ヘケト

[エジプト神話]

名称𓎛𓈎𓏏𓆏〔Hqt〕(ヘケト)【古代エジプト語】
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容姿蛙の姿、あるいは蛙の頭部を持った女神。
特徴生命と出産の女神。ケネムゥ(クヌム)の妻。

ヘケトはエジプト神話に登場する女神。蛙の姿、あるいは蛙の頭部を持った姿で描かれる。ケネムゥ(クヌム)の妻で、生命と出産を司る女神。

古代エジプトでは「蛙」は生命のシンボル!?

日本人からすると、蛙の女神なんて気持ち悪い、と感じる人も多いかもしれないが、古代エジプト人にとって、蛙は生命と沃土、さらには豊饒のシンボルであった。というのも、蛙はその姿から「胎児」を連想させたし、また、多くの卵を産むことから、多産の象徴とも考えられた。特に、不毛の大地がナイル川の増水によって沃土に変わり、そこからたくさんの蛙が誕生する様子は、古代エジプト人にとって驚異だったのだろう。ここから蛙の女神が誕生した。これがヘケトである。

ヒエログリフ入門:「10万」はおたまじゃくし!?

ちなみに古代エジプトの数字は10進法で、「10万」を表すヒエログリフには「おたまじゃくし」(ただし蛙になりかけ)が用いられた。

𓆐(フエン)《10万》【古代エジプト語】

多数の蛙が誕生することに、古代エジプト人が感銘を受けたことが、このヒエログリフからも理解できる。

生命と出産の女神さま

ヘケトの信仰は初期王朝時代にまで遡れる。多数の蛙の小像が出土しているが、これはヘケトを表しているものと考えられている。ナイル川の増水後の沃土を象徴していたが、やがて、明確に出産と結び付けられるようになったようで、中王国時代(紀元前21~19 世紀頃)には「出産を早める者」という称号を獲得している。古代エジプト語では、明確に《助産師》を意味する語が特定されてはいないが、助産師それ自体は「ヘケトの召使い」と呼ばれ、ヘケトに仕える巫女たちが助産の訓練を積んでいたという見解もある。また、出産時には、妊婦は蛙の姿をしたヘケトの護符を好んで身につけていたらしく、多数の蛙の護符も出土している。

ちなみに、古代エジプトには、他にも出産を司る女神としてメスケネトがいるので、この女神と対になっている場合もある。メスケネトは出産の際に踏ん張る煉瓦を神格化した女神さまで、頭の上に卵管を戴いた姿で描かれる。

ケネムゥの奥方からオシリス神話まで

ヘケトはヘル・ウル(所在地不明)の地方神に過ぎなかったが、次第にケネムゥ(クヌム)と結び付けられるようになり、ケネムゥの妻の座に収まると、一気にエジプト全土で信仰される女神になった。ケネムゥが轆轤(ろくろ)で新しい人間の身体をつくると、ヘケトがそれに生命を吹き込むと考えられた。そのため、ケネムゥとヘケトが対になって描かれる絵も多く描かれている。その際、ヘケトは、新しい人間に向かって、生命の象徴であるアンクを両手で掲げている。

オシリス神話にも取り込まれ、ウセル(オシリス)の復活に手を貸し、ヘル(ホルス)の誕生のときにも、最後にヘルに生命を吹き込んだ女神がヘケトであると説明されている。新王国時代になると、ヘケトは第二の生命である死と復活をも司る女神になっていたようである。

【参考】ギリシアの女神ヘカテーはヘケト!?

古代ギリシアの女神ヘカテーはヘケトに由来するという説もあるが、この女神の起源とされる古代アナトリアの言語が紀元前1世紀頃には消滅してしまっているため、正確なことはよく分かっていない。ヘケトはオシリス神話に取り込まれた後に、死と復活の神話に中で、独自の女神像として変化しながら、アナトリアを経て、古代ギリシアに持ち込まれた可能性もあるかもしれない。