2025年11月20日 マクロの世界とミクロの世界で考える視点
寛容さを大事に日々を暮らしている八朔シータ。さてはて。
最近、ニュース記事とSNSでのその反応を見ていて感じることがあるので、ちょっとここで書き出してみたい。最近のホットな話題で言うと、高市さんの「存立危機事態」を巡る発言だ。これについて、結構、SNSだけを見ていると高市さんに好意的な反応が多いように見受けられる。一方のオールドメディアだと批判的な立場での報道も結構、多い。ボクはこの是非を議論するつもりはない。個人的には、高市さんがちょっと勇み足だったかなと思うし、中国からはそこに付け込まれた格好だと思うので、結果としては好ましい状況ではない。
ただ、ボクが今回、書きたいのは、そういう高市さんの発言の是非とか、中国の対応の是非ではない。ずぅっと、SNSに横行する白か黒かみたいなザックリした考え方への違和感みたいなものが、ボクの中にはある。SNSだと「中国と仲良くする必要はない」とか「中国人が来るのは迷惑だからそもそも日本に来なくてもよかった」とか「中国人にホタテなんか渡さなくてもよい」とか、まあ、中国に対して敵対的で、高市さんを擁護する論調が多い。でも、ボクは立ち止まって少し考えてしまう。それって、あまりにも大枠での雑な考え方ではないかと思うわけだ。あまりに想像力が足らなすぎる。
たとえば、ボクの知人に、中国人と結婚している女性がいる。彼女の息子は小学校6年生だ。おそらくだけど、彼女の家は、今、とても窮屈な思いをしているのではないか。何しろ、彼女の息子にとって、父親は中国人で、父方の祖父母も中国人だ。攻撃の対象に晒されているし、祖父母との交流も難しくなっていくだろう。こういう目の前にあるリアルな世界に目を向けた上でも、「中国」という一括りの言葉で好き放題に発言できるのだろうか。
たとえば、中国企業も含めていろいろな国で商売をしている日本の中小企業がいて、たくさんの観光客の中には中国人もいて、そういう中で収益を上げている業態もたくさんある。ホタテを中国に売ることで利益を想定していた会社だって、当然、あるだろう。日本全体を考えれば、たしかに中国に依存しない経済の確立は進める必要があるだろう。オーバーツーリズムの解消も課題だから、観光客を抑制する活動も、超長期的には必要だ。ホタテだって、最終的には国内需要で賄えてしまうのかもしれない。でも、見つめなきゃいけないのは、そういうマクロの世界ではなくって、ミクロの世界だ。個人個人の立場で考えたときに、中国との取引が1件潰れることで大ダメージになるような零細企業だって、当然、ある。観光地だってそうだ。売り上げが確実に下がる。それで日々の生活が立ちいかなくなることだってある。それを国益のために受け容れろというのは、残酷な話だ。彼らにとっては、どの国の人であろうとも、必要な顧客であり、売り上げである。「中国人なんか相手にしていたから悪い。潰れてしまえ」と言えるのか。そういう人たちを黙殺して、日本全体にとってのプラスやマイナスを議論するというのは、あまりにも短絡的だし、思い遣りと創造力に欠けた発言だ。
SNSに書き込む前に、ちょっとだけ想像して、思い遣って欲しいよなあ。それって、そんなに難しいことなのかなあ。





