パーン

[ギリシア・ローマ神話]

名称 Πάν(パーン)【古代ギリシア語】 ※古い形はΠάων(パオーン)
Αἰγίπαν(アイギパーン)【古代ギリシア語】
Faunus(ファウヌス)【ラテン語】
容姿上半身は人間の男性、下半身は山羊の姿。頭には山羊の角。毛むくじゃら。葦笛を持つ。松の冠をかぶる。しばしば、男性器を屹立させている。
特徴ヘルメースの子。牧人と家畜の神。恐慌(パニック)を引き起こす。後代は宇宙神。
出典『ホメーロス風讃歌』「パーン讃歌」、アポッロドーロス『ビブリオテーケー』ほか

山羊の下半身と角を持つギリシアの牧神!?

パーンはギリシア・ローマ神話に登場するアルカディア地方の牧人と家畜の神さまである。半人半獣の神で、上半身は毛むくじゃらの若い人間の男性、下半身は山羊の姿という奇妙な姿で、頭には2本の山羊の角を持っている。

一般にはヘルメース神の息子とされる。母親は生まれたばかりの子供の奇妙な姿を見て驚いて逃げ出したというが、ヘルメースはひどく気に入ってオリュムポス山に連れて行き、神々に見せた。すると全ての神々が喜んだため、《すべて》を意味するパーンという名前が与えられたという。

ちなみにギリシアでは山羊は性的な多産のシンボルであった。パーンも性的にお盛んな神さまとして知られており、男性器を屹立させた姿で描かれた。しばしば山野でニュムペーや美少年たちを追い回した。そして、失敗すると自慰行為を行ったという。

パーン神とニュムペー!?

シューリンクスの場合

パーンの相手としてよく知られているのはシューリンクス(Σῦριγξ)というアルカディアの野に住む美しいニュムペーだ。彼女はアルテミスの従女だった。不運にも、彼女は狩りの帰りにパーンに遭遇した。パーンは彼女を手籠めにしようとした。アルテミスは処女神として知られており、その従女であるシューリンクスも処女でありたいと願っていたので、慌てて逃げ出した。しかし、パーンはシューリンクスをラードーン川の土手まで追いかけて彼女を捕えようとした。そこでシューリンクスはラードーン川の女神に祈り、葦に姿を変えてもらった。風が葦を通り抜けると、何とも悲しげな旋律を奏でたという。

パーンはこの葦で楽器を作った。これは「パーンの笛」(パーンパイプ、パーンフルート、古代ギリシア語でシューリンクス)と呼ばれた。パーンの手にしばしば葦笛が描かれるのは、このシューリンクスとの出来事に由来するのである。

ピテュスの場合

ピテュス(Πίτυς)というニュムペーとのエピソードも知られる。パーンは彼女を愛したが、ピテュスはパーンの愛を拒み、松の木へと姿を変えた。パーンが松の木の冠をかぶっているのはこのためである。

エーコーの場合

また、エーコー(Ἠχώ)という歌と踊りの上手な森のニュムペーとのエピソードもある。一般的にはエーコーとナルキッソスの物語の方がよく知られるが、パーンとの伝承も知られている。それによれば、エーコーは全ての男の愛情を軽蔑していたおり、好色なパーンの愛も拒んだため、パーンはこれに腹を立てたという。そして、自分の信者である羊飼いたちを狂わせて彼女を八つ裂きにして殺させたという。彼女の身体はばらばらになって世界中に散らばった。大地の女神ガイアは彼女の身体を隠したが、彼女の声だけは残り、木魂(こだま)になったという。

パニックを引き起こすパーン神!?

パーンは葦笛を吹き鳴らして人や家畜に「恐慌」を送ることでも知られる。特に昼寝をしているのを邪魔されたりすると怒り、周囲に恐怖と混乱を引き起こす。これがパニック(Panic)の語源となっている。

ゼウスの手足の腱を取り戻せ!?

怪物テューポーンがゼウスの手足の腱を奪ったときに、ヘルメースと一緒にそれを取り戻したというエピソードがある。テューポーンはゼウスから手足の腱を奪うと、コーリュキオンという洞窟にそれらを隠して、デルピュネーという女怪物に番をさせた。それを取り返してゼウスに与えたのがヘルメースとパーンなのだという。

パーンはテューポーンから逃げる際、上半身がヤギ、下半身が魚の姿に変身したという。この姿を星座にしたのが山羊座である。

パーンは宇宙神!?

パーンは非常に古いアルカディア地方の神さまであると考えられており、紀元前5世紀頃からアルカディアを中心に崇拝が広がっていったと考えられている。アルテミスに猟犬を与えたり、アポローンに予言の秘密を教えたりしたのはパーンなのだとする文献もある。

しばしば、神話の中では《すべて》を意味する古代ギリシア語のπᾶνと関連付けられるが、本来は《放牧する》を意味する古代ギリシア語のπάεινに由来し、古い時代にはΠάων(パオーン)と呼ばれていたようだ。

しかし、この《すべて》との結びつけによって、後代の哲学者たちによって、パーンは「すべての神」、すなわち「宇宙神」に進化していく。

オルペウス教では原初神パネース(Φάνης)と同一視された。この神は原初に卵から生まれた両性の神さまで、さまざまな神々を生み出している。アレクサンドリアの神話学者やストア派の哲学者は「宇宙神」として解釈した。