2014年3月1日 ただただだらだら

桜餅味のチロル・チョコがおいしいな、と思った。ホント、チロル・チョコって、ちょこっとしたものなんだけど、時期に合わせていろいろと工夫していて、ボクは大好きだ。もう、ボクの人生の中では、シーズンごとに定期購入する必須アイテムになっている。

桜餅味のチロル・チョコ
桜餅味のチロル・チョコ

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さてさて。昨日までの疲労が蓄積していて、爆睡の末、1時半くらいに起き出した。もう、ね。素敵な土曜日を半分以上、無駄にした感じ。ゆるゆると活動を開始するものの、何も手につかない。こういうときには、勿体無いことをしたなあ、と後悔するんだけど、でも、こういう日があっても仕方ないよね、と思うボクもいたりして、その辺の鬩ぎ合いに苦しむ。

昔のボクだったら、多分、焦って、失った午前中を取り返そう、と午後、頑張っていただろうな、と思う。でも、最近のボクはあくせくしない。休みなんだからいいじゃん、と諦める。こういう勿体無い時間の使い方も許容できるようになった。丸くなったなあ。もしかしたら、鈍くなったのかもしれない。

いつだったか、海外ではバケーションは息抜きなのだ、と聞いたことがある。日本人の休暇はあくせくし過ぎる。外国人から見ると、とても奇異に映るのだ、と。そうかもしれないなあ。休暇だからって張り切っている人が多いもんなあ。ボクは、最近、外国人風の休暇だなあ。身体も心も休んでリフレッシュ。ふふふ。

  

2014年3月2日 ピンクのパンツ

ツクルくんとコープまでお買い物。彼、こういうのは興味津々らしい。首をぶんぶんと振って、あっちを見てこっちを見て……。かわいい奴め。たまには外に連れ出して、彼の好奇心を満足させてやる必要があるなあ。

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グアムに行く準備を進めている。それにしても、ツクルくんのおむつがスーツ・ケースの4分の1を占拠している。ものすごい量だなあ。でも、考え様によっては、帰りにはこれだけのスペースが空く、ということであって、すでに4分の1のお土産スペースを確保できている状態だ、と言える。

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あ、そうそう。本日、久々に洋服を新調した。先週、店員さんの強いプッシュに負けてピンク色の七分丈のズボンを買ってしまった。それに合う春ものの洋服を購入だ。

ボクは「男性もいろんな色のパンツを穿けばいいのに論者」だ。黒とか青、茶色だけしか穿かないなんて、全ッ然、面白くない。そんな風に考えていて、昔から赤いパンツとか、緑のパンツを買ってきては穿いていた。今でも、青と黒のチェック柄のパンツとか、赤と黒のチェック柄のパンツとか、紫と黒のラインに白い髑髏柄のパンツとか、そんなのを普段使いで穿いていたりする。

それでも、ピンクというのは、ビビットで、ちょっと、チャレンジングだな、とビビっている。ピンクって、なかなか合わせにくいよね、ジャケットとか上着とか。そんなこんなで、服を眺めながら、お店で1時間くらい長考してしまった。

お店にもよるんだけど、店員さんがしつこくついて回るところもあって、鬱陶しいな、と思うこともある。でも、店員さんに選んでもらえば決まる、というメリットもある。非常に楽チンだし、ボクにはない発想でセレクトされると、ちょっと感動したりもする。

今回はどれだけ店内をうろうろしてみても、誰もやって来ない。ピンクに合う服ってどれかなあ、と悩んでいたボクは、今日に限って言えば、鬱陶しいくらいにくっついて来て、押し付けがましいくらいにオススメを提示して欲しかったなあ。来て欲しいときには来ず、来なくてもいいときには鬱陶しい。うまくいかないものである。

  

2014年3月3日 「ケルベロス」って英語じゃ「サーベラス」!?

世間はひなまつり。コンビビもスーパ・マーケットもデパートの地下も桜餅ばっかりが並ぶ。ボクは桜餅、大好きだけど、こんなに桜餅ゴリ押しで来られると、ちょっと引く。うーん。

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ギリシア・ローマ神話の「キュクロープス」って、英語では「Cyclops(サイクロプス)」と発音する。もしかしたらゲームや小説なんかでは「キュクロープス」よりも「サイクロプス」という表現の方が多いので、「サイクロプス」という表現の方が有名かもしれない。

今日もたまたま、辞書を調べていたら、「ケルベロス」って、英語では「Cerberus(サーベラス)」って発音するらしい。プチ衝撃の事実ってヤツだ。ビックリした。外国の人に突然、「サーベラス」って言われても、きっとボクはピン、と来ないだろう。

「ケンタウロス」も「Centaur(セントール)」だからなあ。ナルニア国物語で「セントール」って呼ばれていて、子供の頃、戸惑ったのを覚えている。

そんなわけで、英語発音と原語発音は全ッ然、違うのだなあ。その辺も、しっかりフォローしていこう。うむ。

  

2014年3月4日 優先順位と水準

最近、仕事を任せるのがヘタな人が増えている気がする。期限(締め切り)を共有することは当然のこと。でも、それと同じくらい仕事の目的とか背景を共有することが大切だ。何のためにする仕事なのかを知っている場合と、何のためにやっているのか分からない場合では、モティベーションも違うし、仕事の質も変わってくる。目的や背景が分かっていれば、工夫すべき点、力を注ぐべき点、手を抜いてもいい点が分かる。だから、とても大切だ。そして、意外と忘れがちなのが、仕事の優先順位とか水準。こういうのも、実は共有しなきゃいけない事項だ。ひとつの仕事を与えられたときに、データの精度を高くする方向に行く人もいれば、他の人との違いを強調しようとする人もいれば、見せ方にこだわる人もいる。分かりやすさに重点を置く人もいるだろう。そんなわけだから、仕事を任せる上では、頑張るべき方向性を示してあげることはとても重要だ。資料の完成度はともかくデータの精度をあげることが最優先なのか、データはアバウトでいいから分かりやすい説明資料をつくることが最優先なのか、丁寧さよりも少しでも早ければ早いほどありがたいのか。「分かるでしょ? 察してよね?」という雰囲気が会社の中に蔓延していて、あっちでもこっちでも齟齬が起きている。バカなんじゃないの? と思う。「あいつら分かってない」とか言うけど、頼んでいるあなたが悪いのだ。必要な事項を、ちゃんと伝えなきゃいけない。

  

2014年3月5日 個人プレーは、みんなに支えられて成り立ちます。

本日は研究発表のプレゼン練習。ボクはこういうの、得意だなあ。全ッ然、苦手意識がない。何事も場数が必要ってことだろう。

それにしても、こういう個人プレーみたいな仕事、もっとみんなが経験した方がいい、とボクは思う。何だかボクばっかりがやらされている。いやいや、「やらされている」なんて書くと不平不満があるみたいに聞こえちゃうかもしれないから、念のため、言い直しておこう。ボクばかりが経験させてもらっている。それはそれで素敵なことだけど、ボクからすると、ボクばっかりが素敵な経験をしている感じがして、不公平じゃないか、とちょっと疑問がある。

意外とみんなは「あいつはそういうの好きだから」とか思っているかもしれない。もちろん、間違いではない。はっきり断言しよう。ボクはそういうの、好きだ。でも、常々、公平じゃないな、とは思っている。

個人プレーの仕事って、自己責任の世界で、ほとんど誰も関与しない。自由。だけど、放任。こういうシチュエーションって、実は非常に勉強になる。ボクの能力とか性能を無視して、一人でいろんなことを考えなきゃいけない。だから、視野が広がる。それに、トライアル・アンド・エラーがやりたい放題だ。それに、自分で段取りを組んで進めなきゃいけないので、非常に高度だ。何よりも、個人プレーのくせに、逆説的だけれど、いろんな人との繋がりができるのだ。結局、一人じゃ限界があって、分からないことや困ったことがたくさん出てくる。でも、誰も助けてくれないので、自分で人脈を開拓してヘルプを求めていくことになる。ホント、三顧の礼、というやつだ。いろんな人のところを回りながら、個人的な交渉で意見を聞いたり、アドバイスをもらったり……。孤軍奮闘だけど、でも、そうやって培った人間関係が、いつまでもボクを助けてくれる。

そういうのを、いろんな人にやってもらってこそ、良質な人材が育つのだ、とボクは思っている。これは理屈じゃない。経験することに価値がある。だから、組織にフィード・バックなんかできない。そういう類いのものだ、と思っている。

  

2014年3月6日 ツクルくんの初フライト!

いざ、グアムへ。ツクルくん、初フライトだ。3か月に満たない乳飲み子なのに、もう、海外経験してしまうのだから、素敵な境遇。でも、どうせ大きくなったときには何も憶えちゃいないだろうな。

ツクルくんの初フライト!
ツクルくんの初フライト!

ボクも幼稚園のときにアメリカにいた。2年くらいいたし、当時はアメリカ人の友達がいて、ぺらぺらと英語でコミュニケーションをとっていたらしい。今では丸っきり英語が喋れないボク。日常に使っていたはずの言語ですら忘れてしまうのだから、きっと、ツクルくんも何も憶えちゃいない。

そんなわけで、いざ、グアムへ。ちぃ子(妻だ!)の妹が海外ウェディング。それに参列するのだ大作戦。初日からチャモロ文化に触れる。ココナツの実を棒で叩き割って、中の身を削り出して、果汁を搾り出して飲む、という伝統的なやり方を見せてくれたり、火のついた松明をぐるぐると回してダンサーが踊ったり。グアムって、神話・伝承や古代の歴史が大好きなボクからすると、マリン・スポーツとかビーチ・リゾートのイメージがあって、あんまり興味がないんだけど、なかなか満喫しているボクだ。

完膚なきまでにグアム!
完膚なきまでにグアム!

火の輪くぐりのラ~イオン~が~、たてがみ燃やし街を~焼~く~
火の輪くぐりのラ~イオン~が~、たてがみ燃やし街を~焼~く~

  

2014年3月7日 グアムなう!

グアムなう!
グアムなう!

朝食のシリアルがカラフル。アメリカっぽい感じ
朝食のシリアルがカラフル。アメリカっぽい感じ

おむつのゴミ捨てをホテルの人にお願いするためのメモ
おむつのゴミ捨てをホテルの人にお願いするためのメモ

ここ、グアムでも海賊王は人気です。
ここ、グアムでも海賊王は人気です。

グアムはアメリカ。アメリカと言えばカルフォルニア・ロールだよね!! というワケで寿司ロック。大雑把な味だな、アメリカン!!

ドラゴン巻き
ドラゴン巻き

  

2014年3月8日 マジックやサーカス

アロハでウェディング
アロハでウェディング

海外挙式らしく、アロハでウェディングだ。昨日、マイクロネシア・モールにて購入してきた。ツクル君もお子様ながら、赤いアロハだ。ふふふ。

まさにゼクシィ
まさにゼクシィ

グアムの浜辺で結婚式。もう、ね。青い空に白い砂浜。絵になっている。このまんま写真を投稿したら、ゼクシィの表紙に採用してもらえるんじゃないかってくらいキレイな写真。

ボクはホストとしてみんなをおもてなししたい派なので、少人数でやるような海外挙式には興味はないんだけど、でも、こういう雰囲気も、なかなか経験できるもんじゃないなあ、と思う。

ココナツでくつろぐ
ココナツでくつろぐ

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夜はサンド・キャッスルでマジック&サーカス。どうも、ボクは予習が足らなくてあれなんだけれど、世界的に有名らしい。ボクはサーカスはともかくとして、マジックは大好きだ。知的なエンタメって感じがするし、ミステリィ小説の手法に限りなく近い。でも、マジックとサーカスの競演って、初めて見た。サーカスも、人を驚かすような仕掛けが満載だった。突然、天井から人が降ってきたり、お客さんの目の前で曲芸が始まったり、演出がものすごく凝っている。こういうのって、多分、マジックの側の思想というか、思考方法に近くって、サーカスなのに、どうやったらお客さんを驚かせることができるか、というマジック的な視点でステージが構成されている。そういう意味では、非常に度肝を抜かれたし、面白かった。

いろんなことを手広くやる、というのは、それだけで視野が広がるので、こういう効果が現れる。「マジックだけ」とか「サーカスだけ」という見せ方よりも、もっと幅の広い、懐の深い見せ方ができる。面白いなあ。

  

2014年3月9日 快適さのハードとソフト

赤ん坊を抱えたお母さんにとって、東京駅は便利だ。トイレにはおむつ替えの台も常備されているし、授乳室があって、カーテンを敷いて授乳できるようになっている。グアムでは、そういう日本じゃ当たり前の文化がなくって、外出先では非常に苦慮した。おむつを替えるスペースがない。お店の人とかに訊いてみても、トイレを案内される。そんなところで替えられるのか? 現地の人はどうやっているんだろうか。仕方ないので、ツクルくん、柱の影のベンチなどでおむつ替え。まさに公衆面前でのご開帳だ。

でも、そういう設備的な不便さはあっても、グアムが決して育児に不向きな場所、ということではない。社会環境としては、日本よりも恵まれている、と言える。ツクルくんがお店や公共交通で愚図り出しても、グアムの人々はみんな、にこにこしている。「Hey, baby!」などと話し掛けて来る。「赤ちゃん、かわいいね」とか「何か月?」とか「お母さん、頑張れ」とか。あるいはベビーカーを片手にごろごろしていると、「手伝うよ」などと言って、バスや電車の乗り降りを助けてくれたり、レストランで急いでベビーカーのスペースを作ってくれたりする。そういう声掛けとか態度によって、ものすごく救われる部分がある。日本じゃ、冷たい視線を送られるし、場合によっては睨まれたり、咳き込まれたりするわけじゃない? 外出恐怖症になってしまうよね。そりゃー、日本人だって、寛容な人はたくさんいる。でも、声掛けの文化はない。だから、そういう優しい人がいても分からない。ものすごく疎外感を感じる。そんな文化のギャップを感じながら、設備的な快適さと、社会環境・人的な快適さと、どっちの方が幸せだろうか、と思う。もしかしたら、後者の方がハッピィじゃないか。ハード的な整備以上に、ソフト的な改善が求められているんじゃないか。そんな風に感じた。

  

2014年3月10日 贅沢な(?)昼下がり。

休暇なので、ごろごろしている。グアムのお土産の整理なんかしちゃったりして、ほとんど、何もしていない。そういう日が、最近、増えてきた。こういうのを「勿体無い」と捉えるか、「贅沢だ」と捉えるか。うーん。難しいところだな。昔のボクは迷うことなく「勿体無い」に軍配を上げていただろう。最近は「贅沢だ」と思う瞬間もある。でも、そういう風に格好つけつつも、心のどこかで、若かりし頃のボクが頭をもたげて「勿体無い」と焦っている。気持ちとしてはそんな感じ。

ちぃ子がボランティアでやっているお話会のメンバから、ツクル君宛てに大量に絵本が届いた。お話会のメンバらしいチョイスで、王道ものとマニアックものが混在している。まさに玉石混交。基本的に、ツクル君は振れ幅が大きいので、ツボにハマるときとハマらないときがあって、そのツボがよく分からない。でも、これだけたくさんの絵本があると、うまくハマるものもあるだろうし、ある程度、傾向と対策ができるかもしれない。ふふふ。

  

2014年3月11日 森羅万象!?

さすがに長期休んでからのお仕事はブルー・マンデー系の気持ち。

それにしても、しばらく日本を離れているうちに、小保方さん。ダメかもしれないなあ、うーん。どうしてこんなことになってしまったのだろうか。

あ、そうそう。神ビックリマンというのが出るらしい。昔懐かしいキャラクタたちが現代風のヘタクソな絵になった。残念感が半端ない。あの2頭身でコミカルな画風が魅力的だったのに。これじゃ、ただの同人アニメだ。ビックリマンの魅力は絵に込められたお遊び要素だった、と思う。それを発見する楽しみがあった。それを無くしてしまったら、もう、ただの森羅万象チョコじゃんね。

  

2014年3月12日 縦と横

縦と横。ドストエフスキーやスタンダールの作品みたいだな。

紙の国際規格はA列だと思っているんだけど、鉄道の車両に掲載するポスタはB3らしい。きっと歴史的な経緯があるのだろう。まあ、A列でもB列でも縦横比は1:√2で同じなので、特には問題にならないのかもしれない。

というわけで、今年も粛々とポスター作成だ。今年は鉄道車両にもポスタを掲載するらしいので、ボクとしては張り切っている。でも、困ったことに、例年A3縦でデザインしてきて、これで定型になっている。でも、鉄道用にB3横にしなきゃならない。縦と横では大違い。同じものを2種類作らなきゃいけない。
みんなは「すでに文章も素材もあってデザインがあるんだから、それを横にするだけだ」などと言う。でも、そうじゃない。文章や素材なんて二の次だ。それ以上に、配置や余白が重要で、そこが一番肝要だ。多分、ちょっとフォントが変わっただけで、がらがらぽん、と雰囲気が変わる世界で、ちょっと文字の大きさや素材の大きさ、配置が変わっただけで、印象が変わる。逆に文章と素材がフィックスなので、拘束される。変な余白とか出来ちゃうので、むしろ、四苦八苦だ。

でも、頑張ろう。ボクのポスタが鉄道に掲載されるのだ。

  

2014年3月13日 外国人向けの妖怪解説本!!

昔、空港で見かけた外国人向けの妖怪解説本(英語)をAmazonで発見したので購入してみる。『Yokai Attack! The Japanese Monster Survival Guide』。絵は水木しげるの絵をちょっとアメコミ風にアレンジした感じで面白い。

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実は、いつか、「日本の妖怪」を紹介する英語のウェブサイトをつくってみたいなあ、という野望がある。もちろん、日本語のウェブサイトの運営もままならないし、英語能力も不足しているので、すぐにどうこうというわけではないんだけど、でも、日本人なのだから、日本の妖怪を誇って、海外の人に紹介したいよなあ、という想いは、ずぅっとあるわけ。そして、そんな中で、いろんな国の人々から、その国の妖怪について教えてもらえるならば、それって最高だなあ、と思うわけ。

そんなわけで、この本が、どういう解説になっているのか、ずぅっと興味があったのだ。

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この本の解説は的を射た感じじゃない。正しくない部分もたくさんある。でも、遊び心満載で、お洒落。ちょっと面白い。そういう遊び心みたいなところがウィットに富んでいて、外国人風なのかもしれないなあ。こういう発想は、ファンタジィ事典をつくる上では、大事にしたいなあ。


『Yokai Attack! The Japanese Monster Survival Guide』
(著:Hiroko Yoda/Matt Alt,イラスト:Tatsuya Morino,講談社インターナショナル,2008年)

  

2014年3月14日 ロジカル派と感覚派と穴だらけ派

今日は朝から研究発表会。もう、ね。研究者でもないのに、毎年発表している感じ。4年目に突入だ。だからかどうかは分からないけれど、もう、慣れてしまった。怖いものなんかない。手応え充分。うまく発表できたな、と思う。

年々、小手先の技術がうまくなって、大した内容じゃないのに、面白い研究だなあ、という印象を相手に与えられるようなプレゼンテーションになっていく。そのうち、ボクも小保方さんみたいになってしまうのだろうか(こらこら!)。

印象として思うことは、間違いなく、みんな、PowerPointの技術は上がっていて、スライドのデザインはきれいだな、ということ。でも、その反面、全ッ然、ロジカルじゃないな、と感じる発表が多かった。

前者は、多分、若い人々が学生時代にPowerPointを使う機会が多くなって、上手に使い熟せている、ということだろう。後者は、周囲がどうこうというよりも、ボクが前よりもロジカルになって、ロジカルじゃない点が気になるようになった、ということだ、と認識している。ロジカルであるか否かは、どれだけ飾ってみても、誤魔化せない。だから、クリティカルだ。そういうことに、ボクが気がつくようになった、ということ。そういう意味じゃ、昔のボクは全ッ然、ロジカルじゃなかったし、穴だらけだったわけで、恐ろしいことだな、と、今になって肝が冷える感じ。まあ、ボクも成長したわけだよね。でも、大部分の人は、まだ、そういう境地に立っていないわけで、後になってとても恥ずかしい、と気がつくことだろう。あるいは気がつかないまんま、死んでいくか。後者だったら、それはそれでハッピィな人生だ、と思う。

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その後、エンドレスで飲み会。D課長がボクの慰労を込めて、誘ってくれた。それがとても嬉しくて、ほいほいとついていってしまったのが運のツキ、というやつだ。ぐへえ。でも、久々にD課長と熱いディスカッションを交わせた。S課長とも語り合えた。ボクが尊敬できるナンバ・スリーのうちの2人と飲めたのだから、これって、とてもラッキィな事象だ。

  

2014年3月15日 さよなら、ステップラ。

明日は久々に大学時代の演劇仲間とのパーティ。我が新居にご招待。ツクルくんも紹介しなくちゃいけない。そんなわけでせっせと家の中をお片付け。

それにして、家が片付いているって幸せだなあ、と思う。だから、定期的にお客さんが来訪するのって、素敵なことだなあ、と思う。動き出すには動機が必要だ。お客さんが来る、というのは、片付けをするための大きな原動力になる。

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ボク自身、ステップラは使わない。パチン、と紙を綴じられるので便利だけど、不要になって捨てようと思ったときに、わざわざ針を外さないと捨てられない。大抵、書類なんていつかは捨てるのだ。ステップラを使ったら、いずれ針を外す作業を伴う。それは嫌だなあ、と思うわけ。

だから、ボク自身は2つの方法を使っている。ひとつはハリナックス。紙をそのまんま針代わりに紙を綴じる。しかも、昔はすぐにバラけてしまって不便だったけど、今は穴の形も工夫されて、ちゃんと引っ掛かるし、綴じられる厚さも改良されて、大分、厚くなっている。ボクの持っているハリナックスは10枚までいけるタイプだ。

もうひとつの方法はスライド・クリップ。普通のクリップだと、取っ手みたいなところがあって、邪魔になる。ガチャ玉だと、取っ手がないので邪魔にならないんだけど、でも、取り外しが面倒臭いし、嵌めるのに専用のガチャックがいる。その点、スライド・クリップは、両方の欠点をカバーしている、と思う。

どちらの場合も、課題は厚さだ。あんまり厚いと、どちらも対応できない。でも、そういう分厚い資料はそもそもこちらから願い下げだ。ハリナックスとスライド・クリップで対応できる範囲の厚さの資料を作成する。そう決めてしまった方が合理的だ。

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ムック『文房具屋さん大賞2014』を購入した。多分、ボクは人一倍、文房具に対してこだわりがある方だ、と思っている。ノミネートされている種々の文房具は、すでにボクが使っているものばかりだったよ。ふふふ。


『文房具屋さん大賞2014』
(扶桑社,2014年)

  

2014年3月16日 腑抜け。すでに原型なし。

かつての演劇仲間たちが遊びに来たよ。ツクルくんは相変わらず内弁慶・外地蔵だ。お客さんがわいわい騒いでいると、とても静かにしている。いつだって彼はそうだ。知らない人がたくさんいると、他所向きの顔で、ぷい、と澄まして座っている。「おとなしいね」「良い子だね」なんて言われたりして、にこにこと笑っている。

あのゴー闇氏に奥さんが出来たらしい。クールでニヒルな彼が、何だか腑抜けた感じになっていて面白い。もう、ね。写真がすでに満面の笑み。ネズミーランドで魔女の帽子なんかかぶってしまって、にやついている。これはまさにお驚くべき展開だ。しかも8月に交際開始で、相手の両親に同棲に異を唱えられたことからのスピード入籍。あっという間に妻帯者だ。おそらく、クールなゴー闇氏は、婚前の同棲がダメならば結婚してしまえばいい、とか、そんなことを理路整然と考えたのだろう。その結果のスピード婚だ。

  

2014年3月16日 統計学的にはこういう事故も起こる!?

パパンが指を切って7針縫ったらしい。マジか。ボクが自炊を教えたばっかりに、病み付きになってカッターでザクザク、本を裁断していた最中の事故らしい。何だか責任を感じてしまう。でも、ボクはちゃんとカールのカッターを推したのに。面倒くさいとカッターでザクザクやっているから指を切るのだ。それにしても、指に7針って、どんなもんか、と想像しようとしてみたけれど、途中で気持ち悪くなってやめた。

パパンは「数をこなせば、統計学的にこういう事故も起こる」などと息巻いて、相変わらず、カッターでザクザクやっているらしい。ちぃ子もザクザクとカッターを使って自炊しているようなので、気をつけてもらいたいものだ。

  

2014年3月17日 また、小説を書きたい

宇宙コンビニとかMAMADRIVEとか、最近もどんどん新しいアーティストが誕生している。いいなあ。すごくいい。ちょっと前ならゲスの極み乙女。もいいし、東京カランコロンもいいな、と思っていた。パスピエもいいよね。若手が育つというのは、ものすごくいいことだ。でも、売れているアーティストがいいか、というと、これは……ちょっと微妙だな、と思う。

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久々に小説を書きたい衝動に駆られた。理由は分からない。でも、久々に自分の書いた小説を読んでみたりして、ああ、面白いな、と自画自賛したりして、今だったらどういうアウトプットになるだろうか、と真剣に考えてしまった。学生時代に書いたものは学生時代に書いたもの。社会人になって、中堅になったボクとしては、価値観や考え方に変化が出ただろうか。うーん。あんまり変わっていないような気がするんだけど、アウトプットしてみたら、全ッ然、違うものが出来そうな気もする。そういう衝動に駆られた日だった。

まあ、ね。せっかく、そういう衝動に駆られたのだから、その衝動を大切にして、そのまんま突っ走ってしまおうか、と思ったりもする。

  

2014年3月18日 持ち上げておいてバッシング!?

小保方さんの報道について、方々から疑問が投げかけられている。曰く、「持ち上げておいてバッシング。酷い」というやつだ。でも、ボクはそうは思わない。報道にも2つのパターンがあって、論文の是非を問うものは、真実を報道する立場として、堂々とやるべきだ、と思う。もう1つのパターンは、論文の内容とは無関係なバッシング。たとえば、小保方さんの日常生活とか、小保方さんの恋愛事情みたいな、プライベートな内容についてのバッシング。こっちは、ゴシップ的というか、こういうのは、「酷い」の分類に入るかもしれない。週刊誌なんかはこういう論調になりつつあるので、ちょっと危ない。でも、今のところ、ネット・ニュースやテレビの報道みたいなマスコミは、論文の中身についての疑義を報じているのであって、これは報道の立場として、やるべき内容だ、と思う。

「持ち上げておいて」の部分が歪んでいる、というのであれば、その批判は、まあ、そのとおりかもしれない。「割烹着」とか「ピンクの壁」とか、どうでもいい内容にはしゃぎすぎた嫌いはある。でも、それって多分、お互い様で、小保方さんも滔々と喋っていて、満更ではなさそうだったし、理研も早大も、広報的位置づけで乗っかっていた。必ずしもマスコミ・サイドが一方的に「持ち上げた」わけではないだろう。

  

2014年3月19日 危険がいっぱい!

今日は年に2回の大切な会議。根回しの大切さを思い知る。いろいろな思惑が入り混じった会議で、みんな、発言をすることで既成事実をつくろうとする。それを封じるために、事前にあっちこっちで根回しがなされている。ボクは忙しさにかまけて……というか、正確には後輩氏に任せていたら、放置されていて、でも、それを質す時間も取れなくて、事前に決めなきゃいけないことを決めないまんま、会議に臨む羽目になった。これで相手方に先回りされて、会議で変な発言をされて、変な既成事実を作られると嫌だなあ、と思っていたら、案の定、不穏当な発言をし始めた。おぉっとどうなる、と思ってヒヤヒヤしていたら、ただの嫌味だけで会議が無事に終わった。後で確認したところ、すでに別の部署の先輩が、後輩氏に振り回されているボクの代わりに、気を利かせて、事前に根回しをしていてくれたらしい。だから、嫌味な発言はあったものの、ボクたちの思惑を引っ繰り返すところまでは攻めてこなかったようだ。ホント、冷や汗が出ちゃう。大人の世界は、いつだって政治的な駆け引きで動いていて、危険がいっぱいだ。それに翻弄されながら、何とか生きている。でも、ボクがかろうじて生き残っているのは、よき同僚に恵まれているからで、ボクがそういう人間関係を構築してきたからだ。後輩氏、ボクも随分、君を助けている。君も早くこの危険な世界に気がつくのだ。そして、戦慄するのだ! はっはっは。