2016年1月1日 人生は思いどおりにはならない

実家の車は真っ赤なVW(フォルクスワーゲン)のUP!だ。ツクル氏(息子)は大喜びで「あかいブーブ! あかいブーブ!!」と大はしゃぎ。ところが、お正月プレゼントとして木製のかわいい車の玩具を用意してボクの両親、ツクル氏には青、妹の子には赤を手渡した。これにツクル氏はショックを受けて、「ボク、あか、いいーッ」とごね始めた。妹の子は、特に赤い車に執着はなかったのだろう。でも、ツクル氏が欲しがるものだから、これは自分のものだ、と思ったのだろう。握りしめて離さない。そんなこんなで朝から大騒動。ボクの両親は新年早々、「失敗した」とショックを受けている。

しばらくはごねていたツクル氏も、何度か煩悶するような仕草をしていたが、やがて諦めたのか、猛烈に青い車で遊び始めた。それでも、妹の子が赤い車で遊び始めると、ちらちらとそちらに目を向けては茫然として、それからまた遊び始める。子供ながら、いろいろと葛藤があったのだろう。

なかなかどうして、人生は思いどおりにはならないものである。

2016年1月1日 今年はメジャーどころを埋めていこう!

あけましておめでとうございます。本年もウェブサイト「ヘタっぴなアルコール蒸留」をよろしくお願いいたします。今年も張り切って参ります!!

……というわけで、毎年恒例の抱負のコーナ。今年のファンタジィ事典編纂の目標は、マイナーどころを攻めるのではなくって、まずはメジャーなところを潰して、事典としてのクオリティを向上させよう、と決めている。メジャーな妖怪は、実はちょっとググればいろいろと出てくるし、目に触れる機会が多いので、間違った情報は比較的少ない。だから、わざわざボクがフォローする必要はない、と今までのボクは考えていて、どうしてもマイナーな方に視点を向けてきた。でも、実はメジャーな妖怪って、Wikipediaも含めて、意外と分かりにくい説明が多いなあ、と感じるようになってきた。情報が多過ぎて、逆にうまくまとめられなくなっている感じだ。その辺をもう少しシンプルに説明してやれば、きっと楽しいものになるだろう。それに、本当は、事典としての構成上、メジャーどころを埋めることも大切な使命である。そういう意味では原点回帰しようと思っている。

日本の妖怪、記紀神話……と情報が一番入手しやすい日本からスタートして、次々に項目を追記していきたいな、と考えている。

もうひとつの目標は、あんまり学術っぽく、堅苦しくなくいきたいな、ということ。資料としての厳密さと読み物としての面白さは相反する傾向があって、バランスのいいところに落とし込みたいな、と思っている。その辺を試行錯誤する年にしたい。

2016年1月2日 頑張れ、頑張れ!!

毎年恒例の極楽寺に行った。実家の近所にあるお寺で、ここには大小さまざまな石を敷き詰めた40メートルくらいの散策ルートがある。毎年、裸足になって、家族で「ヒィヒィ」言いながら石のルートを歩く。そうすると、足ツボが刺激されて、全身が温かくなってくるという寸法だ。ツクル氏(息子)は悲鳴を上げている両親を面白そうに眺めながら、平気な顔で石の上を歩いている。軽いせいもあるだろうし、若くて健康なのだろう。いいなあ。

「ヒィヒィ」と石の上を歩くボク

途中、ツクル氏が、従妹と手を繋ぎたいなどと言い出した。珍しく積極的だ。「頑張れ、頑張れ!」などと応援していたら、果敢に彼女に話し掛け始めた。人見知りなので何度か断られていたが、それでも3回目のアタックで手を繋いだ。微笑ましい限りだ。

2016年1月3日 嘘吐き。

2歳児も嘘を吐く。

この間、ツクル氏(息子)を驚かそうと隠れていたら、見つかってしまった。「何だよー、折角、驚かそうと思って隠れていたのにー」と言ったら、「あれ? パパいない。どこー? ここかなー?」などと全然、違うところを探し始める小芝居を始めた。誰が教えたのだろう。

本日は、ツクル氏から異臭がしたので、「うんちした?」と訊いたところ、「してないよ。ブーよ。ただのブーよ!」と宣った。ブーというのは《おなら》のこと。要するに「臭いのはおならをしたからであってうんちではない!」という意味なのだけれど、あまりに臭いので確認したら、うんちをしていた。最近、オムツを替えたがらないツクル氏である。トホホ。

2016年1月4日 「また会いましょう」

年賀状を読みながら考える。「また会いましょう」とか「また会えたらいいね」などと書いている人が意外と多い。当然、この年になると、高校や大学の頃の友人とはfacebook上やウェブサイト上だけの疎遠な関係になることもある。仕事で一度だけ、密なお付き合いをさせていただいた人もいる。だからそういう文章になるのだろう。

でも、「会いたい」と書くだけじゃ会えない。会うためには、会うためのそれ相応の努力をしなきゃいけない。時間を割かなきゃいけないし、計画を立てなきゃいけない。

ボクは文章に対して誠実であろうと思うので、こういう社交辞令的な文面は書かない。書くからには、会うための努力をしなきゃいけないなあ、と思う。

最近、ふと、「またあの人に会ってもいいな」という感情が湧くときもある。同窓会的な気分になるのは年を取ったということなのかもしれない。でも、その感情を書くときには、幹事を名乗り出て、飲み会を開かなきゃいけないよなあ、とも思う。多分、その決心がついたときに「会いたい」と書くことになるのだろう。

2016年1月5日 異国の地を歩いている気分

フィリピン・セブのプロジェクトのラップアップ・セミナに向けて、PowerPointの準備中。大まかなシナリオが出来たので、後は流れに従ってPowerPointのデザインの部分を作り込んでいく。ここまで来ると、大分、気楽になる。スライド作成で一番大事なのは、シナリオだ。

帰り道、発表内容を英語で考えながら歩いていたら、ケータイで電話する女の人の大声に思考を阻害される。その声が日本語だったので、「ああ、あの人、日本人だな」と思って、再び思考に戻ろうとして、はっと我に返る。そうだ。ここは日本だった。そう思った瞬間に、見慣れた日本の風景が視界に一気に飛び込んできた。

海外での生活が続いていたので、ついつい英語で考え事をしていると、英語脳に切り替わるらしい。日本にいながらにして、日本から切り離された異国の地を歩いている気分だった。こんなことは初めての経験だ。

もしも、ボクが英語で考え事をしながら歩いていて、誰かにぶつかったら、そのときには「オー、アイムソーリー」とか口走るかもしれない。言葉って不思議だ。

2016年1月6日 ほぼ唯一のもの

本日、嬉しい報告があった。毎回、フィリピンやナイジェリアを渡航するたびに、1週間をダイジェストにして面白可笑しい「報告書」を作成して、みんなに共有しているが、その取り組みが認められて、奨励賞をいただいたらしい。報告書作成の作業自体はかなり大変で、しんどいので、奨励賞という結果には少しの不満もあるが、でも、努力が認められるのは単純に嬉しい。

ちなみに、ボクの「報告書」は、ある人から「現地の状況が分かるほぼ唯一のもの」と評価されている。ボク自身がコンセプトとして、総括的に記述しないように心掛けていて、悩んだことや迷ったことも含めて、感じたことを正直に全部、記述しているからだ。かっちりと整理された報告書というのは、結果だけが記述されるので、その過程が大きく削ぎ落とされてしまう。そういうエッセンスを極力、取りこぼさないように書いている点を高く評価してくれている。実はその人の評価の方が、奨励賞よりも嬉しかったりする。と、ここで白状しておこう。

2016年1月8日 サイフォン・コーヒー

久々に洋光台に行く。駅前にあるアルバート・コーヒーでサイフォン・コーヒーを注文して飲む。何だか久々にサイフォンでコーヒーを淹れたくなる。最近はドリップ・コーヒーばかりで、サイフォン・コーヒーを淹れることはなくなった。何しろ楽チンだし、ある程度、コントロールできる。お湯の温度、お湯の量、一度にお湯を注ぐ量など、自分の好みでいろいろと調整できる。サイフォンの場合、豆の挽き方と量くらいしか決められない。アルコール・ランプなので火加減は調整できないし、火を外すタイミング以外はほぼ全自動だ。でも、サイフォンってよく設計されている。ほぼ全自動なのに、ちゃんと美味しく淹れられるように設計されているからすごい。

2016年1月10日 これもひとつの親孝行か!?

行ってしまって、逃げてしまって、去ってしまって……で知られる年度末だ。ボクの怒涛の年度末も本日から開始。

これからフィリピンに出発する。今回は1週間の渡航だけど、帰国して1週間したら、今度はナイジェリアへの渡航が30日間、それからその2週間後にはスーダンの25日間の渡航が待っている。ほとんど海外に行って本年度が終わってしまう計算だ。誰がこんな人生を予想していただろう。

今までずぅっと知らなかったが、母親はボクに世界で活躍する人になって欲しかったらしい。ちぃ子(妻)に「こんな形で夢が叶った」と嬉しそうに語ったらしい。おっかしいなー。「医者か公務員か学者になれ」と言われて育ったような気がするんだけど……。ママン、実は密かにそんな夢があったんだねー。果たしてその夢が叶ったと言えるのかどうなのか……。いずれにしても、この仕事であっちこっちに飛び回って、ちぃ子やツクル氏(息子)には苦労を掛けているが、ひとつの親孝行になっているのかもしれない。

そんなわけで、ちょっとフィリピンに行って参る!! 1週間だと、もう、気楽な旅に感じてしまうボクである(笑)。

2016年1月10日 クラシック音楽と出会いの話。

クラシック音楽を聴くのは飛行機の中くらいだった。クラシック音楽って、1曲がものすごく長いことが多い。でも、日常、長時間、集中して音楽を聴く時間なんてそうそう確保できないわけで、たとえば、通勤中に聴いても、楽曲が最後まで辿り着かないうちにボクの方が職場に辿り着いてしまう。そんなことをちぃ子(妻)と話した。すると「え? 義妹が食事の時間はクラシック音楽をかけているらしいよ」とのこと。幼児教育のつもりだろうか。それなら、と我が家でもここ数日、真似をしている。ツクル氏(息子)の感受性にどういう影響があるのかは分からないけれど、ボクとしては楽しい時間をゲットした格好だ。

* * *

小学館の『クラシックプレミアム』を創刊号から購読していた。海外にいる期間が多かったので、なかなか買えない期間も続いていたが、久々に買ってみた。ビゼーなんて知らないよ、と思ったら、「アルルの女」の前奏曲とか「カルメン」とか、曲はちゃんと知っていた。でも、ビゼーという名前には、全然、ピンと来ない。もちろん、ビゼーという名前は聞いたことがあるし、音楽家にそんな人がいるのも知っていたけれど、「あらま、この曲の作曲家なのね」てな具合だ。

こういう『クラシックプレミアム』みたいなシリーズはいい。ボク自身の恣意的な選択がなくって、順繰り、有名どころを楽しめるので、普通だったら出会わない出会いがある。本も、音楽も、絵も、テレビ番組もそうかもしれない。どうやって偶然の出会いを持ち込むか。結局、人間は好きなもの、知っているものしか見えていないので、その圏外にある諸々と出会うのは、実のところ、至難のワザである。その意味で、今回、『クラシックプレミアム』は背伸びして購入してみたシリーズである。残りの4号分を買えば50号が揃う。いろんな音楽家を満喫できたし、いい出会いもあった。なかなか楽しい。

2016年1月11日 シヌログ祭

セブのカウンターパートの執務室に行ったら、部屋中がピンクや黄色、緑の色紙でド派手に装飾されている。ボクはフィリピンなので、てっきりクリスマスの名残かな、と思った。あるいは1月なので、新年のお祝いの名残なのかもしれない。ところが、マム・ヘレンに説明を求めると、これはシヌログ祭の期間中だからだという。

フィリピン各地には町の守護聖人がいて、それを祝う「フィエスタ」という祭りがある。セブはマゼラン大佐が持ち込んだ幼きイエスの像「サント・ニーニョ」を祀る。これを祀ったお祭りが「シヌログ祭」で、9日間、続く。最終日には、幼きイエスの像が登場する。ホント、フィリピン人はお祭り大好きで、1年中、お祭りばっかりだ。

最近では、シヌログ祭といえば、ダンスの祭典として有名になっている。各地のダンス・チームの代表が集まって、町中で競い合うらしい。みんな、シヌログ祭への参加を勧めてくるが、残念ながら、本番は日曜日らしい。その頃には日本だ。あらまあ。残念。

2016年1月13日 レチョン・バボイのその後

フィリピンではしばしば、お祝いの際にはレチョン・バボイ(Lechon Baboy)が登場する。レチョン・バボイとはタガログ語で《豚の丸焼き》という意味。今回のフィリピンの渡航でも、ラップアップ・セミナが終わった後、満を持してレチョン・バボイが登場した。何度もフィリピンに渡航したけれど、これで3回目の面会だ。

卓上のレチョン・バボイ
卓上のレチョン・バボイ

バボイの頭部
食べ終わったレチョン・バボイの頭部

う、うーん。食後のレチョン・バボイを写真に撮ると、なかなかインパクトがある(笑)。味は、かなり脂っこい。でも、皮は鳥皮のようなパリパリした感じで、非常に香ばしく、美味しい。

2016年1月19日 未熟な会社ってヤだよねえの巻

SMAP騒動の後味が悪い。いや、終わったのかどうか分からないから、「後味」という表現は早いのかもしれないけれど……。

独立しようとして、失敗して、制裁された。そういうことなのかもしれないけれど、それって会社内部の問題であって、実のところ、視聴者やファンには全ッ然、関係がないことだ。正直、内部の恥を外に晒すなよ、と思う。大塚家具のときも思ったけれど、恥ずかしい会社だな、と感じる。その上、そんな恥をわざわざメディアで喧伝して回るなんて、経営層としてどうなのか。独立することの業界的な善し悪しや慣習は分からないが、事務所は外向きにヘタクソな対応をした。謝罪すべきは、こんな立ち回りをした事務所だ。メンバは裏でいろいろな問題を抱えながらも、今まで、何もないかのようにモニタ上ではにこやかに対応していた。こちらの方がずぅっとまともな発想だと思う。

結局のところ、不幸な組織だということを宣伝して、会社のイメージが地に落ちた。まあ、昔っから、OBが変な告発本を出していたから、最初っから不幸な組織なのかもしれない。SMAPの購買運動じゃなくって、ジャニーズの不買運動をした方がSMAP存続のためには効果的なのではないか、と思ったりする。

よく、イケメンの子供を見て、親に「ジャニーズ入れたら?」と冗談で言うことがある。「もしイケメンに育ったらジャニーズに入れる?」というパターンの冗談もある。ジャニーズ事務所というのは、そのくらいの知名度があって、浸透していた。

でも、タレントって商品なのだと思う。企業では、内部でどんなゴタゴタがあったとしても、自社の商品を貶めるような行為をしてはいけない。ジャニーズは商品であるタレントを守ってくれないのだ、という印象を社会に与えた。SMAPほどの大御所であっても、こういう仕打ちをされる。おそらく、今、ジャニーズに子供を預けている母親たちはそう怖いだろうな、と想像するし、潜在的に将来、ジャニーズに子供を預けようかな、と思っていた母親たちも、尻込みをして心が離れただろう。少なくとも、ボディ・ブローのように、事務所はダメージを受けるだろう、と感じる。

ボクは声を大にして言う。芸能界なんて本来、ヤクザな商売だ。そんなことは、一度でもライヴハウスに行けば分かる。裏で麻雀をしながら、煙草を吸って、ライヴを仕切っているあの男たちがまともじゃないことは明白だ。そういう世界だ。最初っからまともじゃない。「独立したい!」「絶対にダメだ。そんなことをしたら徹底的に邪魔するからな!」なんて会話は、日常茶飯事なのだと思う。でも、それを表に見せないでうまく立ち回るからこそ、芸能界は成立するのだ。

「お前の子供、ジャニーズに入れたら?」というジョークを、未来永劫、ボクは言わないだろう。冗談でも、そんなことを口に出来ない。そんな空気を、今回、ジャニーズ事務所は作ったよなあ、と思う。会社として、そういうヘタを打ったことが、ボクには衝撃だった。

2016年1月21日 メディアのリテラシ

改めて思うのだが、ベッキーと絵音氏の騒動、いろんな意味で、メディア、問題じゃないのかしら。

そもそも、LINEでのやり取りをゲットして文春に売った第三者の行動に問題がある。どうやって入手したのだろう。それって合法?

そういう大前提はさておき、その第三者から情報を購入して、明らかに「外部への公開」を意図していないプライベートなLINEのやりとりを、そのまんま掲載してしまう文春には大きな問題がある。手紙にしろ、メールにしろ、電話音声にしろ、LINEにしろ、他人に公開されることを前提にしていないものを勝手に大衆の目に晒すのは、やっぱり大問題で、決して、芸能人だからいいだろう、と許される問題ではない。

ただし、文春の場合、お金を出して雑誌を購入した読者に向けて公表している。問題になった場合には、おそらく編集長が責任を取ることになるだろう。公開に踏み切った文春は、ある程度、情報の取捨選択をして、覚悟をもってやっているだろうな、と想像する。訴えられれば、それなりの責めを負う。そういう覚悟は持っているだろうと思う。

ところが、文春の記事をテレビやネットのニュースは当たり前のように取り上げている。これってどうなのだろうか。メディア自体が、各々、ちゃんと「外部への公開」を意図していないプライベートなものだ、ということを、ちゃんと意識して、判断して情報発信しているだろうか? 文春がオープンにしたからいいじゃないか、と安易にネタを取り上げていないだろうか。各自、ちゃんと責任はとれるのだろうか。

大体、文春が雑誌の読者に向けて発信している情報を、さらっと取り上げてニュースに仕立ててしまうメディアの在り方が、ボクには問題だ、と感じる。書かれた記事は、本来、書いた記者と掲載した雑誌の財産である。勝手にニュースに取り上げていいものなのだろうか。

そもそも、公共の電波で、こんなくだらないことを大々的に取り上げるなよ。もっと大事なことがあるじゃん、と思う。

2016年1月29日 タスクフォースの結成!?

ちょっとだけ背伸びをして、先方にタスクフォースの結成を提案してみた。ボクの中で、今進めているプロジェクトを、組織の取り組みに昇華させる必要があって、そのソリューションのひとつとして、組織横断的なタスクフォースの結成が絶対に必要だ、と感じたのだ。だから、思い切って、調査団のリーダーに提案したら、そのまんま、先方に提案することになった。今、タスクフォースのメンバ構成をリーダーと検討している。

……それにしても、提案してみるものだなあ。

2016年1月31日 ナイジェリアの週末

アブジャの治安について、特に不安に感じることはない。ナイジェリアの北の方はまだまだボコ・ハラムが活動を続けているし、南の方は石油の利権があって外国人誘拐があるらしい。でも、アブジャそのものは穏やかで、怖いな、と感じることはほとんどない。それでも、うろうろと歩き回って何かあるといけないので、シェラトン・ホテルに引き籠っている。足がない、というのもひとつの理由だ。

リーダーは部屋でお仕事。基本的にお仕事が大好きなのだ。ワーカホリックである。青服おじさんはナイジェリアの日本人に誘われて、ゴルフを満喫。スマホ田さんは、きっとタイの女の子とLINEやfacebookをお楽しみだろうし、モリターマンはジムのランニング・マシンで1時間以上、走っている。ボクはそんなモリターマンを眺めながら、プール・サイドで日向ぼっこ。ハンバーガーを齧りながらの読書だ。

そんなわけで、みんな、思い思いにホテル・ライフを満喫している。ナイジェリアの週末はこんな感じ。

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