2022年9月19日 玉石混交だけどいい時代。

ガシャドクロの出典のひとつに山内重昭氏の『世界怪奇スリラー全集 2 世界のモンスター』(秋田書店,1968年)とあったので、実際に読んでみようと思って図書館で借りてみた。昭和43年の本なので、 ボクが生まれるよりも10年以上も前の本だ。期待どおり、ガシャドクロの絵が描いてあった。腹部にたくさんの髑髏がくっついている。これが野垂れ死にした人間たちの髑髏なのだとしたら、おそらく身長は4メートルほど。目玉が飛び出ている。この本自体は山内重昭氏が著者だが、このコーナーは斎藤守弘氏が執筆したらしい(というか、別の雑誌で連載していたものを転載したものらしい)。このイラストと説明を見る限り、少なくとも斎藤氏は歌川国芳の浮世絵を念頭にこのガシャドクロを着想したわけではないのだろう。この文章を読んだ水木しげるが、歌川国芳の浮世絵と紐づけたとするのが正しそうだ。

それにしても、昭和の妖怪本はいい加減で、面白い。山内氏も、斎藤氏も、どちらもかなりいい加減に書いている。いろんな国の妖怪が紹介されているようでいて、出典がよく分からないものがたくさんある。オリジナルのものも紛れ込ませている。情報の程度は玉石混交だし、2ちゃんねる以上に、読み手側に能力が求められる。

本来は、大昔の原典(江戸時代とか)を当たって、「ああ、当時はこういう妖怪だったんだ!」と理解すればよいのに、昭和の妖怪本がいろいろと創作も交えながら、捻じ曲げていくので、昭和の本を読み解きながら、いろいろと妖怪の成立を整理していかなければいけないのは、とてもナンセンスだ。でも、それがきっと妖怪の本質なのだ、と最近は思えるようになってきた。ゆる形而上学ラジオ的に言うなれば、存在はするけれど、実在はしないので、人々の頭の中でどのように顕在したか。顕在の形こそが妖怪の本質なのだから、昭和の妖怪本が不正解なわけではない。昭和の妖怪本の中に顕在したのだから、それもそれで妖怪としては正解なのである。……と最近は思っている。

意外といい加減なこの本で、遮光器土偶を宇宙人だと唱えたデニケンの主張を踏まえて、山内氏は勝手にその遮光器土偶のモデルになったであろう宇宙人のことを「テラコッタル」と命名している。昔、pixivで「テラコッタル」という名称で遮光器土偶を描いている人がいて「何それ」と単なる駄洒落かと一笑に付していたら、実は山内氏がそのように命名していたらしい。今になって了解した。そして「テラコッタル」と一緒になって「ジャバレン」という名称で、タッシリ・ナジェールの岩絵の巨人も紹介されていて、何でもありありでとても面白かった。真面目な本よりも、こういう何でもありでゴチャマゼになっている本の方が、子供的には遥かに想像力を刺激されて、妖怪好きになるよなあ、と思った。そういう意味じゃ、いい時代だったし、そうやって育った子供は想像力豊かになるなあ、と思った。

2022年3月13日 少年たちが戦車に乗って敵陣に進撃する!?

息子のツクル氏と一緒に『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争 2021』を観に行った。小さな宇宙人のハピはピリカ星の大統領。しかし、反乱軍に国を占拠され、ロケットに乗って地球に亡命していた。のび太たちが乗り込んだピリカ星の首都ピリポリスは、内戦の名残りで建物があちこち破壊されている。反乱軍に囚われた大統領ハピは、メディアに向かって独裁者を糾弾し、偽りなく生きることを訴える。国民たちは大統領の演説のメッセージに心を打たれて暴動を起こし、反乱軍に立ち向かう。のび太たちはラジコンの戦車を改造して敵陣に侵攻し、あるいはジェット機に乗って空中戦を繰り広げる。

ツクル氏は単純に楽しんでいたようだが、ボクはロシアのウクライナ侵攻とリンクして、非常に複雑な気持ちだった。悪しき「独裁者」による市街地の破壊。演説によって国民の信頼を勝ち取る「大統領」。こんなのは偶然で、映画の制作陣は、こんな未来は予想していなかっただろう。元々は2021年の夏に公開予定だった映画だ。偶然、新型コロナウイルス感染症で延期し、今月の公開になった。もしかしたら、この時期の公開を巡って、制作陣はその是非を議論したのかもしれない。戦争の恐ろしさや愚かさを実感しながら今を生きているボクたちだから、この映画のメッセージは強くボクたちに突き刺さる。ハピの演説も、とても強く心を打つ。

それでも、のび太たちが自ら志願して戦争に参加するシーンや、最終的には運も味方につけながら、のび太たちの大活躍で正義が圧勝してしまうところなど、少しだけ、滑ってしまう。まあ、子供向けの物語だし、偽善で構わないんだ。でも、時期が時期だけに、いろいろと考えさせられてしまった。そして、こうやっていろいろと考えさせられてしまうところ、いい作品だったのかもしれない。

2021年11月19日 ピテカントロプスになる日も近づいたんだよ

久々に、たまの『さよなら人類』を聴いている。古めかしいのに、全然、色褪せない。今でも斬新な楽曲だ。

息子のツクル氏(小2)に「ピテカントロプスって何?」と訊かれたので、今で言うところの「ホモ・エレクトゥス」のことだと説明した。そうしたら、何故だかすぅっと納得した顔をして「イリテーターも最初、頭の化石だけ見つかったんだよ。で、身体が後で見つかって、別の名前がついたんだけど、イリテーターの身体だって分かって、先に頭が見つかったから、イリテーターって名前になったんだよ」と物知り顔で説明された。恐竜のイリテーターの化石発見と命名の経緯を説明しているらしい。そして、それと同じだね、と言いたいらしい。厳密には違うのだけれど、まあ、大同小異だろう。

その後、しばらく何事かを考えていたが、やおら「ねえ、進化した生き物は、別の新しいものにだったら進化できるけど、昔の姿には戻れないんだよ。だから、人間からホモ・エレクトゥスには戻れないのに」と言い出した。どうやら、『さよなら人類』の歌詞にいちゃもんをつけているらしい。「それに、サルにはなりたくないって言っているけど、ホモ・エレクトゥスは、もう、サルではないんだよ。サルから人間に進化した『後』だから!」。なるほど。それならば、と父は最近仕入れているポケモンのネタで攻める。「でもさ。ポケモンは進化した後、退化の石で元に戻れるじゃん。だから、ホモ・サピエンスもホモ・エレクトゥスに戻ることができるかもしれないよ?」。するとツクル氏はこう答えた。「確かに。でも、どこまで戻るんだろうね。ホモ・エレクトゥス……えぇっと、何だっけ? ピテカントロプス? それに戻らずに、サルも通り越して、ピカイアになっちゃうかもよ? まあ、それも通り越して、細胞ひとつのやつまで戻っちゃうかもしれないけどね」。

うーん。子供の脳内はくるくるとしていて、とても不思議だ。追いつけないし、真似もできない。発想が自由だ。完敗。

2021年4月13日 尻よ、割れろ!?

「早く寝ないと尻を割るぞ、この野郎!」「もう割れてるよー!! ギャハハハー」というのが父と息子の寝る前のテッパンのネタだったのに、今晩は「早く寝ないと尻を割るぞ、この野郎!」と言ったら「ぎゃあ、4つになっちゃうー!」との反応。4つ? え? 何? 横方向に割るの? 子供の発想には敵わないなー。

2021年4月12日 「漢字『聞』の耳の形」問題と「漢字『聞』の部首」問題!?

息子のツクル氏が「チャレンジタッチ(進研ゼミ小学講座)」をやっている。結構、算数なんかはスラスラとやるが、国語、特に漢字は苦戦していて、いつもマスコットキャラクターのコラショに「ざんねんっ!!」と言われている。どうやら、お手本の漢字の模写をするというのが苦手のようだ。今日は「聞」という漢字で、「あれれー、形が違うよー」とコラショに言われていた。でも、何度やってもうまく書けないようで、いらいらし始めて、最終的には激怒した。だから、途中で「一緒にやろうかー」と割って入った。そして、ビックリした。「聞」という字は「門」と「耳」の組み合わせだと思っていたら、「耳」の形は、5画目の横棒が6画目の縦棒を突き出さないらしく、厳密には「耳」とは形が違う。ツクル氏は「門」に「耳」と思って書いているから、何で「あれれー、形が違うよー」と言われているのか分からずにイライラしていたらしい。そうかー、ボクも知らなかった。「耳」とは少し形が違うのだ。

……というわけで、漢字辞典で調べようとして、「聞」を「門部」で探したら見つからず、実は「聞」は「耳部」だった。本日、2度目のビックリ。「問」も「門部」ではなくて「口部」だった!! へえ。世の中、知らないことばっかりだ。

その後、いろいろとリサーチしたので補足説明をしておくと、漢字には「意符」と「音符」があって、字のとおり「意味を表わす部分」と「音を表わす部分」がある。「聞」の場合には「耳」は「意符」で、「門」は「音符」だ。「ぶん」とか「もん」という発音は「門」で表現されている。そして、部首というのは、基本的には「意符」の方で分類するのだそうだ。だから、「閂」とか「開」、「閉」みたいに「門」に意味があるときには「門部」になるけれど、同じような形でも、「聞」とか「問」のように「門」が「音符」として用いられているときには「門部」ではなくて「耳部」や「口部」に分類される形になる。

ちなみに「聶」とか「囁」は「耳」が3つついているけれど、上と右下は「耳」だけど、左下はやっぱり5画目の横棒の払いは6画目を突き出していない。同じ「耳」なのに、形が違うんだなあ。

2021年3月7日 バラバラ散漫雑記

今日は、ちょっとバラバラと散漫な雑記を書いてみよう。

息子のツクル氏の幼稚園時代の友人が家に訪問した。レゴマリオとWiiで遊んでいる。緊急事態宣言下ではあるので、どうなのか、という声もあるかもしれない。でも、子供がこうやって触れ合って遊ぶという体験は、新型コロナウイルス感染症なんかのために奪われていいものではない。そういう意味じゃ、我が家に遊びにやることに同意してくれた友人の両親にも感謝だ。

新コロに絡めてもうひとつ。地元の親たちの会合があって、本日、妻のちぃ子が参加した。何とZoom会議だ。これもいいよね。40分以上、やっていたので、誰かが有料のアカウントをゲットしたのか、会社のアカウントを勝手に使っているのかは分からない。でも、親たちの会合も、こうやってオンライン化が進んでいく。

そして、ボクはフランス伝承を調査。タラスクガルグイユグラウィリ。結構、フランスの竜退治って、地域によって類似の話があるのだなあ。そして、お祭りになっている。それもまた、面白いな、と思った。

2021年2月20日 ケツの穴から手ぇ突っ込んで、奥歯ガタガタ言わせたろかい

息子があまりに毎日「おケツ」「おケツ」と連呼するので「お尻」と言うように伝える。すると「ケツと尻は何が違うのか」と聞いてくる。挙句の果てに「ケツ」の漢字を教えろというので、そういえば、と調べてみたところ、漢字では「穴」と書いて「ケツ」と読むらしい。本来、ケツはお尻の穴を指すらしい。だから、ケツの穴では「穴の穴」になって、変なのではないか、という議論があった。度量が小さいことを意味する「ケツの穴が小さい」という慣用句もある。

ちなみに、岡山県には「オケツ」という妖怪がいる。お産のときに、赤ん坊の代わりに生まれてくる妖怪で、亀に似た姿で、背中には毛がはえている。生まれるとすぐに床を這って家の縁の下に逃げ込もうとするので、取り押さえて殺さないと、妊婦の真下に潜り込んで寝ている妊婦を殺してしまうという。

2021年2月11日 おおきなカブは何故、抜けないのか!?

ロシアの民話に『おおきなカブ』がある。とても有名な話で、おじいさんがカブを抜こうとするが、大きくて引っこ抜けない。おばあさんが手伝い、孫娘が手伝い、イヌやネコ、ネズミが手伝い……。

さて、本日、息子のツクル氏にこんなことを聞かれた。
「ねえ、パパ。ダイコンとカブって違うの?」
こういうのは得意なボク。
「ダイコンは上の方は茎で、下の方は根っこ。緑色の部分は茎。カブは茎。先の細長くてひょろっと伸びたところが根っこ。同じアブラナ科の植物だけど、ちょっと違う」
そう説明する。ツクル氏はきょとんとしている。だから、google先生に写真を出してもらう。
「ほら。ダイコンにはヒゲみたいなのがあるじゃない。こうやって広がっていくことで、水を吸えるし、身体を支えられる。カブは先の細いところからヒゲが生えていて、丸いところからは生えていない。この丸い部分は根じゃなくて茎なんだよ」
「そうか。だからダイコンは緑の部分と白い部分で味が違うんだ!」
「味、違う?」
「うん。緑の部分は甘いよ。白いところはからい」
「そう? そうかもしれないね」
そう言いながら、google先生を操りながら、畑に植わっているダイコンとカブの写真を見せてやる。
「ほら。ダイコンの緑の部分は土から上に出ている。カブもそう。丸い部分は上に出ている。茎なんだよ、この部分は」
「あれ? おかしくない? そうしたら『大きなカブ』は土の中にないから、すぐに抜けることになるじゃん。茎なんだから!」

ん? あれれ? そうだな。ダイコンは抜くのが大変だけど、カブはすぐに抜けるなあ。

というわけで、最初の話に戻る。『大きなカブ』は何故、なかなか抜けないのか。今日はそれを調査した結果をご報告。

まずは画像検索の結果を見て欲しい。

『大きなカブ』はロシア語では「Репка(レプカ)」というらしく、「Репка」で画像検索した結果、すべてのイラストは「黄色いカブ」だ。どうやら、ルタバガといって、厳密にはカブとは異なる種類らしい。へえ。

いつだって、学びは多い。

2021年1月25日 「分かるよ! 結婚でしょ!」

小学1年生のツクル氏と映画館に行く途中、こんな話をした。

「ツクル氏、小学校のみんな、映画館とか行くのかな」
「あるよ。ポケットモンスターココを観た人がいる。あと、鬼滅の無限列車も!」
「へえ。プペルは? えんとつ町のプペル」
「いない。でも、分からない。話したことがない。いるかもしれないけど聞いたことはない。あ、スタンドバイミードラえもん2を観た人はいる」
「へえ、そうなんだ。でも、スタンドバイミードラえもん2は難しそうじゃない?」
「何で?」
「だって、のび太がしずかちゃんと結婚する話じゃん。結婚とかまだ小学生には分からないじゃん」
「分かるよ! 結婚でしょ! 結婚したら、オスがメスに精子をあげるんでしょ!!」

どういうことなんだ、小学生!! のび太としずかちゃんをオスとかメスとか呼ぶなッ!!

……というわけで、どういう会話をしているのだろうか、小学生は。などとちょっと衝撃を受けた。

2021年1月20日 ちぃ子、2回目の入院!?

妻のちぃ子の調子が以前から少しだけ悪くって、今年度に入って2度目の入院だ。前回は8月かな? 4日くらい入院していた。今回も3日くらい入院するらしい。

母不在で、息子のツクル氏はハイテンションだ。多分、そういうテンションじゃないとダメなのだろう。父のお迎え、父との夕飯、父との入浴、父との就寝、父との朝食、そして父に見送られての登校……。

前回は大変だった。学童のルールが分からなかったり、ランドセルの準備の仕方、提出物の確認など、全部、ちぃ子に任せっきりだったので、初めてのことに苦慮した。今回は2回目なので、多少、勝手が分かる。それでも、やり慣れない作業にてんやわんやである。

2020年11月30日 # 転売ヤーには与しません!!

ブラックフライデーで、あっちもこっちも大安売りしている。これで経済が活性化するのだろうか。オンラインショップを持っているかどうかで、結構、この時代、収益を大きく左右するのではないかな、と思う。しかし、売れ筋商品は見事に転売ヤーの餌食になっている印象。クリスマス商戦で子供たちが欲しがるようなものも、ブラックフライデーで安くなった。数千円安くなっているものもある。逡巡していたら、あっという間に売り切れになって、その後、転売ヤーと思しき集団が一斉に商品の販売を始めた。普通、Amazon公式に中古が数十件の商品なのに、あっという間に数百件。しかもブラックフライデー前の定価よりもちょっと安くくらいの価格に揃えられている。うーん。

結構、この時期の商品って、サンタさんに扮する大人たちにすれば、クリスマスまでに入手できないと困るので「このまま売り切れが続くのではないか。ちょっと高いけど、今のうちに買ってしまわなければ!」的な発想になるのではないかと思う。そんな時期にブラックフライデーで安価に商品が入手できて、売り切れまで持っていければ、転売ヤーにとってはいい商売だ。

だからこそ、言いたい。転売ヤーに加担してはダメ。ぐっと堪えて、買わないようにしよう。みんなで。ブラックリストをつくるソフトが出たりもしているけれど、そもそも正規品が売り切れたら、非正規品は買わないのが一番だ。転売ヤーが味を占めたら、社会そのものがダメになる。ボクは絶対に与しないぞ、ということで、息子に「人気で売り切れみたいだ。ちょっと様子見だけど、どうする? 第二希望は?」と交渉を開始。もしも間に合うならご所望のものを買う。でも、ダメだったら代替のもので我慢してもらう。それが世のためである。

2020年10月4日 軸足を恐竜に置きつつ……

最近、映画ドラえもん「のび太の新恐竜」を満喫したり、国立科学博物館に行って恐竜の化石を見たり、大和市の「古代レストランバー・ダイナソー」で恐竜に囲まれてランチを食べたりしている。小学生の息子のツクル氏が恐竜に興味を持っているので、そこを掘り下げながら、映画、博物館、異国料理などの幅を広げている。古代レストランではジャンバラヤを食べさせることに成功した。育児の難しさと、それを乗り越える工夫に日々、煩悶しているところである。

2020年9月22日 神の手を持つのび太だ!!

『映画ドラえもん のび太の新恐竜』を観てきた。のび太って恐竜の卵の化石を見つける才能が桁違い。誰にも真似できない。神の手か!?

シナリオは恐竜の進化に関わるミッシング・リンクで面白かったけれど、ボクは個人的にオープニングがピカイチだと感じた。エディアカラ紀から始まって、カンブリア大爆発。アノマロカリスやら何やら。そして魚になって、ダンクレオステウスだと思うんだけど、それが泳いでいて、両生類になって、浅瀬で植物をかき分けて泳いでいて、そのうち、陸上を這い回る両生類が現れて、メガネウラが飛んで、その後、小型の恐竜が走り回って、そして白亜紀!! ここまでの歴史を、ざざーっとオープニングで流した。これ、ピカイチだと思う。あっという間の映像だけど、生命の歴史がものすごく凝縮されている。もう、それを見ただけで、ボクは満足してしまって、「ああ、これはいい映画だ!」と拍手喝采していた。

2006年の『映画ドラえもん のび太の恐竜』では、のび太は恐竜の卵の化石を発見して、タイム風呂敷で時間を戻してフタバサウルスを孵してしまう。今回も、恐竜の卵の化石を発見して、新種の恐竜を孵してしまう。で、白亜紀に戻しに行く。筋書きは同じ。「昔も同じようなことをのび太は首長竜でもやっていたよ」と、そんな話を息子のツクル氏(6歳)にしたところ、「首長竜は水の中で暮らすのに、のび太はどうやって家で育てたの? お風呂じゃすぐにママにバレるよ」と言われてしまった。はっはっは。当時は首長竜が常時、水の中にいて、胎生だなんて思っていなくて、水陸両用で、陸地を這うこともあると信じられていた。時代だなーって思う。息子は恐竜の図鑑をよーく読み込んでいる。

2020年5月17日 マドレーヌ

漢字や足し算のドリルをどんどん先に進めるのも手だが、いざ、学校に行って、授業がつまらなくなるのではないか、と危惧する。だからと言って手をこまねいていると、教育熱心な親の子供が先を行くので、差がついてしまう。それはそれで、息子が苦労するのも癪だ。だから、読書週間をつけて、感受性と好奇心、知識習得の方法を育んでいるところだ。

最近、子供に日記を書かせている。毎日、書くと大変なので、ちょっと新しいことにチャレンジしたときや、大きな出来事があったときに、感じたこと、考えたことを絵日記にしてまとめさせている。今回は「わかったさんのマドレーヌ」を読んだ息子がマドレーヌを作りたいと言い出したので、一緒につくった。それを絵日記としてまとめさせた。

自分の考えを文字化することが習慣になればいいな、と思うし、極力、感情の部分を書くように指導している。でも、感情を言葉にすることは難しいらしく、また、自己開示の部分なので恥ずかしがっている。ちょっと苦手らしい。そんなことが分かった。まあ、まだ子供だから、ね。大体、感情って、本当は複雑で、いろんな気持ちが含まれる。それを、簡単に「楽しい」などと書いてしまうのは、本当は限定的すぎて、間違っている。とは言え、言語化する能力も問われるので。状況を見ながら、緩やかに、訓練だ。

2020年5月13日 勉強の仕方と情報の取捨選択の大切さ

息子のツクル氏は今年1年生。だけど、のっけから緊急事態宣言が出されて通学していない。あっという間に4月が終わって、5月になってしまった。多分、5月末までは学校は再開されないのだろう。正直、難しいな、と思う。小学校で最初に学ぶべきことは「勉強の仕方」だ。Amazonで見ていると、ドリルが飛ぶように売れていて、もう入荷時期も未定の状態だ。でも、ひらがなが書ければいいとか、足し算ができればいいという問題ではない。「勉強の仕方」を正しく教えてあげないと、勉強ができるようにはならない。

我が家がボクも妻のちぃ子も在宅勤務で対応しているけれど、でも、勤務時間は文字どおり、「勤務の時間」なのであって、子供と向き合うことはできない。「勉強の仕方」を教えてあげることはできない。だからと言って、ドリルを渡して、彼に独学で勉強させることはできない。ひらがなの練習や、足し算なんかは、彼はできる。でも、変なクセがついたら後で困る。勉強というのは、正しい向き合い方があって、それがお勉強のできるできないの分かれ目だ。ちゃんと、勉強と向き合わせたい。

仕方がないので、ボクは本を大量に買う道を選択した。読書の取っ掛かりとして、「かいけつゾロリ」シリーズを渡して、長い本を集中して読む訓練をさせ、それから、同じくらいの長さの本をひとりで読めるようにする。その後、少年少女文学集みたいなものと、図鑑や百科事典のような類いを渡す。読書の仕方はこれまでに何度も教えてきた。新しい知識の習得、知的好奇心、そして、感受性というものを育める。これなら、ボクやちぃ子が働いている時間に、彼だけでもやれるだろう、と期待してのことだ。

最近は「恐竜」に興味があるみたいだったので、学研LIVE、講談社MOVE、小学館NEOの3冊を準備した。「動物」や「植物」、「魚」だってそうだ。いろんな学説があって、正解はひとつでない。同じ恐竜でも、本によって書いてあることが違う。比較・検討する姿勢を学ばせようという意図だ。本によって書いてあることが違うので、最初は混乱していたが、彼なりに取捨選択して情報を精査することができるようになってきた。

2019年8月10日 時代は変わる……恐竜も変わる……

5歳の息子のツクル氏。マクドナルドのハッピーセットが大好物なわけだけれど、最近のハッピーセットは小学館と組んでハッピーセットオリジナルの「小学館の図鑑NEO」のミニ図鑑を出している。単なるオモチャではなくって、こういう教育的なオマケというのは悪くない。そんなわけで、息子がここ最近、恐竜に超ハマっている。奇しくも横須賀で「ヨコスカ恐竜パーク」がやっているので、そのうち連れて行こうと思っていた矢先だったので、その予習としてはちょうどよい感じ。勢いに任せて「小学館の図鑑NEO」も購入して息子に与えた。それを黙々と読んでいてくれるので、楽チンだ。

それにしても、ボクが子供の頃に説明されていた中身とは全ッ然違うことに驚かされた。「恐竜」と言えば、ティラノサウルス、ステゴサウルス、トリケラトプス、プテラノドン、フタバスズキリュウ、イクチオサウルス……と思っていたら、最近の定義では、プテラノドンのような「翼竜」やフタバスズキリュウのような「首長竜」、そしてイクチオサウルスのような「魚竜」は「恐竜」とは別の爬虫類にされている。また、「恐竜」の枠の中に「鳥類」が定義されていて、鳥類は恐竜の生き残り的な位置付けにされている。

研究が進んで、いろいろと分類も変わっていくらしい。しかも、かなり生態も判明しているらしく、恐竜の暮らしぶりが分かってきていることにも驚いた。

子供の本を介して、いろいろなことを学ぶ今日この頃である。

2018年1月12日 キッチンに足のあるお化け、現る!?

朝、ボクが朝食のサラダの準備をして、妻のちぃ子が息子のツクル氏を起こしに行った。目を擦りながら階段を下りてきた息子に「おはよう」と声を掛けるが、彼は無視。そのままトイレに直行して、「パパはまだ上で寝てるよー。ボクが起こしに行かなくちゃ!」などと言っている。ちぃ子は「パパは起きてるでしょ」と言う。でも、息子は譲らない。「寝てるよ。ボクが起こしに行くんだから!!」。仕方がないので、ここはひとつ、息子の猿芝居にお付き合いしよう。ボクは3階のベッドに潜り込んで、目を閉じる。やがて、ドタドタと階段を昇ってくる足音。「パパー、起きてー!!」。そして、ほっぺたにチュー。ボクはパッチリと目を覚まして「わあ、おはよう! もう朝かー! 眠いー。まだ寝ていたーい!!」などと返す。平和な朝だ。こんなことでツクル氏は大満足。ベッドに寝転がったまま、足をバタバタさせて大喜び。子供だなあ。

ところが話はこれでは終わらない。大急ぎで朝ごはんを食べていると、ツクル氏が顔を寄せてくる。「何?」と尋ねると、声を潜めて「パパ、ボク、お化けを見たよ」と恐々と言う。「いつ?」と訊くと「朝。起きたら、台所に」。ん? 「それって、もしかして、パパそっくりだった」。「そうそう」。何てヤツだ。ボクは「それって、本当にお化けだった?」と訊いてみる。「うん。でも、足があったから怖くはなかった」。何てヤツ。あのとき、ちゃんと認識していたんじゃないか。こっちの挨拶を無視しやがって。その上、「お化けなのに、ちゃんとお皿を机に運べていたよ!」と彼はご丁寧にそんな状況まで説明する。「でも、何でパパ、台所のお化けのこと、知っているの?」。えーい、クソ。「足がある方が、実は怖いんだよ」と脅かしてみる。「えー、怖いー!!」とケラケラ笑う。

それにしても、この息子の帳尻合わせって、一体、何なのだろう。「3階ですやすやと眠っているはずのボク」を創造し、一方で、「実際に台所に立っていたボク」をただの「お化け」に仕立てあげる。こういう想像力というのか、妄想力というのか……。いやはや、子供の発想って、摩訶不思議である。

2017年6月30日 詩人・ツクル氏の誕生!

最近、息子が夜、なかなか寝ないので、真っ暗な寝室に連れて行く。「パパ、何も見えないよー」と言うので「パパも見えない。目を開けてても目を瞑ってても何も見えない」と返したら「パパ、目を瞑ったら夢が見えるよ」との回答。詩人かッ。

「いつもうなされているけど、毎日、怖い夢でも見ているの?」と訊いてみる。すると「怖い夢は朝、ミックスジュースにして飲むんだよ、パパ!」とのたまう。五味太郎かッ!!

2016年11月16日 パキスタンより帰国!!

2か月、パキスタンに行っていた。向こうでもウェブサイトが更新できると高を括っていたが、セキュリティの関係でログインできず、更新できなかった。そんなわけでずぅっと音信不通になっていた。一昨日の夜に帰国し、昨日、いろいろと日本に溜まっていた仕事をやっつけて、ようやく、今日、こうして自宅でパソコンに向き合っている。Wi-Fiのセキュリティの低さは認識していたけれど、まさかホテルのWi-FiでさえもWordPressが弾いてくるとは、想定外である。

子供がもう少しで3歳になる。段々、父親と離れているということに対して、いろいろと考える歳になってきたようだ。大昔と違って、FaceTimeやLINEがあるので、モニタ越しに会話はできる。帰国日が近づいてくると、すごく嬉しそうな顔をして「パパ、早く帰ってきてねー」などと喋って手を振っている。成長が見えるので、安心できるし、それはそれで幸せである。でも、寂しそうな顔を見せられるので、切なくなることもある。

そんなわけで取り敢えずの帰国報告である。

2016年5月9日 亭主関白なツクル氏

息子のツクル氏、最近、語尾が「○○だよね」から「○○だよな」に変わった。2歳児の分際で、あちこちで男の子っぽい言葉遣いをする。我が家ではテレビを見せていないし、ボク自身、非常に丁寧な言葉を喋るので、保育園の影響だろう。しかも、昔から気になっているのが、男の友達は「○○くん」と呼ぶのに対して、女の子は「ななみ」とか「ゆいか」とか「かな」などと呼び捨て。まるで亭主関白みたいな感じ。保育園の先生が女の子たちを呼び捨てで呼んでいるとは思えないので、何なのだろうか、と疑問を感じているこの頃である。子供って、よく分からないなあ。