2020年5月18日 #検察庁法改正案には抗議しません

巷で検察庁法改正が話題になって、いい意味でも悪い意味でも、勉強を余儀なくされたボクだ。で、国家公務員法と検察庁法を読んでみた。結論から言えば、今回の法改正には何ひとつ問題がない。これが、ボクの結論だ。そして、仮に「内閣が検察の人事に口を出すのは問題だ」というところが論点なのだとすれば、問題にすべきは今回の法改正ではなくて、1月に閣議決定された黒川さんの定年延長の方だ。ちょっと長くなるけど、感じたことを書いてみたい。

今回の検察庁法改正の元々のスタートは国家公務員法の改正だ。平成30年8月に人事院から国会と内閣に対して、国家公務員の定年を60歳から65歳に引き上げるべきとの意見が出された(人事院の意見の申出)。まあ、時代の流れだ。ただ、この意見書の非常によいところは、役職定年制を提案している点だ。単純に定年を引き上げると、重役をお年寄りが担うことになるわけで、組織が高齢化する。中堅・若手の昇進のペースが遅くなるので、組織の新陳代謝を維持するために、役職定年制を導入すべきだと明記されている。60歳を越えても職員として働けるけれど、管理職からは退いてね、ということ。この内容は非常にいい。

ただ、法律はひとつだけで運用されているわけではない。検察庁については、定年を別途、検察庁法で定めているので、検察庁法も国家公務員法に合わせて65歳まで引き上げる。そこで、今回の検察庁法改正に繋がってくる。なので、まずは現行の国家公務員法の「定年」に関する部分から抜粋する。

第八十一条の二 職員は、法律に別段の定めのある場合を除き、定年に達したときは、定年に達した日以後における最初の三月三十一日又は第五十五条第一項に規定する任命権者若しくは法律で別に定められた任命権者があらかじめ指定する日のいずれか早い日に退職する。
2 前項の定年は、年齢六十年とする。ただし、……以下省略……

第八十一条の三 任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。
2 任命権者は、前項の期限又はこの項の規定により延長された期限が到来する場合において、前項の事由が引き続き存すると認められる十分な理由があるときは、人事院の承認を得て、一年を超えない範囲内で期限を延長することができる。ただし、その期限は、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して三年を超えることができない。

要は、職員は定年になったら退職する。定年は60歳。でも、特別な理由があれば、任命権者は定年を1年未満なら延期できるし、人事院がイエスと言えば、3年未満までは延長できるよ、ということ。そして、国公法改正で定年を65歳にし、役職定年制を導入して、役職定年に特例が設けて延長可能にする、というのが基本的な流れだ。

で、次は懸案の検察庁法だ。関係するところは2か所。

第十五条 検事総長、次長検事及び各検事長は一級とし、その任免は、内閣が行い、天皇が、これを認証する。

第二十二条 検事総長は、年齢が六十五年に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三年に達した時に退官する。

現行の検察庁法でも検事総長と次長検事、検事長の任命権者は内閣だ。要するに、内閣が彼らを役につけ、それを解くことができる。だから、検察の人事に内閣が関与する構造は、現行の検察庁法でも同じ。だから、「法改正によって内閣が検察の人事に口を出せるようになる」というロジックは成り立たない。

次に、検察庁法では、定年が他の国家公務員とは異なって、検事総長が65歳、検察官が63歳だ。で、国公法の改正に合わせて、検察官も定年を63歳から65歳まで延長する、というのが今回の改正だ。当然、役職定年制はこちらにも適用されるべきだし、延長の特例措置も、国家公務員法に準じることになる。……というわけで、今回の検察庁法改正によって、内閣がやりたい放題になる、という事態にはならない。

で、冒頭の議論に戻る。仮に「内閣が検察の人事に口を出すのは問題だ」というところが論点なのだとすれば、問題は今回の法改正ではなくて、1月に閣議決定された黒川さんの定年延長の方だ、というところ。

「安倍政権が超法規的に黒川さんの定年延長を決めた」と騒がれているが、国公法では、特別な理由があれば、任命権者は定年を1年未満なら延期できる。一方、検察庁法によれば、検事長の任命権者は内閣だ。黒川さんは検事長であり、63歳なので、通常は定年。そこで、国公法81-③に基づいて、定年延長を閣議決定した。一応、合法と言えば、合法だ。大事なところは、現行の国家公務員法と検察庁法の組み合わせでも、解釈によっては内閣が検察官の定年を延長できるということ。安倍政権はそう解釈して、黒川さんの定年延長を決めた。従って、検察庁法改正の議論と内閣が検察官の定年延長ができることは、議論としては無関係なのだ。

議論すべきは2点で、国公法の81-③を本当に検察官にも適用できるのかという点と、この時期の黒川さんの定年延長が適切であるのかという点だ。検察庁法が改正されようがされまいが、事実、安倍政権は検察官の定年を延長する閣議決定をしたわけで、この閣議決定の是非こそが本来、論じる部分だ。そして、黒川さんの定年を半年延長したことで、彼が検事総長になれる可能性があって、それによって林さんが検事総長になれなくなるかもしれない。だから、黒川さんの定年延長は慎重に議論すべきだった。だから、今回の検察庁法改正に異を唱えても意味がない。というか、黒川さんの定年延長を閣議決定した時点で、国家公務員法の定年延長が検察にも適用できる前例を作った。もはや、今回の法改正なんてどうでもいい。全ては遅きに失したのだ。

最後に、ボクの個人的な意見を述べる。ボクは、定年延長の特例はあくまでも特例であって、基本的にはおいそれと用いない方がよいと思っている。だって、お仕事って基本、ひとりでやるものではない。たったひとりの人が欠けたら動かないお仕事なんてない。「どうしても彼が必要だ」という状況なんてないと思うし、逆に組織はそういう状況をつくらないようにしなきゃいけない。そういう意味では、検察に限らず、全ての公務員において、定年の延長なんてなくてもいいのではないか。そんなことを考える。人はいつか死ぬんだよ。病気にもなる。交通事故だって起こる。突然、明日、その人がいなくなる事態なんていくらでも考えられる。それでも、組織は前に、前に、動いていかなきゃいけない。だから、基本的にはちゃんと引き継いで、時期が来たら後進に譲らなきゃいけない。それが組織の正しい在り方だ。

その意味では、ボクは国家公務員の役職定年の延長の特例措置、もっと慎重に議論して欲しいな、と思う。役職定年制の導入は非常にいいアイディアだ。でも、結局、特例によって、ずるずると慣例のように役付のまま役職定年を延長しかねないな、と思う。定年を延長するのは結構、ハードルが高いけど、役職定年を延長することなら、慣習化してしまいそうだ。だから、若い人たちの活躍の場が奪われて、組織が高齢化する。人生100年時代というのはそのとおりだけど、でも、やっぱり、時代は目まぐるしく変わっていて、価値観も多様化している。経験や熟練の妙も大事だけど、でも、若い発想や若い意思決定が今以上に大事になる。老人が重要ポストに居座るのは好ましいとは思えない。役職定年しても組織には残るのだから、役職定年の延長の特例に大きな制限をかけて、おいそれとはできないような仕組みにして欲しいなあ、と切に思う。そこだけ、もうちょっと丁寧に議論してもいいかな、と思う。