イフリート

[イスラーム][アラビア伝承]

名称 عِفْريت(イフリート)【アラビア語】
女性形:عِفْريتة(イフリータ)、複数形:عَفاريت(アファーリート)
容姿実体はなく変幻自在。一般的にはたくましい巨大な男性。
特徴アラビアの精霊。巨人。
出典『アル=クルアーン(コーラン)』、『アルフ・ライラ・ワ・ライラ(千一夜)』ほか

アラビア世界の精霊ジンの大物!?

アラビアにはジンニー(複数形の「ジン」という表記の方がよく知られているかもしれない)という精霊がいるが、イフリートはそんなジンニーたちの仲間で、『アルフ・ワイラ・ワ・ライラ(千一夜)』などに登場し、特にジンニーたちの中でも魔力を持った恐ろしい存在として描かれる。

ジンニーはイスラーム以前からアラビアで崇拝されてきた超自然的存在で、イスラームでも唯一神アッラーフが、天使(マラク)と人間の中間的な存在として創造したものとして『アル=クルアーン(コーラン)』に登場する。『アル=クルアーン』によれば、アッラーフは天使(マラク)たちを光から、そしてジンニーたちを煙の立たない炎から創った。その後、アッラーフの地上の代理人として、最初の人間アーダムを土と水から創った。アッラーフは天使やジンニーたちに対して人間に跪(ひざまず)くように命じたが、ジンニーたちの長であったイブリースだけはそれを拒み、天界から追放されたという。

イフリートも、そんなジンニーたちの一種で、『アル=クルアーン』にも一度だけ、その名前が登場する。それは第27章「蟻章(アン・ナムル)」で、スレイマーン(ソロモン)王が家来たちに対して「誰がシバの女王の玉座をここに持ってこられるか」と尋ねると、イフリートが名乗りを挙げて、「あなたが立ち上がる前に女王の玉座を持って参りましょう」と答えている。

قَالَ يَا أَيُّهَا الْمَلَأُ أَيُّكُمْ يَأْتِينِي بِعَرْشِهَا قَبْلَ أَنْ يَأْتُونِي مُسْلِمِينَ
قَالَ عِفْرِيتٌ مِنَ الْجِنِّ أَنَا آتِيكَ بِهِ قَبْلَ أَنْ تَقُومَ مِنْ مَقَامِكَ وَإِنِّي عَلَيْهِ لَقَوِيٌّ أَمِينٌ

彼(スレイマーン)は問うた。「長老たちよ。彼ら(シバ国の人々)が私の許へやってきて服従する前に、彼女(シバの女王)の玉座を持って来られる者はいるか?」
イフリートは答えた。「わたしはあなたが席から立ち上がる前に玉座を持って参りましょう。わたしがそのような仕事をするのに力強く信頼に足ることは明白でしょう」

(『クルアーン』第27章「蟻章(アン・ナムル)」第28~29節)

ちなみに『アル=クルアーン』の日本ムスリム協会訳では、イフリートは「ジンの大物」と訳されている。

イフリートって、意外とおマヌケさん!?

イフリートは古来よりアラビアではよく知られた存在で、『アルフ・ライラ・ワ・ライラ』にはたびたび登場する。「アラジンの魔法のランプ」に登場するランプの精も、ディズニー映画ではジーニーなどと呼ばれているが、実はイフリートであり、ランプを擦(こす)った人間のどのような願いも叶えてくれる。彼らは実体はなく、変幻自在で、種々の魔法を使いこなすという。アラジンはイフリートの魔法によって国王になることができた。

実際、『アルフ・ライラ・ワ・ライラ』の中ではジンニーとイフリートという単語の使用は厳密には区別されておらず、同じ存在のことをあるときはジンニーと呼び、あるときはイフリートと呼んだりしている。《巨人》を意味するマーリドもイフリートやジンニーを指す言葉として用いられている。強いてこれらの語を区別するとすれば、ジンニーを呼称するときに、特に恐ろしさを強調するときには「イフリート」と表現する、と解釈することもできる。

けれども、『アルフ・ライラ・ワ・ライラ』に登場するイフリートたちは案外、抜けている。女性をさらって大理石の箱の中に閉じ込めておくものの、眠っている間に次々と浮気をされてしまっているという話や、漁師に騙されて真鍮の壷に封印されてしまう話など、間抜けな一面も多くある。商人が食べ終わった椰子の実を放り投げたら、たまたまイフリートの子供に直撃し、そのイフリートの子供が死んでしまったという話さえある。

『アルフ・ライラ・ワ・ライラ』の「漁師とイフリートの物語」(第3夜~第9夜)がよく知られている。ある日、漁師が網を引いていると、真鍮の壺が引っ掛かった。その壺の蓋を開けてみると、煙と共にイフリートが飛び出してきた。恐ろしげなイフリートは、自分を解放してくれた漁師を食い殺そうとする。何しろ、長い間、壺に閉じ込められていたイフリート。段々と怒りが募り、最初に壺の蓋を開けたものを食い殺そうと決めていたと説明する。しかし、漁師は言う。「巨大なイフリートが小さな壺に入っていたなんて信じられない。本当に壺に入っていたのなら証拠を見せろ」。それならば、とイフリートが壺の中に入って見せると、漁師は壺に蓋をした。こうして再び壺の中へ閉じ込められてしまい、平謝りして出してもらったという。

ジンニーには階級がある!?

一説によれば、ジンニーは五階級に分類されるといい、上から順にマーリド、イフリート、シャイターン、ジンニー、そしてジャーンになるという。この分類に従えば、イフリートは上から二番目の階級に属することになる。このジンの階級に関する伝承の出典は定かではない。少なくともボルヘスは『幻獣辞典』の中で「ジンは五つの階級からなる」と言及している。けれども、ジンの親玉として君臨するはずのイブリースがシャイターンの位置にいるなど、この階級に対する疑問は残る。

イフリートは炎の魔神という誤解!?

近年のファンタジィ小説やゲームなどではイフリートは炎の魔神などと説明されていることが多い。「ダンジョンズ&ドラゴンズ」を始めとして「ファイナルファンタジーシリーズ」や「テイルズオブシリーズ」では炎の属性を持った魔神として登場する。実際、1980年代のロールプレイングゲームの解説書の類いには「アラビア伝承に登場する炎の魔神」などとまことしやかに説明されている。確かにイフリートはジンニーの一種なので、アッラーフによって炎から創られているが、アラビア伝承の中のイフリートは、特別に炎と強く関連づけられた存在ではない。

このような誤解はテーブルトークRPG「ダンジョンズ&ドラゴンズ」の設定に負うところが大きい。「ダンジョンズ&ドラゴンズ」では魔神を水、火、風、土の四大精霊と結びつけて、それぞれ水の魔神をマーリド(Marid)、火の魔神をイフリート(Efreeti)、風の魔神をジン(Djinn)、土の魔神をダオ(Dao)とした(ダオは「ダンジョンズ&ドラゴンズ」のオリジナルである)。その後、さまざまなゲームなどでこの設定が踏襲されたため、イフリートといえば炎の魔神であるかのような印象を与えている。