2014年1月23日 「いいね!」に惑わされることなかれ!
facebookの寿命は後4年、という記事があった。高齢化が進んでいるらしい。それにしても、SNSって、これからどうなって行くんだろうか。正直、ね。「いいね!」とか面倒臭いなあ、と思っている。mixiの「足跡機能」よりは断然いいけど、でも、「いいね!」のせいで、「いいね!」を貰いやすい文章が蔓延していく。これって、不思議だよね。そういうバイアスが掛かるのだ。自覚的か、無自覚なのかは分からない。でも、みんなが似たような方向の記事に収斂していく。それがボクとしては面白くないのだ。
「いいね!」が目的になっちゃダメだ。それって、SNSを楽しむ本質ではないはず。「友達」の数が多いとか「いいね!」の数が多いとかで舞い上がっていることって、とても不幸なことだ、と思う。表面的な共感なんか糞喰らえだ! ボクは本当に「いいね!」と思わないと「いいね!」は押さない。
2014年1月9日 抽象画にはあんまりピンと来ませんが
最近の「日々の雑記」を読んで反省していることがひとつある(本当はひとつだけじゃないけど!)。昔のボクの文章って、もっとずぅっと抽象的だった、と思う。一方で、最近のボクの文章はそうなっていない。もっともっと抽象化すべきだ。そんな反省。
抽象化するというのは具体化しないということ。例えば「何月何日に誰々と一緒にどこそこの某というお店に行ったらそこの店員がこういう対応をしたので非常に不満だった」ということを書けば、これは非常に具体的である。そのお店あるいは店員に対する不平不満をぶつけるという意味では非常に有意義である。あるいはそのお店のネガティヴ・キャンペーンとしても、大方、焼け石に水的ではあっても、もしかしたら、有効な場合があるかもしれない。でも、同じ出来事を、「こういうお店の対応はお客さんにこういう不快な感情を与えるのでもっとこういう対応をすべきだったのではないか」みたいに書くと、少しは抽象化される。まるで評論家になったのではないか、と錯覚できるかもしれない。あるいはもっとボク個人に潜り込んで行って「ボクという人間はどういうときに不快を感じるのか」ということを論じてみると、これもひとつの抽象化だろう。あるいは「最近、こういう対応をするお店が増えているが、どうしてか」と分析的に書いてみてもいいかもしれない。こういうのも抽象化と言えるかもしれない。
個別・具体的に書くことと、そういう個別・具体的な出来事を踏まえた上で抽象化して書くこと。どっちが優れているというわけでも、どっちが偉いということでもない。それぞれ一長一短だ。想定される読み手に左右されるだろう。たとえば、より身近で、ボクのことを知っている人からしたら、具体的なことも面白いかもしれない。facebookで内輪向けに書くときには、抽象化されたものよりも共感を呼べるし、楽しんでもらえる可能性も高いだろうな、と感じる。一方、ボクに興味のない人、ボクと親しくない人は、ボクの個別・具体的な出来事なんて読んでもちっとも面白くない。でも、もしかしたら、抽象化することで、そういう人たちにとっても、多少なりとも価値があるもの(あるいは価値があると錯覚させられるもの)になる可能性はある。抽象化すれば、少しは高尚だと思ってもらえるかもしれない。
そんなわけで(どんなわけ?)、ボクとしては、後者を目指したいな、と思うのである。SNS的な仲良しこよしの雑記を目指すか、もっと幅広い人(場合によっては通りすがりの人)を想定して書くか、という違いで、ウェブサイト「ヘタっぴなアルコール蒸留」の中でボクが目指すのは後者だ、という認識なのである。
2010年9月1日 きぬふたを開始!!
いろいろ考えて、ようやくひとつの結論に達する。htmlでタグ打ちしていたウェブサイト「日々の雑記」をblogに移行するということ。それがベストなウェイだと結論付けた。
実は、毎度毎度、blogを始めてはやめてきたボクがいる。ある程度、htmlで抵抗なくテキストが書けてしまうと、やっぱりその方が自由だし、コントロールしやすい。統一感も出せる。だから、ついつい雑記もタグ打ちを採用してしまう。でも、タグ打ちはPCがあってこそだ。ちょっとした空き時間にちょろちょろ、と弄ることはできない。その結果として、落ち着いて家にいるタイミングにしか更新できなくなるので、更新のペースが悪くなる。悪くなるとタイミングを逃して、ずるずると雑記を書かなくなる。この悪循環に陥る。それは回避したいなあ。やる以上は定期的に更新したいなあ。そう考えると、blogというのはひとつのソリューションになる。
そういうわけで、8月の間、悶々と悩んでいたんだけど、9月になったらblogを始めようと決断をした。そうして、9月1日になったので、blogを開始してみる。
まあ、書いたとしても日々の瑣事だ。期待されるようなことには応えられない。書きたいものを綴るだけだ。それでもいいよ、という身近な人に向けて、細々と発信する予定。





