2016年4月14日 妖怪ってそもそも創作物でしょう!?

ボクは「ファンタジィ事典」を編纂しているので、よく世界の妖怪について話題にする。でも、ボク自身は残念なことに、本物の妖怪に出会ったことはないし、正直なところ、その存在を信じているわけではない。でも、ボクが妖怪に惹かれるのは、そのリアリティだ。非近代的、あるいは非合理的というレッテルを貼られる妖怪だけれど、いつかの時点でどこかで誰かが信じていたというのが、とても魅力的なのである。

ボクの生涯において、唯一、その存在をリアルに信じた妖怪は、多分、「人面犬」だけである。都市伝説でいうところのいわゆる「友人の友人(Friend of friend)」というパターンで、小学生の頃、友人の塾での友達の友達が見たとか、隣のクラスの何某のお姉さんの友人が見たとか言われていて、ボクも夢中になって話を聞いた。小学生だったボクは、本気で「人面犬」の存在を信じていた。

リアリティの問題は難しくて、創作、たとえばテレビドラマや映画で演じられるホラーやファンタジィにもリアリティがある。ホラー映画を観た後に、何だか暗闇に何かいるような漠然とした不安に包まれる。漫画や小説を読んでドキドキしたりもする。キャプテン翼に憧れ、真似をしてサッカー選手になった人々はたくさんいる。彼らにとって、キャプテン翼の登場人物は憧れであり、目標になっただろう。

明確な版元があるものだって、いつかは実在のものになり得る。たとえば「ドラキュラ」や「フランケンシュタインの怪物」なんかはその典型例だ。ブラム・ストーカーやメアリー・シェリーの創作物は、いろんな人の作品の中に転用されて、今や独自の地位を築いている。ハロウィンになるとジャック・オ・ランタンや幽霊、狼男、魔女に混じって「ドラキュラ」や「フランケンシュタインの怪物」が描かれている。実はこいつらが小説家の創作だ、と知らないでいる人も多いかもしれない。J.R.R.トルキーンの創作した「オーク」もテーブル・トーク・ロールプレイング・ゲームの『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の中で転用され、さも古い伝承に登場する妖怪のように振る舞っている。「オーク」が創作だなんて、ファンタジー小説の読者やテレビゲームのプレイヤの多くは知らないかもしれない。『ドラゴンクエスト』で有名なかわいらしい「スライム」だって、元々はブレナンの『沼の怪(Slime)』という小説が初出で、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』に転用されながら、定着した妖怪と言える。そもそも、日本で一般に知られている鳥山明のかわいらしい絵柄のスライムも、本来のスライムからはかなりかけ離れて、独自の進化を遂げている。『ロマンシング・サガ』シリーズでスライムを見た友人が「ロマ・サガのスライムってキモいよね」と言っていたが、本来のスライムのイメージとしては、こちらの方が正確だと思う(笑)。

水木しげるの創作した妖怪(樹木子や針女、百目など)も、今では市民権を得て(?)、正式な妖怪面をして、子供向けの妖怪関連書籍の中に掲載され、堂々と古い妖怪たちの中に混じっている。水木しげるが鬼太郎の仲間として描いている妖怪たち(「砂掛け婆」「一反木綿」「塗壁」など)も、その出典のほとんどは柳田國男の『妖怪談義』だが、水木の絵柄はほとんどオリジナルだ。そして、意外と日本では知られていないかもしれないが、ボルヘスの『幻獣辞典』に掲載されている「ア・バオ・ア・クゥー」も、実はボルヘスの創作だと指摘されていて、現時点では、英語のWikipediaでは明確に「fictional legendary creature」と説明が付されている。

結局、妖怪なんて、実在しないので(と言い切ると悲しくなるが)、いつかのどこかで誰かが創作したものである。それが特定され得る個人なのか、会社なのか、あるいは民族なのか、という違いはあれども、誰かが創作して、それをいろんな人が語り継いで、次第に広まっていったものだ。さすがにメジャーな任天堂のピカチューやレベルファイブのジバニャンがたちどころに古い妖怪たちの仲間入りをするとは思えないが、もう少しマイナな作品の創作物だったら、境界が曖昧になって、気付いたら子供向けの妖怪関連書籍の中で「妖怪」とカテゴライズされて紹介される、なんてこともあるかもしれないな、と感じる。ボクはその辺を明確に線引きするつもりはないし、そういう新しい創作物も含めて、妖怪にカテゴリィしながら整理していきたいなあ、と常々思っている。