2020年10月1日 予想外の緊張にやられる!?

普段、あまり緊張しないボクだけれど、今日は久々に変な緊張をした。

我が社の社長はペーパーレスを徹底している。本日、上司が説明をするタイミングに他の人が不在で、メモ係として説明の場に入った。会議室にはパソコンがあって、大きなモニタに資料が投影されている。そして、秘書の方に「あそこのパソコンを操作してください」と言われる。こんなのは初めての体験なので、驚く。

誘導されるままにパソコンの前に座る。隣で上司が説明を開始。説明に合わせて、ボクはスクロールバーをそっと操作しながら、字を上へ、上へと送っていく。そして、最後まで説明が終わる。

すると社長から「はじめのページに戻って」との指示。ボクは急ぎ、スクロールする。すると、「この資料、ここはこういう表現に直して欲しい」との指示。すると秘書がそっと寄ってきてボクに耳打ちする。「ここで直せるなら直して」。おお、さすがペーパーレス。すごいな、と思ってキーボードに手を置いた瞬間、ものすごい緊張が身体を襲う。

そう。経営層がモニタに注目している。その視線が突き刺さる。大衆に見られながら、タッチタイピングをするというのが、こんなに緊張するものだとは思わなった。しかも「ここをこうして、そこをこうして」という指示に合わせて、大慌てでキーボードを叩く。別に気にすることではないんだろうけれど、ミスタッチしないように、と細心の注意を払うことになる。

いやー、ビックリした。確かに、普段でも人が見ている前で検索するときとかに文字を打つのって、結構、緊張するよな、と思った。それが経営層の前だから、尚更だ。ものすごく緊張した。……というような他愛のないお話(笑)。

2020年10月2日 よりひとは「一般男性」なのか否か!?

伊勢谷氏が保釈されたタイミングで、よりひとが突撃した。これ自体は他愛のない話というか、取り上げるようなことではない。よりひとらしいな、と思うし、彼としてはこれだけ話題になったから満足だろうな、とも思う。昔から、彼の「笑い」は根っこの部分が暗く、陰湿で、じめじめしている。彼はネタをやっているんだけど、彼の動画を見た後には気持ち悪さとか不快感が残る。だから、何となく怖いもの見たさみたいな感じがあって、それが不思議と人を惹きつける。そういう構造の特殊な笑いであり、ネタである。伊勢谷氏サイドにしてみれば、罪を犯したとは言え、保釈のタイミングは殊更注目されるので、次のステップに向かうためには大舞台だったはずだ。それなのに、話題をよりひとにかっさらわれた。邪魔が入ったという感じで、怒りを覚えているかもしれない。そういう台無しにする感じが、よりひとらしい。悪意がある。

ただ、ボクが書きたいのはそういうことではない。記事によって、よりひとの取り上げられ方があまりにも違うので、単純に面白いな、と思った次第。ある記事では「人気YouTuberのよりひと」と紹介していて、別の記事では「YouTuberの男」と書いていて、その後、よりひとを紹介している。記事によっては「YouTuberの男性」だけで、よりひとの名前を出していないものもある。さらには「一般男性」と書いている記事もある。

この記事の間に存在する揺らぎは、YouTuberに対する記者の認知度の違いだろう。YouTubeに触れる機会の多い記者からすれば「あのよりひとが!」と思うだろうし、YouTubeに馴染みのない記者からすれば「誰だ、あの男。何かYouTuberらしいけど……」となる。さらにはYouTubeを見ない人からすれば、YouTuberは「一般男性」となる。

でも、客観的に見れば、よりひとは登録者59万人のYouTuberだ。最近、人気に陰りがあるとは言え、概ね動画は10万再生はされていて、かなりの頻度で50~60万再生を叩き出している。それなりい知名度はある。これを「一般男性」と書いてしまうのは、あまりにも記者として鈍感だな、と思う。

そういう意味で、記者の質にばらつきがあることがよく分かる今日この頃である。

2020年10月4日 軸足を恐竜に置きつつ……

最近、映画ドラえもん「のび太の新恐竜」を満喫したり、国立科学博物館に行って恐竜の化石を見たり、大和市の「古代レストランバー・ダイナソー」で恐竜に囲まれてランチを食べたりしている。小学生の息子のツクル氏が恐竜に興味を持っているので、そこを掘り下げながら、映画、博物館、異国料理などの幅を広げている。古代レストランではジャンバラヤを食べさせることに成功した。育児の難しさと、それを乗り越える工夫に日々、煩悶しているところである。

2020年10月5日 インド神話に力を入れつつも……

ここのところ、ファンタジィ事典では「インド」に注力している。草野巧の『Truth In Fantasy 事典シリーズ 2 幻想動物事典』の索引でインドの項目に載っているものを全てやっつけながら、そこから派生していくものを潰していくという機械的な作業を進めている。そして、はたと困っている。

分類として「インド神話」という項目を立てている。ここにはヴェーダ神話とヒンドゥー神話が含まれる。それとは別に「仏教」という項目も立てている。けれども、この分類だと、厳密にはチュレルとかピシャーチャマサーンのような宗教学、神話学ではなくって、民俗学っぽいジャンルに含まれる現代に比較的近いところで信じられている(あるいは信じられていた)インドの妖怪の置きどころがない。歴史は必ずしも大昔のものではなくって、断絶せずに現在まで連綿と続いた地続きの存在だ。その途上にいる存在をうまく分類できない。仕方がないので、取り敢えずは「インド伝承」とでもしながら「インド神話」の中に仮置きしている。

昔、トルコに行ったときに、あの山にはゴルゴーンが棲んでいたなどと大真面目に現地ガイドに説明された。現地に根差した伝説みたいになっていて、すでに神話とは切り離されていた。ギリシアにも、ギリシア神話だけでなく、現在も巣食う妖怪や精霊たちがいる。そういうのはギリシア伝承とでもいいのだろうか。そういう意味じゃ、神話で分類していては、この辺が収まらない。そのうち、整理しなければいけないなあ、とは思っている。

2020年10月24日 近況報告。

随分と雑記の更新の日が空いてしまった。楽しみにしてくれている人がいるのかどうかは定かではなく、その辺のモチベーションはないのだけれど、でも「書くぞ!」と決めて書いているので、その覚悟が続かないことに対する罪悪感には苛まれる。

近況を報告すると、新型コロナウイルス感染症の影響で、海外からの研修員が日本に来ることができない中、次善の策としてウェブ会議システムを用いたオンライン研修に代えて対応している。それでも、時差の関係で、複数の国を相手にすると、オンラインとは言え、みんなで顔を突き合わせるのは難しい。そんな中、動画教材を作成して配信することになり、今、その資料作成にあくせくしている。オンライン研修だと、ある種、相手の反応を見ながら現場合わせができる。でも、動画教材の配信だと、完成形が相手の許に届く。万が一、それが不発だった場合、もう、どうにも軌道修正はできない。だから、企画の段階がとても重要になってくる。今、まさにその企画の段階にあって、研修を担う講師との調整に追われて、忙しくしていた。ボク個人としても、会社としても、全く新しい取組なので、結構、チャレンジングだな、と思っている。

また、今月の上旬に祖父が体調を崩し、18日に亡くなった。無事、22日に山梨にて葬儀を執り行った。そういうことも重なって、珍しくバタバタしていた。

その上、毎年1月に発行する「近況報告の本」の作成も佳境に入っていて、連夜、妻と編集会議に明け暮れている(笑)。おそらく、12月までは走りっ放しだな、と思っている。気が抜けない。

そんな近況ではあるものの、何らかウェブサイトも動かしていければよいな、と思っている。

2020年10月25日 YouTuberに、俺はなる!?

ボクは会社で国際人材育成を担当していて、2か月に1度の頻度で、研修を主催している。とは言え、新型コロナウイルス感染症対策として三密回避をしなければならないため、人を集めにくい状況は続いており、仕方がないので、会場を2つや3つに分けて、Zoomで繋いで、オンラインで研修を実施したりしている。

研修にはワークショップはつきもので、お互い、顔を突き合わせてグループワークをするのが有効だと思っているので、メンバーが分断されてしまう状況は苦しいところだ。一方で、文明の利器として、ZoomやYouTubeを活用する気運が高まっていて、ボクもそういうものに触れる機会が多くなって、畢竟、そういうスキルがどんどん上がっている。先日はZoomで複数の会場を中継しながら、それをYouTubeでストリームライブ配信をして、会場に来ることができない人々にも情報を届けようと画策して、うまく行った。

実際にやってみた感想として、研修会場に人を集めるよりも、ずぅっと簡単に参加者を増やせそうな印象があって、今まで30~40人にしか伝えられなかった講義が、容易にたくさんの人に届けられるのではないかという可能性を感じた。単なる一方通行の講義でよければ、全然、いいアプローチだ。さらにはYouTubeにアーカイブが残る。その瞬間に立ち会えなかったとしても、後から見ることができるので、その意味では、さらにたくさんの人に見せることができるので、その可能性も大いに感じた。

多くの人は「研修イコール講義」だと勘違いしている。実際にはそれは間違いで、受講者の情報を引っ張り出したり、ワークショップをしたりして、研修で伝えたい情報を記憶に定着させ、行動変容を促すところまで持って行かなければいけないので、講師の情報を届けるデリバリースキルだけではなく、当日のファシリテーションも大事だし、如何にして参加者に関与させ、行動変容させるかという研修デザインも重要だ。その意味では、やっぱり、インタラクティヴでなければ研修は成立しない。でも、依然として「研修イコール講義」スタイルが蔓延していて、そういう要素がメインになっている。であるならば、実は一方通行でもよくて、こういう研修スタイルなのであれば、YouTube配信やアーカイブでも十分であることになる。そういう意味では、研修の前段になる「情報付与型」の部分だけは、YouTubeを活用するのは有効だ。

そんなことで、実は新コロの煽りを受けながらも、情報付与型の一方通行の講義は、もう、人を1か所に集める必要はないし、同じ時間を共有する必要すらないことに気づかされる。そして、そういう情報付与型の研修はYouTubeを活用することで、一度、録画したもので繰り返しアプローチできてしまうので、改めて毎回、講師がわざわざ登壇しなくてもよいということになる。とても効率的。そして、我々は、本来の研修の役割であるインタラクティブな部分にのみ、注力すればよいということになる。

そんなわけで、ボクは今、ちまちまと情報付与型の一方通行の講義資料をYouTubeにアップロードする作業を繰り返している。この動画の情報が色褪せるまでは、ずぅっとこれを視聴してもらえばいいということにして、ボクはそれ以外のことに時間を割けばいい。そのために「これを見ればこの内容が分かるのか!」と印象付けられるような素敵なサムネイルの作成にご執心なのである。わっはっは。