イエティ

[未確認動物(UMA)]

名称Yeti(イエティ)、Abominable Snowman(アボミナブル・スノーマン)【英語】
容姿毛に覆われた二足歩行の獣人。頭頂が尖っている。
特徴ヒマラヤ山脈の標高数千メートルに棲む。多くの目撃情報がある。

イエティ!

ヒマラヤに棲む獣人UMAの代表格!?

イエティといえば、もっともよく知られる未確認動物(UMA)だ。日本では「ヒマラヤの雪男」という呼称でも知られている。同様の獣人UMAとして、アメリカのビッグフット、ロシアやモンゴルにアルマスが知られているが、ヒマラヤのイエティは目撃情報でも知名度でも別格であろう。1899年の足跡の発見からさまざまな目撃情報が寄せられている。それらによれば、直立二足歩行する類人猿のような姿で、全身は長く黒っぽい毛に覆われているという。また、頭のてっぺんが尖っているという特徴もある。大きさは人間と同程度のものから5メートルという大型のものまでいる。ヒマラヤ山脈の標高数千メートルという比較的高いところに棲んでいる。口笛に似た甲高い声を発するという。

ヒマラヤ山脈は、ブータン、ネパール、インド、中国など多数の国に跨る広大な山であるため、地域によって呼び名はさまざまである。もっとも一般的な「イエティ」という言葉はシェルパ族の言葉のགཡའ་དྲེད་に由来する。གཡའ་が《岩》、དྲེད་が《獣》であるため、「岩の獣」という意味である。また、大型のものをズテ(Dzu-Teh)、中型のものをメテ(Meh-The)、小型のものをテマ(Teh-Lma)と呼ぶこともある。

たくさんのイエティの目撃情報!?

イエティに関する最古の記録は1832年で、ホジソン(B. H. Hodgson)がネパール北部で登山をした際に、現地ガイドから怪物の話を聞き、イギリスの雑誌「Journal of the Asiatic society of Bengal」に寄稿したのが最初とされている。この段階では怪物はラークシャサと呼ばれている。ホジソン自身はオランウータンの誤認だろうと結論づけているが、ヒマラヤに獣人の怪物がいることが記録されている。また、1899年にイギリスのワッテール大佐(L. A. Waddell)が『Among the Himalayas』の中で、怪物の足跡の発見を報告した。彼によれば、インドのシッキム州北東部のおよそ標高5,200メートルの地点で巨大な足跡を発見したという。その後、1921年にハワード・ベリー(Howard-Bury)らがエベレスト登山中にイエティを目撃したと報告している。1925年には写真家のトンバジー(N.A. Tombazi)がイエティを目撃している。トンバジーは王立地理協会のメンバーだったこともあって、当時は随分と話題になったという。

また、1941年にスラヴォミール・ラウィッツ(Slavomir Rawicz)ら4人のポーランド人がイエティを目撃しており、1942年にこの目撃情報を元にイギリスのクイーン・メアリ大学のウラディミール・チェルネスキー(Wladimir Tschernezky)博士がイエティの想像図を描いている。この想像図で頭頂部がやや尖っているイエティが描かれた。

1951年11月に登山家のエリック・シプトン(Eric Shipton)が足跡を発見し、撮影に成功した。エベレスト北面登山ルートのメンルン氷河上で発見された足跡は45cm程度で、裸足で二足歩行をしているものだった。この発見でイエティは一躍世界の注目を集めるようになった。

1953年にもエドマンド・ヒラリー(Edmund Hillary)らがエベレストにてイエティの足跡を発見している。1954年にはイギリスのデイリー・メール紙が探査隊を派遣。これ以降、各国が探査隊を派遣している。日本でも1959年に東京大学医学部で小川鼎三教授を代表とする「日本雪男研究グループ」を結成し、調査を開始している。1970年、アンナプルナ南壁で登山家ドン・ウィリアムス(Don Whillans)が足跡を発見。1975年には日本人冒険家の鈴木紀夫が標高3,500メートルのカーナボン・コーラで、5頭のイエティを目撃している。高橋好輝も標高4,750メートルのところで18センチほどの足跡を発見している。

イエティがカメラに収められたのは1986年。遂にアンソニー・ウールドリッジ(Anthony B. Wooldridge)がイエティをカメラに収めた。これは後に岩の誤認であるという結論が出されたが、当時は大騒ぎになった。また、1998年にロシアの国境警備隊員3人が休暇中にイエティの姿をビデオカメラに収めた。また、2003年にシベリアのアルタイ山脈のおよそ3,500メートル地点の永久凍土の中からイエティの足の一部が発見された。これは人間の足によく似た形状で、足の裏には毛が生えていたという。

その他、ヒマラヤの村落ポンボチェのラマ教寺院に「イエティの頭皮」が祀られていたことが1954年にイギリスの探検隊によって報告されている。また、チベットのボンゴマチェの寺院には「イエティの手」といわれる骨も伝わっている。人間の手よりやや小さい骨で、イエティの子供のものではないかとして話題になった。

イエティは登山家に怪物に仕立てられたヒグマなのか!?

このようなさまざまな目撃情報が寄せられるイエティだが、その正体についてはいろいろと議論がある。もっとも有力なのはクマの誤認説だ。実際、ヒグマの姿をシェルパに見せたところ、ヒグマを「イエティ」と認知したという報告がある。同様に、ブータンで「雪男」を指すとされていた「メギュ」や、チベットの「テモ」も、実際にはヒグマを指す言葉だったことも分かっている。

1960年に、探検家エドモンド・ヒラリーら18名参加の国際学術探査隊はイエティの正体について、次のように結論づけている。すなわち、「イエティの足跡」とされていたものはキツネの足跡であり、「イエティの鳴き声」とされていたものはユキヒョウの鳴き声、大型のイエティであるズテの毛や糞はヒグマのもの、中型のミテの毛と糞はカモシカのもの、小型のテルマの毛と糞はアカゲザルのものだというのである。また、ネパールのラマ教寺院に保存されている「イエティの頭皮」はカモシカの一種だろうとされている。

実際、イギリスのエベレスト登山隊がイエティを未確認動物に仕立てて、その調査の名目で資金を集めていたのは事実である。多くの登山家たちが、その資金繰りに悩んだ結果、地元でイエティと呼ばれていたヒグマを未確認生物に仕立てて資金源にしたというのが現実だろうと目される。

しかしながら、それでも今も尚、UMA研究家の間では、未知の巨大類人猿説や、ギガントピテクスの生き残り説などが検討されている。

《参考文献》