2014年5月1日 8時間労働の歌!!
「第1の8時間は仕事のために、第2の8時間は休息のために、そして残りの8時間は、俺たちの好きなことのために」
メーデーの基本原理は、こんな素敵な合言葉に始まっているらしい。「俺たちの好きなことのために」。ボクたちは、もっとこの言葉を強く意識して生きていかなきゃいけない。
1886年に歌われた「8時間労働の歌(Eight hours)」のサビの部分の歌詞を載せておこう。
Eight Hours for Work, Eight Hours for Rest, Eight Hours for What We Will!!
2014年5月1日 M浦さんの話
フィリピンは本日はメーデーなので、現地の人々はみんなお休み。だから、我々は移動日だ。ニイノ・アキノ国際空港(NAIA)からカガヤン・デ・オロに向かう。
カガヤン・デ・オロと言えば、M浦さんの奥さんの故郷だ。そして、M浦さんと言えば、ボクを国際協力の道に引き込んだ諸悪の根源だ。新入社員だったボクは、M浦さんに誘われるままに国際協力の部会に参加するようになった。当時はまだ仕事は人に張り付いた時代で、海外から研修員が来るたびに、M浦さんが受け入れを引き受け、ボクらの職場が研修の舞台になっていた。M浦さんは結構、無茶をする人で、当時の課長や係長に英語で挨拶させたり、親方の設計現場に行って、親方に設計思想を説明させたり、いい意味でも悪い意味でも、職場全体での受け入れを実践していた。ボクもそれに巻き込まれながら、当日の英語資料や課長、係長の読み原稿なんかを作ったりしていたわけだ。
当時はD田さんが人材開発課にいて、結構、無茶な仕事を振って来る。一番、記憶に残っているのは、2月の終わりに海外研修員が訪日していて、D田さんから彼らを現場に連れて行って欲しい、と頼まれたこと。2月の終わりなんて、大抵、工事はほとんど終わっている。いろんな工事部隊の現場を当たったけれど、案の定、全部、工事は終わっている。仕方ないので、M浦さんとボクは勝手に図面管理の講義に切り替えて、竣工図を片手に竣工現場に行くことにした。実際の工事写真や図面を見ながら、設計から完成までの流れを説明して、完成品がどういう風に図面になって管理されているかを説明した。ベトナム人がしきりに感心していたのを、今でも覚えている。そういう小さなことが、きっと、ボクをフィリピンの地に立たせているのだ。
で、そのM浦さん。あるとき、ボクが趣味で雑誌を作るのを見て、自分も作ってみたいと相談を受けたことがある。結婚報告の雑誌を自分もつくるのだ、と言うのである。だから、印刷業者を紹介して、作り方、紙の選び方、注文方法なんかを教えたことがある。そうやって出来上がった雑誌の中に、奥さんとの結婚までのエピソードが入っていて、そこにカガヤン・デ・オロという地名が登場した。カガヤン・デ・オロは、まさにM浦さんの奥さんの故郷で、M浦さんがフィリピンで結婚式を挙げた場所なのだ。何の因果だろうなあ、と思っている。
ああ、全然、話が脱線している。まあ、いいか。
閑話休題。
そんなわけで、本日はフィリピンはメーデーなので、ボクたちはマニラからカガヤン・デ・オロに大移動。

カガヤン・デ・オロの風景
写真はカガヤン・デ・オロ。ホテルの近く。タイのトゥクトゥクみたいなのが走っていて、結構、田舎だ。
2014年5月2日 計画停電とJICAプロジェクト
現地業務の最初はKick-Off Meetingから始める。我々がこのプロジェクトで何をやるのか、というのを現地スタッフに説明して、了解してもらう必要があるからだ。
ところで、カガヤン・デ・オロ市は毎日、数時間の計画停電があるらしい。電気は水力発電に依存しているようで、雨が降らず、水不足なので、電気が作れないのだそうだ。日本も原発事故の後は計画停電があった。電気が足りない、というのは非常に大変だ。当然、冷房も動かないし、パソコンも動かない。それに、いろんな施設や設備も動かなくなってしまう。もう、全ッ然、仕事にならない。社会として大きな損失だ。
本日は、我々の事務所は12時半から16時半までの4時間の停電が計画されているという。事務所にいても暑いばかりなので、打合せは午前中までにして、午後からは現場視察だ。現地スタッフに市内を案内してもらう。

施設のあちこちに日本の旗がプリントされているのが印象的だった。2011年に北ミンダナオを大きな台風が襲った。国際的にはWashiと呼ばれているけれど、フィリピンではSendongと呼ばれている。この大風で、カガヤン・デ・オロは大きなダメージを受けたわけだけど、JICAが入って台風被害のリカバー事業をやったらしい。施設のあっちこっちにJICAへの感謝が書かれていたり、日本の旗がプリントされていたりして、何だか日本人として誇らしくなる。頑張れ、JICA!! こうやって、フィリピン人が親日になればいい、と思う。
2014年5月3日 まずは心臓から遠いところから!!
カガヤン・デ・オロ市に入ってからの最初の休暇。とは言え、非常に蒸し暑いので、ボクはダウンしている。午前中は頭痛に苛まれて、ベッドにごろん、と横になっていた。

午後からは復活して、町を散策する。大きな複合施設があっちこっちにあって、栄えているなあ、という印象。道路はガタガタだし、のんびりと自転車タクシーが走って大渋滞を引き起こしているし、電線はぐちゃぐちゃ、給水管も露出して地上を走っている。そんな田舎の景色に、突如、ででーん、ときれいな巨大施設が出現する。こういうのは、東南アジアならではなのかもしれない。

ボクは本屋を散策。でも、フィリピンの本屋は乱雑で、何がどこにあるのか、全ッ然、分からない。それでも、子供向けのフィリピンの神話・伝承みたいな本を発見。どうも、神話・伝承とか言いながら、民話っぽいな、と思ったので、購入は躊躇している。もう少し立ち読みしてから考えようと思う。
そうそう。エヌ井さんって、結構、フットワークが軽いというか、アクティヴな人だ。土曜日なので仕事としてはお休みなんだけど、2時間くらい1人でふらふらとカガヤン・デ・オロを散策していたらしい。しかも、ちゃっかり安いランドリィ・ショップを発見して、洗濯物を預けてしまったという。
ちなみにホテルは水しか出ない。どうやらボイラが故障しているらしい。ボクなんかは、まあ、こんなもんか、と思って諦めている。でも、エヌ井さんは諦めない。ホテルの人と連日連夜、いつ直るのかとか、今、どういう状況なのかとかコミュニケーションをとっている。エヌ井さんによれば、日曜日にはマニラからエンジニアが来て直すらしい。わざわざマニラからエンジニアを呼ばなきゃいけないとは、一体、どういう技術水準なんだ? うーん。
ケンさんは「まずは心臓から遠いところの水浴びから始めると、血管が冷えるので、身体が冷えます。そうすれば、そのうち、水が温かく感じられるようになります。慣れれば充分、温かい水ですよ」なんてアドバイスしてくれる。フィリピンは朝も夜も非常に暑いので、水のシャワーでも充分かもしれない。最近では、ボクもそう思うようになった。
2014年5月4日 路地の奥にあるランドリィ・ショップ
ホテルのボーイに紹介してもらったランドリィ・ショップ。

路地の奥にランドリィ・ショップ
まさかこの路地の奥がランドリー・ショップだとは誰も思うまい。階段の上でお婆ちゃんが昼寝していて、話し掛けると、子供たちがわらわらと現れた。そして、洗濯物を持っていく。「名前は?」「3着しかないの?」「明日の昼には出来るよ」「どこのホテル?」などと勝手にみんな喋っている。一番小さい女の子の英語が一番、流暢できれいだったので、部屋番号と名前を告げておく。現地ならではの体験である。
3着だけ洗濯物を頼んだら50ペソ。120円くらい。まあ、そんなもんだ。
2014年5月5日 男女共同参画って何だ!?
日本だと、管理職って男性ばっかりというイメージがある。でも、フィリピンじゃ、女性スタッフが要職に就いている。ここじゃ、総裁が女性だし、会議の出席者の半分以上は女性だ。会議に出てくる人というのは、それなりのポジションの人だ。その点じゃ、日本よりも進んでいる。
しかも、みんな、結構、若いように見えて、実は家に帰れば子供がたくさんいるのだ。それでも、ちゃんと仕事と育児が両立出来ている。不思議。フィリピンじゃ、家族が多いからなのかなあ。もう、親類縁者が数えきれないほどいて、誰が誰やら分からないくらい。みんなで仲良く暮らしている。そういう家庭で、みんなで子育てするシステムなのかもしれない。核家族だと、なかなか難しいよなあ。
* * *
カガヤン・デ・オロにはワインはないらしい。エヌ井さんはご不満らしい。ワインを求めて毎日、彷徨っている。それでも、ちゃんとしたワインが飲めていない。
2014年5月6日 敬称「さん」の威力
海外にいると、日本語の敬称の「さん」って便利だなあ、と思う。男性か女性か、あるいは結婚しているか否か、目上か目下かなんて関係ない。誰に対しても「さん」でオーケィだ。ボクはフィリピンではみんな、「さん」で通している。Rachel-san、Boy-san、Neth-san……。総裁でも、部長でも、スタッフでも、男性でも女性でも、みんな、「さん」だ。
昔、上司が「俺は全員のことを『さん』で呼んでいる。そうしたら楽になった」と言っているのを思い出す。
2014年5月8日 当たり前が通じないのが海外だ!?
何事も積極性が大事である。特に海外でのコミュニケーションはそうだ。今日は比較的、カウンタ・パートと喋れたな、という感じ。レンタカーのドライバとも、支払いや明日の予定について、何とか交渉出来ている。漏水調査のコツを覚えてきた。フィリピンのスタッフはもちろんのこと、ボクも要領が分かってきた感じ。コツが分かれば、多少、スムーズだ。少しだけ、希望の光が見えてきた。ミャンマーに派遣されていたときには、どうやって絡んでいけば分からず、一歩、引いていた。今回は、多少、自分のペースを持ち込んでやれている。
* * *
それにしても、フィリピンのスタッフに、効率的にやろう、という精神性がないので辟易だ。その辺は文化なのもしれないし、教育なのかもしれない。日本人が真面目すぎるのかもしれないし、教育されているのかもしれない。みんな、のんびりだし、思い思いに行動している。分担とか、引き継ぎとか、報連相の類いはない。誰かがどこかで作業が終わっても、それに満足して完了の連絡はない。当然、次の作業に移動するサインも出ない。しばらく待っていて、こっちが「フィニッシュ?」と聞くと「おお、イエス」と指を立てて笑う。とっくの昔に終わっていたらしい。終わったのなら、他のメンバに完了の旨を伝えてくれ。みんな、君を待っているのだ。その辺のシステマティックなやり方を、今日はホワイトボードで一所懸命説明するボク。きっと、こういうことが、海外で仕事をする、ということなのである。当たり前は通じない。
2014年5月10日 教育と誠実さ
フィリピンに来て10日くらいが過ぎた。土曜日が来て、ようやく「日々の雑記」をWordに落とし込む。それだけで、少しだけ、気持ちを整理出来るから不思議だ。フィリピンでの出来事を整理して、落とし込めた。
* * *
今回のプロジェクトでは、日本から最新鋭の機材を持っていった。でも、結果は不明確だ。何とも言えない感じ。ボクの使い方が悪いのか、そもそもの機械の性能がそういうものなのか、それなりに結果を評価するのに経験が必要になるのか。いずれにしても、明確にズバッと結果を示してあげられない。どう評価して、どうやって伝えようか。悩ましい。ケンさんは「嘘でもいいから言い切ることが大切だ!」と言う。「曖昧なポーズは見せない。これはこうだ!と言ったって、誰も分からない!」。まあ、そうだろうな、とは思う。こちらが教える側なのだから、そうあるべきだろう。先生が曖昧じゃ、生徒は大変だ。でも、一方では、そういうのは誠実ではない、とも思う。難しいところ。もう少しだけ、悩んでみよう、と思う。
2014年5月11日 庶民のガイサノで洋服を購入!!
庶民のガイサノで洋服を購入。何しろ205ペソだ。日本円で本日のレートで490円くらい。これは安い。買いだ。さすが、庶民の味方のガイサノだ。洋服なんて現地調達で充分だなあ。これだって、選んで買ったから高いのであって、選ばなければもっと安いのだ。

2014年5月12日 百戦錬磨のケンさんもドン引きの惨状にさあ、どうなる!?

本日はスラムの村へ。施設の管理状況はひどい状況だ。何年も触っていないような感じ。扉を開けたら、大量のゴキブリがわらわらと飛び出してくる始末。この惨状に、国際ビジネスは百戦錬磨のケンさんもドン引きだ。「ちょっと、これは予想以上に酷い。最後の発表では厳しい言葉になるかもしれない」などと呟いている。村の奥まで踏み込もうとしたら、「これ以上入っちゃいけない。病気になりますよ」と制止された。それっきり、ケンさんは車の中から出て来なくなってしまった。
エヌ井さんとボクは奥まで踏み込んで行きたかったのだけど、ちょっと躊躇して、二人で顔を見合わせて、それから車に戻る。うーん。どうなる!?
飛行機にドタキャンされたカリス嬢だったけれど、夕刻、無事にホテルについたらしい。連絡を受けて、安心したのか、ケンさんの食欲が回復した(笑)。
2014年5月13日 なかなか厳しい状況です!!
フィリピン航空にドタキャンされて、成田に足止めされていたカリス嬢と本日、合流。これでようやくチームが全員揃った。ケンさんとカリス嬢は総裁に挨拶に行ったので、エヌ井さんとボクはMacasandigの事務所で、先週までの調査結果の報告である。改めて、これまで実施してきた調査方法や考え方についておさらいする。これで少しは理解が深まっただろうか。
午後、ケンさん、カリス嬢と合流。改めてMacabalanのパイロット・エリア、San LazaroやRER Subdivision Phase Iのエリアを視察する。
San Lazaroの水溜りは相変わらずだ。誰も通報していないし、直さないのだろう。村人たちが水溜りに石を並べていて、歩行者通路みたいなものが形成されている。生活の一部になってしまうくらいに、ずぅっと漏水していたのだろう。実のところ、漏水している水は無料なので、使いたい放題だ。
RER Subdivision Phase Iでは、消火栓を開けてもらったが、いつまで経っても濁ったままの水が出続ける。10分経過しても、色は変わらない。うーん。なかなか厳しい現状である。
2014年5月15日 説明して理解を求める。
一般的には、発展途上国の場合、CS(顧客満足)の視点が欠如していると言われている。多分、現時点ではそこまでの意識がない、ということだと思う。でも、カガヤン・デ・オロの人々は結構、その点はしっかりしている。作業するときに、顧客に何らかの影響が出るな、と判断したら、すぐに家々を回って、丁寧に説明して、了解をもらっている。それから作業を開始する。その真摯な姿勢には頭が下がる。作業そのものは、全部、ボクの指示なのだから、尚更だ。
ボクも、日本で施設の設計をしていたときに、事前調査で現場を歩いたことがある。ここで工事をしたら、この辺の家は数時間、車両の移動が出来なくなるなあ、と思って、ためしに数件、ヒアリングをしてみた。特に工場があって、トラックの出入りがありそうなところは、車両移動の可能性とか、希望の工事時間があるのかとか、その辺を訊いてみた。結構、ピンポンを押すのも勇気がいるし、導入部の説明が大変だった記憶がある。でも、その甲斐あってか、工事の際、どの家も非常に協力的だった、と工事部隊から報告を受けた。
何事もそうだけど、事前に丁寧に説明しておくことが大切だ。それが無駄な争いを回避することに繋がる。カガヤン・デ・オロの人々は、小さなことでも、ちゃんと顧客に説明している。いいことである。
2014年5月18日 宗教って何だろうね。
フィリピンでばたばたしているうちに、妹君が無事に出産したらしい。妹君とはいつもすれ違いだ。結婚式のときも、ボクはミャンマーに派遣されていて出席できず。今回もフィリピンに滞在中でお見舞いには行けず。そのうち、へそを曲げられないか、とちょっと心配になる。まあ、いいや。おめでとう。遠方よりお祝い申し上げます。
そんな喧騒とは無関係にこちらは相変わらずのフィリピン暮らし。LIMKETKAIセンタまでウォーキング。2013年に爆弾テロルがあった場所にも立ってみる。ここでお医者さんのグループがたくさん死んだのだ。どうしてイスラームとクリスチャンは仲良くできないのか。そもそも、宗教って、何だろうね。バカみたいじゃん。
庶民のガイサノで洋服を購入。半ズボンとYシャツ。それから水着。来週くらいに海に行こうか、という話がチームで持ち上がっているので、準備しておかなければ!!
2014年5月19日 Aska逮捕に思う。
Askaの逮捕で業界は激震かも知れない。でも、ちょっと前に実名で報道されていたので、ボクとしては、あんまりビックリはしない。「やっぱりな。まあ、そうだろうな」くらいの感覚。あの当時から、名誉毀損で大っぴらに戦わないのだから、やっぱり、やましいことがあったのだ。でも、チャゲ&飛鳥か大好きな友人を何人か知っているので、彼らにとってはショックだろうなあ。
レコード会社がCDやDVDの回収を始めたらしい。毎回、思うのは、それって必要なことなのかってこと。誰かに命令されているわけじゃない。あくまでも自主的な回収だ。バカじゃないか、と思う。
確かに楽曲は飛鳥(あるいはAska)の名義で世に出てはいるけど、当然、この回収はチャゲにも影響は出るし、関わってきたスタッフにも影響が出る。CD制作というのは、何も、彼一人だけでやっていることじゃない。いろんな人の関与があってCDが出来上がる。録音にもデザインにも企画にも流通にも製作にもいろんな人が関わっていて、ようやく店舗に並ぶ。Askaに対する制裁のためだけに自主回収をする。あるいは販売元のバッシング対策のために自主回収する。それってどうなのだろう。スタッフや関係者が払った労力や経費はどう感上げているのか。大体、回収したCDは捨てられるのだろう。ジャケットのプラスティックやら紙やら、今までの流通にかかったエネルギィやらがドブに捨てられる。それって大きな資源の無駄遣いだ、とボクは思う。AKB48のCDが捨てられていることについて議論されているけれど、見えないところで同じことが行われる。とても「Mottainai」の精神を持つ国の人間がやることではない。
食品に農薬が混入したとか、化粧品で湿疹が出たとか、そういう商品の回収は分かる。それは必要な廃棄だ。でも、何かを作れば、物質を消費する。エネルギィを消費する。そうやって地球に負荷を与えたものを、くだらない理由でドブに捨てるのって、どうなんだろうね。社会として、間違っている、とボクは思うけど。どう思う?
大体、もしも、販売元が「いい作品を提供してきた」という矜持があるのなら、何があってもそれを守るべきだ、と思っている。佐村河内さんのときにも書いたけど、本来の芸術って、作者の人格や経歴、エピソードとは無関係だ。そういう「作品」を守ろうとしない販売元って、プライドがないよね。どこだっけ? ユニバーサル? 大手なのにね。
2014年5月21日 蕎麦パーティ
折角、ボクたち日本のチームがフィリピンに来ているのだ。現地スタッフに日本文化を理解してもらいたい。だから、お昼は盛大に蕎麦パーティを開催。チーム20人分を茹でるのは、ちょっと大変だ。しかもIHなので、火力が弱い。停電が頻繁に起こるこのカガヤン・デ・オロ市で、オール電化のキッチンにしてしまうなんて、Boyさんはチャレンジャだ、と思う。本日も計画停電が予定されているので、時間を気にしながら蕎麦を茹でる。
概ね、大好評だ。ワサビも海苔も準備して、麺汁も準備して、本格的に蕎麦パーティ。気が付いたらチームのスタッフだけでなく、総裁や副総裁、その他幹部の連中まで情報を嗅ぎつけてやってきて、盛大なパーティになる。


ああ、楽しいなあ。こういう企画だったら、いくらでも出来るなあ。
2014年5月24日 本屋さん散策!?
土曜日。やっとお休み、という感じ。さすがに疲労が蓄積してきた。風邪もなかなか治らないし、午前中はずぅっと寝ていた。お昼頃から本屋さんを散策。3か所くらい本屋さんを巡る。神話・伝承の本がないかなあ。地図も買いたいよなあ。そんなこんな。
GOOGLE先生って便利だ。BOOK STOREで検索したらカガヤン・デ・オロ市内の本屋さんがたくさん引っかかったのだ。それを順番に潰していく旅だ。結局、神話・伝承の本は見つからず。でも、タガログ語の辞書を買う。ASUWANG(アスワン=フィリピンの吸血鬼!)とかNUNO SA PUSON(ヌーノ・サプソン=蟻塚の妖精)とかの意味をタガログ語の辞書で確認できたので、結構、マニアックな単語も掲載されている辞書だな、と思って購入したのだ。
それにしても、フィリピンに来てまで、ボクは本屋さん散策をしている。もう、半ば病気だな、と思わないでもない。
2014年5月25日 タクシー・ドライバに吹っ掛けられて……
日曜日。本日のエヌ井さんは議長と接待ゴルフ。これも大事なお仕事だ。何しろ、議長の本音が聞けるかもしれない。いつだって、こういうところから次のビジネスが誕生するのだ。ゴルフが出来ないボクたちは後から合流だ。
カガヤン・デ・オロと言えばパイナップル。ブゴ地区には大きなデルモンテ社の工場があって、ブキドノン州で採れたパイナップルを加工して世界各国に輸出している。そのデルモンテ社のゴルフ・コースである。
ホテルでタクシーを捕まえてゴルフ場に向かう。当初の交渉ではゴルフ場までガソリン代込みで800ペソという話で乗り込んだんだけど、到着したら1100ペソを要求される。800ペソにはガソリン代は含まれないとか言っている。英語がうまくないボクは車内で大混乱。結局、ドライバに吹っ掛けられるまんま、うまく対応できずに1100ペソを支払ってしまった。クッソゥ。でも、元々、チップ込みで1000ペソを払う予定だったのを、チップは払わずに降りたので、100ペソの出費、とも言える。まあ、いいか。
こういう小さなや交渉事がうまく出来るようになりたいものだ。そうなれば、本当の一端の旅行者だ。うーん。難しいなあ、海外。
2014年5月26日 備えあれば憂いなしって本当か!?
AKB48の握手会が惨劇に。フィリピンでlivedoorニュースを見て驚いている。ASKA逮捕よりもショッキングだ。しかも、個人的には最近、あんにん推しだったので、尚更だ。犯人、何を考えているんだか。全ッ然、分からないなあ。わあーってなっちゃったのかな。でも、ノコギリを持ち込んでいるから、計画的なのか。うーん。
オンライン上には犯人の顔とか、現場の写真が出回っている。でも、どうやらこれは嘘らしい。別の事件の犯人の写真と、別の事件の現場写真なのだとか。オンラインの情報は嘘が多い。自分で裏を取らなきゃいけない、なんて声が上がっている。でも、大昔っからそんなもんだった、とボクは思っている。オンライン情報は無料だけど、有料で販売している本にだってたくさんの嘘が混じっている。無料で、しかも発信者不明の情報なんて、本来、信頼出来ないのだ。
さてさて。AKB襲撃事件について思うことを書こう。メモ。
彼らの警備体制に不備があったのだろうか。想定できたことだろうか。結構、外国だと、スーパ・マーケットに入るだけでもボディ・チェックされる。フィリピンでもこういうのがある。テロ対策なんだろう。でも、本気でテロルを画策すれば、あんな形式的なすり抜けられるだろうなあ、と思う。AKBの事件も、これはある種のテロルだ、と思う。爆弾をどかん、とやることも出来たし、銃を乱射することだってできた。日本という平和な国だから、ノコギリを振り回す、という程度で済んだのだ、とも思う。
どこまで想定して警護するか。このバランスって大切だ。今回、このバランス感覚が、飛び抜けておかしかった、ということではない、とボクは思っている。この犯人が、飛び抜けておかしかった。このレヴェルに警備体制を合わせなきゃいけないとしたら、それって費用対効果的にどうだろか。
3.11に大きな津波が起こったからといって、本気であの津波のレヴェルに備えた防波堤を作っていたら、この国の財政は破綻する。どこまで備えるか、という線引きは、やっぱりリスクと頻度で適切に評価しなきゃいけない。何を為すにも支出が必要で、それっていつだって有限なのだ。
税金を投入するときには費用対効果を考えろ、とマスメディア諸君は声を揃えて言う。その癖、AKB48の警備体制については警備体制を強化すべきだと言う。本質は、同じことなのにね。
2014年5月27日 スタート地点に立つ。
しばしば、「目的」と「手段」を取り違える。でも、それにしたって、そういう受け取り方をするのか、と思って、ボクとしては衝撃を受けた日だ。
今まで、フィリピン人に対して、いろんなデータの収集とまとめ方を伝授してきたつもりだった。ようやく、彼らも動き出して、あっちこっち現場を歩き回ってはデータを計測して、いろんなデータが集まってきた。それらを全部、一つの地図上に落とし込む。どこに課題があるか、可視化するためだ。そうして、いろんなことが分かってきたなあ、と思っていた。それでボクが「これで課題が見えてきたでしょう?」と訊いたら、きょとん、とされてしまった。「どういう意味ですか?」と訊き返して来たのは、チーム・リーダの女性。「課題が分かったんだから、改善のための計画を立てよう!」と言ったが、ぴん、と来ていない模様。そこで「例えばね……」と説明したら、ようやく合点がいったらしい。「ああ、言っている意味が分かった!」と手を叩いている。「それで今までこのデータを集めていたのか!」
要するに、今まで、目的も分からずに現場に出向いて、測定して、データ整理をしてきた、ということなのだろう。そう思うと、よくもまあ、ここまで頑張って付き合ってくれたよなあ、と思う。そういう意味じゃ、ここからが本番なのだ。データは集めているだけじゃ、意味がない。分析して、結果が出て、改善に繋げる。1か月やってきて、ようやくスタート地点に立った。その認識を、多分、今日、彼らと共有できたのだ、と思う。





