豆狸(マメダヌキ)

[日本伝承]

名称豆狸(マメダヌキ)【日本語】,マメダ〔山陽地方〕【日本語】
容姿巨大な玉袋を持つ狸。
特徴化け狸。非常に賢い。自分の玉袋を広げて座敷にしたり、玉袋を頭からかぶって変身したりして人を誑かす(宮崎)。人にとり憑く(大阪)。酒蔵に棲む(兵庫)。
出典桃山人/竹原春泉『絵本百物語』(1841年)ほか

マメダヌキの絵 by とんじぇる

日向の化け狸、玉袋を広げて客人をもてなす!?

マメダヌキ(豆狸)は西日本に出没する化け狸の一種だ。「豆」という言葉がついているが、別に小さいわけではない。犬くらいの大きさの狸である。一説によると、豆狸の「豆」は「貒(まみ)」が転訛したものともされ、「貒」とはアナグマのことなので、マメダヌキは単純にアナグマの妖怪ということなのかもしれない。

地方によってさまざまな特徴があるが、一番、よく知られているのは日向国(宮崎県)に伝わるマメダヌキで、でっかい玉袋を持ち、玉袋を頭にかぶってさまざまな異形の姿に変身したり、玉袋を広げて座敷をつくって人を誑かしたという。

江戸時代の桃山人が著し、竹原春泉が絵をつけた『絵本百物語』には、この日向国のマメダヌキの話が収録されている。元禄の頃(17世紀)、俳諧師の魯山は、日向国の高千穂を訪れ、同じ俳句趣味の人間と意気投合し、誘われるままにその人の家に泊めてもらったという。8畳ほどの部屋でさまざまなご馳走でもてなされ、俳句を楽しんでいた魯山だったが、うっかりと煙草の吸殻を座敷に落としてしまった。その途端、畳が一気に捲れ上がり、8畳間の家も消えてしまい、魯山は野原に投げ出された。実はこの畳はマメダヌキのでっかい玉袋を広げたものだったのである。

『絵本百物語』には、雨降りの中、頭に玉袋をかぶったマメダヌキの絵が紹介されている。非常に賢い化け狸なのだという。

絵:竹原春泉の描いた豆狸
絵:竹原春泉の描いた豆狸

マメダヌキ、人に憑く!?

マメダヌキは人に憑くこともあるという。こうなると非常に恐ろしい。明治40年(1907年)の大阪の谷町7丁目で、マメダヌキにとり憑かれた患者がいたという。医者では手に負えなかったため、霊能力者が呼ばれた。すると、2、3匹のマメダヌキがおり、霊能力者が術を施すと、患者の左腕に瘤(こぶ)ができ、手首から人差し指に移動し、指先から灰色の水飴のようなものが出てきて畳に落ちたという。これは饅頭くらいの大きさになって動かなくなったという。ところが運悪く巡回に来ていた巡査が家の戸口に現れたため、この饅頭大の物体は突如、巡査の胸元に飛んでいき、とり憑いた。すると巡査は半狂乱になってサーベルを振り回し始めて谷町8丁目の方に走って行ってしまったという。巡査がどうなったのか、資料は記述していないが、それっきり、患者の方は全快したという。

各地に伝わるさまざまなマメダヌキ!?

山陽地方ではマメダと呼んでいるようで、旧家の納戸に棲んでいるという。納戸に入ると3~4歳くらいの大きさの白髪の老婆がちょこんと座っていることがあるという。

兵庫県の灘地方では酒造が盛んだが、酒蔵にマメダヌキが1、2匹くらいいないと良質な酒ができないと信じられた。この地方のマメダヌキは、夜中になると、酒樽から酒がこぼれるような音を立てたり、箒(ほうき)を持って走るような音を立てたりするという。

徳島県のマメダヌキは夜になると山の頂(いただき)に火を灯すという。この火が現れると、翌日は必ず雨になるという。

地図:豆狸の伝承は西日本各地に伝わっている
地図:豆狸の伝承は西日本各地に伝わっている

《参考文献》