禰々子(ネネコ)

[日本伝承]

名称 禰々子(ネネコ)【日本語】
祢々子河童、弥々子河童、猫々子河童(ネネコガッパ)【日本語】
容姿女性の河童。
特徴利根川に棲む。関東地方の河童を統べる女親分。堤防を壊したり、人畜に溺死させた。その後、加納家の神として祀られた。
出典赤松宗旦 『利根川図志』(1858年)ほか

関東を統べる河童の女親分!?

禰々子(ネネコ)は利根川流域に棲んでいた河童(カッパ)の女親分。弥々子河童(ネネコガッパ)などとも呼ばれる。西に九州・筑後川の九千坊(クセンボウ)という河童の大親分がいるとすれば、東には関八州・利根川の禰々子ありと謳われるほどの大親分。関東中の河童の親玉を統治していたとされ、子分を率いて近隣でさまざまな悪行を働いていた。

禰々子は利根川流域で転々と移動していたが、彼女が棲み着いた流域には決まって禍が起こったため、すぐに彼女の居場所は分かったと伝えられている。禰々子は畑の野菜を盗んだり、腹の立つことがあれば暴れ回って河川の堤防を崩し、田畑を水浸しにさせたり、子分たちを引き連れて子供や牛馬を川に引っ張り込んで溺死させたりするなどの乱暴狼藉を働いていた。そのため、近隣の村人たちから恐れられていた。

そんな禰々子だったが、あるとき、加納家の先祖が生け捕りにして檻に封じたと伝えられている。このとき、禰々子が二度と悪さをしないと許しを乞うたため、加納家の者は彼女を許して解放してやったという。それ以降、加納家の屋敷には、縁結びや安産にご利益のある神として禰々子が祀られていたとされる。別伝では、加納家の若旦那が相撲で禰々子に勝ったという話も伝わっている。

ちなみに、利根町の民家には近年まで「禰々子の手」とされるものが祀られていたという。

禰々子河童と薬!?

霊薬を河童から授かったというのは、昔から薬売りたちの常套句である。禰々子にも同様のエピソードが知られている。

禰々子が貧しい百姓に湿布薬の作り方を教えたという伝承がある。利根川河口に貧しい百姓の親子が住んでいた。あるとき、父親が足を挫いてしまうが、貧しい親子には薬を買うお金がなかった。禰々子は彼らに薬草を渡し、湿布薬の作り方を教えたという。親子は禰々子に「十三回塗れば治る」と言われたため、その通りに湿布を十三枚貼り替えると見事に足は完治した。そのため、その百姓の村は十三枚と呼ばれるようになったのだとか。

また、あるとき、侍が馬に乗って利根川にやってきたときに、禰々子はその馬を川に引っ張り込もうとした。しかし侍はすぐに異変に気付き、禰々子の首筋を押さえた。禰々子は降参し、切り傷に効く妙薬について教えたという。

九州を総べる河童の親分をも追い返す!?

九州の河童の大親分・九千坊とも利根川の所有権を巡って抗争したことがあるようだ。福岡の筑後川に根城を構える九千坊が、子分を率いて、わざわざ九州から関東に攻めてきたのだろうか。軍配は禰々子にあったようで、彼女はこの抗争に勝利したと信じられている。

《参考文献》