バエル
分 類 | 魔法書文献 |
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Bael,Baël(バエル)【ラテン語】 | |
容 姿 | カエル、人間、猫の3つの頭を持った悪魔。蜘蛛の身体で描かれることもある。 |
特 徴 | 人間を透明にする能力がある。起源はカナアンの天候神バアル。 |
出 典 | ヴァイヤー『悪魔の偽王国』(1577年)、『レメゲトン』「ゴエティア」(17世紀頃)、『大奥義書』(18世紀頃)ほか |
バエルは魔法書で最初に紹介される悪霊!?
バエルはソロモン王が使役したとされる72匹の地獄の悪霊の1匹で、ヨーハン・ヴァイヤーの『悪魔の偽王国(プセウドモナルキア・ダエモヌム)』(1577年)や『ゴエティア』(17世紀頃)などの中世の魔法書文献に登場する。
彼は東方(オリエント)を支配する王で、66個の地獄の悪霊たちの軍隊を率いている。彼の姿は変幻自在で、ネコだったり、ヒキカエルだったり、人間だったりするが、これらの3つの頭を持った姿としても描かれる。コラン・ド・プランシーの『地獄の辞典』(1863年)の中で描かれたルイ・ル・ブルトンの木版画では、3つの頭に加えてクモの身体という不気味な姿で描かれている。
バエルは人間の姿を見えなくする能力がある。これは言葉通りの意味なのかもしれないが、黒魔術の分野では、気配を消す、目立たないようにしてくれるという意味として解釈されることもある。また、人間を賢くしてくれるという。法律に詳しく、論争が得意だとされる。また、プランシーによれば、戦争に強いとも言われる。
バエルの正体はオリエント地方の神さま!?
バエルは元々、ウガリット・カナアン神話に登場する天候神バアルに起源を持つとされる。バアルは《主》という意味で、ウガリット(現在のシリア)やカナアン(現在のイスラエルやヨルダン)と言った地域の神一般を表す言葉だったが、一神教のユダヤ・キリスト教からすれば異教の神ということになるので、聖書の中ではバアルは悪魔のように描かれた。悪霊のバエルはこのイメージを引き継いでいる。東方の統治者という説明も、ここに由来するのだろう。
悪魔学の中では非常に重要な悪魔で、69体の悪魔を紹介するヴァイヤーの『悪魔の偽王国』でも、72体の悪魔を紹介する『ゴエティア』でも、どちらも1番目に紹介されている。また『大奥義書(グラン・グリモワール)』(18世紀頃)では、地獄の宰相ルキフゲ・ロフォカレに仕える悪魔として、多くの悪霊たちを率いる存在として描かれている。
『悪魔の偽王国』におけるバエル
魔術師アグリッパの弟子として知られるヨーハン・ヴァイヤーが著した『悪魔の偽王国(プセウドモナルキア・ダエモヌム)』では69匹の悪霊たちが紹介されている。そこで1番目に紹介されるのがバエルである。
Primus Rex, qui est de potestate Orientis, dicitur Baël, apparens tribus capitibus, quorum unum assimilatur bufoni alterum homini, tertium feli. Rauca loquitur voce, formator morum & insignis certator, reddit hominem invisibilem & sapientem. Huic obediunt sexagintasex legiones.
1番目の王は、東方の統治者の出身で、バエルと呼ばれている。3つの頭で出現し、そのうちのひとつはヒキガエル、ひとつは人間、ひとつはネコに似ている。彼はしゃがれた声で話す。法律の制定者であり、類まれなる論争者でもある。人間の姿を見えなくし、また賢くもする。66個の軍隊が彼に従う。
(ヨーハン・ヴァイヤー『プセウドモナルキア・ダエモヌム』より)
formator morum & insignis certatorは非常に訳しにくく、『悪魔の偽王国』を英訳したレジナルト・スコットも訳出していない。morumは《行動・行為、習慣、文字、性格・気質、意志、法律・規則、道徳》の語で、ここでは「法律」としてみた。certatorは《競争するもの、戦うもの》という意味だが、後期ラテン語で《論争者》という用法があるようなので、そちらを採用した。プランシーは『地獄の辞典』の中でcertatorを《戦うもの》の意で訳出している。
『ゴエティア』におけるバエル
17世紀頃には成立していたと考えられている中世の魔法書『レメゲトン』の第1部『ゴエティア』にもバエルの記述がある。『ゴエティア』はソロモン王が使役したという72匹の悪霊について、その召喚の手順を具体的に記したもので、必要な呪文や魔法陣、72匹の悪霊たちのそれぞれの能力や紋章(シジル)、召喚に際しての注意事項などが書かれている。『ゴエティア』でもバエルは1番目に紹介されている。
BAEL. - The First Principal Spirit is a King ruling in the East, called Bael. He maketh thee to go Invisible. He ruleth over 66 Legions of Infernal Spirits. He appeareth in diverse shapes, sometimes like a Cat, sometimes like a Toad, and sometimes like a Man, and sometimes all these forms at once. He speaketh hoarsely.
This is his character which is used to be worn as a Lamen before him who calleth him forth, or else he will not do thee homage.
バエル:序列1番目の悪霊は東方を治める王で、バエルと呼ばれている。彼は汝の姿を見えなくする。彼は66個の地獄の悪霊の軍隊を率いている。彼はさまざまな姿で出現する。ネコのときもあれば、ヒキガエルのときも、人間のときもあり、同時にそれらすべての姿で出現することもある。彼はしゃがれた声で話す。これが呼び出す彼の眼前で胸飾りとして身につけるべき彼の紋章で、さもなくば彼はあなたに敬意を表さない。
(メイザース&クロウリィ『ソロモン王の小さな鍵 ゴエティア』より)
『グラン・グリモワール』におけるバエル
『グラン・グリモワール』によれば、地獄の組織としては、皇帝ルキフェル、皇子ベルゼブト、大公アスタロトの3人が筆頭にいて、そこに宰相ルキフゲ・ロフォカレ、総司令官サタナキア、司令官アグリアレプト、中将フレウレティ、准将サルガタナス、元帥ネビロスの6人が続く。そして、6人にそれぞれ3人ずつ、合計18人の悪霊が従っているという。バエルはアガレス、マルバスとともにルキフゲ・ロフォカレに従っているという。
The first is the great Lucifuge Rofocale, the infernal Prime Minister who possesses the power that Lucifer gave him over all worldly riches and treasures. He has beneath him Bael, Agares and Marbas along with thousands of other demons or spirits who are his subordinates.
第1は偉大なるルキフゲ・ロフォカレで、地獄の宰相で、彼の持つこの世の全ての富と宝物を支配する力はルキフェルが彼に与えたものだ。彼はその他の数千という悪霊たちとともに、部下としてバエル、アガレス、そしてマルバスを従えている。
(『グラン・グリモワール(大奥義書)』より)
コラン・ド・プランシーの『地獄の辞典』におけるバエル
フランスの文筆家コラン・ド・プランシーが1818年にまとめた『地獄の辞典』は改訂を重ね、1863年の第6版ではブルトンの悪魔の挿絵が加わった。その中では「バエル」として紹介されている。
Baël, démon cité dans le Grand Grimoire, en tête des puissances infernales. C’est aussi par lui que Wiérus commence l’inventaire de sa fameuse Pseudomonarchia doemonum. Il appellee Baël le premier roi de l’enfer; ses États sont dans la partie orientale. Il se montre avec trois têtes, don’t l’une a la figure d’un crapaud, l’autre celle d’un home, la troisième celle d’un chat.
Sa voix est rauque; mais il se bat très-bien. Il rend ceux qui l’invoquent fins et rusés, et leur apprend le moyen d’ être invisibles au besoin. Soixante-six légions lui obéissent. --- Est-ce le même que Baal?
バエルは『大奥義書』で地獄の勢力の筆頭に記載されている悪魔である。ヴァイヤーも著名な『悪魔の偽王国』の目録を彼から始めていて、バエルを地獄の第1の王と呼んでいる。彼の領土は東方にある。彼は3つの頭を持った姿を示し、1つはヒキガエル、もう1つは人間、3番目の頭はネコの姿をしている。
彼の声はしゃがれている。しかし戦いには滅法強い。彼は自分を呼び出す人間たちを抜け目なく狡猾にし、必要に応じて姿を消す方法も教える。66個の軍隊が彼に従っている。―――バアルと同一だろうか。
(コラン・ド・プランシー『地獄の辞典』より)
《参考文献》
- 『Pseudomonarchia Daemonum』(著:Johann Weyer,1577年)
- 『Dictionnaire Infernal』(著:J. Collin de Plancy, 1863年)
- 『The Book of the Goetia of Solomon the King』(著:S.L.MacGregor Mathers/Aleister Crowley, 1904年)
Last update: 2024/02/11