2014年1月11日 大黒さまと恵比寿さまの親子属性!

ツクルくんが誕生してほぼ1か月。本日、無事に1か月検診が終わって、これで晴れて通院から解放された。思えば、最初は大変だった。慣れない赤ん坊を片手に病院と実家との往復1時間ちょっとのドライブ。途中、どこでどうやってオムツ替えすればいいんだ、と大きなショッピングモールを探してうろうろしたり、車内で泣き出してしまって、どうやってあやせばいいんだ、途方に暮れたり。何度も通院するうちに、もう、慣れてしまって、多少のことでは動じない。こうやって、ボクたちは「親」になっていくのだな、と感じる。

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病院からの帰りに、我が家へ立ち寄った。ものすごく寒い。寒波の影響もあるのかもしれない。でも、改めて、人が住まない家って寒いんだなあ、と思った。設計師であるちぃ子のパパン曰く、新築の家は、木材が冷え冷えしているので、暖房を入れても、なかなか部屋が暖まらないらしい。人が住むようになって、生活していくと、段々と木材も暖かくなって、それに従って家も暖かくなってくる。確かに、そういうものなのかもしれないなあ。

そんなことを考えながら、家中の暖房をつけて、各部屋をぐるぐると回って、これからの生活をイメージしてみる。それだけのことで、何だか部屋が暖かくなってくる錯覚。

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最近、七福神の羊羹なんてものを食べた。黒糖や抹茶、柿、塩などの7種類の味が食べられるステキ羊羹! そんなことから、七福神に興味を持って、いろいろと調べている。

花園万頭の「花園七福神めぐり」
花園万頭の「花園七福神めぐり」

昔っから思ってはいるんだけど、「七福神」って謎だ。全ッ然、この集団の意味が分からない。民間伝承って、どういう経緯で成立していったのかがうまく把握しにくい。いろんなアイディアがごちゃまぜになっていて、何でもありありで、正体不明すぎる。

たとえば大黒さま。大黒さまって、赤い帽子を被って、福袋を背負って、打出の小槌を持って、米俵に乗っかって、にこにこ笑っているイメージだ。でも、本来、大黒天というのはヒンドゥー教のシヴァ神の別名、あるいは化身で、महत्काल(マハーカーラ)《大いなる暗黒》に由来する。「大いなる暗黒」という意味から「大黒天」として密教に取り込まれた。憤怒の形相で、力づくで人々を救済していく存在だ。

これが魔除けとして各家庭で飾られるようになる。南インドなんかでは台所の神としての側面も持つようになる。台所に入ってくる邪悪を追い払うという性格を持っていたわけである。

「台所の神」としてのマハーカーラを大黒天として日本に持ち込んだのは、天台宗の最澄である。寺の台所に安置されるようになった。この信仰が庶民にも広がって、大黒天を祀れば食べ物に困らない、と信じられるようになったわけである。こうして、家の守護者になり、「大黒柱」という言葉に繋がっていく。

その後、因幡の白兎で有名な(あるいは国譲りで有名な)あのオオクニヌシと習合する。「大黒(だいこく)」が「大国(だいこく)」に通じる、ということらしい。何だそりゃ。こうして、大黒天にオオクニヌシの属性が入り込む。大黒さまの今の姿は、このオオクニヌシのイメージに近づいている。

恵比寿さまも、正体は不明だ。七福神の中で唯一、日本由来の神さまとされていて、海の向こうからやって来る「漂着神」だという。漁業の神さまで、大漁を約束する。クジラやイルカなどが海に漂着すると、大漁になると信じられていて、こういう漂着物そのもののことを「えびす」と呼んだりもするらしい。

「えびす」という神さまは『古事記』などの記紀神話には登場しないため、鎌倉時代頃から、頻りに記紀神話の神々と結びつけようとする動きが出て来る。まず、「蛭子神」が挙げられた。「ヒルコ」はイザナギとイザナミが最初に産んだ失敗作の神さまで、五体満足でなかったために海に捨てられた。この「ヒルコ」が再び漂着して「えびす」になったのだ、と考えられるようになったのである。「蛭子」が「えびす」と読むこともこの考え方を支えていた。

コトシロヌシ(事代主神)と結びつける説も生まれた。国譲りのときにコトシロヌシが釣りをしていたことから、次第に海神になっていたのである。実は恵比寿さまが鯛を釣っているのは、このコトシロヌシの姿に由来する。

ちなみにオオクニヌシとコトシロヌシは親子なので、大黒さまと恵比寿さまは親子である、という裏設定もあったりして、対になって祀られていることも多い。

このように、民間伝承は複雑怪奇なのであって、解き解していくのは容易ではないのだ。そんなわけで、七福神だけでも本が1冊くらい書けるくらいで、いろんな研究本が出ていたりするので、ボクとしては極力、手を出さないようにしていたんだけど、段々、こういうところにも手を入れたくなってきたなあ。やあ。