2025年5月25日 絵文字の歴史3:ハートマーク事件とドコモ絵文字の誕生

5月23日の記事「絵文字の歴史2:感情を伝えるには顔のシンボルが必要だ」の続き。

人間のコミュニケーションの基本は「会話」だったはずだ。しかし、オンラインが普及して、文字だけでのコミュニケーションになると、感情が伝わらないので、喧嘩が増える。前回はアメリカの大学で、感情を伝えるために「顔文字」を導入した事例を紹介した。同様の現象は日本でも起こっていて、それを象徴する出来事が1998年の「ハートマーク事件」と言える。

当時は1G、アナロク電波で通信していた時代で、若者たちのコミュニケーションツールは「ポケベル」だった。ポケベルは送れる文字数が少なく、感情を伝えることが難しいため、若者たちは語尾に「♥」をつけて気持ちを込めるみたいな文化が浸透していた。たとえば、docomoのポケベル(センティーシリーズ)ではツータッチ入力の「88」で「♥」を送ることができた。一説では、バンド「Go!Go!7188」はポケベルのツータッチ入力に由来するとされている。ベースのアッコは本名が野間亜紀子だが、ポケベルのツータッチ入力の「55 71 88」は「ノマ♥」となる。

ところが、1998年にdocomoが社会人向けポケベル「インフォネクスト」を発売したときに問題が起きた。「インフォネクスト」はこれまでのカタカタだけでなくて、漢字も使えるという触れ込みだった。そして、その代わり「♥」が使えなくなった。そうしたら、高校生を中心に「今後、docomoはハートマークが使えなくなる」という間違った噂が日本全国に広まって、競合他社のテレメッセージ社にたくさんの若者が乗り換えた。当時、docomoは衝撃をもってこの出来事を受け止めたわけで「ハートマーク事件」と命名されている。

docomoでは次なる新商品として「i-mode」の開発を進めていたところだった。時代は2Gに移って、デジタル通信になった。携帯電話でメールやインターネットができる時代に向かって動いていて、まさにdocomoは、世界で初めて、携帯電話でインターネットにアクセスできる最先端の製品を作っていたわけだ。そのときに、docomoの社員だった栗田穣崇氏は「ハートマーク事件」を目の当たりにしていて、次世代端末には「絵文字」が必要だと考えた。そして、176種類の絵文字(12×12ピクセル)を監修・開発した。こうして、1999年にi-modeが発売され、ドコモ絵文字も普及していった。

もちろん、これは環境依存文字で、docomoの端末以外では文字化けする。それでも、非常に画期的だったわけで、この176種類のドコモ絵文字は2016年10月にニューヨーク近代美術館(MoMA)に収蔵されている。