オホヤビコ

分 類日本神話
名 称 大屋毘古神(おほやびこのかみ)〔記〕【日本語】
容 姿
特 徴イザナキとイザナミの神生みの6番目に生まれた神。家宅六神。
出 典『古事記』(712年)、『日本書紀』(720年)ほか

国土に樹木を生やした神!?

オホヤビコは日本神話に登場する神で、イザナキイザナミの6番目の子である。また、オホクニヌシの神話では、ヤソガミに迫害されるオホクニヌシを木国(紀伊国)に匿い、スサノヲのいる根の国に行くように助言した。オホクニヌシを助けた木国のオホヤビコと「神生み」のオホヤビコが同一の神であるかはよく分からないが、木国のオホヤビコは日本全土に樹木を植えた林業と建築業の神である。

『古事記』では、イザナキとイザナミは国土を生み出した後、多数の神々を生み出す。最初に生まれてくる7柱の神々は『古事記』のみに登場する神々で、抽象的でよく分からない。一説では住居に関わる神々とされる。その後は、海の神、河口の神、風の神、木の神、山の神、野の神、船の神、食べ物の神、火の神が順に生まれてくる。そして、火の神を生んだことでイザナミは大火傷をする。苦しむ彼女からは吐瀉物や糞、尿などが撒き散らされ、そこから金属の神、土器の神、水と農業の神が生まれてくる。結局、イザナミは火傷が原因で亡くなってしまい、イザナキとイザナミの神生みは終わりを迎える。

さて、『古事記』の「神生み」で6番目に生まれたのがオホヤビコである。《大きな家屋の男神》という意味なので、「家」に関係ある神なのかもしれない。林業の神という観点からは、国土に樹木を生やしたと解釈できる。先に生まれたオホコトオシヲが「神生みの宣言」をして、イハツチビコイハスヒメが「国土に大地ができた」こと、オホトヒワケが「土地に日が射した」こと、アメノフキヲが「天から(霊気を)吹きつけた」ことを表し、「国土に樹木が生えた」と解釈することもできるが、実際のところはよく分からない。

また、住居に関わる「家宅六神」の1柱とも解されている。オホコトオシヲに続いて生まれたイハツチビコ、イハスヒメ、オホトヒワケ、アメノフキヲ、オホヤビコ、カザモツワケノオシヲの6柱の神々を「家宅六神」として、住居の構造や材料を表す神と考える説があり、この場合、オホヤビコは字義どおり、《大きな家屋》と解釈され、イハツチビコとイハスヒメが家の土台、オホトヒワケが門戸、アメノフキヲが屋根、オホヤビコが家そのもの、カザモツワケノオシヲが風で屋根が吹き飛ばされないようにする機能を表現しているとされる。この6柱の神々を住居に関する神々だと解釈したのは国学者の堀秀成で、『神名考』(1909年)にまとめられているが、「国生み」から「神生み」に移る神話の流れの中で、イザナキとイザナミが最初に住居に関わる神々を生むことの妥当性には疑問が残る。

既生國竟、更生神。故、生神名、大事忍男神。次生石土毘古神(訓石云伊波、亦毘古二字以音。下效此也)、次生石巢比賣神、次生大戸日別神、次生天之吹(上)男神、次生大屋毘古神、次生風木津別之忍男神(訓風云加邪、訓木以音)、次生海神、名大綿津見神、次生水戸神、名速秋津日子神、次妹速秋津比賣神。(自大事忍男神至秋津比賣神、幷十神。)

すでに国を生み終えたので、さらに神を生んだ。そこで、生んだ神の名はオホコトオシヲ。次にイハツチビコを生み、次にイハスヒメを生み、次にオホトヒワケを生み、次にアメノフキヲを生み、次にオホヤビコを生み、次にカザモツワケノオシヲを生み、次に海の神、名はオホワタツミを生み、次に水戸神、名はハヤアキツヒコと妹のハヤアキツヒメを生んだ。(オホコトオシヲからアキツヒメまで、合わせて10柱の神である。)

(『古事記』上つ巻「神々の生成」より)

日本全国に樹木を植えた林業の神!?

オホヤビコはオホクニヌシの物語にも登場する。オホクニヌシの兄弟であるヤソガミがオホクニヌシを迫害し、何度も殺そうとするため、母親のサシクニワカヒメはオホクニヌシを紀伊国のオホヤビコの住居に送った。オホヤビコはオホクニヌシを匿ったが、ヤソガミが弓矢で武装して追ってきて、オホクニヌシを差し出すように要求した。そこで、オホヤビコはオホクニヌシにスサノヲの治める根の国に行って助けを求めるように助言した。

ちなみに『日本書紀』にはスサノヲの子としてイタケルという神がいる。大八洲国に種を蒔いて樹木を茂らせた神で、兄弟であるオホヤツヒメとツマツヒメとともに、紀伊国に鎮座しているとされる。林業や建築業の神として崇拝されている。『先代旧事本紀』ではオホヤビコはイタケルの別名と説明されている。

於是八十神見、且欺率入山而、切伏大樹、茹矢打立其木、令入其中、卽打離其氷目矢而、拷殺也。爾亦其御祖命、哭乍求者、得見、卽折其木而取出活、告其子言「汝有此間者、遂爲八十神所滅。」乃違遣於木國之大屋毘古神之御所。爾八十神、覓追臻而、矢刺乞時、自木俣漏逃而云「可參向須佐能男命所坐之根堅州國、必其大神議也。」

ヤソガミはこれ(オホムナチ)を見て、また欺いて山に連れて入り、大木を切り倒し、その木に楔を打って、その中に入らせ、その楔を引き抜いて打ち叩き殺した。そしてまた、母親(サシクニワカヒメ)は嘆いて探し求め、見つけてその木を折って取り出して蘇生させ、その子に「お前はここにいたら、遂にヤソガミに滅ぼされる」と告げて、木国のオホヤビコの住居に送った。すると、ヤソガミが探して追いかけてきて、矢をつがえて(オホムナチを差し出すように)求め、(オホヤビコは)木の股から逃がし、「スサノヲのいる根の堅州国に向かえ。必ずその神が判断してくれる」と言った。

(『古事記』上つ巻「根の国訪問」より)

一書曰、素戔嗚尊所行無狀、故諸神、科以千座置戸而遂逐之。是時、素戔嗚尊、帥其子五十猛神、降到於新羅國、居曾尸茂梨之處。乃興言曰「此地、吾不欲居。」遂以埴土作舟、乘之東渡、到出雲國簸川上所在、鳥上之峯。時、彼處有呑人大蛇。素戔嗚尊、乃以天蠅斫之劒、斬彼大蛇。時斬蛇尾而刃缺、卽擘而視之、尾中有一神劒。素戔嗚尊曰「此不可以吾私用也。」乃遺五世孫天之葺根神、上奉於天。此今所謂草薙劒矣。初、五十猛神、天降之時、多將樹種而下、然不殖韓地、盡以持歸。遂始自筑紫凡大八洲國之內、莫不播殖而成靑山焉。所以、稱五十猛命、爲有功之神。卽紀伊國所坐大神是也。(日本書紀 第八段一書(四))

ある書によれば、スサノヲの所業は酷いもので、そのため、神々は膨大な賠償品を科して、遂には追放した。このとき、スサノヲは子のイタケルを連れて、新羅国に降り立ち、ソシモリというところに居ついた。「この地に、俺はいたくない」と声高に言って、遂に土で舟をつくって、それに乗って東に渡り、出雲国の簸の川の上流の鳥上の峯に到った。このとき、その土地には人を呑み込む大蛇がいた。スサノヲは天蠅斫の剣でその大蛇を斬った。蛇の尾を斬ったところで刃が欠け、裂いてよくみると、尾の中に一振の神剣があった。スサノヲは「これは俺だけのものにしてはいけない」と言って、五世の孫にあたるアメノフキネを遣わして、天に奉げた。これが現在で言うところの草薙剣である。当初、イタケルが天から降ったときに、たくさんの木の種を持って下ったが、しかし韓国には植えずにすべてを持ち帰った。そして筑紫国から始めて大八洲国の内のすべてに蒔いて植えたため、山は青々としている。これにより、イタケルを功のある神と称する。すなわち、紀伊国に鎮座する大神はこれである。

(『日本書紀』巻第一神世上第八段一書第四より)

一書曰、素戔嗚尊曰「韓鄕之嶋、是有金銀。若使吾兒所御之國、不有浮寶者、未是佳也。」乃拔鬚髯散之、卽成杉。又拔散胸毛、是成檜。尻毛是成柀、眉毛是成櫲樟。已而定其當用、乃稱之曰「杉及櫲樟、此兩樹者、可以爲浮寶。檜可以爲瑞宮之材。柀可以爲顯見蒼生奧津棄戸將臥之具。夫須噉八十木種、皆能播生。」于時、素戔嗚尊之子、號曰五十猛命。妹大屋津姬命、次枛津姬命、凡此三神、亦能分布木種、卽奉渡於紀伊國也。然後、素戔嗚尊、居熊成峯而遂入於根國者矣。(棄戸、此云須多杯。柀、此云磨紀。)

ある書によれば、スサノヲが「韓国の島には金銀がある。もしも俺の子の治める国に浮く宝(船)がなければ、それはよくない」と言って、ひげを抜いて散らすとたちまちスギになった。また、胸毛を抜くとヒノキになった。尻毛はマキになった。眉毛はクスノキになった。そして、差し当たってその用途を定め、「スギとクスノキはこれら両方の樹とも浮く宝(船)となるべし。ヒノキは宮殿の材料となるべし。マキはこの世に生きるすべての民草の墓所に臥す道具(=棺)となるべし。そして食用にすべき数多くの木の種はすべて蒔いて生えるべし」と称えた。このとき、スサノヲの子は名をイタケルと言った。妹はオホヤツヒメ、次はツマツヒメで、この3柱の神もまた、木の種を広く蒔き、すなわち、紀伊国に渡って奉られた。その後、スサノヲは熊成峯に居住し、遂に根の国に入った。

(『日本書紀』巻第一神世上第八段一書第五より)

《参考文献》

Last update: 2023/01/09

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