2026年1月30日 「正解」はない。でも、それを希求する。

三宅香帆さんの本が、どこの本屋に行っても平積みになっていて、ものすごい勢いを感じる。紅白の審査員席にも座っていたしね。こんなところにまで進出しているーって思って、ちょっとビックリしたけど。最近は加納愛子さんともYouTubeでコラボしていて、一緒に本屋さんに行っていたしね。

そんなわけで、今話題の『考察する若者たち』(著:三宅香帆,PHP新書,2025年)を読んだ。

なるほどなーって思った。正しい正しくないではなくって、そういう解釈もある。それに、納得する部分も、共感する部分もたくさんある。タイトルは「若者」ってなっているけれど、おそらく若者だけの話ではない。若者に顕著な特徴が詰まっているけれど、大人の中にも、こういう価値観が徐々に浸食しているような気もする。「報われ」を求める感覚とか、正解や最適解を求めがちな感覚、成長したいという感覚。

昨年、ボクの職場で病んでしまった女性がいた。「自分は成長できていない。周りの同期に後れを取っている」と言って出社できなくなってしまった。若い人で、おじさんに囲まれて比較的甘やかされていた。それが彼女を追い込んだ。多分、「何故?」と思っているおじさんがたくさんいるはずだ。まさにこういうギャップが言語化されている本だな、と感じた。

今日も今日で、年配の上司が職場でフリーディスカッションの場を設けて「この議論に正解はない。失敗してもいいから好きに発言していいぞ!」みたいなことを言っていて、ギャップがあるんだろうなあと思っている。ただ、このフリーディスカッションの先に「成長」が提示されているので、まだ希望があるとも言えるかもしれない。ちょうどこの本を読んでいたところだったので、そんなことを考え込んでしまった。

第9章、終章、あとがきにかけては、三宅さんの強い想いが迸っている。文章が暴れている感じ。三宅さんからの、生きづらい若者たちへのエールなのだと感じたし、平成を生きたボクたちがどう生きていくべきかのひとつの指針を与えてくれたようにも感じた。