2026年3月25日 黎明と黄金期:ハイパーリンクの熱気と個人サイトの黄金時代

  

ウェブサイト「ファンタジィ事典」では3月20日に1,500項目を達成した。これを機に、ちょっとだけ自分の歩みを振り返るとともに未来を語ってみようなどと色気を出しているボクである。

そもそも、ボクがウェブサイト「ヘタっぴなアルコール蒸留」を立ち上げたのは2003年1月19日で、大学生の頃だった。時代としては、個人が世界に向けて自由に発信できる黄金期だったと言える。ちょっとだけ、HTMLの歴史と結びつけながら、ボクのウェブサイト運営について振り返ってみたい。

HTMLという概念そのものは、1991年にティム・バーナーズ=リーによって公開された。これは文書構造にハイパーリンクを組み合わせたものだ。その後、1993年にWWWが一般公開され、HTMLの最初の仕様も提示され、誰もがウェブサイトを構築できるようになった。

1995年にはHTML 2.0が標準化され、フォームやリストなどの概念が出揃った。掲示板やカウンター、コメント入力など、CGIを用いた双方向のコミュニケーションができるようになった。

1997年には、ブラウザごとに勝手に独自展開していた見た目の要素を追認する形でHTML 3.2が標準化され、フレーム(独自拡張)やテーブルレイアウトなどを用いて手軽にリッチなホームページが作れるようになった。

ボクの最古のウェブ体験というのは、まさにこの時代のものだ。数は少ないながら、先人たちがすでに個人ホームページを作り始めていた。まさに個人ホームページの黎明期だ。信じられないかもしれないが、その界隈であればこのサイトというのがあって、みんな、そこに集って交流していた。当時の個人ホームページというのは、大抵、ウェブ日記、カウンター、掲示板、リンク集がセットになっていて、ボクもこれらを模倣して、最初のウェブサイトを作り始めた。

ちなみに、ボクが目標としていたのは白鷹るいさんの「猫の夜会」で、創作サイトの傍ら「幻想図書館」という神話・伝承の事典があって、ものすごく憧れていた。「猫の夜会」そのものは1997年に運営を開始しているので、かなりの古参と言える。古い時代のウェブサイトとして必ず名前が挙がる「侍魂」とか「ちゆ12歳」なんかも2001年に運営が開始されているので、ボクも群雄割拠の個人サイト時代の一翼としてウェブサイト運営を始めたと言える。

1998年にはロボット型検索とPageRankという概念を引っ提げて、Googleが誕生し、SEOという概念が重要視されるようになっていくが、ボクがウェブサイトを作り始めた頃は、まだリンク集が非常に重要だった。リンク集を辿って新しいウェブサイトと出会う必要があったし、Yahoo!はディレクトリ検索と言って、手作業でリンク集を作成していた。相互リンクや同盟、ウェブリングみたいな独特の概念もあって、いかにその界隈で繋がって交流するかがサイト拡大の肝だった。掲示板を介して人々は交流していて、熱気があった。