イナンナ

分 類メソポタミア神話
名 称 𒀭𒈹 〔d.innna〕(イナンナ)《天の女主人》【シュメル語】
𒀭𒈹 〔d.ištar〕(イシュタル)【アッカド語】
容 姿武装した乙女。
特 徴金星、愛や美、戦い、豊饒の女神。ウルク市の守護神。
出 典『エヌマ・エリシュ』(前18世紀頃)ほか

イナンナのイラスト

メソポタミア全域で崇拝された女神!?

イナンナはシュメル神話における愛や美、豊穣の女神。武装した姿でも描かれ、戦争の女神でもあり、金星の女神でもあった。ウルク市(ウヌグ)の守護女神で、エアンナ寺院に祀られていた。アッカド語ではイシュタルと呼ばれた。ウガリット神話(シリア)のアスタルテ、カナーン神話(ヨルダン)のアシュトレト、ギリシア・ローマ神話のアプロディーテー(ウェヌス)などとも同一視される。メソポタミア全域で広く篤く崇拝された。

《天の女主人》という名前が示すとおり、系譜的には天空神アンの娘とされるが、神話ではしばしば月神ナンナの娘ともされ、太陽神ウトゥとは双子の兄弟とされることもある。この場合、イナンナは金星の女神である。冥界の女王エレシュキガルを姉に持つ。夫はドゥムジ、従者(スッカル)はニンシュブルである。

イナンナ、冥界への侵攻を試みる!?

もっともよく知られる彼女の神話は『イナンナの冥界降り』である。イナンナは天界だけでなく地下世界も支配しようと冥界へ降りていく。イナンナは従者ニンシュブルを呼びつけ、3日経っても戻らなかったら神々の助けを仰ぐように言いつけると冥界へと降りていく。冥界には7つの門があり、門番のネティが案内する。7つの門をくぐるたびに、イナンナの頭飾り、首飾り、胸飾り、腕輪、笏など、次々に衣装は剥ぎ取られていく。「これはどういうことか?」とイナンナが問うたびに、ネティは「お静かに。冥界の聖なる力が働きました」と答える。そして、最終的に7つ門をくぐったイナンナは全ての衣装を剥ぎ取られ、裸になり、そして無力となって冥界の女王エレシュキガルの前に通される。イナンナはエレシュキガルを玉座から立ち上がらせると、自分がそこに座った。すると7人の裁判官が死を宣告し、イナンナは死体となって吊るされた。

3日経ってもイナンナが戻らないため、ニンシュブルは神々を訪問して助けを求めた。エンキは爪からクルガルラとガラトゥルという精霊を作り出して「命の草」と「命の水」を与えて冥界に遣わし、イナンナを復活させた。しかし、イナンナが冥界から地上に戻るためには、身代わりをひとり、冥界に残す必要があった。イナンナが天界を見て回ると、多くの神々はイナンナの死を嘆き悲しみ、喪に服していたが、夫のドゥムジだけは喪に服さず、派手な衣装に身を包んで宴会をしていた。そのため、イナンナはドゥムジを身代わりとして指名した。彼は悪霊ガルラたちに冥界に連れ去られた。

イナンナ、エンキから「メ」を簒奪する!?

イナンナには、エンキから「メ(𒈨)」を簒奪する神話がある。「メ」というのは、シュメル人の特別な概念で、さまざまな「属性」のようなものである。さまざまな「メ」があって、持ち運ぶことができ、身にまとうことができると考えられていたようだ。神話では、「メ」はエンリルによって集められ、エンキによって守護されている。

イナンナはいろいろな神話の中で、自分の「メ」が少ないことをたびたびエンキに異議申し立てを行っているが、『イナンナとエンキ』の中では、エンキの住むエリドゥ市にやって来て、エンキにたらふく酒を飲ませ、酔っ払わせた。そして、エンキに「メ」を譲るように頼んだ。気が大きくなっていたエンキは快く了解し、イナンナは大喜びで「メ」を舟に乗せてると、自らの都市であるウルク市を目指して逃げ出した。酔いが醒めてから、エンキは慌てて「メ」を取り戻そうと、従者のイシムドに説得させ、あるいは怪物を差し向けて奪い返そうとするが、結局、「メ」はウルク市に持ち帰られてしまう。

この神話は、エンキが守護するエリドゥ市からイナンナの守護するウルク市へ政治的な権力が移ったという歴史的な事実を反映した神話的なエピソードだと考えられる。

サルゴン大王、イナンナの寵愛を受ける!?

サルゴン大王(シャルキン)はシュメルの都市国家を征服し、バビロニア地方を統一して、アッカド帝国を築いたが、伝説では、サルゴン大王はイシュタル(イナンナ)の寵愛を受けて王になったと説明される。イシュタルはサルゴンを愛し、サルゴンを守護したために、アッカド帝国を築いたというのである。事実、シュメルの小さな女神だったイナンナは、サルゴン大王のアッカド帝国において篤く崇拝され、一気にイシュタル信仰はメソポタミア全土に広がっていく。サルゴン大王が自分の王権の根拠を、アンとイナンナに求めたとも言える。

イナンナは、実は正体不明の女神である。イナンナという名称そのものは《天の女主人》を意味するが、名前の楔形文字は「葦」をあしらったものである。そして、彼女の神としての役割は必ずしも明確ではない。サルゴン大王によって王権と結びけられ、エンリルから王権授与の神の座を奪い、アンからウルク市の守護神の座を奪い取り、エンキから「メ」を奪い取り、ウトゥと兄弟になることで「正義・秩序」を奪い取る。こうして、さまざまな神々と習合し、そして力を奪うことで、イナンナは急激に支配領域を拡大していったと言える。

ただし、いろいろな神や女神を取り込んだイナンナも、最後まで大地の女神、あるいは結婚や母親といった属性は吸収しなかった。

イナンナ、性には自由奔放!?

しばしば、イナンナは性愛の女神とされ、性に奔放である。ドゥムジを夫としながら、サルゴン王と恋愛し、さらにはギルガメシュ王に求愛している。ギルガメシュ王はイナンナが性に奔放であることを非難し、イナンナの求婚を断った。怒ったイナンナは天のウシを地上に差し向け、エンキドゥを殺した。

《参考文献》

Last update: 2020/07/26

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