エリス

分 類ギリシア・ローマ神話
名 称 Ἔρις〔eris〕(エリス)《争い》【古代ギリシア語】
Discordia(ディスコルディア)【ラテン語】
容 姿有翼の女神。
特 徴争い、不和を神格化した女神。トロイア戦争を引き起こした。
出 典ヘーシオドス『テオゴニアー』(前7世紀)など

エリス、神々をも巻き込む大戦争を引き起こす!?

エリスはギリシア・ローマ神話において不和と争いを擬人化した女神である。

海の女神テティスと英雄ペーレウスの結婚式には全ての神々が招かれたが、不和の女神エリスだけは招かれなかった。これに腹を立てたエリスは、「最も美しい女神に」と記した黄金の林檎を披露宴の会場に投げ入れた。ヘーラーアテーナーアプロディーテーの3柱の女神は、それぞれが自分こそが林檎をもらう権利があると主張して争いになった。ゼウスが仲裁に入り、最終的にイーリオス(トロイア)の王子パリスに判定してもらうことになった。女神たちはそれぞれ賄賂でパリスを買収しようとした。ヘーラーは「アジアの王の座」を、アテーナーは「戦での勝利と知恵」を、そしてアプロディーテーは「人間の中で最も美しい女」を与えることを約束する。パリスは最終的にアプロディーテーを選んだ。

「人間の中で最も美しい女」というのはヘレネーのことで、すでにスパルタ王メネラーオスの妻の座に収まっていた。その昔、絶世の美女ヘレネーに対して、ギリシア中の王族や英雄が求婚し、誰が選ばれても争いになりそうな事態に陥った。そこで、ヘレネーの父は、婿はヘレネーに選ばせることとし、もしもその婿に害が及ぶような出来事が起これば、求婚者たちは全員でその婿に協力すると求婚者たちに約束させた。その結果、ヘレネーに選ばれた婿がメネラーオスだったのである。

しかし、アプロディーテーに導かれてパリスがヘレネーを奪い、イーリオスに連れ去ってしまった。メネラーオスはヘレネーの返還を要求するが、パリスはきっぱりと拒否。そこで、兄でミュケーナイの王のアガメムノーンとともにヘレネー奪還のためにイーリオスへの遠征軍を組織する。これにかつての求婚者たちも参加して、ギリシア軍とトロイア軍の戦争の様相を呈してきた。アプロディーテーがパリスの側に与したため、ヘーラーとアテーナーはギリシア側に肩入れし、神々もギリシア軍とトロイア軍に分かれた格好で、10年にも亘る大戦争になってしまった。まさに不和と争いの女神エリスの真骨頂とも言うべきエピソードである。

エリスは夜の女神が生み落とした不吉な一族

なお、ヘーシオドスの『神統記(テオゴニアー)』では、エリスは夜の女神ニュクスが単独で生んだ娘で、その他にもモロス(非運)、ケール(破滅)の一族、タナトス(死)、ヒュプノス(眠り)、オネイロス(夢)の一族、モーモス(非難)、オイジュス(苦悩)、ネメシス(義憤)、アパテー(欺瞞)、ピロテース(愛欲)、ゲーラス(老い)などの不吉な一族を生み出している。

エリスはエリスで、多くの災いを生み出している。ポノス(労苦)、レーテー(忘却)、リーモス(飢餓)、アルゴス(悲歎)の一族、ヒュスミーネー(戦闘)の一族、マケー(戦争)の一族、ポノス(殺害)の一族、アンドロクタシアー(殺人)の一族、ネイコス(紛争)の一族、プセウドス(虚言)の一族、ロゴス(空言)の一族、アムピロギアー(口争)、デュスノミアー(不法)、アーテー(破滅)、そしてホルコス(誓い)である。ホルコスは人間が誓いを破った場合、激しくその人間を痛めつける役目を負っている。

ただし、ヘーシオドスは『仕事と日々』の中で「善きエリス」について言及している。エリスはこれまでに見てきたように、争いや不和を巻き起こす忌まわしい側面を持つが、その一方で、誰かと競い合うことで切磋琢磨する原動力にもなり得る。そのような「善きエリス」も存在するのだとヘーシオドスは教訓めいて説明している。

《参考文献》

Last update: 2022/04/23

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