呼ばれるミャンマーのターバン姿の男性。
特 徴タトゥン王国のマヌハー王に殺され、死体は王国の結界となって侵略者を阻んだ。
出 典

ビャッウィ、タトゥン王国の結界となる!?

ビャッウィはミャンマーの民間伝承に登場する人物で、弟のビャッタとともに、11世紀頃のモン族のタトゥン王国のマヌハー王(-1057年)とビルマ族のパガン朝のアノーヤター王(1014-1077年)の治世中に活躍した。

伝承では、ビャッウィとビャッタはインドから航海する途中で難破し、タトゥン王国に漂着して、大寺院の僧正のところに身を寄せることとなった。あるとき、僧正は兄弟と一緒に薬草を求めて森に分け入り、ゾージーと呼ばれる超人の死体を発見する。ゾージーはミャンマーの仙人のような存在で、このゾージーの死体を適切に処置して焼いて食べると、病気が治ったり、怪力を得たり、10倍の速度で移動できるようになったり、長寿になるなどのさまざまな効能が得られるという。このため、僧正はゾージーの死体を寺院に持ち帰った。

ところが、僧正が王宮に出掛けている間に、兄弟は勝手にゾージーを焼いて食べた。彼らは怪力となり、巨大な石を持ち上げて寺院の脇に置いた。王宮から帰ってこれを見つけた僧正は彼らがゾージーを食べてしまったことを知った。報告を受けたマヌハー王は彼らの怪力を恐れ、兄弟を捕らえるように命じた。寝ていたビャッウィは捕らえられて、殺されたが、ビャッタは何とかパガン朝に逃れ、そこでアノーヤター王に仕えた。

僧正はビャッウィの死体をバラバラに切り刻むと、タトゥン王国の四方に死体を埋めた。これによって、結界が張られ、以降、タトゥン王国は誰も侵略できなくなった。

ちょうどその頃、タトゥン王国の上座部仏教がヒンドゥー教の影響を受けて変容していくことに危機感を覚えていた僧侶のシン・アラハンは、パガンにやってくると、アノーヤター王を上座部仏教に改宗させ、アノーヤター王とともに、上座部仏教の教えを広めていた。シン・アラハンはアノーヤター王に、パガン朝が繁栄するためにはタトゥン王国から仏教経典の「三蔵」を手に入れる必要があると説明した。アノーヤター王はたくさんの土産を持たせてタトゥン王国に使節団を派遣し、三蔵を提供するように求めたが、マヌハー王は拒否した。そこで、アノーヤター王は、大軍を引き連れてタトゥン王国に攻め入った。4人の将軍が繰り返し進軍したが、タトゥン王国を征服することができない。アノーヤター王が占い師に尋ねると、タトゥン王国には強力な結界が張ってあることが判明した。ビャッタは、兄のビャッウィの死体がタトゥン王国の結界となって守護していることを伝えた。アノーヤター王に結界を破るように命じられたビャッタは、タトゥン王国に入り込むと、ビャッウィの妻だった女性に兄の埋葬場所を尋ね、そこを掘り返した。こうして、結界は破られ、1057年、タトゥン王国はアノーヤター王に征服された。

《参考文献》

Last update: 2023/03/13

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